第八節 家庭は天宙主義を完結させる最終基準


 すべてのものは、一つから多くのものに分かれ、結局、一つの大きなものに統合されます。すなわち、一つからいくつかに分かれ、そして一つに統合されるのです。ここでまた分かれて、より大きなものになる反復運動をします。

 そこには家庭がありますが、形態は統合される前と同じです。家庭は、夫婦を成した所であり、その夫婦を一つにする所です。氏族は家庭を一つにする所であり、民族は氏族を一つにする所です。民族が集まって一つの国家の前にすべて入ります。しかし、どこまでも家庭が中心になります。この家庭を展開させれば横的な世界になるのです。

 ですから、どのような社会であったとしても、家庭を抜きにすることはできないのです。家庭を復帰できなければ、世界を復帰することができません。その次には、その家庭を中心として天宙主義を成就しなければなりません。天宙とは、天と地を総合したものです。天と地は、人間における心と体のようなものです。心と体が一つにならなければなりません。

 一つの主体があれば一つの相対が必要なように、一人の男性には一人の女性が必要なのです。男性と女性が一つになるのが家庭です。この一つの家庭を中心にしなければ神様の愛の基盤が定まりません。

 天宙主義というものは、体と心を合わせたのち、神様の愛の本体となる家庭を築き、その理念を霊界と肉界に連結させる主義です。天宙の「宙」の字は家という意味です。それで天宙主義という言葉を使うのです。天宙は無形世界と実体世界を合わせたものです。

 これが、私たちとどのような関係があるのでしょうか。私たちには家庭が必要です。皆さんが家庭で一つになれなければ、天宙主義とは関係ないというのです。家庭が天宙主義を完結させる最終基準になるのです。ここで平和の歌を歌うことができず、幸福を称賛できない人は、この地上でも霊界に行っても不幸な人になるのです。

 天国は、どこから成されるのでしょうか。私たちの家庭から成されます。では、私たちは何主義でしょうか。家庭主義です。私たちが標榜する天宙主義は、天という字に家を意味する宙という字、すなわち”天の家”主義だというのです。このようになってこそ、天宙という意味がはっきりするのです。

 ですから、聖書六十六巻は、すべて理想的な家庭を願ったみ言です。また万民が願うものは何でしょうか。理想的な妻を迎えることです。また女性として生まれて最も願うことは理想的な夫に出会うことです。女性がいくら学士、博士になって世界に大言壮語するとしても、その願いは理想的な男性に出会うことです。愛することができる理想的な男性に出会い、福々しい子女を生むことです。これが幸福の根です。統一教会の理想は、他の所にあるのではありません。出発も家庭であり、結論も家庭です。

 それでは、天宙主義とはどのような主義でしょうか。真の父母主義です。結局、この二つの主義は父母の主義です。これは、我が家の主義であり、我が国の主義であり、皆さんの個人の主義です。

 人間が堕落しなかったならば、世界は誰の主義になるのでしょうか。アダムの主義になるのです。そのアダム主義が、正に真の父母主義です。父母主義だというのです。これ以上の主義はあり得ないのです。

 ですから、統一教会は、この本然の理想的な家庭の範囲の中で、心情的な問題を、真の父母という理念を中心として天の主義と結びつけなければなりません。このような理念で制度化された家庭の因縁が残っている限り、統一教会は滅びません。

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