祝福家庭


第一章 真の父母と祝福

一 祝福の意義と価値

1.祝福とは何か

①祝福の意義

 祝福は、真の父母と真の子女が出会い、創造目的を成し遂げることを意味します。

 神様は二性性相としていらっしゃいます。これをプラスに分立させたのが男性のアダムであり、マイナスに分立させたのが女性のエバです。そしてアダムとエバを再び合わせた姿のようなものが子女です。このように神様を中心として一代、二代、三代が形成されるのです。

 では、この三代の中で問題が起こったのは何代かといえば、二代目のアダム、エバの代です。アダム、エバが神様の愛を中心として一つになれなかったのです。もし、アダムとエバが神様の愛を中心として一つになっていたならば、神様が臨むことのできる因縁が決定され、そのことによって子女にも、神様と関係を結ぶことのできる愛の基準が連結していたことでしょう。それを「祝福」と言うのです。

 統一教会で行う祝福結婚式は、ただ単に男女が出会って一家庭をつくる婚礼式ではありません。今までの結婚式は、自分を中心としたものでしたが、私たちの結婚式は、神様に喜びを返すような内容をもって歴史を蕩減する貴い条件として、神聖で盛大に挙行します。私たちの結婚式とは、アダムとエバの堕落によって始まった神様の恨を解き、イエス様が成し遂げられなかった新郎新婦の基準を通過することだ、ということを「原理」は明らかに説明しているのです。

 「祝福」という言葉は、統一教会から始まった言葉ではなく、創世時から堕落した以後今まで、歴史過程を通じて神様の内心の中に一つの願いとして、神様がいつもこれを追求し願ってこられたものだということを知らなければなりません。

 そのような希望の一日を取り戻すために神様は、今まで受難の道を歩んでこられましたが、いまだにこの日を取り戻せないでいるのです。ゆえに、この一日を取り戻すならば、この日は歴史的な解怨が成就できる日となり、神様の歴史的な願いを成就できる日になるというのです。このようなことを考える時、この祝福の場が、どれほどとてつもないかという事実を知らなければなりません。

 人間の先祖のアダムとエバが堕落したその日から、人間は神様が祝福してくださる一日を待ち焦がれてきました。

 祝福の場は、過去から今までつづられてきた歴史過程における、あらゆる悲しみを清算することのできる場です。今まで成就できなかった神様の願いが、新たに出発できる場であり、新たな人間の未来が出発するきっかけとなり得る一つの基点なのです。

 今の時代は、蘇生、長成の段階を越えて、完成段階へと進んでいく時代なのです。縦につくられた歴史が横的に越えていくべき時代なのです。すなわち、六千年の歴史をすべて一度に越えていく時代なのです。ですからサタンの侵犯圏内を抜け出さなければならないのです。

 それでは祝福とは何でしょうか。今までの歴史的なサタン圏を完全に越えさせる関門なのです。

 祝福は、真の父母の因縁を継承することです。この日のために、先生は精誠を尽くして闘ってきました。したがって、真の父母がサタン世界と闘ったその看板を掲げて祝福するのです。

 先生が生涯で最も貴いと考えたものとは何でしょうか。祝福です。皆さんにとっても、人類歴史始まって以来、最高の贈り物は、祝福です。

 今日、皆さんは、まだ真の父母と完全な因縁を結ぶことができないでいます。ですから、その因縁を結んであげるためにしてあげるのが、統一教会の祝福です。

 祝福を受けた人は、霊界に行っても先生が永遠に責任を負います。先生が主管して指導します。祝福とは、このように先生と永遠の因縁を結ぶものでもあります。

 祝福をしてあげるということは、天の全権を委譲してあげることを意味します。

 祝福は、天国の門を開くことであり、天国は、子女をもって家庭が入っていく所です。

 祝福とは、永遠の宝物です。子孫万代を今から出発するという一つの契約です。ですから、それを汚す時には一族が関係します。イエス様を十字架につけることによって、一国家が関連することになったように、一族に連結されます。

 祝福とは、歴史が追求してきた万民解放の門を開く鍵なのです。

 祝福を受けるということは、とてつもない事実です。祝福を受けた人は、神様の代わりに「私が定めれば天宙も定める」という心で、主人として振る舞える人にならなければなりません。このような条件が備わってこそ、天が私たちを中心として生活理念を立てることができるのです。

 神様の祝福は、絶対的に公的なものです。その祝福は、ある個人だけのためのものではなく、またある家庭だけの、ある国家だけの、ある世界だけのためのものではありません。神様の祝福は、宇宙全体のためのものです。

 「祝福」という言葉は、福を祈るということです。祝願する(祈る、願うという意味)の「祝」という字です。福を祈るのに、どんな福が一番貴いのでしょうか。愛の福が一番貴いのです。統一教会は、そのような意味で「祝福」という言葉を使うのです。一番貴いもの、宇宙の公約を代表した一番核心的な起源が、男性と女性が結合するところから始まるので、その祝福が一番偉大だというのです。

 その偉大なものが福を祈れば最高の福になるので、統一教会では結婚式を「祝福」と言います。初めて来た人々は、こういうことを知らなければなりません。統一教会で「祝福を受けた」というのは、今日この世で「福を受けた」というのとは違います。神様の立会いのもとに、真の父母を通じて結婚式をしてもらったということです。

 今、あのイギリスの王室にある五三〇・二カラットのダイヤモンドは、昔アフリカでは石ころの扱いを受けていたのです。ダイヤモンドが世界で最も貴い宝石になることを誰が知っていたかというのです。きらきら光るのを見て、単なるガラスの塊だと思っていたのではありませんか。全く同じです。この貴い祝福を受けたことは受けたのですが、これがダイヤモンドであるにもかかわらず、単なるガラスだと考えているのです。何も知らずにいたのが、先生から話を聞いてから「ああ! 貴いんだな」と言っているのです。

 祝福の中で一番重要なものとは何でしょうか。お金ではありません。名誉でもありません。いかなる権力でもありません。息子、娘が栄えていくことです。皆さんがそれを知らなければなりません。祝福の中で一番良い福とは何でしょうか。息子、娘が天の愛を受けることができるように生まれることです。それは立派に生まれることです。

 するとどうなるのでしょうか。その息子が私より神様の愛をたくさん受ければ、恩恵を受けるようになります。そうではありませんか。山の谷間の向こうからこのように下りてきた電線のようなもの、この送電線のようなものを見れば、伸びていますが、ここでぎゅっと引っ張ればピンと張るのです。同じように、子供が天の愛をたくさん受けるようになれば、私がそれだけ落ちたとしても、ぐいっと上がることができるのです。恵みを受けるのです。

 祝福の場に参加する人がいるならば、彼はただそのまま一人の男性、あるいは一人の女性という立場で参席してはいけません。その場は、今まで六千年間この世に来ては逝った数多くの男性、あるいは数多くの女性を代表した場です。その場に皆さんが招請を受けたという認識をもたなければなりません。皆さんは、そういう事実を内情的な心情で体恤しなければなりません。

 祝福が成される今の時は、どのような時でしょうか。今は、神様の願いが成される最高の時であり、六千年間苦労してきた神様の恨が終わる時であり、この地へ来られ、御苦労された神様の息子、すなわちイエス様の願いが成される時です。それだけでなく、人間が創世以後、初めての愛が始まる時であり、万物の歓喜と尊貴と栄光を受けることができる時です。神様にとっても、この日がどれほど良いでしょうか。罪悪がみな消え、光明の太陽が昇った明るい天地を迎える日、すべての自然が和動し、すべての万象が踊る明るい朝、勝利の朝を迎える日です。

 先生は今、現実はこうですが、後日、先生が祝福した者の中から最後に残った一人が、世界的な人的資本として残り、栄光を受けることを希望して生きています。

②祝福の価値

 皆さんは、摂理的に見るとき祝福がどれほど重要なのかを知らなければなりません。神様を中心として祝福を受ける場は、地上天国と天上天国が出合う場です。横的に、永遠な世界と瞬間的な世界が出合う場です。

 祝福は、天地で最も貴いものです。同時に、極めて恐ろしいものです。もし祝福を受けた夫婦が、互いにほかのことを考えるならば、それは相手を蹂躙することです。皆さんからまず善の先祖、地、国が生じるのです。したがって祝福を受けた人は、目覚めれば、天地を考えなければなりません。祝福は、人に福を分けてあげるためのものです。

 祝福の場は、恐ろしい場であり、ここでは、いい加減な自分の感情は通じません。一生命の価値は、宇宙よりも貴いものです。ゆえに、一人に責任をもつには、永遠を中心として責任をもたなければなりません。こういう問題が左右する場が祝福の場であることを皆さんは、はっきりと知らなければなりません。ですから自分の一生で、そのような一時をもったならば、彼は幸福な人です。このようなとてつもない祝福の場に皆さんが加担するためには、歴史的な決心をしなければなりません。

 祝福は、その価値を知って受けなければなりません。祝福を受けることによって、第三イスラエルの位置に立つようになるということを知らなければなりません。皆さん、祝福の意味と価値を知ってみると、祝福を受けずしては、人間完成の道へと行くことができません。結婚していない人々を大人として扱いますか。人間の世の中でも、処女が死ねば処女の怨霊で、チョンガー(独身の男性)が死ねばチョンガーの怨霊と言います。それは、誰かがそのようにしたのではありません。天道がそのようになっています。

 国の国王も国民もサインするのは同じですが、その内容においては天地の差があるように、祝福においても外的に見れば何でもないようでも、その内容と価値において見れば、とてつもない差があるのです。

 皆さんが衣食の問題が大変だといって、なすべき使命を忘れて、神様が下さった祝福をお金で売るのですか、そのような考えでしょうか。神様の祝福は、天と地を与えたとしても絶対に引き替えることができません。

 祝福には、全世界を与えたとしても引き替えられない価値があります。時には、私が祝福してあげたことを後悔することがあります。祝福は、一人の男性と一人の女性が神様のみ意を中心として、「真の愛を実行する真の父、真の母になれ」と言って、してあげたものです。

 祝福の場とは、どんな場でしょうか。祝福の場は、世界で一番良い場です。その祝福の場は、誰と関係を結ばなければならないのでしょうか。皆さんは自分自体で完成するのではありません。父母の愛によって完成するのです。子供が親の懐から生まれれば、立派に生まれたとしてもそうでなくとも、その親の姿に似るのです。それと同じように、統一教会では真の父母の道理を教えます。それが皆さんには、福の中の福です。

 八十歳を越えたおばあさんたちも、祝福を受けることができずに死ねば、天国に行けないという事実を知っているために、死んでいく最後の瞬間でも何千里も何万里も向こうに男がいても、その男と絹織り糸を結んで、祝福の条件だけでも受けたいと思うのです。統一教会ではこのようになっています。先生はこのことをやり遂げなければならないので、星回りが悪い人です。

 祝福を受けたということは、メシヤが二千年間の苦労によって地上に基盤を築き、選ばれた民族と教団と自分の氏族を中心として、新郎新婦の名前で出発することができる時が来たということです。皆さんが氏族的メシヤになることができるでしょうか。先生と父子の因縁が結ばれたがゆえに、サタンもどうすることもできないのです。このように祝福は、本当にとてつもないものです。

 イエス様が二千年の間、精魂を尽くして成したかったこととは何でしょうか。婚宴をしようとされたのですが、婚宴とは何でしょうか。正に祝福です。イエス様が二千年間願ってきた、その願いを成就する基準が祝福の婚宴です。婚宴しようとするならば、新郎の前に新婦が現れなければなりませんが、それがキリスト教の終末です。ですからキリスト教を越えずしては、天国に行くことができません。

 イエス様が来て、四千年の歴史を終結させて新しく出発しようとしたものとは何でしょうか。家庭がないために滅びました。家庭があったならば、氏族は自動的に時間がかかっても横的な面において歴史を通じて蕩減できるのです。そうなれば、イエス様の一族が生じていたでしょうし、イエス様の民族が生じていたでしょうし、イエス様の一国が生じていたのではないかというのです。そのようにすることができる家庭をもつために、イエス様が三十三年間苦労したのです。三十三年間苦労してももてなかった家庭なのに、皆さんは祝福の価値を知っていますか。祝福は、六千年間探し求めてきた恨の解決門なのです。

 「小羊の婚宴」は人類歴史上、初めて人間が祝福を受けて家庭的な救いの基準を立てることを意味します。これが六千年の歴史が探し求めてきたものです。「小羊の婚宴」をする新郎新婦が、真の父母の使命をもって現れることです。ゆえに、再臨主の祝福を受ければ、その家庭の救い主として、その家庭の救いの門を開くことになります。

 統一教会に入って皆さんが祝福を受けたということは、神様が四千年間摂理してこられた土台の上に、イエス様を送り、み旨を中心として家庭を復帰したという勝利的基準に立ったということです。それで皆さんの子孫は、復帰摂理において何の功労がなくても、皆さんの勝利の基準を通じて、四千年の復帰摂理で功臣となった先祖たちの恩賜を受け継ぐことができる立場に入っていくのです。

 エデンの園で、男性の前に女性を創造しなかったならば、どうなっていたでしょうか。女性がいるという事実は、宇宙的な真理です。奇跡の中の奇跡が、男女が存在するということです。片方だけ存在するとすれば、何も存在しないのと同じです。人類はおしまいです。統一教会の祝福の価値が、こういう角度から十分に分からなければなりません。

 一度相対者に会えば、それは永遠と連結します。宇宙を与えても、神様を与えても買えない本然の夫婦の愛に感謝して、強く大胆でありなさい。統一教会の真の愛を味わった者たちは、世界のどこへ行っても、その愛の光が共について回るようにならなければなりません。人類を、全宇宙を、真の愛を中心として愛さずしては、絶対に天国に行くことができないのです。

 「神様が変わらない限り、私は変わらない。過去、現在のいかなる人やいかなる物が、サタン世界の生命、サタン的愛、サタン的理想を私から完全に奪っていっても、私は行くのだ。さらには、神様が変わるようなことがあっても、私が神様を元に戻していくのだ。神様が絶対的でなければ私が絶対的にしてみせる」と、こういう考えをもたなければなりません。そのようになれば、神様でも絶対服従します。「私は、金の輝きのように、ダイヤモンドのように硬く、変わらない光をもっている」と、そのように考えなさいというのです。そのような立場で、そのような日を見つめて、神様がアダム、エバの祝福の一日を願っていたというのです。

 皆さんは、神様を探す必要はありません。それよりは愛が必要だというのです。この愛さえもてば、神様は自然に私のところに来るということです。私に捕らえられるというのです。ですから神様を探す方法は、世界人類を兄弟と思い、神様のように父母のように愛して行動することです。そうすれば、すぐに神様は私のところに来るというのです。それで宗教では愛を語っているのです。しかし、このことが成されなかったために、今日、統一教会はこれを再び復帰するために、このようなことをせざるを得ないということを知らなければなりません。祝福はこの場で受けますが、一つになり、これを中心として拡大さえすれば、この宇宙は皆さんのものになります。

 宇宙は、生きるか死ぬかの決定点です。

 三・一運動に参加した三十三人の中に李甲成という人がいるでしょう。今、その人一人だけが生きていますが、三・一運動について考えるとき、その人が大統領よりも高いですか、高くありませんか。それは尋ねるまでもなく、より高いというのです。同じように、先生を通じて祝福結婚をした人は、世界的な栄光を受けることでしょう。

 たとえ一番最後に結婚した一双が、夫婦とも、目も一つなくて、鼻も曲がって、耳も一つなく、腕も一つない不具の中の不具であったとしても、彼らは世界的な栄光を受けるようになるでしょう。そのような身体上のことが問題ではなく、先生を通じて祝福を受けたということそれ自体が問題になるということです。それは数億万ドル与えても買うことができないのです。私たち統一教会のお嬢さんたち、それを知っていますか。どれほど知っていますか。

③祝福は人類が通過すべき公式路程

 統一教会を中心として成される合同結婚式は、統一教会にだけ限られる結婚式ではありません。これは、全人類が必ず通過すべき公式的な路程なのです。これをはっきりと知らなければなりません。それでは祝福結婚式をやらなければならない根本的な原因はどこにあるのでしょうか。それは、私たち人間の始祖が堕落したからです。

 もし人間の始祖が堕落しなかったならば、今日、私たちが祝福を受ける、このようなことはなかったはずです。しかし堕落することによって、再び神様の主管圏に越えていかなければならない復帰路程が残るようになったので、私たちはこのような道をさかのぼっていかなければならないのです。今日、人間たちが宗教を信じるのも、このためであり、歴史が指向してきたのも、やはり同じです。

 これから人類は、どこへ行くべきでしょうか。「全人類は祝福の門を通らなければ、天国に行くことができません。数多くの人々がキリスト教を信じていますが、そのキリスト教自体も祝福という門を通らなければ、天国に行けません」。このように言えば、キリスト教では、「統一教会のレバレンド・ムーンは独善的な発言を多くする」と不平を言います。こういう考えをする人、またそのように話す人がいるかもしれませんが、それはその人たちの言葉であって、統一教会でいう祝福結婚は、堕落した人類にとっては必ず行くべき道なのです。どんなに反対しても、霊界と肉界を連結して天国に入っていく上で重大な問題となるのが、この祝福結婚だというのです。

 結局、最後の目的はどこにあるのでしょうか。真の家庭を取り戻そうということです。これが堕落した人間が探し求めてきた最高の目的なのです。この真の家庭を成すためには、真の人が出てこなければなりません。真の人の中でも真の男性が先に出てこなければなりません。その真の男性が真の女性を探して立てて、神様を中心として聖婚式をすることによって、初めて真の家庭が出現するのです。

 人間が堕落することによって、こういう起源をもつことができなかったので、私たちは今までのすべての家庭を否定し、新しく神様の摂理のみ意に従って、このような家庭的基準を踏んで越えていかなければならないのです。もしその基準を越えていくこができなければ、堕落した人間は本然の世界へ戻ることができない、というのが原理的な見解です。

 堕落した人間たちは、誰でもこの公式的な条件をたどっていかなければ、神様の前に立つことができないということを知らなければなりません。

 天国理想は、結婚して家庭をもたなければ成されません。統一教会ですべての善男善女たちが祝福を受けなければならないというのも、天国理想を実践していくためです。未婚者はもちろん、既に結婚した人であっても、一定の基準を備えて再び祝福を受けなければなりません。すべての人が祝福を受けなければならない理由は、創造理想世界へ帰るためです。もともと創造理想の世界は、真の男性と真の女性が祝福を受けてつくっていく世界ですが、堕落によってそういう愛の歴史が一度も現れなかったのです。

 堕落とは、サタンを中心として結婚式をしたことです。サタンを中心として結婚したので、神様を中心として、神様のみ名によって結婚しなければなりません。その結婚は、世界史的な結婚です。一民族の中での結婚ではなく、民族を越えてサタン世界を超越した立場での結婚です。サタン世界を越える場です。

 エデンの園において本来アダム、エバの息子、娘の結婚式は、神様の命令によってアダム、エバがするのです。私たちの結婚式も同じ理致です。それで私たち統一教会では、真の父母のみ名によって祝福してあげるのです。今までこの世で、自分のお母さん、お父さんが結婚の主礼に立って結婚式をするのを見たことがありますか。そのような人はいないのです。それを見るとき、この世には完成した人がいないということを物語っています。

 結婚式は、正に愛の伝授式です。神様の愛をもって父母が生きるように、皆さんも父母の愛を神様の愛の代わりに受けて、「このように生きよ!」という愛の伝授式が結婚式だというのです。神様の愛を父母から受けるのです。ある有名な人から受けるのではありません。それは天使長がしてくれる結婚です。名のある人が片方だけ来て結婚式をするのは、みな天使長にしてもらう結婚式です。

 愛で堕落したがゆえに、復帰するにおいても、天を中心とした新しい父母の愛と関係を結んでしなければなりません。それで統一教会で合同結婚式をする時は、先生とお母様、二人でしてあげるのです。それが愛の伝授式です。ここで造成された伝統は、永遠の伝統になるのです。革命は必要ありません。このように革命の必要のない新たな伝統が、この天地間に立てられるとき、ここから新たな家庭と、新たな氏族と、新たな民族と、新たな国家と、新たな世界が形成され、この地球星を主管することができるのです。

 誰も手をつけられないことに統一教会は着手して、再創造の道へと導いてきたのです。これができる日には世界が一つになるのであり、悪のサタン世界を天の国へと転換させることができるのです。今日米国が、若者たちが自ら相対を得られるようにしてきたのはおかしなことです。キリスト教文化圏なのに、聖書が認めないことをやっているのです。これは物質文明と共にサタンに侵食され、サタン側的な自由主義によって、そのようになったと見るのです。

 ところが皆さんは、なぜそのようにしませんか。サタンがやってきたことを、私たちはすることができません。愛とは何でしょうか。神様から、父母から受け継いだ結婚をするのが原則であるにもかかわらず、神様と関係のない自由結婚を唱えたことが堕落なので、これを根本的に根絶しなければ、天の国に戻ることができません。

 ここは、天道を立てる所です。私は死んでも原理原則を立てるために、私の生活を捧げてきたのに、この結婚という問題に対して、皆さんの言うことを聞いて、適当にする男ではありません。

2.祝福から見た真の結婚観

①真の結婚は神様の形状に似るためのもの

 結婚は、なぜするのでしょうか。神様の姿に似るためです。神様は二性性相でいらっしゃる方として各一性が合体化した一体的な存在であられ、その神様の分性的人格自体が男女なので、彼らが合性一体化することによって、種のようになり、神様の本性の場に戻らなければならないのです。

 結婚の最高の神聖さを私たちは謳わなければなりません。男性と女性が愛することができる道は、結婚生活なのです。そのように一つになることによって誰に似るのでしょうか。神様に似るのです。男性と女性が一つとなってこそ、御自身の形状どおりお造りになった神様に似るのです。そうしてこそ神様が臨まれるのです。

 原理について考えるとき、アダム、エバが堕落せずに完成していたならば、結婚式の場へと進んでいたことでしょう。言い換えれば、アダム、エバが神様の実体対象として神様が主体になられれば、彼らは対象になるのです。そのような立場で、愛の主体なる神様から対象的な立場の愛を連結させることができるその土台として個性を完成し、結婚することによって、祝福は成されるということを知っています。

 完成は結局、結婚をいうのであり、結婚は、神様の愛の顕現をいうのです。別の言い方をすれば、結婚がなかったとすれば、現在、人類のこの世における愛というものが始まらなかったと見るのです。その愛の主人とは誰でしょうか。人間ではなく神様だということを私たちは知らなければなりません。

 結婚は、創造理想を完成するためのものです。すなわち、創造目的を成し遂げるためにするということです。すると創造目的は、誰の目的でしょうか。アダムの目的である以前に神様の目的です。ですからアダムが喜ぶ前に神様が喜ばなければならないのです。そのようにならなければなりません。このように見るとき、結婚を誰ゆえにするのでしょうか。神様ゆえにするのです。言い換えれば、神様の創造目的というみ旨のためにするのです。み旨は創造理想を完成することです。

 結婚をなぜするのでしょうか。アダム、エバが自らの愛を探していくためのものではありません。縦的な神様の愛を核として、その核を中心にその分身として一つの球形を成すためのものです。それが理想です。神様の創造理想もそういう愛を中心として結着するのであり、人間の男性と女性も成熟して、そこで愛の結着点が生じ、生命が連結されるのです。ですから生命によって連結されるのではありません。愛によって連結されるのです。縦的父の愛と横的夫婦の愛を中心として、本然の愛の種が初めて連結されるのです。

 成熟したアダム、エバが愛の因縁を結ぶことができるその時になれば、神様は二性性相としていらっしゃるので、男性性相はアダムに臨在し、女性性相はエバに臨在するのです。神様が私たちの体と心の中に臨んで、神様が結婚式をするのです。アダムの心は至聖所のようなもので、アダムの体は聖所のようなもので、その中に神様がいらっしゃるのです。そのようになっていたなら、アダムは神様の体になるのであり、エバも神様の体になるのです。

 神様の男性格的性稟に似たのがアダムであり、女性格的性稟に似たのがエバです。この二人が結婚式をすることが、宇宙の王権を立てる式ではありませんか。それは何の王権ですか。愛の王権です。

 結婚をなぜするのでしょうか。神様を愛するために。神様を愛して何をするのでしょうか。神様の軸と一致するためです。一致して何をしようとするのでしょうか。一致すればどうなりますか。なぜ一致しようとしますか。絶対的な神様の愛を中心として、永遠の愛を中心として永生がなされるのです。それだけではありません。そのように接触した、そこから宇宙の相続権が伝授されるということを知らなければなりません。愛を中心として造られた被造世界は、神様のものですが、私のものとして相続権が与えられるのです。

 結婚した夫婦の愛というものは、神様の縦的な愛に接ぎ木されるのです。神様の縦的な愛と一つになるときは、これを離す者がいません。しっかりくっついていて、離す者がいないのです。ですから人々が生きる生活において何がどうであれ、愛の道を求めていくのです。

 自らの価値をどのように取り戻すのか、これが問題です。男性として生まれたのは、女性のためであり、女性として生まれたのは男性のためです。この男性と女性がなぜ一つにならなければならないのでしょうか。一つにならずしては神様の愛を感しることができないからです。これが問題です。男性と女性が完全な愛によって一つにならなければ、神様の愛を所有できないということです。結婚をなぜするのでしょうか。神様の愛を所有するためです。

 絶対的な神様も、愛が絶対的に必要なので、絶対的愛の対象が必要だというのです。

 アダム、エバが完全に成熟して新郎新婦として神様の前に対象圏を成して、神様の祝福を受けることによって、神的愛による家庭になったならば、それが本来エデンで堕落しないで成し遂げていた完成圏でした。その完成圏に現れたアダム、エバになっていたなら、その場は、どんな場でしょうか。祝福を受ける場です。

 福の中で一番貴い福は、神様の愛です。その次は、神様の創造の権限を引き継ぐことです。神様がアダム、エバを創造したように、創造的権限を与えられるのが子女なのです。皆さんがなぜ子女を愛しますか。神様の創造の偉業を横的に実体圏で受け継いだのと同じなので、アダム、エバを造っておいて、神様が喜んだその喜びを代わりに感じるためです。

 その次は、神様が天地万物を主管されたように、万物を主管させるために、私たちに主管権を与えました。したがって結婚するその時には、神様の愛を相続して、再創造の権限と主管権を完成圏に立って受け継ぐようになるということを皆さんが知らなければなりません。それで結婚式というものは、愛の顕現をいうと同時に、創造権と主管権を与えられるものです。

 創造理想は、自らを中心として成されるのではありません。すべての心情が主体的な神様と一体となって、神様が動ずれば私が動じ、神様が静ずれば私も静じ、心情的一致点を中心として内外が一つにならなければならないのです。このように神様の前に和することができる基準を立てなければ、創造目的を成し遂げることができません。

②結婚は愛の完成のためにする

 結婚自体は何でしょうか。結婚をなぜするのでしょうか。何ゆえにするのでしょうか。男性に会いたくて、女性に会いたくて、するのではありません。愛を完成させるためにするのです。男性が探さなければならない愛は、女性でなければ見つかりません。一人では絶対に見つかりません。女性が探さなければならない愛は、男性でなければ絶対に見つからないのです。

 男性が個性完成をしようとするならば、相対完成をしなければならないので、結婚をしなければなりません。結婚をしなければ、愛圏内に行けません。なぜ結婚をしなければならないかといえば、お互いに神様の愛に接するためです。神様の愛に接するために、男性と女性は結婚しなければならないというのです。男性と女性が結婚して、神様の愛がそこに臨むことによって、愛を中心として一つになるので、神様が、その時から宇宙と神様御自身を相続させてくださり、神様の愛まで相続させてくださり、神様に属するすべてのものを相続させてくださるようになるのです。

 結婚は、なぜするのかといえば、自分の個人的愛を完成させると同時に、相手の愛を完成させるためです。個人の愛を完成させると同時に、神様の愛を完成させるために私が結婚するというとき、気分がどんなにいいですか。地上に神様が愛することができる土台を準備するために、男性と女性は結婚しなければなりません。

 二人が愛によって一つになったその基準の上に、初めて神様の愛が訪ねてくるのです。結局は、神様の愛のために、また神様の愛のために生きることは、私が神様の愛をもつためなのです。「ため」に与えるから愛が来るし、愛が来るので神様の愛を自分のものにすることができるのです。

 結婚の目的は、男性と女性の心の世界を一致させようということであり、男性と女性の愛の完成のためのものです。それで結婚したということは、「そういう証拠を見せる」と宣布したということです。

 結婚生活を通じて、愛の完成と心の完成を成し遂げたとすれば、家庭の理想を実現したと見ることができます。それで死ぬとき、これを成し遂げたとすれば、間違いなく天国に行くというのです。

 私が結婚をするのは、私だけのためではなく、相手のためのものでもあります。結婚が自分より相手のために行われるというのはどういうことでしょうか。天地間のすべての理致が、主体と対象でできているように、男女が結婚するのも天地間の道理です。男性が右側ならば女性は左側になりますが、それは宇宙間の横的な関係を成すためであり、男性が主体ならば女性は彼の対象になりますが、それは神様との縦的な上下関係を成すためです。したがって結婚とは、男性だけのためのものではなく、また女性だけのためのものでもない、天理の法度を合わせるためにするものです。それで男性と女性は、互いに異なる姿を備えています。天理の法度を合わせることができるように生まれたのです。

 女性が男性を迎えるのは、男性の世界を得るためです。女性が男性の世界を得て何をしようとするのでしょうか。それは愛の一体を成すためです。

 男性は女性を探していくために生まれ、女性は男性を探していくために生まれました。女性と男性は、二人が合わさって、より次元の高い神様の愛に接するために生まれました。一人では、その愛に接することはできません。一人で接しても、それは一方的です。立体的で球形的な愛に接することはできません。それで、男女がより高い次元の立体的な愛の圏内にジャンプするために結婚するのです。

 本然の世界において男性と女性が一つになればなるほど、その力の作用において偉大な中心が生まれて球形になるのです。横的に連結すればするほど、縦的な力の愛の母体が連結し入ってくるということです。そこで体と心が一つになるのです。

 結婚は私のためではなく、相手のためにするという信条をもたなければなりません。結婚するとき、優秀な人、きれいな人を得ようとするのは誤った考えです。人間は人のために生きるべきだという原則を知ったなら、結婚をする時にも、相手のためにするという観念をもたなければなりません。どんなに醜い人であっても、美人よりもっと愛そうという信念をもつことが、原則的な結婚観です。

 神様の最高傑作品として造られた美しい男性と女性が、神様を中心として愛し合うことができるならば、それは最高の愛であり、超越的な愛であって、この世的な愛ではありません。その愛は、最高の美しい愛であり、愛の中の代表的な愛であり、永遠に輝くことができる愛です。

 新郎新婦は、お金や権力、名誉を中心として一つになるのではなく、神様の本然の愛を中心として一体にならなければなりません。

 人間として生まれて相対を神様のように愛して、人類のように愛して、この世界の誰よりも愛することができるという観念が立たずしては、天の国に復帰されません。一男性として一女性を愛することができなければ、神様と人類を愛することができないのです。

③結婚は天地合徳、宇宙合一の道

 結婚とは何をしようとするものですか。発展するためにするのです。何の発展をするためにですか。神様の愛を発展させるためのものです。神様の族属を発展させるためのものです。血統を発展させるためのものです。

 結婚をなぜするのでしょうか。天国へ行くために、そして人類のためにです。男性の前にいるその女性は、神様の娘であり、人類の娘であることを男性たちは知らなければなりません。人類が愛する女性として愛することができ、神様が愛する娘として愛することができれば、夫になる資格がありますが、そうでなければ失格です。女性は、その反対です。「あれは私の男だ」と考えるなというのです。私の男だという以前に、神様の息子であり、人類のすべての男性を代表した男性だと考えなさいというのです。

 人類が愛する以上に愛することができ、神様が愛する以上に愛することができる女性になればいいのです。それで私が男性としての右足になり、女性としての左足となって、人類のために生き、神様のための愛の足跡を、家庭を通じて残そうという考えをもって結婚しなければなりません。

 右足は夫であり、左足は妻であるということは、結婚をしなければ片足が不自由になるということです。また右足、左足が完全でなければなりません。どちらか片方だけで、完全でなければ、片足が不自由になります。ですから完全な男性と完全な女性になってこそ、円満な結婚ができるのです。それで私が夫を好むのは、人類を好むことであり、神様を好むことであり、また夫を愛することは、人類を愛することであり、神様を愛することです。

 結婚は、厳粛なものです。結婚は、天地が合わさることであり、東と西が合わさることであり、南と北が合わさることであり、上と下が合わさることです。それでは愛というものは、どこへ行くのでしょうか。二人が一つになって、愛はどこへ行くのでしょうか。なぜ愛を探していかなければならないのでしょうか。そうすることによって、そのすべての環境の中心の場に行って立つのです。私の家庭がなければ、この社会では不完全です。信じてくれないのです。それは宇宙存続の原則に不合格であるために、その価値を認めないのです。それは理論的です。

 男女が合わさることは、天地が合わさることです。

 男性は天を象徴し、女性は地を象徴します。二人が合わさって調和を成し、水平線を成さなければなりません。

 男性と女性が愛し合って抱擁するそれ自体が、宇宙が一体を成す場となります。神様の理想の中で成される創造本然の姿は、そのようなものです。

 私たちの結婚観は、「宇宙で一番すてきな宇宙シルクの布団を敷いておいて、その中で愛し合う!」と、そのように考えるのです。愛を中心として所有権を私一代で決定する瞬間だというのです。私の当代に所有が決まるのですが、その所有とは、女性の所有が決定されるということです。その女性とは、どんな女性でしょうか。宇宙の半分です。これをつかむ日には、私のおしりに宇宙がついてくるのです。考えてみてください。また、女性はなぜ結婚しなければならないのでしょうか。「男性にくっついて半分(一八〇度)と半分が合わさって、二人が宇宙の価値に対等な作用圏をつくるために結婚する!」と、このように考えるとき、統一教会の思想はすてきだというのです。

 皆さん、香りのない花は好きですか。香りのない花には無関心です。「私は、花になるならば緑色の花になろう」と言いますか。緑色の花を見たことがありますか。私は植物園に行っても、今まで緑色の花は見たことがありません。木の葉のような花は、咲いても咲かなくても意味がないでしょう。それを見れば、天地の理致は実に奥妙だというのです。それ一つ見ても、「神様がいる」と言わざるを得ません。

 葉がみな緑なのに、緑色の花があり得ますか。ただ、緑に近い花が一つあります。それは、唐辛子花というものですが、それも細かく注意深く見れば緑ではありません。内容を見れば、赤などもあります。それは自分を現すためです。現すのは、この世の調和圏に入っていくためです。天地調和の創造法に適用されるためには、自分を現さなければならないということです。私たちの結婚観は、このようにすてきなのです。そういう結婚、私たち統一教会の結婚観がどれほど素晴らしいでしょうか。

 この世で盛んに行われている自由結婚は、サタンが人々を堕落させて、神様の前に行くことができないようにするためにつくったわななのです。そのわなに引っ掛かれば、死んでサタンの支配を受けたり、餌食にならざるを得ません。今日の西欧社会、特に米国は自由結婚が盛んに行われることによって、真の家庭が成されず、家庭生活に失敗した人たちが日増しに多くなり、遠からず家庭をもたない人が多数を占めるようになるでしょう。

 そのようになれば米国社会は、愛に渇いた社会になり、不信によって不安と恐怖が支配する地獄のような社会になるだろうと、自信をもって確言できます。このような時点に立っている皆さんには、このような社会風潮を一掃して米国社会に愛があふれ出る、神様が願う社会を建設しなければならない義務と使命が与えられているということを知らなければなりません。

 私たち統一教会は、結婚観が違います。結婚というものは根本へ帰るためのものです。

3.祝福を受けなければならない理由

①堕落によって偽りの父母から生まれた

 アダム、エバは堕落のゆえに血統が変わったというのです。誰の愛によって? 神様の怨讐、姦夫であるサタンの愛によって、サタンの生命体になったのです。男性の生命体、女性の生命体が、サタンの愛に入り混じって一つになり、その二人によって結実したのが、息子、娘です。したがってその息子、娘は、サタンの愛、サタンの生命、サタンの血統を継承しているのです。

 聖書的内容を観察してみれば、人類始祖が不倫な愛をすることによって、悪魔サタンを中心として父子の関係を結んだという事実を否定できません。神様の血筋を受けて、神様の絶対的な愛の中で神様の直系の息子、娘として生まれなければならない価値的な人間が、悪魔サタンの血統を受けて、サタンの息子、娘として生まれたというのです。ローマ人への手紙第八章に「御霊の最初の実を持っているわたしたち自身も、心の内でうめきながら、子たる(養子の)身分を授けられること、すなわち、からだのあがなわれることを待ち望んでいる」(二三節)と記録されています。養子は血筋が違うのです。これが私たち人間の正体なのです。

 ローマ人への手紙の第八章を見てください。「御霊の最初の実を持っているわたしたち自身も、心の内でうめきながら、子たる(養子の)身分を授けられること、すなわち、からだのあがなわれることを待ち望んでいる」(二三節)とあり、「あなたがたは再び恐れをいだかせる奴隷(僕)の霊を受けたのではなく、子たる(養子の)身分を授ける霊を受けたのである。その霊によって、わたしたちは『アバ、父よ』と呼ぶのである」(一五節)と書いてあります。養子にしかなれないのです。今、キリスト教徒たちは養子なのです。養子は血筋が違うのです。血筋が。

 ヨハネによる福音書の第八章四十四節を見れば「あなたがたは自分の父、すなわち、悪魔から出てきた者であって、その父の欲望どおりを行おうと思っている」とイエス様が言われました。ここで「父」と言われたので、血筋が、先祖が悪魔ではありませんか。ですから割礼とは何ですか。陽部を切ることです。このようになっています。善悪の実とは何でしょうか。

 もともとサタンはどんな存在ですか。悪魔という存在はどんな存在かといえば、神様の僕です。ところがこの僕が主人の娘を強奪したのです。これが堕落です。聖書に出てくるその堕落とは何かといえば、エバが善悪の実を取って食べたことが堕落だといいますが、善悪の実とは果物ではありません。僕が主人の娘を強奪したことです。

 将来、代を継ぐ息子と娘を生み育てて、神様の理想を成就しようとしていたのに、僕としてつくった天使長が主人の娘を強奪したことが、人類の堕落の起源となりました。全くそんなことがあっていいでしょうか。天地がそのようになったというのです。複雑にからまった内容ですが、皆さんが「原理」を聞けば、大体分かるでしょう。

 堕落した結果、どうなったのでしょうか。私たちは死亡圏内に落ちました。神様が、「善悪の実を取って食べたら必ず死ぬだろう」と言われたみ言のとおり、死亡圏内に落ちてしまいました。堕落した結果、どうなったのでしょうか。ヨハネによる福音書第八章の四十四節を見れば、悪魔サタンが私たち人類の父になったとイエス様は指摘しました。神様を父として侍らなければならないアダム、エバが堕落することによって、悪魔サタンを父として侍るようになったという、この恨めしい事実が、堕落の報いであるということを知らなければなりません。

 アダム、エバが堕落しなかったならば、神様を中心としたアダム直系の長孫の子女たちが出てきたことでしょう。アダムは長孫であり、真の父であり、王です。地上の国と天上世界の王です。また真の父母であり、真の長子です。ですからアダム家庭は、天の国の王室です。

 それでは、アダム家庭のおじいさんは誰でしょうか。神様がおじいさんです。その次に、お父さん、お母さんはアダム、エバです。そして過去の立場を身代わりした観点で見れば、おじいさん、おばあさんは神様の代わりであり、また神様は父母の代わりです。縦的に見れば、一代圏、二代圏、三代圏を中心として、神様が家庭に着地するのですが、一代圏が横的に展開したのがおじいさんであり、二代圏が父であり、三代圏が私です。それで息子、娘を中心として万世一系の天的皇室を受け継ぐのです。

 真の父母権、真の王権、真の長子権、これがアダム、エバが出発しなければならなかった原点です。そこに神様の王宮があり、神様の愛があります。そして人間と創造主が一つに連結され、真の愛の基盤になるのです。そこが完成した本然のアダムの家庭基盤であり、神様が永遠に臨在することのできる神様の王宮です。

 堕落しないで、完成の場まで行ったとするならば、アダム、エバは個人完成だけでなく、宇宙史的な完成をしていたはずです。また、神様の愛を中心とした新たな家庭が出発していたことでしょう。このように家庭から氏族、宗族、民族、国家、世界が成されていたならば、神様に侍る一つの大家族社会になっていたでしょう。

 このような大家族社会の中心は、神様とアダムです。それでその世界では、神様を中心としたアダム家庭の生活や一生の路程が歴史的伝統として残されるのです。彼の生き方、風習、慣習、彼の生活的な背景が歴史的伝統になるのです。それは神様の愛を中心とした伝統でないはずがありません。神様の愛は生命の根源であり、すべての理想の源泉なので、その懐を離れようとしても離れることができず、離れたとしてもまた帰ってこざるを得ません。

 アダム、エバの堕落は、アダム、エバだけの堕落ではなく、全般的な人類歴史を総合した立場での堕落です。言い換えれば、アダム、エバが堕落したというのは、善の父母になることができず、悪の父母になったということです。悪の父母によって悪の子女が生まれ、悪の子女が生まれることによって悪の氏族、悪の国家、悪の世界が形成され、この世界圏内に五十億の人類が存続しているのです。

 こういう堕落圏内にある今日の人類歴史は、喜びの歴史ではなく、悲しみの歴史であり、人類も喜びの人類ではなく、悲しみの人類であるに違いありません。愛を知るようになるとき、すべてのものが通じます。地上世界の平面的な事実だけでなく、霊眼が開いて、立体的な世界までも分かるので、神様を直接見て、接することができる境地に至るようになります。ところが愛の知覚が発達する前に、堕落してしまいました。天使長との不倫の関係を結んだのです。これが宇宙を破綻させた根本原因になったのです。

 こういう話を、お金を払って聞くことができますか。自分の家を売り、財産をはたいて、千年、万年祭祀を捧げても教えてくれる人はいません。統一教会の文先生しかいないのです。これは宇宙の秘密です。聖書にもこういう内容はないでしょう。聖書では、善悪の実を取って食べて堕落したといいます。善悪の実とは何の果実ですか。そのように幼稚園生にも劣る実力でもって、博士学位を検証し、博士の総会長になった文総裁に「異端だ」と言うことができますか。自分が異端でしょう。異端というのは、終わり(端)が異なるのではなく、終わりが見えないということです。

 私が解き明かした原罪と堕落の曲折は、人間の最初の家庭で起きた天使長との不倫の事件でした。「統一原理」でいうサタンは、観念的存在や仮想の存在ではなく、霊的実体です。神様の愛の理想を破壊して、神様の血統をサタンを中心とした血統に変えた元凶です。イエス様もヨハネによる福音書第八章で、人類の父が悪魔であることをはっきりと語られました。神様が御自分の外的体であるアダム、エバを通じて実現なさろうとしていた愛の理想を剥奪した愛の姦夫が、まさしく悪魔サタンなのです。皆さんには耳新しいでしょうが、私が霊界を開拓して宇宙の根本の曲折を究明しようと血涙のにじむ闘争をした結果、得た結論がこれです。皆さんも真剣に祈祷すれば、解答が得られるでしょう。

②怨讐の血統を受けた

 堕落人間は偽物になったので、接ぎ木しなければなりません。血統的に見れば、皆さんは先祖が違うというのです。なぜ養子にしかなれなかったのかといえば、お父さん、お母さんが違うからです。ですから統一教会で、愛によって堕落したと主張するのを否定することができません。聖書を見れば、善悪の実を取って食べて堕落したと書かれています。善悪の実とは何か知っていますか。善悪の実は果実ですか。風が吹けば、落ちてごろごろ転げ回る果実でしょうか。違います。

 アダムとエバの心にサタンが入って、一つになったので、サタンの血統を受け継いだというのです。愛の神様がなぜサタンを許せないのでしょうか。強盗、殺人も許し、みな許すと言ったのに、イエス様を信じるならば許されると言ったのに……。サタンを許してあげることができない理由とは何かといえば、人類の血統を汚したからです。それは何のことですか。神様の立場から見るとき、サタンは姦夫です。愛の姦夫。何のことか分かりますか。

 サタンを中心として結婚式をしたので、サタンを中心とした愛、サタンを中心とした生命、サタンを中心とした血統を受けなかったと否定することができません。もし善悪の実を取って食べずに堕落しなかったならば、神様を中心として結婚式をしていたことでしょう。統一教会の父母様が皆さんを祝福してあげたように、アダム、エバが成熟したあとには、神様が呼んで、祝福してあげたはずです。

 アダム、エバが善悪の実を取って食べずに完成していたならば、天地を創造した大王の息子、娘になるのです。大王の息子、娘というのは、その直系の長男、長女とは何ですか。正に王子、王女になるのです。天の国を代表した地上の王国を治めることのできる基盤になります。王権は二つではありません。一つだというのです。

 神様の手によって直接造られたひとり子、ひとり娘がアダム、エバです。アダム、エバが堕落したので、問題になったのです。それでは、堕落することによってどうなったのでしょうか。「取って食べるな」と言った善悪の実を取って食べて堕落しましたが、「取って食べるな」と言ったその言葉を実践していたなら、どうなっていたでしょう。キリスト教は、そのことを考えることができませんでした。考えてみても分からないのです。それは蒼々たる大海なのです。深いか浅いかについて、深さを測ろうとしても、それを測定する方法がありません。分かろうにも分かるすべがないので、無条件に信じなければならないという冠をかぶせたのです。けれども、無知には完成がありません。

 体を打つというようなことをなぜするのでしょうか。サタンの血、神様の怨讐の血を受けたからです。神様の怨讐とは誰かといえば、姦夫です。神様の愛の怨讐です。その姦夫の血を受けたのです。天国の王権を受け継いで皇后になることができたはずのエバが、悪魔の配偶者になり、僕の対(妻)になりました。これは天地の秘密ですが、先生の時代になって初めて暴露されたので、サタン世界は退かなければなりません。

 無知には完成があり得ません。サタンとは誰ですか。神様の姦夫です。こういう問題を見抜いたのに、これをみな伏せておいて、天国へ行きますか。伏せておいて救いを受けますか。とんでもないことです。でたらめな者たち! そのように信じて救われるのなら、私たちのような人は、とうの昔にみな救われて余りあるというのです。このように苦労しません。

 悪魔は、なぜ神様を憎むのですか。神様は、なぜ悪魔を憎むのですか。キリスト教の論理でいえば、キリスト教は「怨讐を愛せよ」と言っているのに、神様は怨讐であるサタンをどうして愛することができないのでしょうか。愛の怨讐を愛せば、天地がなくなるというのです。治める法がなくなります。存在する法がなくなるのです。

 サタンが神様の理想的愛を破壊させ、理想的生命、理想的血統を蹂躙したのです。そうして子供を生んだのですが、それが人間たちです。サタンの愛の表示、生命の表示、血統の表示であるその息子、娘を、神様は干渉できません。

 サタンがなぜうんざりするほど、今までの人類歴史において、道義の道を行こうとする人のところに例外なくやって来て、首を押さえて、背中に乗り、犠牲にするというようなことをやってきたのでしょうか。そのサタンとは、神様にとっては、神様の家族を奪っていった、強奪していった姦夫だというのです。お母さんが本来、神様に仕えて平和の王国を成し、平和の天地を成さなければならないのに、お父さんと私たちを追い出したというのです。サタンが入って、今日の人間をこのような姿にしてしまいました。何か他の罪を犯したのではありません。

 堕落は、血統の否定的動機から始まった事件でした。それで堕落の結果が現在まで原罪として遺伝してきているのです。血統を転換しなければなりません。なぜ血統を転換するのでしょうか。サタンの血統を受けて継承したので、血統を正さなければなりません。皆さんは、これをはっきりと知らなければなりません。

 サタン圏に属している人たちは、神様の血統とは全く関係がありません。すなわち、善の父母の子女として生まれなければならない人類が、悪の父母との因縁によって生まれました。それで悪を中心とした家庭、氏族、民族、国家、世界へと拡大されたのです。

 堕落とはいったい何でしょうか。生命の因縁が切れたということです。アダム、エバがどうなったかといえば、アダム、エバが関係して神様と一つになるべきところを、僕と一つになってしまいました。結局、神様の血統を受けなければならないこの人間たちが、僕の血統を受け継いだということです。ですから、堕落した人間たちがどんなに神様を父と呼んでも実感がわかないのです。それで自分のお父さん、お母さんがしたのと同じように、サタンの本性を引き継いで、自分を中心としてすべてのものを考えるようになり、天も何も、高いものはみな自分と連結させるのです。

 堕落することによって、真の父母を失い、真の夫を失い、真の子女を失ってしまいました。失うようになった動機は、エバと天使長によるものでした。こういう観点で見るとき、この地に生きている女性たちは、天使長の父、天使長の夫、天使長の兄に頼って生きているのです。ですから女性たちは悲惨なのです。裕福な家のお嬢さんが、自分の家の僕と暮らす立場になったのです。すなわち、僕の血統を受け継いで生まれたということです。ですから本来の夫、本来の父、本来の兄の愛を受けられなかった女性たちなのです。

 悪魔は、何によって堕落させたのでしょうか。善悪の実だというのですか。善悪の実を食べてどこを隠しましたか。口を隠しましたか。手を隠しましたか。下部を隠したでしょう。それが悪を蒔いた種になりました。青少年時代、成熟する前に堕落しました。この歴史的な人間の世の中の血統がそこから広がったので、それが人間の終末時代において盛んになるのです。全世界的に青少年たちが、アダム、エバのように日陰で独自に愛の倫理を破壊させて、天を恐れない時になれば、サタンの全権時代が地上に到来すると思え、ということです。その時は、神様の鉄槌が目前に迫るのです。

 血統的にこじれたために六千年かかるのであって、そうでなければ一日でみな復帰できるというのです。血統的に固まってしまったので、能力のある神様が一度にみな抜いてしまえば、死んでしまうのです。それで六千年かかってやってきたのです。善悪の実を取って食べて堕落したというのですか。そうであるなら、どんなにいいでしょうか。

 罪の基盤、堕落の基盤、悪の基盤、地獄の基盤、こういうものは具体的にどのように生じるのかということが問題です。アダム、エバに戻って考えてみましょう。アダム、エバがなぜ堕落したかという根源を探ってみると、アダム、エバは神様が命令した「善悪の実を取って食べるな」という言葉を不信して堕落しました。

 二つ目は、自己中心的だというのです。三つ目は、自己を中心として愛そうとしたことです。これが堕落した中心的骨子の内容であるがゆえに、この内容を共に行おうとする者はサタン側だという結論が出てくるのです。堕落した人たちはみな、不信の愛で、自己中心の愛で愛した人たちです。結局、自己中心の愛を主張するのが、この世界の人たちだと見るのです。

 堕落が善悪の実を取って食べたことだというのですか。善悪の実とは、女性のそれです。女性は善の夫に出会えば、善の母になり、悪の夫に出会えば、悪の母になるのです。今日、統一教会の文総裁が言うことは、理論的に否定できません。心と体が争う起源は、夫婦の争いによって始まったからです。これを理論的に否定できません。

③メシヤとして真の父母が必要

 私たちにメシヤが必要な理由は、救いを受けるためです。それでは、救いに必要な根本的な基点とは何ですか。それは神様の愛の接触点へ帰ることです。ところが人間は、神様とは関係のないサタンの実体をもった存在になってしまいました。これは神様の愛とは正反対なので、蕩減されなければなりません。蕩減とは原罪を除去することであり、原罪を除去するには、血統的なことが根本的に存在します。血統的なものは、堕落人間としては到底解決できないものです。それでメシヤが必要なのです。

 アダム一族において、真の父母が生まれることができずに罪の父母が生まれたので、これを真の父母の役事を通して蕩減復帰し、神様に接ぎ木しようということがメシヤの思想であり、救世主の思想です。そのようになったのは人間の堕落のゆえです。

 メシヤとは誰でしょうか。真の父母です。それでは真の父母が、なぜ必要なのでしょうか。真の父母の愛に再び接ぎ木されなければならないからです。ですからメシヤである真の父母が現れなければ、堕落した人間は原罪を脱いで、罪のない解放された立場から完成段階の祝福を受ける場に出ていくことができないのです。

 堕落した人間が要求する救い主とは、どんな救い主でしょうか。堕落した父母の立場ではなく、堕落していないアダム、エバのような立場で、神様のみ旨と一体となって神様の愛を受け、神様の祝福を受けることができる真の父母の立場で、人類を生んでくれる救い主でなければなりません。そうでなければ、人間は原罪と関係のない立場に上がることができません。

 真の父母が必要なのは何ゆえでしょうか。心情圏を中心として、その根を下ろさなければならないためです。今は根が違います。堕落によって幹と枝がすべて違います。ここで新たに、根が真の父母から始まって、幹と枝が出て接ぎ木をするのです。切って、接ぎ木するのです。接ぎ木して、それが宇宙の大きな主流になるのです。サタン世界のすべてのものを切ってしまわなければなりません。根まで切ってしまわなければなりません。

 人間は堕落によって、神様とは関係のないサタンの実体をもった存在になってしまいました。これは神様の愛とは正反対なので、蕩減しなければならないのです。蕩減とは原罪を除去することであり、原罪を除去するには血統的なことが根本的に存在します。血統的なものは堕落人間としては到底解決できないものです。それでメシヤが必要なのです。

 エデンの園で結婚を誤ったことが堕落なので、今、真の父母が正しく結婚させてあげることにより、再びひっくり返したのです。偽りの父母が誤ったことを真の父母が清算することにより、地獄を撤廃して数百、数千億の霊界の先祖たちまで祝福結婚をさせてあげるということが起こるのです。真の愛を中心とした地上の子孫たちの家庭基盤を通じて、霊界の先祖と地上の子孫が縦的に一つに合わさるだけでなく、このような家庭基盤を基点として東洋と西洋が互いに連結されます。

 皆さんは、新しい血統を受け継がなければなりません。受け継ごうとすれば、メシヤが父として来て、サタン世界に勝ち、サタンが干渉できない超世界的な基盤の上で、エバに侍って蕩減復帰しなければなりません。そうして、夫婦の因縁を中心とした家庭における息子、娘を立てて、横的に接ぎ木するようなことが行われなければなりません。それで統一教会で祝福してあげるのです。

 統一教会は違います。統一教会は、血統がどこから始まったのでしょうか。神様から始まったのです。ですから、いくらでもサタン世界で反対してみなさいというのです。反対していれば、損害賠償を払うようになるのです。

 真の父母は、血統転換する新しい祝福結婚行事を通じて、全人類を神様の真の愛、真の生命、真の血統に接ぎ木して、真の人として救い、さらに真の家庭を成して地上天国を建設されるのです。

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二 真の父母と重生と血統転換

1.真の父母はどんなお方か

①真の父母は原罪のない始祖

 真の父母とは何でしょうか。堕落していなかったら、神様は縦的な愛になり、アダム、エバは神様の体になります。神様の体のようなものだというのです。神様は骨のようなもので、アダム、エバは体のようなものです。神様も心があり、体があります。神様は内的な立場で内的な父母になり、アダム、エバは外的な立場で外的な父母になります。内的・外的父母が一つになったその場で、愛で結ばれ、内的父母に侍るようになり、外的父母をもつようになります。神様と人間との愛の結合によって、真の父母、すなわち、完成した人間が成就するはずだったのです。愛と結合しなければ、完成人間がいないというのです。

 真の父母の立場は、どんな立場でしょうか。アダム、エバが神様を中心として完全に一つになり、サタンの讒訴圏を抜け出した立場です。サタンが讒訴することのできる内容を残さずに、完成基準を越えた立場に上がって、初めて真の父母の起源が生じるのです。これが原理的見解から見た真の父母の起源です。しかしその見解にふさわしい立場は、簡単につかむことができるものではありません。

 新しい父母とは、どんな父母でしょうか。昔エデンの園で堕落したアダム、エバは堕落した父母ですが、これから人類を再び生み変えてくれるその父母は、堕落していない立場で、神様のみ旨と一致した立場で、神様の公認を受けることができる本来の父母なのです。堕落しないで、み旨を完成し、神様の愛を中心として神様の懐で理想的な家庭を成して、善の子女を繁殖できる、そのような本来の基準に立つことができる父母なのです。その父母は、堕落とは関係がありません。

 もともとアダム、エバが堕落しなかったならば、人類の父母になって神様を中心とした世界を成し遂げていたことでしょう。ところが彼らが堕落することによって、サタンが主管する偽りの父母になってしまいました。したがって、本来神様の創造理想によって立てようとした真の父母はいなくなりました。真の人類の先祖がいなくなったということです。

 真の父母とはどんな存在でしょうか。真の父母は、全体の希望の象徴です。堕落した人類の前に絶対的な希望の象徴なのです。彼は、歴史的な結実体であり、時代的な中心であり、人類が生きている今日、この世界へ連結することができる未来線上における出発点です。

 真の父母というその名前の三文字(韓国語で)を考えるとき、真の父母によって歴史が治められ、真の父母によって新しい世界へ戻ることができる起源が生じ、真の父母によってサタンを屈服させることができる内的な因縁が決まり、真の父母によって外的な世界を占領しているサタンを征服して、初めて神様の解怨を成就することができる中心が決定されるのです。したがって、真の父母と共に生き、真の父母の命令を奉じて行動できるこの驚くべき恩賜に、皆さんがまず感謝しなければなりません。

 人間の願いは、真の父母に出会うことです。死の道を行くとしても出会わなければならない人が真の父母です。歴史をみな失い、時代をみな失い、自らの子孫をみな失ってしまうようなことがあっても、真の父母に出会うならば、歴史を見つけることであり、時代を見つけることであり、未来を見つけることになるのです。このような方が正に真の父母だということを皆さんは知らなければなりません。

 メシヤがこの地上に来られるとき、その方は、個人として来られても個人ではありません。その方の価値は、全世界の人類が信じている信仰の結実体であり、全世界の人類が願っている希望の結実体であり、全世界が願っている愛の結実体です。その結実体には、すべての歴史路程が連結されています。すなわち過去、現在、未来がみな連結されています。そして個人から家庭、氏族、民族、国家、世界がすべて連結されていて、天と地がすべて連結されているのです。

 イエス様は、人類の父母の位置に立たなければならない使命をもって来られましたが、そのみ旨を成就できずに亡くなりました。したがって再臨時代には、そのような立場を蕩減復帰して勝利しなければ、その理想の世界へ上がれないのです。その仕事をこれまでやってきたのが統一教会です。

 真の父母は、完成したアダムとして、アダムが失敗した第一の父母の基準を復帰しなければなりません。また、第二アダムとして来られたイエス様が失敗した父母の基準を完成させなければなりません。再臨時代において先生が苦労の伝統を立てざるを得なかったのは、イエス様が霊的基台しか立てられず、霊肉ともの世界的な基台を立てることができなかったからです。

 私たちが知っている真の父母とは何でしょうか。人間の先祖です。人間先祖。ですから真の父母を自分の父母のように侍らなければなりません。

 人類には真の父母が必要なのです。なぜそうなのでしょうか。愛の軸に連結することができる原則的なことが、歴史始まって以来初めて起こったのです。歴史始まって以来、前にもなく、あとにもありません。はっきり知らなければなりません。軸は一つです。絶対に二つではありません。その軸とは、正に真の愛です。

 歴史始まって以来、神様の名によって人類の男性を代表して勝利した人がいませんでした。これまで先生は、そういう勝利の基準を立てるために闘ってきました。統一教会と先生は、苦労をしなくてもいいのですが、こういう原則を知っているために、苦労せざるを得ないのです。

 人類が願うものとは何でしょうか。真の父母に侍ることです。六千年前にアダム、エバが成婚して全人類が神様の子孫にならなければならなかったにもかかわらず、堕落することによって人間たちはサタンの子孫になってしまいました。したがって私たちは、六千年前に失った天の側の真の父母を再びこの地上に探し立て、真の父母の愛の因縁を通じて重生しなければなりません。そうしてこそ天国の国民になることができるというのです。

真の父母とは何でしょうか。肉身の父母は、真の父母と何が違いますか。真の父母とは何ですか、何をするのが真の父母ですか。愛を中心として話すとき、その肉身の父母と真の父母とでは何が違いますか。何が違うかといえば、愛に対する概念が違います。正に愛の概念が違うということです。肉的父母は肉身を中心とした愛を教えてくれるのであり、霊的父母は霊的な世界を中心とした愛を教えてくれるのです。内容が違うということです。

②真の愛によって人類を生んでくださる

 皆さんは、真の父母と関係ない立場で、天の前から追い出された偽りの父母の血統を受けて生まれたので、この血統から抜け出すためには、血統を否定して否定して抜き取らなければなりません。そうして血統を根本的に変えずしては天の国に行けないのです。

 真の父母は何をしなければならないのでしょうか。サタン世界の根っこの間違った血統を正さなければならず、間違った生命を元に戻さなければならず、間違った愛の道を正しく開かなければなりません。

 血統的転換を成すためには、アダムの骨髄まで、骨肉の中心部まで入っていって、将来の赤ちゃんとなるその種に神様の愛と結束した勝利的条件を充足させなければ、神様の子女として生まれることができません。これは理論的に間違いないというのです。聖書に、そのようにしてきた記録があるでしょうか。あるとするならば、聖書は神様のみ言だということです。

 堕落した人間が要求する救い主とは、どんな救い主でしょうか。堕落した父母の立場ではなく、頃落していないアダム、エバのような立場で神様のみ旨と一体となって神様の愛を受け、神様の祝福を受けることができる真の父母の立場で、人類を生んでくれる救い主でなければなりません。そうでなければ、人間は原罪と関係のない立場に上がれないのです。

 真の父母が必要なのは何のためでしょうか。心情圏を中心として、その根を下ろさなければならないからです。今は根が違います。堕落によって幹と枝がすべて違います。ここで新しくこの根が真の父母から始まって、何が出てきたのでしょうか。幹と枝が出てきて、接ぎ木するのです。切り取って、接ぎ木します。接ぎ木して、それが宇宙の大きな主流になるのです。

 サタン世界のすべてのものを切ってしまわなければなりません。根まで切ってしまわなければなりません。

 今日、万民が願うこととは何でしょうか。世界国家を迎える前に、真の父母を迎えようということです。また未来の子孫たちは誰から出発したいのでしょうか。皆さんの息子、娘は皆さんの血統を通じて生まれたいのではありません。真の父母の血統を通じて生まれたいのです。ですから真の父母は、新たな未来の出発点になるということです。

 真の父母は何をしなければならないのでしょうか。サタン世界の根となる間違った血統を正さなければならないし、間違った愛の道を正さなければなりません。聖書に「生きんとする者は死に、死なんとする者は生きん」とありますが、そのような逆説的な論理がなぜ出てこなければならないのでしょうか。正にサタン世界は死ななければならないからです。

 真の父母と真の父母の子供というのは、永遠不滅の宿命的な業(関係)です。これは誰も分けられないのです。千年、万年、その道を行かなければなりません。行く道は、二つの道ではなく一つです。他の方法はありません。秘法がないのです。その道を行かなければならないのです。

 エデンの園で結婚を誤ったことが堕落なので、今、真の父母が正しく結婚させてあげることにより、再びひっくり返したのです。偽りの父母が誤ったことを真の父母が清算することにより、地獄を撤廃して数百、数千億の霊界の先祖まで祝福結婚させてあげるようなことが起こるのです。真の愛を中心とした地上の子孫たちの家庭基盤を通じて、霊界の先祖と地上の子孫が縦的に一つに合わさるだけでなく、このような家庭基盤を基点として東洋と西洋が互いに連結されます。

 養子はどのようにしなければならないのでしょうか。真の息子から接ぎ木を受けなければなりません。野生のオリーブの木を切り捨てて、真のオリーブの木の芽を接ぎ木しなければなりません。渋柿の木が甘柿の木になる運動をしなければならないのです。重生するためには真の父母の血統を受け継がなければなりません。それで人類が願うのは真の父母であり、イエス様と聖霊が願うのは「小羊の婚宴」です。

 まずは父母を心から慕わなければなりません。私の生命の動機も父母であり、私の願いの一切も父母であり、私のすべての理想と幸福の根源も父母だという基準を中心として、父母に侍らずしては救いを受けられません。皆さんはそのように侍ってみましたか。皆さんはこれをはっきりと知らなければなりません。ですから「私は真の父母と永遠に一つになることのできる息子、娘だ」という信念を、自分の存在意識を超越できるほどに固くもたなければなりません。そうでなくてはならないのです。

 皆さんは買ってきた人たちです。人類を与え、天宙を与えて、買ってきた人たちです。ゆえに神様は、皆さんをおいて天地を審判したいと思われるのです。神様は、サタン世界の奴隷の立場にある皆さんを買って、神様の息子、娘として立てました。ゆえに皆さんは、福を受けた栄光の子女たちです。ですから全世界で皆さんを「くれ」と言うとき、与えることができる皆さんにならなければなりません。サタンにまでも与えることができる皆さんにならなければなりません。

 皆さんは、先生の血と汗の代価で買ってきた人たちです。先生の体を与えて、買ってきた人たちです。したがって、皆さんも先生のような仕事をしなければなりません。先生は食口たちを誇りたいのです。このような立場で公約しましょう。

2.重生摂理の核心

①生まれ変わるということの真の意味

 再び生まれなければならないというのは、堕落したアダム、エバの子孫の父母の血縁を通じて、もう一度生まれなければならないということではなく、堕落と関係のない父母の血縁を通じて再び生まれなければならないということです。そうでなければ、神様に帰ることができないのです。罪の根本の根はアダム、エバから始まったがゆえに、これを踏んで越え、すなわち原罪と縁がない立場で生まれたという資格を備えなければ、神様のそばに絶対に帰ることができないのです。

 神様が私たち人類を救おうとする目的はどこにあるのでしょうか。堕落圏以下では、どんなに救おうとしてみたところで、救援ができないのです。それで神様は、堕落していないアダム、エバ以上の真の父母をこの地上に再び送り、その父母を通じて人類が再び生まれる路程をたどらせ、永遠にサタンとの関係をなくさせ、讒訴しようにも讒訴できないようにされ、神様だけが主管し、神様だけが干渉できるようになさるというのです。そのような立場で人類が再び生まれなければ、原罪をもった人間が原罪のない立場に戻ることはできないのです。

 真の父母が真のオリーブの木ならば、皆さんはみな接ぎ木されなければならない野生のオリーブの木です。脇の芽であり、脇の枝です。これは新しい枝が出てこそ、正常な生態作用をすると見ることができるということです。人類は、信頼と愛と実体を失ってどうなってしまったのでしょうか。血統的に逆になってしまいました。それでひっくり返さなければなりません。すなわち、ニコデモがイエス様に「天国に入るには、どうしなければなりませんか」と尋ねると、「生まれ変わらなければ、天国に入れない」という最も重要で、事実的な内容を明らかにしたのです。

 生まれ変わるというのは、心が改変しなければならないということです。

 ニコデモがイエス様に「どうしたら救いを受けることができますか」と尋ねると、「生まれ変わら(重生し)なければならない」と言われたのです。それは、サタンの子として生まれたので、救いを受けるには、神様の聖霊を受けて、再び生まれなければならないということです。今までサタンと結んできたすべての関係を清算して、神様と創造本然の関係を結ばなければならないという言葉です。

 神様の摂理で信仰を立てたとしても、神様の子供に復帰されるためには、接ぎ木されなければなりません。

 生まれ変わるには、アダム、エバより劣っていてはできないし、またアダム、エバより劣っていては根本復帰もできません。生まれ変わるにも個人が生まれ変わらなければならないし、家庭、民族、国家、世界が生まれ変わらなければなりません。この事実を、今日のキリスト教徒たちは知らすにいます。

 今日、キリスト教を信じる人たちの中には「再び来られる主は、雲に乗って来られる」と信じる人々もいます。何も知らない中でも、信じれば救われるという考え方では、真の信仰をすることができません。そんなに簡単に救いを受けることができるならば、統一教会はこの世に必要な宗教ではありません。

 野生のオリーブの木に真のオリーブの木を接ぎ木するときは、枝を切ってそこにつけるのではなく、木の下のほうを切って根だけ残しておいて、その上につけるということです。この話は既成教会が再び来られる主によって、既存の体制や制度、またはすべての儀式を変えて、新しく出発するようになるということを意味します。

 彼らが信仰生活を通じて結んだ実は野生のオリーブの木の実なので、真のオリーブの木の実を結ぶためには、大木を切り取って、芽接ぎをしなければならないのです。もし接ぎ木することができなければ、根まで引き抜いて、燃やしてしまわなければなりません。そのまま置いておけば、野生のオリーブの木の実が畑に蒔かれて、数多くの野生のオリーブの木をつくり出すからです。

 野生のオリーブの木を切るのは、新しい真のオリーブの木の芽を接ぎ木するためです。問題は真のオリーブの木の芽や野生のオリーブの木の芽が、外から見ると全く同じなので、いさかいが起こるようになっているということです。特に再臨上が来られる時には、多くの偽キリストが現れるので、真実を見つめる価値観と目が混乱を起こしかねないのです。それで「絶えず祈りなさい」と言ったのです。

 野生のオリーブの木の下のほうを切って、真のオリーブの木を接ぎ木することによって、野生のオリーブの木はみななくなり、真のオリーブの木の畑になるはすです。このような作業をレバレンド・ムーンがしようとするので、大騒ぎなのです。彼らは自らの体が切られる痛みを恐れて、「いかさま庭師ではないか」と思うからです。摂理歴史の春とともに、野生のオリーブの木に接ぎ木をする作業が始まりました。

②重生しようとすれば

 新郎のイエス様の愛と新婦の聖霊の愛が一体となったその愛が、私の骨肉と一つにならなければなりません。すなわち、「私があなた方の中にあり、あなた方が私の中にあって」というイエス様のみ言のように、愛の心情基盤が成される前には、キリスト教でいう永生はあり得ないということです。

 皆さんは重生されなければならないといいますが、重生されるには、イエス様を誰よりも愛さなければなりません。堕落圏内で、すなわちサタンの愛圏内でなされるそのいかなる愛よりも、神様を中心としてなされる愛が、より次元が高くない限り、神様と連結することができる道がないということを知るべきです。これが受難の道であり、宗教人たちが行くべき険しい道だというのです。

 キリスト教徒たちもイエス様を日ごとに思慕しており、イエス様が再臨されることを首を長くして待っており、無心になって「新郎イエス様、いらしてください」と二千年間叫んできませんでしたか。しかし、体がばらばらになり、胸が裂けて、骨髄が溶ける立場、体の中にあるのか体の外にあるのか分からない境地、ただ神様やイエス様とのみ通じることができる境地に入るとき、初めて聖霊が臨むのです。聖霊が臨むことによって、霊的な赤ん坊として再生することのできる霊的重生の役事が起こるというのです。

 皆さん、そのような体験がありますか。そのような体験がない限り、まだサタン世界の息子、娘だということです。まだサタンの讒訴を受けざるを得ない人だということを皆さんは知らなければなりません。そのような人は、天国に行くことはできません。

 イエス様はニコデモに対して、「あなたが生まれ変わらなければ、天国に入ることができない」と言われました。今まで生きてきた私は、いずれにせよ歴史的に否定されなければなりません。どんなに良くやったと弁解して自ら立てた何かがあるとしても、私自体は否定されなければなりません。堕落人間であるがゆえに、そのような圏内を抜け出すことができないのです。否定されるべき生涯であり、否定されるべき生活であり、否定されるべきしかばねの人生であったというのです。

 血統を転換するのはメシヤがするかもしれませんが、転換できるように行動するのは自分自身でなければなりません。このような基準が成されない限り、私たちは救いの道に至ることができません。それは決して容易に成されるものではなく、生きるか死ぬかの境地を通過しなければなりません。四十日断食祈祷であるとか、血を吐く死の境地に行ってこそ、血統転換が可能です。

 世界の万民は真の母が現れる前に生まれたので、意味もなく生まれたことになります。それでイエス様と接ぎ木した立場でイエス様の腹の中に入っていって、イエス様が夫婦になったとき、聖霊を通じて再び生まれなければなりません。偽りの愛によって生まれたので、真の愛を通じて再び生まれなければならないということです。キリスト教で愛を強調する理由もそこにあるというのです。

 イエス様と一体になるには、愛以外にはありません。真理でも正義でもありません。生命があるのに先立って、愛が必要です。愛は歴史も跳び越えることができるし、距離や空間の支配を受けないというのです。

3.真の父母の中心思想は血統転換

 血統的転換は誰がするのでしょうか。それは誰でもできることではありません。先生がこのことをするために、涙ぐましい十字架の道を歩んだということを知らなければなりません。こういう基準があるので、皆さんは何の功労もなく祝福という新しい伝統を受け継ぐようになりました。転換の勝利圏を立てるには、数千年に及ぶ神様の労苦と、実体を中心とした先生の苦難の生涯がありました。これを土台として立った所が、正に皆さんが立っている所です。祝福とは、接ぎ木することであり、接ぎ木することによって血統が変わることです。

 血統の同一性が必要なので、神様の心情圏に従わざるを得ないのです。なぜそうなのかといえば、根が違います。幹が違います。しかし、根が同じでなければならず、幹が同じでなければならず、芽が同じでなければなりません。そこには絶対的に血統転換という、とてつもない問題が起こるのです。それは、一人ではすることができません。真の父母がいなければなりません。

 神側では、サタンの偽りの愛圏にいる人間をより大きな神様の愛によって奪ってきて重生させるのです。人間が偽りの愛の父母、偽りの愛の先祖、偽りの愛の血統を通じて生まれたがゆえに、真の愛の父母、真の愛の先祖、真の愛の血統を通じて再び生まれてこそ、神様の子女、神様の民になるのです。イエス様の聖血が貴いのも、聖餐の儀式もみな、血統転換を通じて神様の子女になる摂理を形状的、象徴的に表すものです。

 皆さんは血統転換、これの実感がわかないでしょう。皆さん、いつこのようになりましたか。先生がアベルになるとき、皆さんはカインとして完全に一つになるのです。この関係があるので皆さんが先生と一つになれるのであって、この関係がなければ大きな問題が起こるというのです。

 神様の心情は、どこで連結されるのでしょうか。理論では連結されません。血統を通じてのみ連結されるのです。皆さんは、神様の心情の血統を受けました。今までは知らなかったというのです。それで皆さんが祝福を受ける前に、血統転換式があります。その時は、私は何もないという無の境地に入らなければなりません。私の体はないという立場に立って、父母様の血肉を再び受け継ぐ結着点が、私から始まるという信念をもたなければなりません。

 皆さん、祝福を受けるとき、血統転換式をしたでしょう。皆さんは何も知らずに先生がさせるまま従ってやっただけですが、それがそんなに簡単なものではありません。イエス様が夫婦関係を成すことができなかったために、歴史がこのように混乱してきたということを考えて、その目的に合う一双を立てるという心情的基準から見るとき、祝福で血統を汚すような何かがある場合には、大変なことになります。これは刑罰が問題ではありません。

 エデンの園では未完成期に堕落した者も追い出しましたから、完成の心情的基準で罪を犯したとすれば、言うまでもありません。そのような者は、後ろ姿も見たくない神様であられます。先生もやはりそうです。

 祝福を受けるとき、皆さんは血統転換式をしたでしょう。その次からは完全に変わらなければなりません。真の父母が出てこなければ、このことが可能ですか。創世以後、どんなに険しい道を歩んできましたか。真の父母が現れたことだけでも有り難いのに、真の父母から祝福を受けたということは、もっと驚くべきことです。こうした伝統、その伝統とは、血統の伝統です。真の愛と、真の生命と、真の血統を植えた伝統ができているのです。これを、いつも考えなければなりません。

 祝福家庭は、どんな意味をもっているのでしょうか。祝福家庭を中心として見るとき、サタンは祝福家庭を支配できないというのです。どんな国においても先生を完全に信じて真の父母に属したという信念をもって立つようになるとき、サタンはそれを侵犯できないのです。なぜそうなのでしょうか。父母様の心情を中心として血統転換した心情圈に連結されているからです。それで、ここからはサタンが手をつけられないのです。

 復帰途上で僕の僕の時代から僕の時代を経て、養子の時代、直系の時代に上がらなければなりません。それでは完全に僕の僕の時代を経て、僕の時代、養子の時代を経て、直系の時代と因縁が結ばれるでしょうか。

 直系の時代と因縁を結ぶには、そのままでは結ばれません。必ず原理によって、信仰の基台を経、実体基台を経て、メシヤのための基台を経なければなりません。すなわち、メシヤを迎えなければならないということです。メシヤは神様の真の息子です。養子と真の息子では、血統的な関係が違います。それで血統転換が必要だというのです。

 堕落人間は、血統を転換しなければなりません。これが根本的な問題です。神様と人間との関係は父子の関係ですが、このようなすべてのものが未知の事実として残っていたがゆえに、歴史が解けず、今までも神様の摂理を知らなかったのです。血統転換も個人圏、家庭圈、民族圏、国家圏、世界圈、みなしなければなりません。

 これをするには、メシヤにならなければなりません。父母が出てくることによって、父母から血統が出てくるのです。父母が出てこなければ、血統が転換されないのです。このようなすべての問題に個人が責任をもたなければなりません。個人がみなこういうことをして、越えていかなければなりません。これを知らないので、知っているメシヤが来て、代わりにやってあげるのです。

 堕落人間は、出発が間違ったというのです。ですから、また帰らなければなりません。帰ることは帰るのですが、どこに戻るのでしょうか。原点へ戻らなければならないのです。偽りの父母によって始まったので、原点へ帰って真の父母によって再び始めなければなりません。ですから、どれほど深刻ですか。

 私が神様の愛と、神様の生命と、神様の血統を再び受け継がなければなりません。それで皆さんが祝福を受けるとき、血統転換式をしたでしょう。それを自分の生命よりも信じなければなりません。統一教会の一つの儀式ですが、ただ一般の宗教儀式だと思ってはならないのです。これは死んだ人を回生させる注射の薬と同じです。解毒注射です。

 聖書の歴史を見れば、ヤコブはお母さんと一つになって父を欺いて祝福を受け、タマルの歴史を中心としてもこのような非人間的行為をしたのに、ユダ支派を通じてイエス様が来るとはどういうことですか。血統転換という問題があるからです。血統を清めなければなりません。キリスト教だけが血統を重要視して、血統転換を主要思想とみなしてきました。他の宗教にはこういう歴史がないので、ここに従わなければならないという結論が出てくるのです。

 ですから血統転換というものを中心として見るとき、文総裁はキリスト教を外すことができませんでした。選民思想を受け継いだキリスト教を外せなかったというのです。(世界基督教統一ではなく)「万教統一」と言っていれば、どうして私が迫害を受けるでしょうか。何のことか分かりますか。骨髄思想がこのようになっているためです。はっきり知らなければなりません。

4.血統転換の三段階過程

①聖酒式

 統一教会の祝福を受けるとき、血統転換式があります。皆さんは血統転換式をしたでしょう。蕩減棒行事とか三日行事とか、どんなに複雑ですか。そこには、サタンは入ることができません。それは真の父母と神様によって天国の門を開き、解放を宣言して立ったものであるがゆえに、長成期完成級で活動していたサタンは関係をもつことができないのです。祝福を受けた家庭は血統転換式をしたことを知っていますか。それを経なければならないのです。

 皆さんが婚約式をしたあとには聖酒式があり、その次に結婚式があります。それでは、この婚約式と聖酒式、そして結婚式はいったい何でしょうか。これは、ある前例に従って行う式ではありません。堕落したすべての内容をもう一度、象徴的に再現させて、それを蕩減するために行う不可避な行事なのです。

 堕落した人間は、サタン世界の偽りの愛によって汚された過去のすべての愛を否定して、新たに神様の愛を中心として真の父母の愛を再現させることができる復活的な実体を備えずしては、祝福の場に行くことができません。したがって聖酒式は、まさしく真の父母の愛の関門を通じて、新しい生命の基準を成すことを約束する儀式です。

 聖酒式は何をするものでしょうか。新しい愛を中心として神様の体を自分の体の中に投入させる儀式です。堕落した体は一つしかないので、神様の愛を中心として取り替えるのです。これが正に聖酒式だというのです。イエス様が、「パンは私の体を象徴するものであり、ぶどう酒は私の血を象徴するものなので、あなた方はそれをもらって食べ、飲まなければならない」と語ったのと同じように、愛を中心として、神様の実体を中心として、新しい血統を受け継いで原罪を洗い清めることができる式です。この式を経ずしては、祝福の場に行けないのです。ですからこの式は、血統を転換させる式です。

 「血統転換」という絶対語が必要です。皆さんも祝福を受けるとき、血統転換式をしたでしょう。その血統を転換するためには聖酒がなければなりません。そして聖酒という酒が出てくるためには、二十一種類の選別過程を経なければなりません。それが何か知らないでしょう。それは空中で実を結ばせるものと、地で実を結ばせるものと、地の下で実を結ばせるものを中心としています。その次には鉱物世界、植物世界、動物世界で最も貴いもの、このように二十一種類の選別された物を通じて、その過程を経るのですが、そのすべてのものが讒訴条件に引っ掛かってはいけません。七カ月間、使わずにおきますが、そこに不祥事が生じてはいけないのです。

 聖酒式は蕩減復帰式です。聖酒式は天使長の立場でするのです。ですから血統とすべてを捧げます。すべて復帰する条件になります。ここでお母さんを通じて先生がするのです。皆さんも全く同じ立場です。そのような立場で橋を架けるのです。聖酒式をこのように挙行することによって、皆さんが父母の場と同じ復帰の場に入っていくというのです。それを知らなければなりません。

 聖酒は女性が先にもらいます。女性が先に先生に敬拝して聖酒をもらい、半分だけ飲みます。その次は、夫が敬拝しなければなりません。これは、女性が半分飲む時は、男性は頭を下げているのです。この時は、女性がお母さんの立場にあります。お母さんの立場と同じです。こうして女性が半分飲んで残ったものを男性にあげ、男性が飲むことによって因縁が結ばれます。それで男性も対等な場に行くことができるというのです。

 聖酒式は、アダム、エバが堕落したその反対のコースで行うものです。結婚するには、婚約式がなければなりません。その次は聖酒式です。そうしてこそ結婚式に進むのです。皆さんは堕落したので、アダム、エバになれなかったのです。婚約式は、息子を取り戻そうという神様の前に、真の父母の前に、「堕落した息子より立派なアダム、エバになりました」と言うものです。

 アダム、エバは婚約段階にあったのです。こうして一つの世界がここから誕生するのです。ですから、このようなすべての因縁を連結させる条件を成立させることが聖酒式だ、ということを知らなければなりません。

 聖酒を飲むには、天使長からエバ、エバからアダムです。皆さんはどのようにするかといえば、エバが受けます。エバがいなければ、男性は再び生まれることができません。復帰なので、エバに杯を受けさせ、半分だけ飲んで、その次にエバが夫に与えます。杯をもらう時は、お父様から頂く代わりなので、礼をして、実際には三拝ですが、礼を一回だけでもいいです。三拝するという気持ちをもって、それを頂いて半分を飲んで、それを夫に。それを飲んだあとは、返してもらいます。そして反対にします。

 そのようにすれば、心情的に一体化します。実際には、その前に先生が女性たちに手をのせて祈祷しなければなりません。先生が女性の手にこのように祈祷します。これが一体化の祈祷です。そういう祈祷をして聖酒を飲めば、堕落の血統をきれいにすることになります。それが条件です。キリスト教の洗礼式のようなものです。血統転換式! 分かりますか。

 天使長を通じてエバが堕落したので、復帰歴史においては、エバがアダムを通じて天の前に立って天使長復帰をしなければなりません。そのために行うのが聖酒式です。聖酒式をするとき、先生が女性に先に与えるでしょう。なぜそうなのか知っていますか。それが失ったエバを復帰する式なのです。聖酒式をすることによって霊的に一つとなり、心情的に一つとなり、肉的に一つになるのです。絶対的な内約なのです。

 聖酒は、ただ作られるのではありません。ただそのままできるのではないということです。サタンと神様の立ち合いのもとに、霊界にいる数多くの天使たちの立ち合いのもとに作られるのです。そして、そこには皆さんが知らない二十一種類の物が入っています。万物世界と人間の復帰歴史の過程で形成される、すべての物が入っているのです。

 聖酒を作る時は、霊界の霊人たちが来て、「頼むから一杯だけ注いで自分に飲ませてくれ」と強要します。聖酒を飲めば、復帰されることを知っているからです。それで、こじきが群れになって来て、しきりに「自分たちにも恵みをくれ」と言います。先生にはそれができるということを知っているのです。しかし、先生は、霊界のための先生ではありません。地上のための先生です。ですから「君たちは待ちなさい」と言って、苦労した皆さんに与えたのです。

 聖酒には、父母の愛を象徴するものが入っています。そして血を象徴するものが入っていなければなりません。したがってそれを飲めば、父母の愛と一体になり、また血と一体になります。こういうものが聖酒の内容なのです。

 聖酒は、どのように作られるのでしょうか。それは地と海と空を象徴し、全体を象徴するものから作られた酒です。聖酒には三種類の酒が入っています。それ以外に、すべての万物を象徴するものが入っています。これを飲むということは、霊的に生まれ、肉的に生まれることを意味します。この式がなければ、原罪を脱ぎ、血統を転換することができません。血統が転換されなければ、完成基準を通過して神様の愛と一体となることができないのです。したがって聖酒式は、そのすべてのものを蕩減する式だということを知らなければなりません。

 聖酒式は、堕落によって血統的に汚されたサタンの血を抜いてしまうものです。言い換えれば、原罪を取り除く式だということです。

 聖酒にはサタンの讒訴のない万物の要素がみな入っています。その聖酒をもらって、真の父母と一つになった自分自身を汚す行為をすれば、サタンよりも恐ろしい立場に立つようになります。サタンは長成期完成級圏を汚して蹂躙しましたが、祝福を受けた者が過ちを犯せば、完成期完成級園で神様の実体を犯した罪が残るので、永遠に許されません。これは実に恐ろしいことです。

 聖酒式をしたその場は、父母様が通過してきたすべての受難の道をみな蕩減してあげるためのものです。それは天下、宇宙を与えても替えられない貴い立場です。それを汚してはいけません。そうすれば当然、責任追及を受けなければなりません。

 祝福家庭の二世たちと新しく入ってくる若い層、祝福対象者たちとは何が違うのかというのです。皆さんが祝福を受けるときは、聖酒式が必要であり、それ以外に必要なものが多いのです。複雑なのです。しかし祝福家庭の二世は、そのような聖酒式がありません。根が違うというのです。皆さんの根は堕落世界の根ですが、彼らはそうではありません。もちろん、人はみな同じように見えますが、歴史が違い、背景が違うというのです。出発が違うので、過程も違い、今現在置かれている立場も違い、未来において行く目的地も違います。目的地が同じだとしても違うというのです。祝福家庭としての立場なので、同じではありません。

②祝福結婚式

 祝福式は、愛の伝授式です。神様の愛をもって父母が良く生きるように、皆さんも父母の愛を神様の愛の代わりに受けて、「このように生きなさい!」という愛の伝授式が祝福式だというのです。神様の愛を父母から受けるのです。ある有名な人から受けるのではありません。それは、天使長がしてくれる結婚です。名のある人が片方だけ来て結婚式をしてくれるのは、みな天使長にしてもらう結婚式です。

 結婚式というものは、愛の顕現をいうと同時に、創造権と主管権を与えられることをいいます。

 祝福結婚式は、ただ単に男女が出会って一つの家庭を成す婚礼式ではありません。今までの結婚式は、自分を中心としたものでしたが、私たちの結婚式は、神様に喜びを返し得るだけの内容をもって、歴史を蕩減する条件として、神聖で盛大に挙行されなければなりません。私たちの結婚式とは、アダムとエバの堕落で始まった神様の恨を解怨し、イエス様が成し遂げられなかった新郎新婦の基準を通過することであると、「原理」は明らかに説明します。

 主礼の前に歩いていくのは、六千年の摂理路程を歩むことです。蘇生、長成、完成を意味する路程に、二十一人、十二人の介添人を立てます。これは三数を代表するものです。七歩歩いて、蘇生を越える条件として三回、敬拝しなければなりません。この路程は、アダムから今までの歴史路程です。

 特にアダム、イエス様、再臨主の三時代の過程ですが、この介添人の中を通過して、真の御父母様と出会うことを意味します。介添人を立てるのは、十二支派、二十四長老の霊的基準を立てるためです。敬拝することによって、蕩減条件を立てるのです。真の御父母様は聖水をまきますが、これは蕩減復帰した立場に立てるためであり、その条件を立てるためです。また霊界の先祖たちの土台を越える条件を立てるものです。

 合同結婚式は、神様の新しい家庭を取り戻し、立てるためのものです。合同結婚式は、神様を何よりも愛することができるようにするものです。

 統一教会の誇りは合同結婚式です。しかも同じ民族同士で結婚することより、東洋、西洋の人が合わさって結婚式をもつということは、誇り以外の何ものでもありません。そのことは統一教会でなければ、誰もできないことです。大統領もできないことです。それは先生が優秀だからそのようなことができるのでなく、神様の力が作用しているからです。

 先生の聖婚式は、今までのどんな結婚式よりも盛大にしなければならないのに、苦難の中で行ったので盛大にできませんでした。ですから今後、盛大にしなければならない条件が残っています。食口たちは自分を中心とした三代の中で、外的に最も結婚を素晴らしく行った立場に立たなければなりません。そうしてこそサタンの前に条件を立てることができます。それで合同結婚式をするのです。内的な面でも神様が喜ぶ結婚をするためには、祭物的な条件を立てなければなりません。

 神様が催した宴会は、サタン世界のどの宴会よりも壮大でなければなりません。しかし個体としてはその基準に立つことができないので、歴史始まって以来、かつてなかった合同結婚式を挙げなければなりません。

 祝福結婚式の目的とは何でしょうか。それは世界を教うためのものです。この結婚式は、国境と人種と言語と文化、習慣を超越した国際合同結婚式でした。新しい神様の民が編成されるのです。したがってこの結婚式場は、和解の広場でした。

 神様を中心として世界民族の編成のために、統一教会で祝福結婚式を行います。

 今日のこのような成婚式は、神様の希望であり、理想でした。アダム、エバが成熟すれば、成してあげようとしていた成婚式なのです。創造理想の心情の中にあったもので、これは実に歴史的なことです。このような式典は創造以後、初めて行われたということを痛感しなければなりません。

③三日行事 ― 実体復帰式

 祝福を受けて四十日が過ぎたのちには、三日間にわたり実体的な復帰式があります。この四十日期間は、歴史的で総合的な蕩減期間なのです。人間が愛を中心として復帰の権限をもつようになるのは、蘇生期でもなく、長成期でもありません。完成期に入らなければならないのです。

 アダムの時代と次の時代は、失敗の時代です。その結果、旧約時代の神様の蘇生的な愛圏を継承できずに、キリスト教を中心として神様の長成的な愛を受け継ぐことができませんでした。その蘇生、長成の愛圏を受け継いだのちにこそ、完成的な成約時代圏に立つことができるようになるのです。そのような条件を立てることが、三日行事の実体復帰式である蕩減式です。三日行事の実体復帰式の最初の日は、旧約時代の復帰です。堕落したアダム、旧約圏を復帰するのです。二日目は、新約時代のイエス様の立場を蕩減復帰するのです。三日目は、イエス様の代わりの新郎として新婦を再創造するのです。そこで初めて正式軌道に乗って、出発することができます。このように具体的に蕩減条件を立てるのは複雑なのです。

 三日行事をするとき、夫婦はどんな立場に立たなければならないかといえば、夫婦とは夫と妻ですが、妻がお母さんの立場に立たなければなりません。お母さんになって、夫を愛によって生んであげなければなりません。結局は、再臨主までエバが生んであげなければなりません。主が来る時まで、再臨主までは三時代を経ますが、アダム、イエス、再臨主の三代を経て出てくるには、誰が生んであげるかといえば、女性が生んであげなければなりません。

 この地上には今、主が、主人がいないというのです。ですからそれを生んであげる責任を果たさなければならない立場に立ったのが、女性たちだというのです。エバがアダムを完成させなければならないのに、堕落させ、イエス様がその使命を完成できるように、イエス様をよく生んで責任を果たさなければならないマリヤが、責任を果たせなかったというのです。それを、すべて復帰してあげなければなりません。結局は、アダムとして生んであげなければなりません。完成したアダムでなければ、結婚することができないということです。再臨時代まで三代かけてきたので、三人、三代にわたるお産の使命を果たさなければならないのです。

 エバがアダムをこれくらい産み育てて、そこにまたイエス様をこれくらい育てたのちに、完成段階に入って夫を育てます。そののちに、夫としての権限を中心としてエバを愛して、越えていくそのような過程があるというのです。そこにおいて告解がなければなりません。再臨時代になって初めて夫になります。完成したアダムの立場に立つので、祝福の場、新郎の立場に立つようになるというのです。何のことか分かりますか。

 先生を通じて妻は、お母さんの使命を再び与えられるのです。これは、三段階で生んであげる形式で愛さなければならないということです。愛によって生んであげるので、そのような条件を立てるためには、愛するときに、今までとは反対にするのです。女性が上になり、男性が下になります。愛するとき、それを間違えないようにしなければなりません。

 三日行事の式を進行するとき、まず女性が祈祷します。蘇生的アダムをお産するのに、祝福がなければなりません。その次には、イエス時代に入ります。「イエス様のような第二次アダムをお産する祝福をしてください」と同じ式を行います。それで二度生めば、イエス様の立場であると同時に完成的な立場に育ったという段階へと越えていくのです。そのとき初めて、夫の立場に進みます。主体的立場へと進むのです。

 その次からは、男性が上に復帰されます。それで三度目の愛は、男性が上で行います。二人がそのように愛を終えたのちは、神様の永遠の夫婦として、天の相続を受けた永遠の家庭として、父の眷属になると祈祷して、その次に夫婦生活に入るのです。そのようになれば、完全に蕩減復帰された家庭として、天の国に堂々と入るというのです。そのように難しいものです。ですからこういうことを知らなければ、復帰は不可能なのです。これを知らなければ、復帰できません。今日、既成教会で、信じて天国へ行こうというのは、でたらめで、こっけいなことです。天国へ行くのではなく、楽園へ行くのです。楽園は待合室です。

 聖酒式は、三人のお母さんから生まれたという条件を立てる式です。聖酒には蕩減の血が入っています。聖酒を飲むことによって、内的に清め、聖巾で体を拭くことによって、外的に清めようとするのです。

 これから実体の子女を繁殖しなければなりません。父と心情的な因縁を結ぶことができる子女を生むようにしてくださいと祈祷しなければなりません。心情的な祭司長になることができる子女を生むために祈祷しなければなりません。先生は、天地を身代わりすることができる心情的基準の上で子女を生むことを願います。

 先生は、一度祝福すれば責任を負います。私たちは世界の代わりに、もう一度祝福を受けなければなりません。ですから条件的な結婚です。それまでの四十日間は、四千年を蕩減する期間に該当します。事実、結婚生活はきょうからです。今までは蕩減期間でした。

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三 祝福家庭の責任

1.真の父母と一体圏を成さなければ

 人間は長成期完成級で堕落したので、そのまま完成段階に上がることはできません。私たち人間が長成期完成級で堕落したので、堕落したその線以上に上がってこそ、初めて原罪を脱ぐことができるようになっているということです。原罪は長成期完成級で脱ぐのではありません。したがって今日、皆さんが祝福を受けて立ち上がったこの場は、完成期完成級ではなく、長成期完成級だという事実を知らなければなりません。

 堕落したアダム、エバを中心としてカイン、アベル、セツと彼らの対象(相対者)を含んだアダム家庭の八人がみな落ちていってしまったので、神様の前に蕩減条件を立てて、再び完成級に向かっていかなければなりません。そこでは父母の愛を感じなければなりません。生命の起源は、父母の愛を通じて生まれるのです。こういう生命の価値を世界の何よりも尊重視できるその場を経てこそ、新しい道を行くことができるというのです。原理がそのようになっています。

 今の個性完成は、絶対的な全体個性完成になっていません。条件完成です。復帰過程での条件完成ということを知らなければなりません。それで彼らが父母の立場に立っていますが、神様の心情圏というものを知りません。自分の妻は宇宙を与えても替えることができず、夫は宇宙を与えても替えることができず、二人が愛するそこに天地をつかんでいくことができる偉大な力があるということを体験できませんでした。

 ですから祝福してあげた家庭は、この堕落圏を越える時までは、条件完成圏内に立っているということを知らなければなりません。天国完成圏ではありません。条件完成圏です。条件完成圏にあるので、ここで生きたのち、霊界に行けば手続きを別にしなければなりません。手続きの手順を済ませて、完成的完成をすれば、パスポートをもらって天国に入るのです。

 「私は祝福を受けたからもういいだろう! じっとしていても天国だ」とそのように座っていれば、めちゃめちゃになるのです。祝福を受けたことが完成段階ではありません。皆さん、七年路程を習ったでしょう。このような複雑な内容を知って、合わせてくれる人がいないので、全能なる神様も仕方なく引っ張られてくるのです。皆さんが祝福を受ける時、「私たちは神様の原理原則に従って祝福を受けた。きょうから一つになった」と言いますが、一つですか。再び夫婦が再創造しなければなりません。

 お互いに再創造しなければなりません。怨恨の夫婦の溝を埋めなければならない道が残っていることを、統一教会の祝福を受けた者たちが忘れてしまえば滅びます。私がいくら「滅びない」と言っても、滅びるようになっています。二人の夫婦は、神様が願う理想的復帰完成の夫婦に向かって、再び再創造の過程をたどらなければならないのです。それで統一教会では、個人復帰完成、その次に家庭復帰完成をいうのです。

 人類が願うこととは何でしょうか。真の父母に侍ることです。六千年前に、アダム、エバの成婚によって、全人類が神様の子孫にならなければならなかったにもかかわらず、堕落することによって、人間たちはサタンの子孫になってしまいました。ですから、これから私たちは、六千年前に失った天側の真の父母を再びこの地上に探して立てて、その真の父母の愛の因縁を通じて重生しなければなりません。そうしてこそ天国の民になることができるのです。

 すべての始まりは、真の父母からです。すべてのものの出発、初めは皆さんではなく、真の父母です。生きるのもそうであり、行動するのもそうであり、愛の家庭を連結するのもそうです。初めは真の父母です。これは先生の話ではなく、私たちの初めの先祖に対する神様の公式的な概念であったというのです。どうすれば私たちの家庭を父母様の家庭のようにつくれるか、それを考えなければなりません。

 皆さんはこれから、真の父母と共に生きなければなりません。ですから真の父母は、おじいさんの立場であり、自分のお母さん、お父さんの立場であり、自分たちは長子の立場だというのです。三代にわたって共に生きるという結論、これが違うのです。神様が私と共にあり、真の父母が私と共にあって、自分の父母が共にあるのを感じて生きなければなりません。神様がいない、死んだというのは、考えられない時代に入りました。

人間は誰でも、心情的に神様と一つになるようになっています。神様である父と、子である人間は、正に心情で結ばれています。

 神様を信じることができずに堕落したので、メシヤを信じて、ついていかなければなりません。ついていって何をするのでしょうか。愛の住みかを用意しなければなりません。簡単でしょう。それから新郎であるイエス様と実体的に一体化して、心情一体化しなければなりません。それで復帰しなければなりません。そうして神様と真の父母と真の子女が対面する場、すなわち神様が初めに願われたその揚が、この天地間に繰り広げられれば、そこから新しい天地が開かれるのです。

 皆さん各自の血統的内容が違い、背後が違っても、父母に似るためには、接ぎ木する役事をしなければなりません。ひっくり返して接ぎ木しなければなりません。接ぎ木するには、皆さん自体に残っている蕩減路程をみな清算しなければなりません。それは父母から始まったので、父母を通じて清算されなければなりません。それで真の父母から接ぎ木されなければならないのです。アダムが真の父母になることができず、偽りの父母になったので、神様は今まで真の父母を探してこられたのです。再臨時代に新郎新婦とか「小羊の婚宴」とかというものも、みな父母を探すためのものです。

 父母の愛を受けるには、何をしなければならないでしょうか。父母様が愛するすべてのものを愛さなければなりません。そうしてこそ、初めて愛されるのです。家庭でいえば、自分の親に愛されることを願うならば、その息子は親がもっているすべてのものを愛してから、愛されなければならないということを知らなければなりません。これをしないで愛されようという人は、どろぼうです。父母が貴く思うものをすべて自分勝手に引き継いでは、愛されないのです。

 皆さんは、真の父母の本当の息子、娘ですか。真の子女とは、何を中心としていうのですか。真の血統です。もちろん真の愛を通じて因縁をもちますが、成されるのは真の血統を通じて連結したということです。真の血統を通じて連結されたものは、お母さん、お父さんに似るのです。皆さんは先生に似ていますか。皆さんの目は青く、私は黒く、髪の毛も違うではありませんか。髪の毛がみな白いではありませんか。私は東洋人で、顔が平らです。

 似るのは、一番の骨子だけが似ます。骨子だけが似ますが、どういうふうに似るかといえば、サタンに勝つことと神様を絶対に愛することだけ似ます。それだけ似るというのです。そうしてサタンを主管して、コントロールするというのです。

 皆さんが先生をどれだけ愛さなければならないでしょうか。根本問題に戻ります。サタン世界の愛の痕跡がある、その愛に染まったところで愛してはいけません。それ以上でなければなりません。皆さんがサタン世界で生まれたお母さん、お父さんと妻子、その誰よりも愛さなければなりません。

 それで聖書で「わたしよりも父または母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりもむすこや娘を愛する者は、わたしにふさわしくない」(マタイ一〇・三七)と言ったのです。すべてそのような結論を下したのです。そう言いながら、あとでは「自分の十字架をとってわたしに従ってこない者はわたしにふさわしくない」(同一〇・三八)と言いました。十字架を背負わなければならないと言いました。反対に引っ張っていく力を押さえて越えていこうとするので、十字架でしょう。ここで、悲痛な涙を流さなければなりません。

 今日、堕落した人間はすべてのものを否定して、全体を否定する中で、愛の芽を育てなければなりません。そのような論理が必要になっています。全体を否定して、ただ主体の愛をもった神様を中心とした、愛を中心とした絶対基準を発見しなさいというのです。

 一切を父母と共にかかわり、父母と共に決定し、父母と共に話し合い、父母と共に解決しなければなりません。

2.性の絶対的な価値観確立

 男性、女性の愛の象徴とは何でしょうか。愛の終着地点とはどこでしょうか。男女を一体とならしめる性器官です。それは、愛を中心として心と体が完全に合わさることができる通路になるのです。

 男性と女性は何が互いに違いますか。性器官(Sexual Organ)を含むその体がまず違います。それでは男性の性器官は誰に絶対に必要ですか。男性の性器官は女性のためにあるのです。人間の性器官が一つは凹で一つは凸ですが、なぜそのようになっていますか。二つともとがるようにするとか、二つとも平らにすることもできるのに、なぜそのように違うのですか。みな相手のためです。

 男性のものは女性が絶対に願い、女性のものは男性が絶対に願います。絶対に女性のものが男性のもので、男性のものが女性のものだという事実を知らなかったのです。それを占領することによって、愛を知るというのです。

 生殖器とは、愛の王宮であり、永生の生命が誕生する王宮であり、永遠に変わらない天の伝統を受け継ぐ血族を、血統を受け継ぐ王宮です。真の生命の王宮、真の愛の王宮、真の血統の王宮だというのです。その王宮は最も貴いところです。自分勝手にできません。神様の公認がなければ、開けることができません。神様と宇宙の公認を受けた自分の夫、自分の妻以外にはタッチできないのです。

 男性と女性が、凹と凸が一つになるのは、神様が完成し、半分の女性、半分の男性が完成する場です。凹と凸が結婚して初愛の関係を結ぶその場で、神様の愛的理想が完成する定着地が展開するのです。男性と女性の愛を中心とした神様の相対的位置としての完成の位置が決定するのです。これは宇宙の核です。

 これが動けば、すべての宇宙が行ったり来たりします。地上天国の本拠地であり、天上天国の本拠地なのです。ここは愛の本然地であるので、「愛の本宮」と言います。多くの王宮の中で、中心の宮を「本宮」と言います。ここが愛の本宮であり、生命の本宮であり、血統の本宮であり、その次には、天上天国と地上天国の出発地であり、人間が願っている自由と幸福と平和がここから始まるのです。

 そこは愛、生命、血統、すべてのものの王宮であり、個人、家庭、氏族、民族がそこから連結されます。天上天国と地上天国の本熱地、出発地だということを知らなければなりません。その次は自由と幸福と平和の起源地です。女性に男性がいなければ絶対暗黒であり、男性に女性がいなければ絶対暗黒です。

 平和の基地もそうで、地上天国と天上天国、すべてのものが愛から始まります。何の愛ですか。男性の愛ですか、女性の愛ですか、男性、女性が合わさった愛ですか。合わさった愛です。その男女の愛はどこで合わせますか。顔で合わせますか、指先で合わせますか。凹凸で合わせるのです。

 男性が崇拝できる最高の場所とはどこでしょうか。女性の顔ですか。女性の胸ですか。女性の体ですか。どこですか。凹と凸を合わせることができる所は一つしかありません。そのために、予備的環境が、社会が連結され、国家が連結され、世界が連結されて、地上・天上天国、宇宙がみな連結されます。これが存在世界の鉄則であり、公式です。

 男性完成、女性完成、神様まで完成させることができるその本拠地とはどこでしょうか。どこで神様の愛を完成させることができ、どこで男性、女性を完成させることができるのでしょうか。その中心の定着地とはどこでしょうか。これが問題です。これを知らなければ、地上に愛の理想天国を拡張、拡大することはできません。それは目ですか、鼻ですか、手ですか、足ですか。どこですか。凹凸です。

 生殖器というものは何ですか。それは真の愛を中心とした王宮であり、真の生命を中心とした王宮であり、真の血統を中心とした王宮です。一番貴いものです。これがなければ、神様の理想、神様の家庭、神様のみ旨が成されないのです。これは、全体完成を成し遂げることができる一つの起源です。

 女性の生殖器は、宇宙的な本源です。愛の関係を結ぶその場が、愛の本宮になっています。本然の宮中です。愛はそこから始まるのです。結婚した初夜の愛が、愛の本宮の出発です。女性の生命、男性の生命が、初めて一つになるのです。ですから理想的な生命の本宮がそこであり、血統がそこから始まるために、血統の本宮がそこなのです。そして天国がそこから始まるために、そこが地上天国の本宮であり、天上天国の本宮であり、人間完成の本宮であり、神様完成の本宮です。

 生殖器は、愛の王宮です。今、その愛の王宮がどのようになっていますか。愛の王宮であり、生命の王宮であり、血統の王宮であるもの、そのように貴いのが人間の生殖器です。神聖なものです。それが堕落によって、汚いものになってしまいました。本然の神様の観点から見れば、汚いものではなく、神聖なものです。最も貴いものです。生命、愛、血統がここに連結されています。このように神聖なものをサタンが汚しました。

 生殖器を絶対的に貴く思う世界になれば、その世界は良い世界でしょうか、悪い世界でしょうか。栄える世界でしょうか、減びる世界でしょうか。神様が人間を創造なさるとき、最も大切に精誠を尽くして創造された箇所とはどこでしょうか。目でしょうか。鼻でしょうか。心臓でしょうか。でなければ頭脳でしょうか。これらはすべて、死んでなくなります。事実がそうではありませんか。

 私の生殖器は、愛の本宮です。私の生殖器は、生命の本宮であり、王宮だというのです。私の生殖器は、血統の王宮です。このようになってこそ、神様が臨在できる王宮になることができるのです。神様は王の王であられ、本宮を訪ねてとどまられるお方なので、神様に仕えるために、愛の本宮にならなければならず、生命の本宮にならなければならず、血統の本宮にならなければならず、良心の本宮にならなければなりません。

 愛が中心となって、二人が生命の合一体となって合わさる場、男性の血、女性の血が一つのるつぼで一つになる場が生殖器です。その場は、息子、娘より貴く、夫より神様よりも貴いということを知らなければなりません。子供より貴く、夫より貴く、父母より貴い場だというのです。それがなければ、父母も無価値なものであり、夫婦も無価値なものであり、息子、娘も無価値なものです。

 そのように貴いので、宝の中の宝として、世の中の誰にも見えないように一生の間、錠をかけておくのです。そしてその鍵は、男性のものは女性がもち、女性のものは男性がもっていますが、各々一つしかありません。一つの鍵だけをもたなければなりません。フリーセックスのように十も、二十ももちたいですか。門を開けて主人がいない家のように、過ぎゆく人がみな出たり入ったりする廃虚の家のようになりたいですか。

 男性と女性が愛する本宮、生殖器とは何ですか。愛の王宮であり、生命の王宮であり、血統の王宮です。おじいさん、おばあさんもそれをつかんで生き、今後生まれてくる息子、娘もみなそれをつかんで生きるでしょう。それをつかまないで生きる女性、男性がいるでしょうか。ところが、それが何ゆえ悪いものになりましたか。「下品な言葉」と言うでしょう。何ゆえ下品な言葉ですか。聖なる言葉です。聖なる言葉として受け入れなければなりません。そこで永遠の愛が連結され、永遠の生命、永遠の血統が出てきます。最も貴いものです。

 女性、男性の貞操を守り、保護するというのは、宇宙を保護することと同じです。男性、女性の愛の秩序が、宇宙の根本だからです。

 頭よりもそれがもっと重要です。頭には真の愛の起源がありません。頭には真の生命の起源がありません。頭には真の血統の起源がありません。その起源はどこにあるでしょうか。生殖器です、それは間違いないでしょう。生殖器にすべてのものがあります。そこに生命があり、愛があり、血統があります。そこが愛の本宮なのです。生命の根もそこにあります。血統も同じです。人間の体だけでなく、人間世界と人類歴史を通じて、一番貴いところです。それがなければ人類の繁殖は不可能です。

 堕落した世界において、愛は最も危険なものになってしまいました。愛をよく管理できなければ、天下が崩れ、ひっくり返るのは、堕落したからです。愛が何ゆえ偽りで醜くなったのかよく分からなかった人間が、その愛を守り、保護しようとしてきたのは、真の愛が現れてくれることを希望する本能のためでした。

 堕落することによって、男女の生殖器が、この妖邪な死亡の波、死亡の法、滅亡の地獄を開門させた本宮となり、天道を破綻させた化け物団地になりました。これが今まで歴史に隠された秘密でした。

 愛の王宮とはどこですか。こういう話をするからといって、変に考えないでください。それを正すことができなければ、世の中がみな狂うのです。標準が合わなければ、全天下に妖邪なものが横行します。文総裁がこれまで苦心して、人間の根本問題、宇宙の根本を究明してみると、ちょうど到着したところが生殖器でした。生殖器に到着してよくよく考えてみると、天地の調和がここで渦巻いていたのです。驚くべき事実です。

 真の自由は、責任性を前提とします。もし責任性がなく、個々人の愛の自由だけを主張して実践するならば、どんなに大きな混乱と破局が訪れるでしょうか。至高な愛の理想を成す人間の完成は、愛に対する責任性をもつとき、可能なのです。

 人間は愛の自由を下さった神様に感謝しながら自己修養、自己主管によって、自由の主体となる責任性をもたなければなりません。人において愛の責任性は、法や人目を気にすることによって守られるのではなく、神様との生命的、縦的関係の中で、自己主管、自己決断によって守られるのです。

 生殖器を目の見えない盲人のように、方向を失ったまま使用すれば、地獄行きであり、反対にこれを神様の絶対愛の基準に合わせて使えば、天国の高い所に行くのです。明白な結論です。

 愛の器官をむやみに扱えば、罰を受けるようになっています。それが愛の王宮であり、愛の先祖の園です。愛は、そこから出発しました。生命がそこから出発しました。歴史がそこから出発しました。地上天国の起源であり、天上天国の起源であり、神様の幸福の出発の起源が、そこで形成されるというのです。

 神様の笑いの土台がそこから出発します。愛を見つけて、神様が踊ることができる場が、その場です。その場を探していかなければなりません。それは正しいですか、違いますか。このように貴いものです。

 人間が堕落するとき、愛ゆえに堕落したために、この性器が一番恐ろしいのです。宗教では姦淫することを一番恐ろしい罪として扱っています。米国のフリーセックスは悪魔の地獄膨脹主義ですか、天国膨脹主義ですか。地獄です。地上地獄であり、天上地獄です。これはすべて滅亡するのです。

 文総裁がすべての真理を探究し、霊界、肉界を探査し、すべての経典を探査しても、これは解決する道がありません。神様がいるでしょうか、いないでしょうか。神様がいるならば、世界をこのようにつくった神様をそのままにしてはおきません。見極めるための談判闘争をしたのです。人間が生まれた根本原則とは何であり、何ゆえ生まれたのでしょうか。男性は女性のためです。それが全体の真理の中の最高の真理です。

 女性の前に理想的な男性は最高の真理です。宇宙全体を完成した理想の真理の本体だということを知らなければなりません。男性の前にそのような女性も、宇宙の真理の本体の中の本体です。絶対的な真理体です。

 祝福を受けた血統を汚してはなりません。それを皆さんは、よく知らなければなりません。天国を受け継ぐことができる、相続することができる財産です。それは血族の文書、血統の権利証書と同じです。族譜と同じです。純潔をどのように守るかということです。

3.理想的夫婦生活が重要

 男性は、神様の陽性的形状をもった存在であり、女性は、神様の陰性的形状をもった存在です。夫婦は、天下を一つのふろしきに包んだようなものです。ゆえに夫婦は、神様の理想的な愛の心情を感じることができます。

 夫婦が神様を愛し、人類を愛する心の土台の上で、爆発するように愛し合うならば、その家庭によって、神様が酔い、宇宙が酔うことができるようになります。その愛は、神様のための愛であり、人類のための愛でないはずがありません。その愛の根はどこにあるのでしょうか。自分にあるのではありません。神様が愛の根源であり、人類の愛が根源なのです。

 結婚したならば、既に平面的ではありません。平面的な基盤しかありませんが、高いものが低いものと連結されるときは、垂直的概念が生じます。平面的な役事は宇宙や天宙を収拾できません。垂直と水平が出合って、九〇度の角度を成すとき、それは天を地にしても、地を天にしても、前を後ろに、後ろを前にしても、右弦左弦、上弦下弦、前弦後弦、どの面に付けてもぴったり合うのです。地上の完成基準は、霊界のすべての完成へとつながります。

 神様の結婚式とはアダム、エバの結婚式です。ですから地上天国と天上天国が同時に生じるのです。愛の巣から出発するのです。男性、女性の生殖器を中心として、堕落しないで出会うその時間が、地上天国、天上天国出発の起源地です。三大王権を樹立しなければならないその基地がそこです。その場でなければ、愛の巣を成すことができません。

 人間は本性的に、自分に対する相対の愛が分散することを願いません。夫婦間の横的な愛の関係は、親子間の縦的な愛の関係とは違って、分散すれば既にその完全性が破壊されます。夫婦間には絶対的な愛の一体を成すようになっている創造原理のためです。人間には、自分の相対に絶対に「ため」に尽くさなければならない愛の責任性があります。

 男性と女性が祝福を受けて完全な愛を分かち合い、喜びを享受するとき、神様の目には、地上に咲いた花のようだというのです。また彼らの愛によって成されるすべての調和万象は、神様には香気のようなものです。神様は、このような美しい香りの中で暮らしたくて訪ねてこられるというのです。神様の愛が訪ねてくることができる根拠地が、まさしく夫婦の愛の場です。その場は、万物と宇宙が和動する場となるでしょう。

 神様の愛が人間の三大愛を中心として共に花咲くことができる家庭を成すことが世界の願いであり、人類の願いであり、未来の願いだというのです。これが初めて天地の法度の前に歴史の香りを漂わせることができ、新しい花として登場できる貴く美しいものが、夫婦の愛だということを知らなければなりません。

 男性と女性の愛の完成が宇宙の完成です。この愛が壊れる日には、宇宙の秩序が破壊され、縦的な世界がみなつぶれるようになります。

 心情的な愛によって結ばれた夫婦は、その愛情が生活圏に満ちあふれ、生涯を通じて満ちあふれ、神様の目的と間違いなく一致したという家庭を成さなければなりません。そうでなくては神様がいらっしゃる天国へ帰ることはできません。

 愛は永遠です。そのような愛は、二つではなく、一つです。男性と女性の間が愛によって結ばれれば、地上で百年偕老(注:夫婦が仲睦まじく年を取ること)し、死んでも永遠に共に生きていくようになっています。体は二つでも、一つとなって回ることによって一体になるのです。二つの体が一つになれば、神様と回るようになって、愛の四位基台を成すので、それが正に理想世界なのです。そこには偽りの愛が侵犯できず、ただ真の愛のみが臨在するようになるのです。

 人には常に刺激が必要です。幸福は、刺激なしには成されません。刺激がなければなりません。

 いつも食べる御飯も、食べるたびに、おなかがすいていてこそ味が新しいように、夫婦間の愛も同じように、常に新しくなければなりません。妻と夫がお互いに見れば見るほど、より一層共にいたいし、一日中、共に過ごしたいと思わなければなりません。そのために自分に対する研究をしなければならず、神様に対する研究をしなければなりません。

 理想的夫婦とは、どんな夫婦でしょうか。最高の芸術を実体に展開させることができる夫婦、最高の文学を展開させることができる夫婦なのです。最高の理想、最高の文化世界に接する前に、最高の愛によって夫婦がやり取りする甘い愛が、世界最高の芸術作品にならなければなりません。夫婦生活自体が最高の文学作品であり、それ自体が文学の実体にならなければなりません。

 結婚して夫婦が真の愛を行う場は、神様と人間の愛と、生命と、血統の根源の王宮の場であり、理想のための地上天国、天上天国の出発地なのです。このような真の愛によって結実した子女が、真の愛を中心とした夫婦一体を完成して、神様に仕えて生きる家庭になり、平和と理想の出発基地になるのであり、半分の男性、女性たちは一体となって、神様の相対として神様の理想愛を完成させるようになるのです。

 赤ちゃんを生む場は、神様の上弦世界を占領するのです。神様の立場に上がることによって、子女を愛することによって、神様が創造以後、人間をどれくらい愛したのかという内縁を体恤させるのです。

 皆さん、愛するのを神様が見るでしょうか、見ないでしょうか。天下時空を超越する神様が、この世界の五十億人類が愛する夜になると、目をつぶるでしょうか、つぶらないでしょうか。見ているなら気分はどうでしょうか。

 良い妻、良い夫がどれほど多いですか。考えてみてください。ありとあらゆることがみな展開されるでしょう。やむを得ず女性の役割をし、やむを得ず引っ張られていき、やむを得ず機嫌を取って、そのように生きるのではありません。

 それが愛ですか。それが人生ですか。世の中がすべて神様が願っていた創造理想どおり、花の香りが漂うエデンの園のように、ちょうど蜂が思いのままに飛び交い、天地に和動しながら生きることのできる環境となって、神様がそこに酔い、眠ることができるなら、どんなにいいでしょうか。それを考えたことがありますか。一度そのように生きてみてください。

夫婦の愛を通じて一つになることによって、神様のような立場で、創造の能力を成したのが子女です。

4.祝福は理想家庭完成にある

 人間に対する神様のみ旨は、創造目的を完成して創造理想を実現することです。創造理想の実現は、男女が結婚して愛によって一つになることで終わるのではありません。そのようになったのちは、息子、娘をもたなければなりません。何ゆえそうなのかといえば、天地の道理は上下、前後の関係が連結されることだからです。きのうがあればきょうがあり、きょうがあればあすがあるのです。連結されなければなりません。ですから夫婦だけでは、きょうはあってもあすはありません。あすがなければ、すべてのものが終わるのです。それで天地の道理は、上下が連なってこそ左右になります。

 人間の始祖を通じた神様の理想は、男性と女性が結合して、理想的な家庭を成すことでした。理想的な家庭の中心は、男性でもなく、女性でもありません。家庭とは、父母と子女、夫婦の結合によって成された一つの束なのですが、その結ばれた中心が、正に神様の愛です。神様の愛を中心として、家庭を完成させることが神様のみ旨だという結論が出てきます。家庭は、神様の理想が顕現することのできる基点であり、人類の幸福の顕現の基点となるのです。人間としての仕事がみな終わる場であり、神様もすべての物事の完成を見る場です。家庭がなぜいいのですか。それは父母の愛を中心として自由に活動する基地になるからです。

 家庭には必ず父母がいて、妻子がいなければなりません。そうしてこそ、その家庭が幸福の土台になるのです。神様が人類を訪ねてこられる目的も、神様御自身の幸福を模索するためのものであるに違いありません。ゆえに神様御自身が幸福の土台を訪ねてこられるのに、人間を離れた所では、そのような理想はあり得ないというのです。人間と共に関係を結んでこそ、その一致点をもたらすことができるのです。私たちが家庭で情緒的なすべての内容を備えた立場で幸福を感じるのと同じように、神様もやはりそういう立場で幸福を感じようとされるのです。

 神様を中心として一つになるとき、千態万状に回るようになるのです。したがって兄弟間で愛するのも、父母が子供を愛するのを見習って、兄は弟を愛さなければなりません。そのように愛して一元化した家庭は、家庭愛が花咲くことができます。これがまた社会愛になることができます。さらには、民族愛になり、世界愛になるのです。ところが今日、これが漠然としているというのです。

 真の家庭は、自分のお母さんのように妻を愛して「ため」に生き、自分のお父さんのように夫のために尽くして愛し、兄妹のように愛し合う所です。その次は、神様のように自分の妻を愛し、神様のように自分の夫を愛して尊敬する世界が、理想家庭が暮らす天国です。このような伝統がこの地球上に立てられなければなりません。

 神様を中心とした永遠の父母の愛、永遠の夫婦の愛、永遠の子女の愛、この三種類の愛があるのが理想的家庭です。

 人の一生において、最も重要な時はいつかといえば、生まれる時、結婚する時、死ぬ時です。それでは生まれる時は、どのように生まれなければならないでしょうか。正しく生まれなければなりません。私たち統一教会でいえば、心情の因縁を中心として生まれなければなりません。

 その次は、結婚する時です。結婚とは、生きるためにするものです。すなわち、四位基台を成すためにするものです。これと同じ宇宙の公法を地球上に立ててこそ、神様のみ旨が成され、人間の願いが成されるというのです。このような宇宙の法度が指向する内容を備え、その形態を備えるためのものが家庭です。

 天国生活はどこから始まるのでしょうか。正に家庭です。他の所から始まるのではありません。天国は家庭を立体的に拡大させただけであって、家庭園を離れたものではありません。ですから皆さんが自分の妻や夫を抱くとき、これは世界のすべての男性と女性が一つになるのだという考えをしなければなりません。このように世界人類を愛したという条件を立てることができる場が、正にこの家庭です。

 父子の関係の真の愛は縦的であり、夫婦の真の愛の関係は横的であり、兄弟の真の愛は前後の立場として、球形の真の愛の理想を願われたのです。すなわち、縦に上弦下弦、横には左弦右弦、前後には前弦後弦を全体的に連結した一つの中心点で統一は成されるのです。その点が球形体の中心点になるのです。いつ四大心情圏である子女、兄弟、夫婦、父母が一体を完成するのかといえば、神様を中心として人間が結婚して初愛を結ぶ場が、すべての完成の結実点であり中心になるのです。したがって結婚は、天地人の合徳であり、縦横、左右、前後、全体を完成するものです。結婚は真の子女、兄弟、夫婦、父母の理想の真の愛の完成地なのです。

 一家庭を中心として、一番良いものとは、皆さん自身で決定されるものではありません。それでは家庭での最上の価値は、何になるでしょうか。父母です。皆さん一個人においても、権力や知識、または名誉やお金も貴重なものになるでしょうが、そのすべてのものに勝って良いものは父母以外にないというのです。その次は皆さんの妻や夫になるでしょうし、さらには皆さんの子女になるでしょう。

 事実、皆さんの家庭で皆さんの父母や妻、そして子女たちよりも大切で価値あるものがありますか。ないというのです。では何ゆえ、父母が良いものになるのでしょうか。そしてまた夫と妻、子女が何ゆえ、良いものになるのでしょうか。愛があるからです。父母の愛、これは夫と妻にとって、絶対的に必要なものになります。そして兄弟間の友愛とか、子女が父母に対して抱く孝行の心も、一家庭で絶対的に必要なものです。

 神様は真の愛の本体なので、真の愛と連結されればすべてが同じ体になります。父母は神様の代わりに生きている神様であり、夫と妻はお互いに片方の神様であり、息子、娘はまた一つの小さな神様です。このように三代が真の愛を中心として成された家庭組織が、天国の基盤です。そのような基盤を成さずしては天国が成されません。家庭とは、宇宙の中心です。家庭完成は、宇宙完成の基礎となるために、家庭で愛するとともに宇宙を愛すれば、どこでも無事通過です。こういう場合、神様は宇宙全体の父母として、愛の複合的な中心の場にいらっしゃいます。

 統一教会の「原理」でいう四位基台は、三大愛圏をいうのです。三代が一つの家で暮らしながら、愛によってむつまじく幸せなとき、天地創造の理想が実現されるのです。夫婦が愛し合うことはもちろんですが、子女たちに愛によって祈祷してあげ、精誠の心で世話をしてこそ、家庭がむつまじく、幸福になるのです。これが縦的に成され、横的に連結されるとき、完全な愛が成されます。いとこと、またいとこの兄弟たちまで愛によって一つになって初めて愛の原形となり、完全になります。

 理想的な愛は、家庭で成されます。しかし神様は、真の息子、娘をもつことができませんでした。真の兄弟をもつことができず、夫婦をもつことができず、また父母になることができませんでした。ゆえにこのようなことを成そうというのが、神様のみ旨です。このようなところでこそ、愛がとどまるのです。このような愛が成されるところには、人々が世の中のすべてのものを捨てて、訪ねてくるのです。

 神様は、家庭の中心となるお方として、この世界は神様の国にならなければなりません。祝福家庭は、神様の国を連結させることができる家庭になるように努力する生活をしなければなりません。神様の代わりに、「ため」に生きる生活をするところから、氏族が展開され、民族が展開され、国家が興って形成され、世界が形成されます。それで家庭は、神様を中心とした世界を形成する責任を果たさなければなりません。先生を中心とした統一教会は、一つの氏族のようなものであり、一つの民族のようなものです。五色人種が合わさって単一民族を形成し、世界に誰よりも「ため」に尽くすことのできる国家を形成することが、統一教会の目的です。それが先生がしようとする目的であり、神様が先生を通じて成就しようとする目的です。

 統一教会では、天国は氏族圏内から成されると見るのです。おじいさんを中心として、父母と兄弟が一つになり、いとこと、またいとこまで一つに連結されるとき、完全な三代が成されます。このような氏族圏の愛が、地に立てられ、神様と一つになるならば、すべての世界は神様と一致する愛の世界であり、天国になるのです。

 女性が嫁に行っても同じです。夫の祖父や舅は、神様の代わりの立場であり、夫の代わりの立場ですから、愛で侍らなければなりません。また義理の弟や小姑とも愛によってむつまじくなければなりません。こういう愛の関係が、社会へ拡大して、民族と国家、世界へ拡大するならば、この世界は罪悪と戦争の代わりに、平和と愛で満ちるでしょう。その世界が正に神様の理想が実現された一つの天国であり、理想世界です。

 この宇宙の中心は、どこにあるのでしょうか。家庭にあります。真の愛が定着できる基地はどこでしょうか。皆さんが生きている皆さんの家庭だというのです。したがって本来の家庭は、宇宙愛を掌握して宇宙の保護様相を体得しながら、宇宙愛圏を拡大させ、家庭を越えて国家を愛する愛国の道を行かなければならず、ひいては民族と国家を越えて、世界を愛する道へと行かなければなりません。家庭を愛する人を「孝子」または「烈女」と言い、国を愛する人を「愛国者」と言うならば、世界を愛する人は何と言うのでしょうか。その人を正に「聖人」と言うのです。

 神様の愛圏の中で理想的な家庭を成し、氏族を成し、民族と国家を形成して、もっと拡大して、アダムの理想が実現する一つの理想的世界を成し遂げていたでしょう。木の根、幹、葉が一つの生命で連結されているように、愛を中心として上には神様を父として侍り、下には万民を兄弟のように、一つの生命体、愛の生命体に和するようにして、神様を中心とした永遠の理想世界を成さなければならないのが、正に神様のみ旨から見た世界観です。このような世界の人間たちには、救いが必要ではなく、メシヤも必要ありません。なぜかといえば、その世界に住む人間は、神様の善の息子、娘だからです。

 この地球上に神様のみ旨が成されていたなら、アダムを中心とした単一文化圏が形成されていたことでしょう。今日のように数多くの民族がそれぞれ文化と文明を形成してきたのではなく、アダムを中心とした単一文化、単一思想、単一文明をもった世界になっていたはずです。このようになっていたならば、文化、歴史、風習、言語、伝統などがみな統一されていたことでしょう。

 家庭とは、人類愛を教育する代表的な修練所です。心情の中心を立てる代表的な広場です。そこで互いに信頼し合い、幸福な生活を営めば、全宇宙の中心が立つようになり、幸福を享受するようになるというのです。それが理想圏の始まりです。愛なくしては、何の存在の意味もありません。

 統一教会の理想は、他の所にあるのではありません。出発も家庭で、結論も家庭です。まだこのような問題を解決した人がいないので、それを願ってきました。そして、そこに幸福があるので、これを体系化させ、天宙化させて、無限の価値を現したので、「統一主義」が公認されたのです。したがってこの主義を嫌う人々がなく、みな頭を下げて好きになれば、世界は自動的に統一されるのです。

 これから先生は、家庭に対する規範、天国家庭としてもつべき生活に対する規範を教えてあげなければならないと感じています。しかし、復帰の路程を歩むべき人たちは、「原理」を中心として教えてくれる人がいるので、その人たちを通じて教えを受けなければなりません。先生が直接そのような問題に責任を負う時代は過ぎました。家庭一つ一つを中心として、再び収拾しなければなりません。私たち統一教会の組織は、家庭組織です。家庭を中心にするというのです。個人を中心にしてきたものを、家庭を中心にするということです。

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第二章 真の父母と祝福の歴史

一 真の父母と第三選民圏

1.祝福家庭は真の父母の新しい氏族圏

 先生の家庭を中心として結合した祝福家庭は、新しい氏族です。これが日に日に発展していくと、新しい民族になります。そこから少し発展すると、国家・世界圏を成すようになります。すなわち、新しい民族、第三イスラエル民族が形成されるのです。日本人であっても、今までの日本の歴史過程に現れた先祖から血統を受け継いだ子女ではなく、新しく神様による血統圏を受けた子女になり得るのが統一教会です。

 霊的な第一・第二イスラエルを連結して、第三イスラエル圏を地上に成さなければなりません。そのために再臨主は、第一イスラエルの代わりの第一家庭(アダム家庭)と、第二イスラエルの代わりの第二家庭(ノア家庭)と、第三家庭(ヤコブ家庭)を探し出して立てなければなりません。それで三十六家庭は、人類の先祖とならなければなりません。

 これから統一教会を中心として第三イスラエルの民になるためには、祝福を受けなければなりません。その昔、アブラハムの時代には、イスラエルの民になるためには割礼をしなければなりませんでした。またイエス様の時代には、洗礼を受けなければなりませんでした。同じなのです。統一教会では、祝福を受けなければ第三イスラエルの民になることができません。しかし、祝福を受けるための条件は簡単ではありません。先生もその条件ゆえに、今までの四十年の生涯を捧げてきました。それゆえに、一生をみな捧げてきたのです。

 祝福家庭の版図が広がるというのはどういうことかといえば、神様を中心とした主流の家庭圏が拡大されたということであり、神様の氏族が形成されたということです。このように真の父母の因縁と天倫の内的な心情を受けた家庭が生まれて横的に拡大されたのは、神様を中心として氏族が形成されたということであり、民族、国家が形成されたということです。さらに一国家の形成で終わるのではなく、神様を中心として世界を形成することなのです。

 本来、統一教会の祝福家庭は、一国家の形成を目標として始めたものではありません。神様を中心として善の世界を目標として出発したものです。ですから統一教会の祝福家庭は、全民族的であり、全国家的なのです。

 神様のみ旨を中心として出発したので、皆さんの家庭がたとえたった一つの家庭であり、皆さんが金なにがし、朴なにがしという個人だとしても、統一教会の祝福家庭は、個人のみを代表とした家庭ではありません。全世界の人類を代表した家庭です。言い換えれば、国家を超越し、民族を超越し、氏族を超越し、全体を代表した家庭だというのです。

 統一教会は、他人同士が集まって新しい家庭を形成し、今までの氏族観を超越した新しい氏族を形成しなければなりません。また様々な氏族を合わせて単一民族を形成しなければならず、様々な民族を合わせて自分の民族を愛する以上に愛することができなければなりません。これが統一教会と統一教会員が行く道です。

 祝福の基点の上に現れた責任者、すなわち中心存在は、その時代という制限された環境のみに処している存在ではありません。世界史的な内容をもった中心人物だというのです。ですから祝福は、夫婦の因縁をもつことだけで終わるのではありません。その祝福によって新しい家庭を形成しなければならず、新しい氏族、新しい民族、新しい国家が形成されなければなりません。そのすべてのものがここから出発しなければならないのです。

 このような観点から見る時に、一九六〇年代から新しい歴史時代に入ったということを知らなければなりません。新しい歴史時代に入ることによって、新しい氏族がここに顕現するでしょうし、新しい国家、新しい世界の形成がここに現れるようになるのです。今まで、このような基点を中心として統一教会では祝福行事を挙行してきたのです。

2.祝福家庭を通した第三イスラエル圏の編成

 神様の側では祝福家庭を誕生させることによって、新しいイスラエル圏を編成しなければなりません。それで一九六〇年からは神様の側の運勢が高まるのです。そこから家庭・氏族・民族時代を経て、世界時代に向かうのです。ヤコブのような先生が家庭を中心として、エサウのような皆さんと一つになって氏族と民族を編成しなければなりません。

 第三イスラエルの先祖にならなければならない終わりの日に処した皆さんは、最後のみ言は神様の愛のみ言だということを知らなければなりません。神様の愛に基づいたみ言……。神様のみ言の見える実体にならなければなりません。神様の内的心情が皆さんの内的心情にならなければなりません。すなわち、本心の実体にならなければなりません。

 皆さんは、神様のみ言を繁殖させ得る第二創造主の使命を果たさなければなりません。すなわち、み言の繁殖体にならなければならず、生命の繁殖体にならなければなりません。そして愛を中心として一つになってこそ、神様に永遠に侍ることができるのです。このような基準が第三イスラエルの基準です。このようにしてこそみ言を植えつけることができ、実体を植えつけることができ、生命を植えつけることができるのです。

 神様に侍り、み言を読んで感じることのできるみ言の実体、生命の実体、六千年の心情に代わった実体になり、第二イスラエルを再創造する使命を完遂しなければなりません。そうしてこそ神様の内的な心情が完全に通じた息子、娘になることができ、そのような神様の真の子女になってこそ、神様の愛を中心とした永遠なる栄光の中に生きることができるということを心に刻まなければなりません。

 第三イスラエルは、悲しみから復活した民族です。喜びの場から復活したのではなく、悲しみの場から復活したのです。悲しみの世界でサタンを屈服したということが違うのです。前にも龍媒島事件のことを話しましたが、そのようにするのは難しいことなのです。しかし避難の道をたどる時も、この三千万の民族の中で最も困難な避難の道をたどろうと心に決めました。そして「死ぬ時までこの道をたどる! 私の脈拍が止まる時まで行く! まだ息をしているのだから行かなければならない!」という決心をして行ったのです。

 世界が一つの心情によって一つの形態をもち、天の心情とイエス様の悲運な死を通して歴史が流れてきたのですが、今日この実を結ぶことのできる一つの実体が皆さん自身であることを知らなければなりません。皆さんがイエス・キリストの悔しい心情と喜びの心情を所有する相対者になってこそ、第三イスラエルとして残ることができるのです。イエス様がそのような心情を抱いて祭物になられ、第二イスラエルをつくったので、今日私たちがこのような覚悟をしてこそ、第三イスラエルの先祖になることができます。また、いわゆる地上天国、すなわちエデンの園の本然の子女になることができるのです。

 統一教会の祝福家庭は、その昔イスラエルを中心としてユダヤ教を通してメシヤを待ち望んだ立場ではなく、メシヤに出会って新しい氏族編成をした一段階前進した立場に立っているのです。

 韓国を見る時に、神様を不信した人たちは第一イスラエルであり、既成教会は第二イスラエル、統一教会は第三イスラエルに該当します。そしてサタンがこの摂理の中心を攻撃するのです。

3.第三イスラエル入籍は祝福によって

 アブラハムは祭物としてイスラエルを形成しましたが、統一教会では祝福によってイスラエルを形成しました。それで第三イスラエル入籍は、祝福によってのみ可能なのです。

 統一教会は、アダムとイエス様がサタンに侵入されて立てることのできなかった、その絶対基準を立ててきました。聖婚式は一九六〇年、先生の家庭を中心として始まりました。そののちには家庭園編成を超えて氏族圏を編成しなければなりません。氏族圏を成すためには、イエス様を中心として弟子たちが一つになった立場に立たなければなりません。イエス様が弟子たちと相対基準を結んで家庭を築いたなら、その弟子たちも相対基準を結んで家庭を築かなければなりません。そうしてユダヤ教内で新しい氏族圏を編成するのです。

 イエス様が聖婚式を挙げるなら、聖婚式を挙げない立場でまずイエス様の家庭と十二弟子が完全に一つにならなければなりません。その次に、イエス様の家庭を中心として祝福を受け、霊肉共にサタンが侵入できない勝利圏をつくらなければなりません。祝福を受けて新しく編成された氏族というのは、堕落によって復帰された養子圏とは全く違います。それは、初めて神様の息子から始まった氏族圏が出現することを意味するのです。

 キリスト教が霊と肉を中心として完全な立場に立つことができなかったので、すなわち肉的基準を除いた霊的基準だけを中心として第二イスラエル圏を成したので、私たちが肉的基準までも成さなければならないのです。この肉的基準を成す日が再臨の日なのです。この一日を願ってきたキリスト教徒たちは、第二イスラエルの霊的基準の上で再び来られる主に出会い、第三イスラエルの世界的な選民圏を成さなければなりません。

 イエス様は霊的には勝利されましたが、地上にイスラエル圏を成すことができなかったので、霊界のイスラエル圏を立てることも、個人から始まるのです。

 今日、全世界を見る時、二千年前の国家のように腐敗しつつあります。このような国の中からイスラエルの立場の国家として韓国を、またローマの立場の国家としてアメリカを立てて摂理をされているのです。この二つの国家さえ一つになれば、世界を一つにし得る基盤が成されるのです。霊的なキリスト教の世界的基盤の上に、共産世界を吸収して地上天国を完成するのです。ですから再臨主には、共産世界と民主世界を一つにしなければならない責任があります。

 では今、どこまで来たのかといえば、既に世界的基盤を越えたというのです。統一教会は、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界の完成基盤をつくり終えたのです。ですから五色の人種が一つの家族になっているのです。第三イスラエル民族は、世界的な国の基盤の上に霊界と肉界を中心とした天の国をもち得る民族なのです。それで私たちは、新しい第三イスラエル民族になることができるのです。

 第三イスラエルは、神様の心情を相続した群れです。再臨主によって心情的実体基台が世界的に拡大されなければならず、その基台を通して蕩減復帰していかなければなりません。そして復帰した家庭の基準をつくらなければなりません。

 イエス様は、人類の真の父母になられるはずのお方でした。それで、真の父母として来られたイエス様がサタンに侵害されたことは、真の父母によって生まれ変わらなければならない全人類がサタンに侵害されたことになるのです。父母が侵害されたので、父母から生まれたすべての子孫たちは、その父母の基準を凌駕することはできません。それで神様とみ旨のみを思って出発することができなくなった人間は、イエス様の十字架のもとに集まらざるを得なくなり、それが今、世界的に広がって信仰しているキリスト教徒たちなのです。

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二 祝福家庭の歴史

1.三十六、七十二、百二十四家庭の歴史

 神様の歴史は氏族での民族編成運動なので、統一教会の先生を中心として一九六〇年代の聖婚式、すなわち祝福のあとから本格的な氏族編成が展開するのです。それが三十六家庭から七十二家庭です。三十六家庭は、イスラエルの民族歴史、ユダヤ教の歴史の中において、先祖たちをもう一度探し出したものです。先祖の代表を立てたものなのです。そのような蘇生基盤が展開されたその基盤の上に、七十二家庭があるのです。

 それでは七十二家庭とは何でしょうか。三十六家庭の二倍なのですが、祝福家庭があると、いつもカイン家庭とアベル家庭の闘いの問題になるのです。ですから父母の家庭を中心として、息子の家庭である長子の家庭と次子の家庭が一つになれませんでした。常にカインがアベルを打つ立場にあるので、一つになれなかったのです。それで象徴的な面で蕩減条件を立て得る家庭として合わせたのが、七十二家庭だということができます。

 横的に見ると七十二家庭は、イエス様の時代の十二使徒の次の立場の七十二門徒を代表とした家庭なのです。これは今日、私たちの時代においての三十六家庭を中心として見るとき、すべての家庭の前にアダム家庭のカイン・アベル家庭に該当します。

 今まで、その時代に影響を与えてきたすべての先祖たちが摂理の中で、カイン、アベルを一つにするのに失敗しました。そのカイン、アベルを一つにする基盤を形成し得なかったので、堕落の世界は延長してきました。そして三十六家庭を中心として七十二家庭型をつくり、カイン家庭とアベル家庭を連結させて、一つの先祖の家庭をつくるのです。これが八十四家庭になるのです。

 百二十門徒とは何でしょうか。イエス様が昇天したのちにできた百二十門徒。十二使徒が一つの氏族的基準だといえば、七十二門徒は民族的基準であり、百二十門徒は世界的国家に代わった基準です。このようなすべてのものを再び蕩減復帰して、解怨成就をするのです。それを誰がしなければならないのでしょうか。来られる主の解怨成就なしには、世界の生きる道はありません。それで三十六家庭を立てて七十二家庭を立て、これが一つになることによって、民族的中心を確定することができるのです。

 三十六家庭は、アダムからアブラハムまで二千年間の先祖たちに代わった家庭です。ですから三十六家庭の前にはカイン、アベルがなければなりません。この立場に立てられた家庭が七十二家庭です。また十二数を中心とした、全体数のために立てられた家庭が百二十家庭です。百二十四家庭のうち四家庭は、この世で既に結婚していた家庭を立てました。これは堕落した人間の立場を復帰することであり、イエス様の歴史の中で探し出そうとした家庭を復帰することを意味するのです。

 先生は、先生の家庭を中心として三家庭を祝福し、三家庭を中心とした十二家庭を中心として三十六家庭、七十二家庭、百二十家庭を祝福しました。これは、先生が世界史的な闘争を経て祝福したものです。これは、イエス様を中心とした三弟子と十二弟子、七十門徒、百二十門徒のようなものです。イエス様が神様の息子の立場で父の代わりに勝利的責任者になったのと同じように、皆さんも息子の立場で責任を果たさなければなりません。

 これから問題になるのは祝福家庭です。三人の息子は、アダム家庭、ノア家庭、ヤコブ家庭に代わる家庭です。三十六家庭というのは、どのような家庭でしょうか。歴史的に提示されたすべての蕩減条件を果たさなければならない代表的な家庭です。結局、三十六家庭とは、歴史上の各時代においてすべての家庭がみ旨を成すことができなかったので、家庭の形態を果たせずに受け継がれてきたすべての歴史的な蕩減条件を、この時代に地上で予防線として張るための家庭です。言い換えれば、歴史的に受け継がれてきた蕩減条件を防ぐことのできる代表的な家庭が三十六家庭です。

 それでは七十二家庭と百二十家庭とは、どのような家庭でしょうか。三十六家庭は歴史的な代表の家庭なので、過去からつづられてきたものの代わりになる家庭です。この家庭を中心として現実的な基盤として立てられたのが、七十二家庭と百二十家庭です。過去から願ってきた家庭的な蕩減条件を防ぐことのできる家庭が三十六家庭ならば、それを現実的な家庭の基盤として防ぐことのできる家庭が七十二家庭と百二十家庭です。七十二家庭は氏族と民族を代表した家庭であり、百二十家庭は世界を代表した家庭です。

 皆さんも御存じのように、一九六〇年を中心として、先生の聖婚式を中心として、三十六家庭から七十二家庭、百二十家庭へとずっと発展してきたのです。三十六家庭を選ぶためには三家庭を中心とし、続いて十二家庭を中心とした三時代型、すなわち旧約時代、新約時代、成約時代型を代表に全体を連結させたのです。

 十二数というのは横的基盤のみではいけないのです。縦的な立場において霊界と連結させる基盤をつくらなければならないので、三十六家庭を中心として、それを一つの先祖が再臨した基盤として、七十二家庭、百二十家庭に連結されたのです。七十二家庭とは、氏族から民族に編成して天を代表し得る中心者を選んで立てるということなのです。

 モーセが七十二長老を中心として民族的な指導基盤をつくったのと同じように、統一教会においても氏族圏から民族圏に発展しなければならないというのです。それは家庭です。どこまでも家庭を中心として天が役事するというのです。ですから統一教会の合同結婚式は、ある個人の結婚問題を解決するためのものではありません。祝福家庭は、今まで歴史時代に数多くの先祖たちと民族、国家が天と相克してきたものを打ち破るために、一時一つの群れとなり、時代的な一つのチームの使命的負担を担わなければならないのです。

 百二十家庭であれば百二十家庭が一つのチームになり、四百三十家庭であれば四百三十家庭が一つのチームにならなければならないのです。歴史的なすべての結婚を中心として成された家庭の失敗を蕩減して、一つの中心的な復活家庭として登場するのが合同結婚式をした家庭だということを知らなければなりません。

 先祖を中心としてカイン、アベルが一つになったなら復帰されていたでしょう。その復帰の目的は国家のみではありません。世界です。国家のみの復帰ではいけないのです。世界が復帰されなければならないのです。イエス様が昇天され、五旬節の日が来た時に屋根裏部屋に集まった百二十人の門徒とは、世界的国家代表だというのです。民族を中心としては七十二家庭まで基盤ができれば、それが一つの中心になり、世界的な国家形態が成されます。これは十二支派を中心とし、七十二門徒を中心として国家の中心になることはできても、世界の中心にはなれないのです。

 民族を中心とした七十二家庭の基盤の上に、世界の代表百二十国家を糾合したならばイエス様がこの地上でみ旨を成すことができたというのが摂理観なので、これを蕩減復帰するのが統一教会の責任です。統一教会の責任であると同時に、統一教会の祝福を受けた家庭の責任です。

 では、この家庭はどうしなければならないのでしょうか。三十六家庭を中心とした七十二家庭、百二十家庭が完全に一つにならなければなりません。形で見るとどうなるかといえば、世界を代表したのが蘇生で、その次の七十二家庭が長成、その次に三十六家庭が完成です。これが先祖ですから、そのように見るのです。百二十家庭が終わることによって一九六五年に、先生が全世界に聖地を選定したのです。

 神様のみ旨を中心として三十六家庭を探し出し、その次には七十二家庭を探し出して民族的中心にし、世界国家型の百二十家庭のような基盤をつくっておいたので、世界国家を管理しなければならないのです。そうすることのできる時代に入るので、全世界四十カ国に、百二十箇所の聖地を選定したのです。

 そうすることによって、神様のみ旨の中で先祖が探し出され、その次には七十二家庭を中心としてカイン・アベル型が探し出され、世界代表者が探し出されたので、世界の国家の地を探し出さなければなりません。神様の摂理時代に人を探し出し、地を探し出したので、世界的な時代へと越え始めたのです。このようなことが一九六五年に、聖地を選定したのちに起こったのです。

 三十六家庭も責任を果たすことができず、七十二家庭も責任を果たせませんでした。全部果たせませんでした。それで先生の家庭で惠進と喜進が犠牲になりました。先生は、息子、娘を犠牲にしながら天のため、またカイン家庭のために生きたのです。三十六家庭、七十二家庭の皆さん、考えてみてください。皆さんもそのような心をもって生きてきましたか。先生は、天の家庭はこうでなければならないということを見せるために、どんな代価を払っても讒訴条件を残さないようにしたのです。

 ところが、もしこれが残ったときには、どのような代価を払わなければならないでしょうか。もう一度七年路程を歩まなければなりません。しかし一次七年路程を歩むことによって、家庭的な基準を中心として、讒訴条件を解消させることができたのです。

 縦的な歴史を横的に蕩減する歴史を経てくるためには、蕩減復帰の基盤を築かなければならないので、三十六家庭と、七十二家庭と、百二十家庭を立てたのです。その中で三十六家庭は、縦的な先祖三十六代の縮小型です。その次に、一代下ったカイン・アベル型が七十二家庭です。そして百二十家庭は、世界の百二十カ国を代表した家庭です。国連加入国とぴったり合わなければならないのです。事実、そのようにぴったりと合っているのです。

 三十六家庭は堕落した人類の先祖たちが復活した型であり、七十二家庭はその先祖たちの息子、娘が復活した型であり、その次の百二十家庭は世界の人たちが復活した型です。ですからこれらが一つになれば結局、家庭と息子、娘が一つになって、世界が一つになります。それで百二十家庭までは、個人が責任をもたなければならないのです。

 これからは皆さんも、先生のような考え方をしなければなりません。一つの世界を探し出すためには一つの国を立てなければならず、一つの国を探し出すためには一族、文氏であれば文氏の氏族を動員しなければなりません。氏族を動員してこの大韓民国の民族を救わなければならないのです。このような観点をしっかりともっていなければなりません。

 再臨主は、アダム家庭の立場を蕩減復帰しなければなりません。したがってアダム・ノア・アブラハム型の家庭を探し立てて、先祖として立てなければならないのです。そのためにはまずアダム型の十二家庭を立て、次にノア型の十二家庭とアブラハム型の十二家庭を立てて、縦的な先祖を立てなければならないのです。それで先生が三十六家庭を立てたのです。この先祖たちを中心としたカイン・アベル型の家庭として立てたのが七十二家庭です。そして百二十家庭は、世界百二十カ国の指導者を象徴しているのです。

 百二十門徒は世界を代表します。イエス様も百二十門徒を中心として世界的な出発をしようとしましたが、それができませんでした。私たちはこれ(百二十数)を所有しなければなりません。世界を標準として行く道を前にして、橋を架けることのできる自分の子孫を段階的に立てなければならないのです。子孫を立てるときには、誰でもいいのではなくて、世界的な代表になることができる人を立てなければならないのです。これが何でしょうか。統一教会の三十六家庭、七十二家庭、百二十四家庭の合同結婚式です。三十六家庭は十二双の三倍であり、三時代を代表しているのです。

 三十六家庭は、歴史的な代表の家庭なので、過去からつづられてきたものに代わる家庭です。この家庭を中心として、現実的な基盤として立てられたのが七十二家庭と百二十家庭です。過去から願ってきた家庭的な蕩減条件を防ぐことのできる家庭が三十六家庭ならば、それを現実的な家庭の基盤として防ぐことのできる家庭が七十二家庭と百二十家庭だというのです。七十二家庭は氏族を代表した家庭であり、百二十家庭は世界を代表した家庭です。そうなるのです。

 三十六家庭の責任とは何でしょうか。今までの歴史的なすべての蕩減条件を防ぐことです。言い換えれば、サタンを完全に取り除くことのできる、一つの完璧な囲いにならなければならないのです。ですから家庭のすべての伝統と思想を、サタンとは完全に隔離されたものとして立てなければなりません。この伝統を中心として、横的な因縁を七十二家庭と百二十家庭が立てていかなければなりません。このような立場で見るとき、三十六家庭の責任がどんなに重要であるかを皆さんは知らなければなりません。

 三十六家庭と七十二家庭は、私たちの教会の中でしたものです。違うというのです。これは教会を中心とした、ユダヤ教を中心とした民族形成の基盤を築くのと同じなので、内的基盤を確保するのです。その次には外的基盤を見ると、世界史的キリスト教文化圏をつなげ、百二十四家庭を中心として世界基盤を拡大させていくことなのです。百二十四家庭が祝福を受ける時は、国連の加入国も百二十四カ国にならなければならないのですが、これが間違いなくぴったりと合ったのです。

 これは、世界各国の代表である韓国において、内的蕩減要因を確立させる世界史的な条件を立てる、このような祝福だったというのです。そのような祝福とは何でしょうか。家庭を確保したのです。先生の家庭を中心とした三家庭、三十六家庭、七十二家庭、百二十四家庭……。これによって世界的蕩減条件を形成したというのです。

 今日の統一教会を中心として見るとき、一九六〇年から三年間にわたって祝福を受けた三十六家庭、七十二家庭、百二十四家庭は何をしなければならなかったのでしょうか。これらの家庭は、イエス様が生きていらっしゃった時に勝利できなかった外的な基準を中心とした、囲いの使命を完結しなければなりませんでした。そうして内外において世界を代表し、国家を代表し、または民族、氏族、家庭を代表し得るすべての蕩減内容を連結させて、一つの相対基準を接続させる責任を果たさなければならないのです。

 このような囲いの使命を果たさなければならないのが、一九六〇年から三年の間の祝福を受けた家庭たちの責任だということを知らなければなりません。

2.四百三十家庭は民族を代表したもの

 聖地祝福ののちに、私たちは四百三十家庭を祝福しました。それは、ユダヤ民族のエジプトでの四百三十年に該当し、韓国歴史においての四千三百年に該当するのです。それは、新しい歴史の出発を意味しました。また四百三十家庭は、世界の家庭を代表しました。そののちに、先生が第二次世界巡回の時、アメリカ、ヨーロッパ、そして日本で四十三双を祝福しました。それによって先生は、その四十三家庭を、世界的な次元で四百三十家庭に連結させたのです。

 四十三家庭を四百三十家庭と連結させることによって、先生は、韓国で成した勝利の基盤を再び世界に連結することができました。先生は、その基台を西洋の世界に連結することができたのです。これらを成すことによって、統一教会の食口だけではなく世界のすべての家庭は、その時に、天的な運勢が受けられる立場に入ることができたのです。それで門は、この地のすべての家庭に開いているのです。

 四百三十家庭は、四千三百年の歴史とぴったり合うというのです。イスラエルが四百三十年ぶりに四代を中心として(エジプトから)出てきたのと同じように、四千三百年ぶりに四十三数の地上基盤を経て出発し得る、新しい全体を代表とした国家、民族を天のみ旨の前に立てる土台を広げるための代表家庭が四百三十家庭です。この四十三数、すなわち四と三を合わせて七数になり、これを掛けて十二数になるのです。このような原則を通して四百三十家庭を韓国で祝福したのです。

 このようにして四百三十年ぶりにイスラエルの解放が起こり、移動が起こったのと同じように、統一教会でも移動が起こるのです。ですから全羅道の人は江原道に行き、江原道の人は全羅道に行って、みな混ぜて大移動をするのです。

 韓国においての統一教会は、自体において蕩減していたのであり、国家基準の蕩減の因縁はまだ結んでいない状態だったのです。この時に行われたのが四百三十双の祝福です。四百三十という数字もまた、適当につくられた数字ではありません。どのような意味があるのかといえば、その年が正に韓国が檀紀で四千三百年になった年であり、イスラエル民族においてはエジプト路程の四百三十年に該当するものなのです。これが四百三十という数字です。

 それで四百三十双を祝福したのです。それで韓民族は、誰でも祝福を受けることができるようになりました。国家的には、そのような基準を成したのです。ところが、その相対的基台を外国につくらなければならないのです。

 四百三十家庭は、世界的運勢を代表とした統一教会圏内において全民族を意味するものであり、民族全体の誰でもここに入ることのできるものです。四数、三数は、七数を代表し、イスラエル民族が四百三十年目に、カナン復帰のためにエジプトを出発した者を代表したものです。それで新しい出発をする時だというのです。また、その時が韓国の歴史四千三百年に当たる年だったのです。それは偶然の一致ではありません。神様は数理的役事をされます。

 四千三百年になる年に四百三十双をこのように祝福したという事実は何かといえば、氏族的な、一つの系列の宗教の勝利的な基盤だけではいけないので、全氏族の前に共通する門を全部開放させるのです。ですから李氏も、これからは神様のみ旨の中では国家的な恵沢を受けることができ、世界的な恵沢を受けることができます。金氏も、朴氏も、いかなる姓の氏族もみな、全体が福を受け得る基盤を築かなければならないので、その道を開門するのが四百三十家庭です。

 四百三十家庭を私がつくってきたので、この大韓民国の国民であれば誰でも、神様の摂理のみ旨の前に、横的にすべてが連結され得る運勢圏の中に入ったのです。ですから、大韓民国は滅びるはずがないのです。滅びてはいけないというのです。このような結論になるというのです。このような歴史的時代に入ったのです。

 ですから一九六八年を中心として、その時から世界的な時代です。私たちが一九六八年に「神の日」を設定したでしょう。「神の日」を設定したその年に、四百三十家庭の祝福をしたのです。そうでしょう。世界的時代だというのです。世界的に連結されているのです。それで先生がこの韓国に基点をつくったものを世界的に連結しなければならないので、一九六九年に初めて四百三十双の代わりに四十三家庭を世界に広げて祝福したのです。それはなぜでしょうか。韓国で築いた運勢を世界に連結するためです。

 韓国という国は世界の代表国家なので、その国家にあるすべての氏族を超越しなければなりません。それは文氏のみを中心としたものではありません。ここにはどんな姓であっても、すべての姓が天の前に自由に接することのできる門を開けておかなければならないのです。ですから統一教会の合同結婚式というものは、ある個人の結婚問題を解決するためのものではありません。祝福家庭は、今まで歴史時代に多くの先祖と民族、国家が天と相克した内容を壊すために、一時一つの群れとなって時代的な一チームの使命的分担を背負わなければならないのです。

 三十六家庭が一チームになり、四百三十家庭であれば四百三十家庭が一チームにならなければならないのです。歴史的なすべての結婚を中心として成されてきた家庭の失敗を蕩減して、一つの中心的な復活家庭として登場させられたのが合同結婚式をした家庭だということを知らなければなりません。統一教会の合同結婚式は、そのような意味をもっているのです。

 四百三十家庭を中心とした世界的な連結体をつくることによって、統一教会は、平面的に世界民族圏として発展したのです。韓民族だけではないというのです。四百三十双と四十三双を世界舞台に家庭的基台として連結させたということは、超民族的、超国家的基準において、新しい超民族形成の出発がなされたということなのです。そのように見るのです。

 世界的基盤を築かなければならなかったので、四百三十家庭を祝福したのちに十カ国の人たちに国際結婚をしました。ところで、ここから韓国が抜けてもいいでしょうか、いけないでしょうか。それでは、外国の女性たちが韓国の男性と出会うことは栄光でしょうか、そうでないでしょうか。外国の男性が韓国の女性と出会うことは栄光でしょうか、そうでないでしょうか。そうなれば、万民に栄光を与える国が良くなるでしょうか、ならないでしょうか。

 ですから男性たちは、栄光の妻になろうとする人と結婚するため、国家を超えて相対を迎えなければならず、また女性は、栄光の夫になろうとする人と結婚するために、国家を超えて相対を迎えなければなりません。

 先生が四百三十双を祝福したということは、世界的な次元の使命を遂行することのできる門が開かれたということを意味します。皆さんが世界的な次元でその目標を達成したならば、それは皆さんが氏族的な次元でメシヤになる立場にあることを意味します。祝福を受けた人として皆さんは、今、死んだイエス様の立場にいるのではありません。皆さんは祝福を受けたので、氏族を復帰するための再臨のイエスの立場にいます。四百三十双と七百七十七双の祝福は、イエス様の基台を築くことに成功したということを意味します。

 イエス様が十字架で亡くなるとき、ユダヤ教とイスラエルの国とローマが合同で反対しましたが、その時と同じような、危険の絶頂期である六〇年代に聖婚式を断行したのです。そして三十六家庭を全部サタンから奪ってきたのです。このようにして三十六家庭から七十二家庭、百二十家庭、四百三十家庭を中心として社会に物議を醸しながら、私たちが追い出されたのではなく、社会を押し出しながら大きくなってきたのです。

3.七百七十七、千八百、六千、六千五百家庭の歴史

 私たちの合同結婚式の歴史がそうです。三家庭、次の三十六家庭、その次は七十二家庭、その次には百二十四家庭、そして四百三十家庭、四十三家庭、七百七十七家庭、その次は何でしょうか。千八百家庭。最後は八数です。そのように進むのです。これは全世界的です。それで今は、世界のどんな民族でもすべて神様の祝福圏内に入ることができるように開門する時代なのです。それでアメリカとドイツと日本を主体国として、みな祝福したのです。それで宣教師も、みなその国から引き抜いたのです。

 そのような土台が築かれたので、これからは七百七十七家庭、これは三・七数なので最後ということなのですが、神様の摂理圏内において最後だというのです。それで一九七〇年に七百七十七家庭を祝福することによって、初めてどんな民族でも神様の摂理圏内に……。地上天国に入ろうとすれば相対理念を完成しなければならないのと同じように、どんな世界の民族、または氏族もこの全体圏内に入ることのできる恵沢を賦与するそのような代表的な式が、七百七十七家庭の祝福式だということを知らなければなりません。

 それで七百七十七家庭には、世界復帰のためにみなばらばらになって三年の動員がありました。日本の食口の場合には、五年間、聖別したのです。一九七〇年から七一、七二、七三、七四年を経て、七五年の六月十日に初めて同居するようにと先生が特別処置をしたのです。なぜそうしたのでしょうか。世界的基盤を築くためだったのです。

 統一教会がなぜ父母や兄弟から反対されなければならないでしょうか。レバレンド・ムーンが行く道を統一教会が行くのに、なぜ反対があるのでしょうか。なぜこうなのかというのです。これが真のものなのでしょうか、そうでないでしょうか。ですから天とサタン世界が分かれるというのです。このようにして韓国に基盤を築き、三十六家庭、七十二家庭、百二十四家庭まで立て、四百三十家庭、七百七十七家庭、千八百家庭まで立てて、世界的に基盤を築いたのです。

 その圏内で皆さんが祝福を受けたのです。これを中心として民族基準を経て、世界基準の七百七十七家庭、千八百家庭で連結したのです。七百七十七家庭は七数完成を意味します。全体の家族を中心として世界の国家において蘇生、長成、完成の三掛ける七は二十一、二十一段階の過程を経たすべてのアダムとエバの子孫たちは世界に広がっています。七百七十七家庭は、その圏内のすべてのものを代表することのできる家庭と見ることができます。ですから世界的な二十一段階で連結させたのです。

 「神の日」を設定することによって、神様が初めて地上で干渉し、主管することのできる基盤となりました。それで一九六八年から国家的家庭対家庭・氏族対氏族の対決時代へと超えたのです。それで皆さんに、一九七〇年に七百七十七家庭まで、みな三年路程の命令をしたのです。この三年路程とは何でしょうか。全世界の家庭が韓国に来て、韓国の家庭と一つになり、国家と世界的版図を広げる条件を立てる期間です。このような基盤が築かれることによって、先生は一九七〇年から、七一年、七二年まで三年路程蕩減家庭基盤を中心とし、氏族基盤を中心として活動したのです。

 そのために三十六家庭、七十二家庭、百二十家庭、四百三十家庭、七百七十七家庭まで、それまで祝福を受けた家庭が子女を生み、生活基盤を築くために準備をしたものを、一時にすべて崩してしまったのです。みな別々に南へ、北へと行きました。言い換えれば、家庭を祭物にして、その国の氏族と民族を救うための全国的な三年蕩減路程を通過したのです。

 その次は、攻撃戦です。その次からは、韓国を中心として攻撃戦です。そして祝福家庭がみな動員されて三年路程を歩みました。あの時、七百七十七家庭まで動員したでしょう。七百七十七家庭まで動員されてみな息子、娘を捨てて国のために出ていきました。この国の受難のすべての溝を埋めるために、飢えながら、愛する息子、娘を、反対する親の住んでいる塀の向こうに、ねんねこにくるんでほうり、国を生かしてくると泣き泣き旅立ったのが、ついきのうのことのようです。

 皆さんもそうではありませんか。一九七〇年から三年間、七百七十七家庭まで動員されたでしょう。これは世界的なことです。動員されて三年の間、苦労しなさいということでした。それは、民族を代表し、世界を代表した、いかなる家庭も統一教会の家庭にはかないません。統一教会の家庭のようにならなければならないというのです。三年の間、みなどんなに悪口を言ったことでしょうか! 親が反対するので、子供をふろしきに包んで、夜に行って塀の向こうに置いてくるようなことをしたのです。

 なぜそうしたのかというのです。国を自分の息子、娘よりも愛したという条件を立てなければならなかったからです。そうするためには子供を孤児院に入れなければなりませんでした。妻と離れ離れになりました。祝福して「幸せになれ」と言うのではなく、みすぽらしい家庭用品で大変な生活をしていた者もみな、どたばたと送り出しました。それは何かといえば、数多くの姓氏、統一教会で祝福を受けた姓氏が代表となって、国に行って氏族圏を蕩減復帰したのです。それで挙国的に反対しましたが、結局は「金日成を防ぎ、国を救おうとする統一教会の人たちのようにならなければならない」と言うくらいになったというのです。

 「子供と妻を捨てて国を救うために、こうしなければならない」という教材になったのです。三年になるころには、最初に反対していた人たちが歓迎し始めました。そのように歓迎するのが、カイン・アベルの復帰なのです。

 七百七十七家庭まで全部動員しました。家も捨て、子供も孤児同様になり、出動命令によって出動したのです。これが世界に行くための国家的総清算をする蕩減の期間でした。三年路程を中心として分別期間を立てずしては解決できなかったので、家庭を中心として金日成を防ぐ立場で大韓民国に対する忠節の道理、忠臣の道理を果たさなければならなかったのです。祝福家庭が愛国者の模範家庭として行動しなければならない時だったのです。

 一九七〇年代に大移動が起こりました。そして、全世界から十カ国以上の祝福家庭を韓国に呼び寄せてカナン復帰をするのです。韓国に呼び寄せて、みなここで一つにまとめるのです。これが七百七十七家庭の祝福だということを皆さんは知らなければなりません。それを一九七〇年に行いました。そのような基盤を築いて、世界圏で、統一氏族が国家を代表して十カ国から参加しました。蘇生、長成、完成の九数を超えた十数は、神様の数です。十数は十二数に該当するものです。ですから十カ国は、いずれにせよ連結しなければならないものです。

 先生の聖婚式をしたのちに、十二弟子、それから三十六家庭、そして七十門徒のような七十二家庭です。イエス様に七十門徒がいたでしょう。次には百二十門徒と同じように百二十四家庭、四百三十家庭、そして七百七十七家庭、こうして蕩減復帰をして世界的に発展していくのです。こうして統一の運勢は、既に世界的基盤をもって今後、登場するようになるのです。だんだんと現れるのです。これが原理です。

 そうして統一教会の女性は、少なくとも金日成が暮らした以上の立場で暮らさなければなりません。そうできなければ天国に行くことができません。将来、統一教会を信じる人は、みな北韓の金日成が暮らした以上の立場で暮らす時が来るでしょう。皆さん、世界的に、将来は七百七十七家庭といえば、その国で軍楽隊をもって一人しかいない貴賓として取り扱われ、その国の役人を集めて、侍られる時が来るのです。

 今まで、どんなに複雑だったでしょうか。霊の子女を三人立てなければなりませんでした。七百七十七家庭まで霊の子女を絶対に主張してきました。ところが七百七十七家庭以降は主張しませんでした。これは、天使世界においてアダム圏の半分を超えたということです。霊の子女は三天使世界を復帰するということです。「父母様の出現の前には先生もイエス様の名で祈祷する」と言って、父母様の名で祈祷しませんでした。ところが祝福してからは、真の父母の名で祈祷するようになったのです。

 父母様を中心として三家庭、その次には三十六家庭、その次には七十二家庭、百二十四家庭、四百三十家庭、七百七十七家庭、千八百家庭です。これが七数です。七数。ここから三段階が残ります。これが三数です。これは、いつでも分別数です。なぜ三数でしょうか。直線上には調和がありません。三数を通して、ここで面積ができ始めるのです。三数を並べると直線で戻ってくる道がありません。これが三点からだと戻ることができるのです。それで三段階では帰っていくのです。上がったら必ず戻るようになっています。

 韓国のすべての宗氏が、天国に行くことのできる門をみな開きました。これを邪魔してはいけないのです。神様の愛を中心として普遍的な愛が全体的な愛であるだけに、門を閉めておくことができないのです。みんな開けておかなければなりません。こうやって行くのです。そこから拡大するのです。四百三十家庭、その次は七百七十七家庭です。これは世界の舞台に立つのです。国家の舞台を越えて世界の舞台に行くのです。そうです。六千双は人類の代わりです。その次が六千五百双です。サタン世界を七数を中心として、霊界まで解放圏を立てるためのものなのです。

 先生がまず強調するのは、天使長復帰です。信仰の三人の子女をもたなければならないのです。そうでしょう。それを七百七十七家庭まで強調しました。千八百双からは、その次に超えていくのです。世界的な版図、世界の家庭を代表的に祝福することのできる時になったので、千八百双からこれを強調しなくてもよくなりました。千八百双は七番目です。七数を超えるのです。八番目は六千双、六千五百双が九番目です。三万双が水平になるのです。水平になると水が入ってくることができるのです。

 祝福をしたというのは、父母を中心として、この地上に天的血族圏が生じたということです。サタン世界がいくら反対しても、その血族圏には数多くの氏族が入っているのです。韓国を中心として様々な氏族が入っているというのです。その門を開けているのが四百三十家庭の祝福から七百七十七家庭の祝福です。そうしてすべて世界的に連結していくのです。

 十八数は、サタン世界の完成数です。また四の四倍である十六も、サタン世界の理想数です。それで韓国動乱の時、国連の十六カ国が参加し、オリンピック大会も百六十カ国が参加したのです。韓国・北朝鮮の国連加入も百六十番目、百六十一番目です。それが世界的な版図です。

 サタンは堕落する時、家庭を中心として堕落したので、神様の主管圈に家庭をつなげて超国家的な運動を展開してきたのです。七百七十七家庭、その次に千八百家庭、千八百家庭が最後です。サタン数である六数の三倍、蘇生、長成、完成をして十八数です。サタン世界で、千八百家庭を先生がもったということは、氏族圏を超えることになります。その国家基準に連結された勝利基準は、世界に連結される道の始まりです。その千八百家庭は、サタンの主管圏にある六百数の三倍です。それを基準として家庭を立てて、サタン圏の家庭を蕩減する基準になるのが千八百家庭です。

 六千家庭は全世界の縦的なキリスト教徒と一般の人、縦的なキリスト教徒と横的なカイン世界のようなものです。六千家庭を先生が連結するようにしたのは、サタン世界が家庭的に攻撃する時代は既に過ぎたということを意味します。そこから先生が世界的に進んでいく路程が始まるのです。霊的な長成基準を国家基準において成すのです。

 世界的な基準においては霊的なキリスト教が世界的な基盤になるので、世界的実体基準をキリスト教文化圏に連結するためにアメリカに行って、全国的に復興活動をしたのです。そして行く先々で歓迎を受けました。それを国家基準を代表して韓国に連結しました。そのように勝利して帰ってきました。

 祝福家庭は、国際合同結婚式が伝統です。千八百まで国際結婚を重要視したでしょう。十八は六数の三倍数です。三×六=十八、それで千八百家庭というのです。イエス様は百二十家庭で、再臨主は百八十家庭です。

 百八十家庭と百六十家庭は、同じ数です。四数の倍数です。四×四=十六、そして十八は六数の三倍です。サタン数の完結数です。それで祝福家庭に「氏族の百六十家庭を祝福するように」と言ったのです。本来は百八十家庭なのですが、百六十家庭も同じと認めるのです。一家庭でも少ないほうを皆さんが望むので百六十にしました。これからは百八十家庭です。次には八数、それで三数で増えます。七数、七番目が千八百家庭です。三家庭、三十六家庭、七十二家庭、百二十四家庭、四百三十家庭、七百七十七家庭、千八百家庭まで七数です。七数から、八数、九数、十数である帰一数に入るのです。十数は祝福世界化時代へと超えていくのです。

 これから先生は解放です。兄、弟の立場で教えてあげ、神様が愛する息子、娘の立場で教えてあげ、その次に夫の立場で、父の立場でしっかりと教えてあげるのです。先生がそれをすべて分別して教えてきたでしょう。三十六家庭、七十二家庭、百二十四家庭、四百三十家庭、七百七十七家庭、千八百家庭、六千家庭、六千五百家庭まで、三回以上教育しました。三万家庭まで教育して、すべて終わったのです。

4.蘇生的国際結婚――三万家庭

 見てください。今まで多くの祝福をしてきて、一九九二年には三万双の祝福がありました。なぜ三万双でしょうか。これは国際的です。一九五六年に父母を中心として世界的祝福をすることのできる世界時代を失ったのですが、一九九二年、四十年ぶりに世界的祝福の時代に入ったので、三万双の結婚が始まるのです。これは世界的な時代の蘇生です。

 一九九二年の三万双の祝福は蘇生です。国際的な基準でした。人種や文化のすべてのものを否定するのです。結婚とは何でしょうか。アダム、エバの愛のためにつくったものが結婚でしょう。アダム、エバはサタンを中心として神様を否定しましたが、神様を中心として、真の父母を中心としてこれを肯定することにより蕩減復帰するのです。

 自分勝手に結婚して、今まで反対してきたのが親でした。ですから統一教会で、祝福圏を親にも立ててあげるのです。サタン世界を共に祝福してあげなければなりません。ですから三万双の祝福の時は、一週間の修練を受けた人までみな祝福してあげたのです。このように超えていくのです。今の世界的な時代には三万双、三十六万双、そして若い青年たちが三百六十万双の結婚をすることのできる時が来るかもしれません。

 今の青少年たちがぼろぼろの版図を構成したのは、アダム家庭から始まったものです。イエス様も結婚できずに死んだのです。愛の関係のためにです。今までそのような版図が広がっていたのです。完成時代において父母様がしなければならないのは、直系の子女、青少年を中心として結婚をさせることなので、これから既成家庭の祝福は先生が手をつけなくてもいいのです。

 家庭を重要視するので、昨年三万双を結婚させたのです。これは世界的な爆弾です。三万双の結婚を考えてみてください。親も息子、娘を自分勝手にできない世の中なのに、統一教会の文先生が、百三十一カ国の若者を連れてきて思いのままに結婚させるのです。これ以上の奇跡があるでしょうか。また、これ以上の世界的な事件があるでしょうか。

 一九九二年四月十日を中心として、イスラム教を信じる人たちをはじめとした八カ国を祝福することによって、イスラム教までも統一する条件を立てました。知らなかったでしょう。その祝福の立場に参加しなかった人はいないのです。イスラム教徒も祝福に参加しました。中国人、韓国人、北朝鮮の若者が、それに惹かれて入ってきました。共産主義から転換して入ってきて、祝福を受けた人もいるのです。全世界的にカバーしたというのです。

 百三十一カ国の若い男女を捕まえて写真でマッチングをして、三万双の結婚式をしたのですが、それにすべて従うという気の狂ったような人が、この世のどこにいるのかというのです。そのようなことをしたのは先生しかいないのです。レバレンド・ムーンは、気が狂っているのではありません。能力があまりにも多すぎるので、そのようなことをしているのではありませんか。

 これから家庭堂には個人は加わることができません。家庭で加わらなければなりません。そうしてすべて祝福を受けなければなりません。それは簡単でしょうか、難しいでしょうか。ですから氏族的メシヤを配置するのです。皆さんが故郷に帰って氏族的メシヤとして基準さえ立てれば、一族がみな一度に押し寄せてくるのです。三万双の祝福を受けた人がみな故郷に入り、十二双ずつでも伝道すれば、三年以内に三十六万双の祝福が可能になるのです。そうなることのできる環境をつくっておいたのです。

 考えてみてください。歴史的に三万双まで結婚させた人が、この世で先生以外に誰がいるでしょうか。これからは、三百六十万双までもしてあげようというのです。そのためには、一日に一万双ずつしても一年はかかるのです。それで私が霊界に行って、「お父様、人種差別とかすべての複雑な文化圏をかき混ぜて、あなたか喜ぶ統一世界にしてきました」と言うとき、神様が「ははは……」とお笑いになるのです。立派な統一教会の若い青年にも、それが可能な時代圏内に入ったのです。

 百三十一カ国で三万双が相手の写真を見ただけで結婚をしました。それは歴史的な事件です。これをローマ法王ができるでしょうか。アメリカの大統領ができるでしょうか。先生が望んだのではなくて、皆さんが望んだのです。「どうか先生がしてください!」と言ったのです。では、皆さん! 今回カップルを結んであげたのですが、お似合いですか、似合いませんか。写真を見てやったということを世界がみんな知っているのです。

 統一教会員たちは、賢いので先生にお願いするのです。これからは先生がしないようにしようと思います。そうすれば泣く人が多いでしょう。「早く受けるんだった……」と言うでしょう。そのような力がどこから出るでしょうか。人を見れば分かるのです。そのような何かがあるので、統一教会の教祖もするのです。教祖をするのが簡単でしょうか。歴史始まって以来、最も迫害をたくさん受けた人がレバレンド・ムーンではないでしょうか。クイズにも出るでしょう。「歴史上で最も迫害をたくさん受けた宗教指導者は誰でしょうか」と言えば、「レバレンド・ムーン!」と答えるのではありませんか。

 将来、人々がなだれ込んできて、皆さんが逃げなければならない時が来るのです。また誰に説明を聞いたのかという時に、祝福を受けた家庭の中で、最も高い家庭に説明を聞いたというのが誇りになる時が来るのです。「三万双の祝福を受けた人に聞きました」と言うのと「六千双の祝福を受けた人に聞きました」と言うのでは、どちらのほうが価値があるでしょうか。ですから統一教会で長くなった人たちは、祝福について解説して回るだけでも歓迎を受けるのです。

 世界の若者たちによる三万双が、一つ所に集まって結婚したという事実は宇宙史的な慶事です。それは宮殿で、ある王を中心として「王子、王女が結婚をする」と言って一国が祝うよりももっと素晴らしいことなのです。世界的な次元だというのです。これが世界的な事件として続いて、一次、二次、三次まで発展すれば、その次からは大きなことが起こるのです。

 今回、三万双をすべて公開してしまうのです。四十日の教育だけで祝福を受けて結婚したのちに二人とも、三年路程に行かなければなりません。何の条件もない人にも恵沢を与えるのです。ですから皆さんが、「祝福を受けた家庭はこうなんだなあ!」と近所の人が慕い、うらやましがるような伝統を立てるのです。そうして、新しい祝福を受けた人が皆さんの家庭に入ってきて、十二支派のように一つにならなければなりません。そして先生を中心とした環境のように、「あの家に行って御飯を一度食べてみたいなあ!」という環境にならなければなりません。

 愛の道理に従って神様が投入して忘れたような実践路程の主体者になる時は、その環境は、荒地になろうとしてもなることができないのです。民族の結合した喚声と南北統一を願う声が天地に響くのです。遠からず南北解放の日に、歓喜の声とともに、統一教会の人たちが万歳三唱を叫ぶ日が来るでしょう。

5.長成的国際結婚―─三十六万家庭

 このごろ統一教会が、二、三年の間に世界での水準が上がったのを知っていますか。では何をしてさっと上がったのでしょうか。お金を稼いでさっと上がったのでしょうか。伝道をたくさんして上がったのでしょうか。祝福です。三十六万双の祝福はいつですか。一九九五年です。三万双は、一九九二年です。一九九二年から一九九五年、三年目に三十六万双です。その次は三百六十万双です。「三万双から三十六万双をする」と言った時、誰が信じましたか。三十六万双の時、そうでした。三十六万双をして三百六十万双をするまで、三年かかりませんでした。二年半でやり遂げました。二年半もかかりませんでした。

 これをしようとした時、三百六十万双になると信じた人は一人もいませんでした。神様はどうだったか分かりませんが、先生も信じられるか信じられないかでした。考えてみてください。この一本の指と十本の指は違うでしょうか、同じでしょうか。峠はいくつでしょうか。十の峠があるのです。私が三年間ジャルジンに行って仕事をしながら二世の時代を宣布しました。宣布した内容とは、絶対信仰です。絶対信仰、これからは信じまいとしても信じざるを得なくなるのです。

 三万双から三十六万双になるという時、それを信じなかった人は損をしたのです。不合格者の烙印を押されたのです。また、三十六万双が三百六十万双になるという時、それも信じることができなかったのです。そしてまた今、「三百六十万双から五月の末までに三千六百万双をするように」と言い、また一億二千万双までやろうとしているのです。そのようなことを言う人たちは、正常な人たちでしょうか、気の狂った人たちでしょうか。

 三百六十万双の結婚、これは蘇生、長成、完成の完成です。三万双から三十六万双を経て、完成の段階を成すのです。これを水位で例えると、水が六時間かけて満ちてきてたまり、十二時間で一回ずつ引いていくとすると、六時間前にたまった水も、六時間後にたまった水も同じ水位に立つのです。先にたまったものを押しのけて、新しくたまった水が先になることもあるのです。ですから平準化時代に入ったのです。

 お母様が現れたその年を中心として三万双の祝福をしました。これは国際的な祝福です。初めて父母が出てきて、対等な価値でこれを全世界国家に植えるための蘇生的国際結婚式が行われました。次の長成的な国際結婚式が三十六万双です。次の三百六十万双は完成です。三万双の時から、すべての宗教とすべての根本民族は、誰でも祝福を受けることのできる道が開かれました。三十六万双で本格的な長成時代を経て、この三百六十万双は、信者でなくてもみな対等な立場で相続することができるようになりました。

 これからは、国が一度に丸ごと入ってくる所がたくさん出てくるでしょう。今までは伝道するのが大変だったでしょう。今の氏族時代を超えると、これから国が入ってきます。大統領とその国さえ認めれば、三百六十万双も行うことができるのです。先生が金日成の肩を軽くたたきながら北朝鮮の青年男女を中心として「三十六万双の結婚式をしましょう!」と言って、そのようにすれば、南北統一が成されるでしょうか、成されないでしょか。そうして北朝鮮の三十六万の男性と韓国の三十六万の女性を混ぜれば統一されるでしょうか、されないでしょうか。

 日本人も韓国人と交差結婚をしたのですから、韓国と北朝鮮が交差結婚ができるというのは論理的でしょう。金日成が本当に男性なら、男性と女性を組み合わせることに反対できないようになっているのです。簡単なことです。

 初めは、結婚して七年間、聖別をしました。七年間を通過しなければなりません。蕩減の塔を見るとこのように高く長いのですが、だんだんと近づいてくるでしょう。ここが頂上になっているのです。三十六万双とか三億六千万双は、三十六数です。蕩減条件を中心として歴史が、このように何百年も早められて今に至っているのです。三十六家庭のような三百六十万、三千六百万、三億六千万、このように前進してきました。かえって昔の人はみな年老いて、心情的に世界的な活動をする手本になっていないのです。

 祝福を受けた日本の人は、本当に祝福の価値を知った時には、あまりぼーっとした人はいないので、そのまま一〇〇パーセント飛躍的発展をすることができるのです。そのような意味で平等なのです。なぜ三万双から三十六万双、三百六十万双、三千六百万双、三億六千万双をするのでしょうか。三万双の時が分別式です。三数を中心として、世界レベルでサタンと神様との世界的祝福圏に対する分別式をしたのです。

 真の父母といえば、既にレバレンド・ムーンだということを知っているのです。真の父母といえばレバレンド・ムーンなのですが、それ以上の名称はないのです。それ以上教えることがありません。考えてみてください。今から四十年前には、再臨論を教えるためには聖書の六十六巻を広げて話をしましたが、今は再臨論の講義をする必要もありません。「レバレンド・ムーンを知っていますか」と言えば、「その方は三十六万双の結婚式をした人で、これから三百六十万双を結婚させる人だ」と答えるのです。「その人は人ですか、メシヤですか」と言うと、「メシヤ」という言葉がぴったりであって、「人」という言葉は合わないようになるのです。

 統一教会の文先生が真の父母の立場で結婚式をして、全世界に氏族的メシヤとしての数十万双を配置することができる時になりました。三十六万双を配置する時代が来たので、その一族は滅びるはずがないのです。それで家庭を中心に、ザカリヤ家庭とヨセフ家庭が一つになることができなかったことによって、成すことのできなかったイエス様の理想を、すべて成すことができるようになったのです。

 これからは新郎の家、そして新婦の家を一つにすれば終わるのです。それがカイン、アベルです。新郎にも一族がいるでしょう。夫にも夫の家の一族がいるでしょうし、妻にも妻の一族がいるでしょう。ここに婿や嫁になってすべてを一つに結んで百六十家庭さえ一つになる日には、一族圏内でサタンが活動する舞台はなくなるのです。

 根本の根が間違ってしまったので、根をひっくり返さなければなりません。それで根を探す運動という言葉も今、出てきているのです。偽りの父母によって結婚式を間違え、根本をひっくり返したので、真の父母が来て世界的な結婚式をしなければならないというのが理論的な論理です。それで三十六万双の祝福結婚式、そして三百六十万双の結婚式をするのです。三百六十万双の結婚式ができるでしょうか、できないでしょうか。できるかどうか見てみましょう。もう既に決まっているのです。できるようになっているのです。

 三万双の結婚式をしてすぐ「三年後に三十六万双を結婚させる」と言ったときに、誰が信じたでしょうか。神様とレバレンド・ムーンしか知りませんでした。五カ月でそれをやり遂げました。これからは三百六十万双は、問題にもなりまサん。インドという国のヒンズー教徒だけでも一億を超えるし、パキスタンはイスラム教徒が七千万を超えます。彼らがみな自分の国だけで三百六十万双をするというのです。アメリカは、お使いでもしていなさいというのです。

 混乱した邪悪な性問題の解放を主張する世界をほっておいてはいけないのです。神様が制裁を加えるのです。エイズという病気は罰です。罪を犯したので、罰を受けなければなりません。この罰で死んではならないのです。これを防御しなければならないので、先生が仕方なく世界的な大家庭編成をするのです。三百六十万双を結婚させる時には、結婚する人たちが統一教会の結婚観を知ってから結婚するでしょうか、そうでないでしょうか。これから問題になります。

 三十六万双をやっても今、問題です。小学校の先生に、「先生、私たちは十一歳、十二歳になったのですが、いずれは結婚するので、聞きたいのです。統一教会で結婚することを既成教会では『異端だ、悪い、悪魔だ』と言うのですが、統一教会の三十六万双は、国境を越えて地の果てから来た人もみな面会もせずに、写真で結婚しても幸せそうです。うちの近所には、結婚をして暮らしても、一週間もたたずに壊れた家庭があります。統一教会の結婚式は正しいと思いますか」と質問されたら、どう答えますか。そういう時が目前に来ています。

 私たちが三十六万双の祝福を果たしたので、三百六十万双を三年後にして、また三年後に三千六百万双が祝福を受けるとすれば、世界に統一教会のカップルのいない所がなくなるでしょう。どこでも祝福家庭がいるのです。そうなれば強力な力をもつようになるのです。その国では、どの村でも境界線がなくなるのです。すべての所が連結されているので、何の問題もないのです。座ったまま電話で、世界の三百六十カ国の友達をつくりながら暮らすのです。

 三万双、三十六万双、そして三百六十万双を超える時代、そのような世界的な基準の方向圏を今日に至って造成しながら万歳を叫び始めたのです。今日まで先生の生活は、悲惨でした! 天下が喜ぶことのできるその日を迎えるために、歯を食いしばって死の道を歩んできました。四千年の歴史を四百年で復帰しなければなりませんが、四百年生きることができないので、一生涯の四十年以内に生涯をかけて成さなければならないということが、先生としてどんなに深刻だったか考えてみてください。

 世界の真の父母圏の基盤を備えるために、世界的なこの運動をしました。そして今、祝福も三万双から三十六万双、そして三百六十万双をしています。蘇生・長成段階を超えるのです。長成段階を超えたというのは、国家的基準を超えたということです。イエス様が失敗したイスラエル圏、国家を失ったのを復帰することのできる時が来たので、このような観点で見ると、先生を中心とした家庭と氏族と民族と国家を探し出して、入っていかなければならない時が来たことが分かります。ですから王権時代へと超えていくのです。

6.完成的国際結婚――三百六十万家庭

 世界的な拡大は、祝福家庭を中心として行うのです。三万双から三十六万双、三百六十万双を中心として家庭的世界版図が形成されることによって、神様個人よりも、神様の家庭や真の御父母様の家庭が行くのに、縦横を経なくても神様がこの地上に臨むことのできる時代圈を迎えました。それで「天地父母天宙安息圏」を宣布しました。それで蘇生、長成、完成を経て、世界の統一家庭が動くときに障害物がなく、歓迎を受けることのできる時代になったのです。神様がどこででも休むことのできる時代になったのです。

 それでこの宣布式をしたのです。したがって今回、天の安息圏を宣布したので、世界的な三万双、三十六万双、三百六十万双を中心として三千六百万双、三億六千万双を祝福するのです。これら(三千六百万双、三億六千万双)は、下りていくので簡単です。三億六千万双が分水嶺になったので、この峠を越えることによって、世界の全人類は一つの家庭になるのです。アダム家庭で始めたものを失ったので、それを取り戻すために、国家でこれを成そうとし、世界で成そうとしたので、先生を中心として家庭で勝利、国で勝利、世界の版図で勝利したすべてのものを中心として、初めて全人類が解放圏に入ることができるのです。

 三億六千万双の祝福が終われば、どうなるでしょうか。三百六十万双の祝福は、祝福において最高の山場です。山でいえば、エベレスト山のようなものです。今これを越えるのです。これが最も難しい峠です。それを越えて三万双が蘇生であり、三十六万双の長成、三百六十万双の完成を成して三千六百万双へと進みます。全部三十六数なのですが、三万双が出てきました。なぜ三数でしょうか。三数というのは過程的な数です。いつでも転換の時期には三面を広げていくのです。ですから三万六千双ではなくて三万双なのです。

 三数がいつも分別期間になっているので、三万双を中心として、三十六万双、三百六十万双と、頂上に上るのです。それが最も難しいのです。これを全世界が注目しています。すべての宗教圏で「統一教会が三十六万双を結婚させ、三百六十万双を結婚させるそうだ。三十六万双は簡単だったけれど三百六十万双はできるだろうか」と言うのです。一年八カ月だったか、何カ月でしょうか。それを誰も信じませんでした。しかし三百六十万双を七月十五日を期して超えました。きょうまでで、二千五百万双を超えたのです。きのうまででしょうか、おとといまででしょうか。二千四百五十七万人、四捨五入すると、二千五百万を超えたのです。

 すべての堕落した子孫の最高の願いは、「どうしたら先生の血統圏につながるか」ということです。それで親戚関係を結ぶのが最高の希望です。先生の子女は何人でしょうか。孫たちはどれくらいいるでしょうか。息子、娘が、孫をどれくらい欲しいかと聞きます。一人ずつ生みましょうか。みんな少なくても一ダースを超えなければなりません。大勢の人たちが待っているのです。黒人、白人、黄色人種みんなが待っています。そのような希望をもっている世界的な大氏族になるのです。多くの血統圏につながることができます。三百六十万双ではつながらないところがありません。至る所に必ず一双ずついるのです。

 今日、統一教会は真の父母の家庭を中心として伝わってきた氏族で蕩減して上がってきました。そして水平線に上がって世界化の祝福時代、一九五二年から一九九二年までの四十年を過ぎて、一九九二年から国際的な祝福時代へと超えたのです。祝福が国際時代へと超えたのです。氏族基準に入って、そこから水平的な国際時代に入るのです。そして一九九五年に三十六万双を祝福し、その次には一九九八年六月十三日に四千万双の祝福をしたのです。これが世界時代において三万双、三十六万双、三百六十万双です。この三百六十万双が峠です。ここから全世界水平時代に入るのです。

 条件に引っ掛からないように、完全な作戦のためのすべての責任を完遂しなければ、完成することはできません。延長し、また延長した先生の最後の方便であり対策が、正に三百六十万双、三千六百万双、三億六千万双です。この最後の段階で責任を完遂したという条件を立てて、万民解放を成すのが先生の責任であり、先生の思想です。先生が行く道です。

 十二の峠を越えていくのです。十二の峠を迎えて世界に越えていき、天下は、その世界の懐に抱かれるようになっているのです。祝福家庭の懐に抱かれる時が来るのです。ですから八月以前に三百六十万双を終えたときには、三千六百万双は一年以内で終えるのです。三千六百万双の祝福が終わったなら、また一年以内の三億六千万双は問題ありません。その次には三十六億をするのですが、三十六億双になる七十二億の人が地球上にはいないのです。人類は六十億しかいないのです。それを何度かすれば終わってしまいます。このようにすれば二〇〇〇年内に世界は行き場もないように家庭版図に打ち込まれなければ、生きていく場所がなくなるのです。

 家庭を中心として世界の基準を超えなければなりません。それで統一教会は、その日を実現させるために合同結婚式をしたのです。三十六家庭から十数を中心として三万双、その次には三十六万双、三百六十万双まで頂上の峠を越えるのです。分水嶺を越えるのです。ここまでが大変なのであって、これからは世界祝福の門をすべて開けるのです。三百六十万双、絶頂の横的基準が立つことによって、この縦的な基準も比例的に高まるのです。それによって地上で全世界の氏族、民族、国家を超えて祝福を受けたのと同様に、天上世界、天使長圏世界までみな祝福を受けるのです。

 三百六十万双の祝福が終わっても、おしまいではありません。町ごとに(祝福家庭が)いるので旗を立てて全部祝福しなさいというのです。そうしなければなりません。旗を立てて祝福するのです。サタン世界の地獄の民が、天国の民に加入することのできる真の父母の血族をすべて相続するのです。そうして全部祝福するようになっています。旗を立てて祝福を受けた人が、町内で一人残らず祝福を授けるのです。

 一九九七年八月九日までに三百六十万双の祝福が終わって、先生が七十七歳の七月七日七時七分七秒のその日に三千六百万双の祝福を宣布しました。誰でも祝福を受けるのです。解放です。「三千六百万双を祝福する」と言えば、霊界が下りてきて強制的に打って、祝福を受けるように引っ張っていく時が来るのです。

 今まで宗教は個人の救いを語ってきましたが、これはどんなに簡単でしょうか。家庭の救いと、国家の救いと、世界の救いと、天宙の救いです。国家救援から、今は世界救援に超えていく時なので、霊界の先祖たちを祝福することができるのです。霊界や肉界や地上で、家庭生活を真の父母と暮らした人が入るところが、天上・地上天国であり、天上・地上天国の民になるのです。ですから霊界に行っている先祖たちを解放させるために、不可避的に宗親連合をつくらなければならなかった事実を知らなければなりません。

 このために必死に努力しなければなりません。それが遅れれば遅れるほど先祖がドンドンドンと足踏みしながら、「こいつ、なぜこのように遅いのか」と言うのです。「早く、早く」と言って、解放されたがるので、天使長圏の解放が起こるのです。地上で天使長圏を祝福すれば、天上世界が祝福を受けられるのです。それで興進君と大母様が「三百六十万双祝福!」と言えば、直ちに先生が霊界に祝福することのできるものを与えるのです。

 レバレンド・ムーンの公式的な名前、神様が制定した名前が「真の父母」です。このようなものを八段階に上がっていくのを平面的にしたのです。蕩減法のとおり、心のままに、世界的な家庭を編成したのです。ここで三百六十万双が祝福を受けるのです。

 二次四十年路程がこれまで短縮されてきました。このようになると、これからは自由結婚時代へと超えていくのです。父母が決定すれば、自由にするのです。これからは、先生が結婚を決めないのです。三百六十万双の結婚のあとは、何人かだけ先生が祝福してあげるのです。そのようなすべての関係が完全にできているので、十代、聖婚式当時のお母様の年齢以上の人はみな解放してあげるのです。それで十九歳、十八歳まで結婚させるのです。

 三百六十万双の祝福をしたので、また、三千六百万双が祝福を受ければ、世界の町々には、統一教会のカップルのいない町はなくなるでしょう。どこにでも祝福家庭がいるのです。そうすれば強力な力をもつようになります。その国では、どこにも境界線がなくなるのです。すべての場所がつながるので、何の問題もないのです。座ったまま電話で、世界の三百六十の国の友達をつくりながら暮らすことができるのです。

 祝福家庭を超国家的、超世界的、超民族的、超宗数的な水平線に置いてするのです。三百六十万双を祝福すれば終わるのです。そうすれば世界は、家庭を訪ねていくために統一教会の教理を知らなければならなくなるのです。何の力で、一人の人が三百六十万双を国境を越えて統一することができるでしょうか。そのような力をもったという事実は、永遠に歴史の誇りとなる事件です。それで、鳩のように小さな一双が結婚することが問題でしょうか。そうして一族が心配し、母親が鴇が鳴くときのようにのどを詰まらせながら、結婚をどうするかと悩み、心配しながら眠れない、そのような環境から抜け出すことができるのです。

 そして、小学校の先生がこれを知らなければなりません。「先生、三百六十万双が結婚したのは事実ですか、うそですか」と聞いたとき、先生はどう答えるでしょうか。「うそだ」と言うでしょうか。そのような先生は、偽者になるのです。「その内容は何ですか」と聞かれた時に、説明できなければ落第です。

 蕩減条件を先生が立てました。一週間以内に百六十家庭、千六百家庭も祝福することのできる時代になりました。三十六万家庭で実ったでしょう。大韓民国の人に「三十六万家庭を祝福し、七十二万人を結婚させた文総裁は立派ですか、悪い人ですか」と聞けば、何と答えるでしょうか。もし「悪い人だ」と答えれば、「その悪い人のもとに、世界の大統領がいるし、学者、博士が並び、優秀で立派な人たちが従っていますが、みなあなたより劣っているので祝福を受けたのですか」と問い詰めるのです。三尋の竿でかき混ぜても引っ掛かるところがありません。そのような時代になりました。

 三十六万双が三百六十万双になり、三千六百万双になり、三億六千万双、三十六億双へと広がっていく時、人類社会から初めてエイズが撲滅され、神人が一体化した純潔な真の愛の世界が実現されるのです。これは夢ではありません。神様の地上天国建設の大歴史の中でその実現は、必至の事実です。人間の業ではなく、それは神様のなさる業だからです。

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第三章 祝福家庭の摂理的意義

一 三十六家庭

1.三家庭をまず祝福

 一九六〇年に先生の聖婚式を挙げる前に、三十六家庭の中の三家庭を婚約させて先生が聖婚式を行ってから、この三家庭を祝福しました。それは、イエス様を中心としたペテロ、ヨハネ、ヤコブのように、先生を中心として三子女が神様の理想圏に立ったという条件を立てたのです。完全に分かれることができないという勝利基盤を立てたのです。

 最初にしたことが三家庭の祝福です。一九六〇年に先生が聖婚式をする前に、この三家庭の基盤がなければ聖婚式はできないようになっていたのです。お母様を迎える時に、この人たちの相手をすべて決めておいて、先生が結婚式をまず行い、次に彼らも祝福してあげたのです。そのように原理の道を合わせてきたのです。

 アダムの前に三大天使長、アダムの八人家族を編成しなければなりません。三大子女、信仰の息子、娘を立てて結婚すれば、八人家族の編成と三大天使長を連れて天の前に行かなければならないというのです。それで統一教会の文先生も、三人の息子、娘、三十六家庭を立て、三十六家庭の婚約式を行ってから結婚式をしたのです。すべてが原理的です。水も漏らさぬ組織編成をしてきたのです。アダムが家庭を失ったので、再び家庭を探し出さなければなりません。

 先生を中心として見れば、縦的立場の子女たちがいて、子女を中心として見れば、横的な立場の兄弟がいますが、横的基盤で私たちの子供の中の代表としてアベルの位置に立ったのが誰かというと、興進だったのです。二番目、二番目だというのです。私たちの統一教会で見れば、三十六家庭を立てるためにはイエス様の三弟子、天使長の家庭を代表した三数を解決しなければならないのです。その三数が決定されたので、アダム家庭、ノア家庭、ヤコブ家庭の三十六家庭の型が出てきたのです。

三十六家庭で代表されるこの三家庭の中で、最初の家庭が金元弼家庭です。歴史は、誰でもその場に立てるようにはなっていません。これこれこのようなプログラムによる、様々な背後の内容が霊的な世界にできていなければ、長子の位置に立てることができないのです。そのような人が金元弼なのです。その次に二番目は誰かといえば、劉孝元です。そして三番目は、金榮輝です。

 三家庭を中心として十二人を立てなければなりません。この十二人は、歴史的な使命を果たさなければなりませんが、十二人だけでは駄目だというのです。過去の十二人、現在の十二人、未来の十二人、三十六数を決定しなければならないのです。それで三十六家庭となるのです。アダム家庭からノア家庭まで十代、ノア家庭からヤコブ家庭までの十代、ヤコブ家庭の十二人の子供、二千年歴史の先祖を連結できなかったのを、すべて圧縮したのが三十六家庭です。

2.三十六家庭を立てた意味

 三十六家庭は、第一家庭、第二家庭、第三家庭で構成されています。第一家庭は、旧約時代を象徴していますが、それは神様の許可なしに結婚した立場です。第二家庭は、新約時代を象徴していますが、新約時代は、地上で初めて神様が選んでくれる結婚を願った時代です。しかし、イエス様が十字架で亡くなることによって失敗し、新婦は新郎がやって来ることだけを待った時代です。

 第三家庭は、成約時代を象徴しますが、成約時代は、完成の時代で、神様の家庭の出発を願う時代です。現在の摂理は、ヤコブが勝利した象徴的復帰摂理を経ています。したがって先生は、僕の時代と養子圏時代を蕩減復帰して、神様の真の子女時代を成し遂げなければなりません。この三時代の路程を象徴的に復帰するのが三十六家庭です。

 三十六家庭の中で、第一家庭は、既成家庭で旧約時代に該当し、イエス様の時代は、結婚を願ったけれども成せなかった時代で第二家庭がそれを象徴します。第三家庭は、すべての苦難に勝って、勝利したヤコブのように、成約時代を象徴します。特に三十六家庭は、先生を中心として一代に旧約時代、新約時代、成約時代を蕩減する勝利的基台となるのです。さらに、家庭勝利の完成で三時代を横的に一代に蕩減した歴史的意義をもつのが三十六家庭の祝福だというのです。

 摂理史的に見れば三十六家庭の第一家庭は、アダム家庭を復帰した立場です。アダム家庭のカイン、アベルを含み、ノアまで十二数でつながっているので、これを蕩減するために十二家庭を立てたのです。第二家庭は、ノアからアブラハムを復帰したことを意味します。アブラハム家庭にサタンが侵犯することにより、イサクとヤコブに延長された十二代を象徴します。ヤコブは、十二人の子女を通じて歴史上初めて縦的な摂理を横的に蕩減復帰したので、三十六家庭において第三家庭がそれを象徴するのです。ヤコブが成した個人的勝利の基台の上に出発した家庭は、旧約時代、新約時代、成約時代を象徴したものでもあります。

 三十六家庭は、三十六代と同じです。三十六家庭は先祖なのです。神様の復帰摂理の中で先祖が失敗したことを、すべて取り戻した型です。イエス様の時代の十二弟子を代表した歴史的な過去、現在、すなわち旧約時代と新約時代を、すべて蕩減して取り戻した型が三十六家庭だというのです。言い換えれば、成約時代は旧約と新約を完成しなければ出発することができないのが原則なので、これをすべて清算するために三十六家庭を取り戻さなければならなかったのです。

 先生が個人的な勝利の基盤の上に、横的な家庭的蕩減の基準を準備しなければならないので、三十六家庭を祝福するようになったのです。ノア家庭から勝利の基準を築いたでしょう。伝統的家庭の基準を中心として立てたのがノア家庭です。その次にヤコブ家庭、第三家庭とは何でしょうか。これは清い青年男女たちです。ここから地上の基盤は、すべて蕩減復帰して完全なものを立てなければなりません。それでヤコブ家庭型の十二家庭を中心として横的な四方向性が起こるのです。

 

 これが三十六家庭を中心として全体を代表した立場で基盤を築くようになります。それが十二支派を中心として、三時代の十二型です。ヤコブを中心として見れば、蘇生、長成、完成の三時代です。これがすべて一つとならなければなりません。

 三十六家庭は、歴史時代において復帰摂理の使命を担った時代の数多くの善なる先祖を代表した家庭です。その先祖が縦的に失敗したことを横的に実体復帰するために、先祖の復活体としての責任をもった、選ばれた家庭です。この三十六家庭は、三十六億の世界人類を代表しているということを皆さんは知らなければなりません。

 世の中を見れば、家庭をもった既成家庭と家庭をもっていない人がいます。また、家庭をもっていない人の中にも二つの種類があります。一つは、自分勝手に男女関係を結んで失敗した者です。このように世界の人々を分ければ、三種類になるのです。自分勝手に結婚した人、その次に自分勝手に男女関係を結びながら家庭をもっていない人、今そのような人が多いでしょう。その次には純潔な青年男女、このような内容でもつれ合っているのが世界人類です。世界人類を縦的に見れば三種類なのです。

 言い換えれば、自分勝手に結婚した人、その次には、自分勝手に相対的関係を結んだけれども結婚できなかった人、すなわちイエス様と聖霊が今まで婚約段階にありながら新しい家庭を収拾する、そのような型の人がいます。その次は、純潔な青年男女がいるのです。このような型をすべて蕩減復帰するためには、縦的な歴史時代を代表して家庭的に収拾しておかなければならないので、それで三十六家庭が出てきたのです。

 イエス様が十二弟子を取り戻し、アダム家庭からノア家庭、ヤコブ家庭までの三時代の代わりにしてみ旨を成そうとしたことを、蕩減復帰するために三十六家庭を立てたのです。このように連結してきたのです。このように先生は、どれ一つ取っても適当にやったことはありません。

 再臨主は、アダム家庭の立場を蕩減復帰しなければなりません。したがってアダム、ノア、アブラハム型の家庭を取り戻して先祖に立てなければなりません。そのためには、まずアダム型の十二家庭を取り戻し、ノア型の十二家庭とアブラハム型の十二家庭を取り戻して、縦的な先祖を立てなければなりません。

 三十六家庭は、私たち人類歴史の先祖が復活したものです。その先祖が復活してどのようなことをするのでしょうか。地上世界の人間が六千年間縦的に繁殖したものが、横的に展開しているのですが、これをすべてつなぐようなものです。これが全体の縦的蕩減においては十二代、代数では十二です。地上でも、この十二ですべて連結されました。地上でも、蘇生圏が既成家庭、長成圏は、愛の関係はもったが結婚式を挙げていない者、その次に完成圏は、清い青年男女です。

 三十六家庭は、すべて十二数です。アダムからノアまでは十代ですが、十二数です。カイン、アベルで十二数になりました。その次は、ノアからアブラハムまでが十代ですが、イサク、ヤコブを入れて十二数です。こうしてヤコブの時になって初めて十二数の基準を中心として、横的に展開することにより世の中に着陸したのと同じように、統一教会も、やはり三十六家庭が出てくるのです。

 アダム家庭型、ノア家庭型、ヤコブ家庭型、これが第一家庭、第二家庭、第三家庭です。これを中心として歴史時代のすべてのもの、旧約時代と新約時代を経てきたすべてのものを成約時代に一つにつないできたのです。霊的世界を代表して、これらを連結させ、地上に先祖たちを一つにつないできたのです。それで三十六家庭は、みな先祖たちです。

 三十六家庭とは、いったいどんな家庭でしょうか。三十六家庭の中で第一家庭は、自分勝手に結婚した者をすべて連れてきて神様の前に連結させたのです。その次に第二家庭は、愛を成し遂げられなかった、このような内容をもった人たちをすべて組み合わせたのです。そのまま単にペアを組んで祝福したのではないのです。それはなぜでしょうか。世界の人々を救うためです。その次に第三家庭は、清い青年男女たちです。既成家庭は、第二家庭の前に絶対服従しなければなりません。霊界に行けば分かるのです。その次に、第二家庭は、第三家庭に絶対服従しなければなりません。

 今後、み旨が成し遂げられた時には、三十六家庭の中で誰が中心になるかといえば、第三家庭が中心になるのです。こういう話は、先生から初めて聞いたでしょう。では、再臨主が来られる所とはどこでしょうか。この既成家庭を訪ねてくるのではありません。自分勝手に愛の関係を結んだ人を訪ねてくるのではなく、清い青年男女を訪ねてくるのです。

 先生が三十六家庭を組んであげなかったとすれば、皆さんは、天上世界に入っていって立つ場所がないのです。このようなことを知っていますか。ここでそれを拡大すれば、全世界がその範囲の中に入るのです。既成家庭を蘇生とするならば、長成は第二家庭です。それでこれをアダム家庭、ノア家庭、ヤコブ家庭、このようにいうことができます。ヤコブ時代となって初めて平面時代、横的に越えてきたのです。十二支派を中心として横的に越えていくのです。

 天上世界に行けば十二の真珠門があり、十二支派があるように、また地上世界に十二カ月があるように、先生を中心とした十二支派、これがすべて合わなければいけないのです。イエス様を中心として十二弟子がいたように、先生を中心として三十六家庭がありますが、その中で十二家庭の代表が清い青年男女たちです。これを中心として、その次は自分勝手に生きてきた人たち、その次は家庭をもった人たちです。この人たちが一つになったという条件を立てなければ、入っていく道がないというのです。

 清い青年男女として先生から祝福を受けた家庭は、先生と連結することができる基準が立てられています。それで今後、家庭的基台においての中心は、清い青年男女として祝福を受けた家庭です。このようなことを知り、皆さんが今後、家庭の秩序を立てていかなければなりません。三十六家庭を見るとき、第一家庭、第二家庭、第三家庭の中で、第三家庭が中心になるのです。

 三十六家庭は、アダムからノアまで、ノアからアブラハムまで、アブラハムからヤコブまでを経て、十二の子女を中心として、全体的な摂理の基盤を築かなければなりません。これは、過去の歴史を成し遂げようとするのではありません。先祖が失敗したことを現実において、横的に一度に蕩減復帰するためなのです。これを成すための闘いが三十六家庭を中心として起こるのです。

 先生がこの世の事情を知らずに、そのようなことを言っているのではありません。人間の事情よりも神様の事情がもっと哀れで、人間の意志よりは神様の意志がより大きいので、責任をもってこれを成そうとしたのです。神様が子女を失った歴史的な恨を蕩減復帰しなければならないので、縦的な歴史を現実において横的に蕩減復帰して、先祖の願いと、先祖が立てようとした基準を再び取り戻さなければならない立場にあったので、三十六家庭を祝福したのです。

 三十六家庭の責任とは何でしょうか。今までの歴史的なすべての蕩減条件を食い止めることです。言い換えれば、サタンを完全に消し去ることのできる一つの完璧な囲いにならなければなりません。それでこの家庭のすべての伝統と思想は、サタンとは完全に隔離された伝統を立てなければなりません。この伝統を中心として横的な伝統の因縁を七十二家庭と百二十家庭が立てていくのです。このような立場で見るとき、三十六家庭の責任がどれほど貴重なのかを皆さんは知らなければなりません。

 霊界に行けば、正式に清い青年男女として祝福を受けた者と、既成家庭が受けた祝福は違うというのです。霊界に行けば、天は三層になっています。現実の社会にも上中下があるように、霊界もそうだというのです。それでは三十六家庭はどうでしょう。各々十二家庭ずつアダム家庭、ノア家庭、アブラハム家庭の代わりとなる三十六家庭を見るとき、どの家庭が一番貴いかといえば、一番最後の家庭が一番貴いというのです。今後は、そのような家庭を貴ばなければなりません。今は、そのような時になっていないからそうなのであって、みな差があるというのです。違うのです。

 私がお金を投入して金の指輪、服などを買ってあげたのです。そのようなことを、なぜするのでしょうか。三十六家庭は、結婚費用も出さなかったでしょう。人の子を連れてきて、自分の子以上の結婚式をしてあげました。一次、二次、三次と、世の中がどんなに反対しても堂々と行いました。全く、そのようなことをすれば土地が生じますか、お金ができるでしょうか。何ができるというのでしょうか。先生に度胸がなかったならそのようなことが成せたかと、考えてみてください。大韓民国が騒いでも、既成教会が騒いでも、微動だにしなかったのです。米国が騒ぎ、全世界が騒いでも、微動だにしませんでした。それで、今ここまで来たのです。

3.三次にわたって祝福――数多くのエピソード

 一九六一年の三十六家庭の祝福式の時に、乱闘劇が起こりました。門に警備兵を立てて結婚式を行うほどでした。しかし先生は、誰がどんなに騒いでも、すべきことは、すべて行います。三十六家庭の親たちが集まって来て、あらゆる罵声を浴びせながら大声を張り上げました。またひどいのは、先生を「監獄にほうり込んでやる」と裁判所に何十枚もの投書をして、先生が裁判所に呼ばれていくこともありました。

 特に、過激になって練炭の灰をばらまきながら「統一教会をなくさなければならない」と言う人が十二人いました。統一教会は、そのようなところで大きくなりました。反対されるその立場で、勝利の基盤を築かなければならなかったのです。反対されて冒険をする立場で、勝利の基盤を築かなければならないのです。

 私が三十六家庭の合同結婚式をする時、新郎新婦のお父さん、お母さんに私の名前で招待状を送りました。「お父さん、お母さん、何日にあなたの息子、娘が青坡洞教会で結婚式をします。それで来たる時には、このような礼服を着て来れば参加できますが、そうでなければ参加できません」と招待状を送りました。

 そのようにしたところ「全く、そのような話がどこにあるか。誰が人の子の結婚式の招待状を送るのか」と大騒ぎして、どんなに大変だったか分かりません。騒いでみろというのです。私が既に決めて行うのです。警察が動員されても私が言ったとおりに、そのままするようになっているのであって、自分勝手にするようにはなっていないのです。

 韓国で三十六家庭の結婚式の時は、自分の親も天使長の扱いをしたのです。親にも全く知らせなかったのです。仕方なくあとで、一週間前に、「礼服も着て来なければならない」という条件を立てて、通告したのです。それでののしりわめき、「他人の息子、娘を連れていって誰が結婚式をするのか」と物議を醸しましたが、仕方ありませんでした。親がどんなに気分を悪くしたか考えてみてください。それでそのまま鉄の門を閉じて、誰も入ってこられないようにしました。そのようなことをして、すべて分別したのです。

 三十六家庭の幹部の中のある人の親は、相当な名士で、文先生のような人は夕日のように過ぎ去る金サッカ(韓国の詩人)ほどにも思わないで、ああだこうだと言ったのです。その人の娘を結婚させる時、私が通知を送りました。その人は、自分の娘が結婚するといって結婚式場に堂々と入ってこようとしたのです。しかし、統一教会の結婚式に参加するには礼服を着てこなければならなかったのです。(礼服ではなく)自分の洋服で入ってこようとしましたが、入れてくれないので大騒ぎになったのです。娘の結婚式なので入らなければならないのに、入れないので仕方なく、統一教会の教会員のところに行って、「頼むから礼服を貸してくれ」と言って、礼服を着て入ってきたのです。

 三十六家庭の合同結婚式をする時にも、お父さん、お母さんに知らせることができるでしょうか。駄目だというお父さん、お母さんに会って、説得しようとする子を歓迎するでしょうか。そうではないですか。それは明らかなのです。お父さん、お母さんが来れば喜ばしい日となり、目が細くなりますが、先生という人は、それをすべて知っていながら、そのお父さん、お母さんに尋ねてから紹介するようになっているでしょうか。

 しかし、通知はしなければならないので、結婚式をする前日の何時間か前にちょうど到着するようにするのです。「あなたの息子、娘が貴い結婚式を行います。御来賓なされますようお願いします」、そのようにすべて通知したのです。

 先生の時代にどんな革命をしたかといえば、伝統を完全に覆しました。キリスト教の伝統を完全に覆して、大韓民国の伝統を完全に覆しました。お父さん、お母さんを否定しました。皆さん、祝福を受ける時、皆さんのお父さん、お母さんに先生が相談して祝福しましたか。一言もしていません。先生が主体です。三十六家庭の時にはお父さん、お母さんが来られないようにしました。無条件、礼服を着て来いといいました。それで大騒ぎとなったのです。革命の中の革命なのです。完全に覆したのです。

 三十六家庭の結婚式をする時、一次の結婚式は何時にしたでしょうか。夜明けにしたでしょう。闘いながら「やあ、私の父を出せ!」、「私の娘を出せ!」と言いながら騒いだのです。「私の父を出せ」と言うので、他人の父を盗んだ人となり、「私の娘を出せ」と言うので、他人の娘を盗んだ人になってしまったのです。

 このようにして、けんかをしながら「やあ、文なにがし! 出てこい! やつが出てきて、うちの家をめちゃめちゃにして、うちの娘を気違いにした!」と言うのです。結婚する場合、親から承諾を受けなければならないのに、結婚式の日に親に、「来たければ、こういう礼服を着て来てください」と通知を送る、全くそのような話がどこにあるかというのです。

 そのようなことはあり得ないのを、私はよく知っています。それを知らなければ楽ですが、知っているので息が詰まるのです。そうでしょう。知らずにすれば悪口を言われても「なぜですか」と言えますが、非難されることを明らかに知っていながらするのです。このようなことを知っていながらも、しなければ蕩減にならないのです。目をつぶって、いい加減にしてはならないのです。

 三十六家庭が結婚式をする時、一つは夜に行い、一つは昼に行い、一つは夜明けに行ったのです。なぜでしょうか。自分の息子、娘を出せと、みんなが反対をしたからです。神様のみ旨から見た時、偽りの父母から出発したので、真の父母の立場で、すべてのものをコーチしなければならないというのです。親たちも反対しましたが、国も反対しました。私が裁判所に行って、調書を作ってきて結婚式をしたのです。そのようにやってきたことを、誰も知らないでしょう。先生が立つ位置がなかったのです。そこから冒険をしてきたのです。

 先生がおもしろい話を一つしましょうか。私たちの韓国で三十六家庭の合同結婚式をする時、その娘婿も今この席にいるのですが、ある人が訪ねてきました。自分の二人の娘が二人とも統一教会に引っ掛かったというのです。自分はある学校の校長先生なので、良いお婿さん候補にある先生たちを選んでおいたと、絶対合同結婚式をさせることはできないというのです。しかし先生は、「反対をするならしなさい。あなたの娘は私が嫁に送る」と言いました。

 三十六家庭を選ぶ時、その親たちに先生が相談したでしょうか。他人の子を連れていって相談もしないで、招待状も出さないで、すべて先生の勝手に結婚をさせたので、悪口だけでなく、棒でたたかれるようになっているのです。昔のイスラエル民族だったならば、服を破られ、刃物で刺されて死んでいたことでしょう。しかしそれを、みんなが何をしているのか分からないように、あっという間に片づけてしまったのです。

 サタンの子をみな連れてきて、神様の子にして結婚させました。天の宇宙的な運勢で復帰路程を完結させるのに、誰に相談しなければならないでしょうか。祝福してあげるのに、誰に相談しますか。三十六家庭は何かといえば先祖です。先祖となる愛を成すのに、肉親のお父さん、お母さんに相談できますか。神様に相談しなければならないのです。

 三十六家庭の祝福も、真っ暗な夜中にしなければならなかったので、門を閉めて成婚式をしたのです。その時、「私の息子を出せ、私の夫を出せ、他人の息子、娘を連れてきて何をするのか」などの罵声を浴びました。自分の息子に妻をめとらせるのは、親の一存で決めることなのに、統一教会の先生が独断で結婚させるというので、わめいたのです。すなわち、サタン世界の親だからです。神様の息子、娘をサタンが奪っていったので、先生が再び奪い返して蕩減復帰するのです。歴史的に失った息子、娘を再び取り戻して蕩減復帰するためでした。それで式を早く終えたのです。蕩減復帰歴史なので仕方がありませんでした。

二 七十二家庭

1.七十二家庭の祝福の意義

 今まで先祖が責任を果たせなかったことだけが間違ったのでしょうか。そうではありません。先祖も過ちを犯しましたが、兄弟が間違ってそのようになったのです。それで、三十六家庭の前に兄弟のような立場としてカイン、アベルの二人を立てたのが七十二家庭です。七十二家庭を立てることによって、ヤコブの代まで、地上に横的基盤を築く時まで、家庭を中心としてカイン・アベルの二つの型を復帰した基準に立てたのが七十二家庭です。

 それによって今までの直系先祖の家庭が、すべて復活した型として地上に現れたのです。これによって重要な中心が決定されたのです。十二家庭を中心としてイスラエル支派型の出発が行われたのです。今日、私たちが七十二家庭を立てたので、先祖を中心とした基盤がこの地上に立てられたのです。

 先祖の前に二人の息子の家庭型を編成しなければならない摂理的意味があったので、これを立てるために三十六数の二倍の七十二家庭を立てたのです。縦的な歴史路程において、アダム家庭で成し遂げられなかったことをカイン・アベル家庭が完結させなければなりませんでしたが、完結させることができなかったのです。すなわち、蕩減条件を立てることができなかったのです。

 ところがカイン・アベル家庭型の七十二家庭を祝福することによって、延長した縦的な摂理が平面的な一つの基準点で勝利の基準を立てることができたのです。三十六家庭と七十二家庭を立てることによって、縦的なカイン・アベル型の理念的基盤がすべて地上に造成されたのです。その次に平面的に縦的家庭型を復帰しなければならないのです。その家庭は、すべてアダム家庭を復帰するための型です。

 三十六代が失敗したことを復帰したという基準を立てたのが三十六家庭ですが、そのようにして先祖となった三十六家庭だけでは駄目なのです。争いは、どこから始まりましたか。アダムとエバの息子のカインとアベルから争いが始まりました。それで、この世界がこのように壊れました。それは何のことかといえば、その子孫がみなけんかをする世界をつくったということです。これを蕩減復帰しなければなりません。

 そのためには、三十六代の息子、娘が神様の前で争わないで一つになったという条件を立てなければなりません。それでカイン、アベルに分立した数、すなわち三十六を二倍した数の七十二家庭を立てたのです。この七十二家庭が立てられることによって、カインとアベルが争わないで四位基台を成すことができる歴史的な先祖の基礎をつくったのです。それでサタンを防ぐことができる絶対的な基準が立てられたのです。皆さんは、七十二家庭がどのくらい深刻な位置に立っているかを知っていますか。

 七十二家庭は、三十六家庭の祝福基盤の上に立てられました。七十二家庭は、アダム家庭を中心として復帰されたカイン・アベル家庭を象徴します。アダム、エバが神様の前に立つためには、カイン、アベルが完全に一つになった基台の上に上がらなければなりません。アダム、エバが人類の先祖として完全な父母の立場に立つためには、カイン、アベルが完全に一つにならなければなりません。

 三十六家庭は、先祖格のアダム家庭を象徴しています。したがって三十六家庭は、カイン、アベルが一つになった家庭の基盤の上に立ってこそ、父母の資格を備えるようになっているのです。七十二家庭が三十六家庭の二倍になっているのも、カイン、アベルの立場だからです。

 七十二家庭とは何でしょうか。聖書で見るように、七十門徒といい、七十二門徒ともいいました。もともとは、この七十二数が合うのです。七十二数。十二支派を中心として六数、六人の族長たちが合わされば二掛ける六は十二、十二掛ける六は七十二なのです。七十人ならば数が合いません。それで七十二家庭が、もともと合っているのです。

 この七十二家庭は何かといえば、中心家庭の三十六家庭、すなわち先祖家庭の前にある息子、娘と同じです。子孫なのです。神様のみ旨の中で先祖がみ旨を成し遂げられなかったことは、その先祖の家庭においてカイン、アベルが一つになれずにみ旨が延長されたと、このように見るのです。

 カイン、アベル、息子、娘、兄弟が一つになった、その家庭の基盤をもてなかったのです。七十二家庭とは何でしょうか。全体を合わせてみれば、三十六家庭の倍数です。それでカイン・アベル家庭の三十六家庭の息子を中心としたアベル的三十六家庭とカイン的三十六家庭、合わせれば七十二家庭と同じです。それは何かといえばカイン、アベルが一つになれずに、歴史的先祖が失敗したことを蕩減復帰するための代表的家庭です。このように見るのです。

 三十六家庭から七十二家庭、百二十家庭は一チームです。分けることはできません。三十六家庭は歴代の先祖のことをいいます。次に七十二家庭は、息子、娘のことをいいます。百二十家庭は、世界国家の祭司長のことをいうのです。十二支派のことをいいます。十二支派の世界的分派型をいうのです。問題は、先祖とカイン、アベルと十二支派が一つになればいいのです。それが復帰歴史です。

 今日の「私」という存在は、過去の結実であり、現時代の中心であり、未来の出発です。すなわち、三時代を代表した結合体だというのです。この三時代の形を結合したのが三十六数です。十二数に三時代を掛ければ三十六双になるのです。この三十六双を中心としてカイン・アベル型の息子、娘を復帰しなければならないので、七十二家庭が出てくるのです。

 家庭でいつも問題になるのは、父母と子女が一つになることです。アダム家庭において、アダムとカイン、アベルが一つにならなければならないのです。神様の前に一致させることができる家庭になるためには、父母と二人の息子が一つになったという条件を立てなければなりません。そうでなければ神様の前に立てないのです。それが三十六家庭の二倍に当たる七十二家庭なのです。

 この七十二家庭は、イエス様の七十門徒に該当する数です。私たちが家庭を取り戻すことによって、この家庭はイエス様の十二弟子と七十門徒を中心として氏族を編成しようとしたのを成した型です。イエス様が十二弟子と七十門徒を家庭型として復帰した氏族型が、七十二家庭です。

 言い換えれば、この三十六家庭と七十二家庭は、イエス様のイスラエル民族を中心とした十二支派と七十門徒のようなもので、イスラエル民族を指導し得る代表的型を復帰した型なのです。これは、神様がイスラエルを中心として取り戻そうとした基本数が取り戻された型です。

 七十二家庭は、どんな家庭でしょうか。家庭を完全復帰しようとすれば、カイン・アベル家庭が一つにならなければいけません。アダム、エバが完全に神様の前に立とうとすれば、カイン、アベルが完全に一つになった基台の上に上がらなければならないのです。先祖というのは、父母の立場です。この父母の立場が完全に神様の前に立とうとすれば、カイン、アベルの基台を復帰しなければなりません。

 三十六家庭は、先祖です。先祖が立とうとすればカイン、アベルが一つになった家庭の基盤がなければならないので、三十六家庭の二倍の七十二家庭になります。七十二家庭はイエス様を中心とした七十門徒に該当します。それが一つになった地上の蕩減圏を成し遂げたので、神様の摂理はますますその基台が拡大されるのです。こうなると先祖の家庭を中心としてカイン・アベル家庭が一つになるので、摂理歴史においてそれは、家庭を中心に必要としたすべてのものが備わったことになります。家庭復帰を完成したことになります。それが七十二家庭までの祝福です。

 七十二家庭の祝福が成就することによって初めて、地上に神様を中心として平面的にも立体的にも一つの段階を成すようになったのです。したがってこれが決定されることによって、中心的基準が立つのです。

 すなわち、神様の摂理により決定されなければならない中心点が縦的な足掛かりとして、完全な歴史の勝利者として立つことは、三十六家庭、七十二家庭が一つになることによって成されるようになります。その中心点が決定されれば、神様が要求してこられた中心的先祖の勝利圏を成すことになります。それは完全な基台なので、それを横的に展開しなければなりません。

 イエス様が天国を成すことができなかったのはなぜでしょうか。氏族が協助することができず、次に十二弟子が協助できなかったからです。三弟子と十二弟子が協助できなかったのです。その次に氏族を中心として、十二弟子を中心として、七十門徒を中心として国と国を連結することができる橋を架けようとしたのに、その橋が崩れてしまいました。そうして家庭的基盤をもつことができなかったイエス様、氏族的基盤をもつことができなかったイエス様、教会基盤をもつことができなかったイエス様となったのです。

 次に、七十門徒が一つになることができなかったのです。この七十門徒は十二支派の代わりであり、七十長老を代表したものです。これが七十門徒ではなく、七十二門徒にならなければならないのです。十二支派に六人ずつとすれば、七十二人です。それで統一教会では、七十二家庭を祝福したのです。聖書を見れば、新約には七十二人ですが、旧約は七十人となっています。七十二人が合っているのです。七十人では合わないのです。

 復帰歴史とは、カイン、アベルの歴史です。カイン、アベルの歴史なので、このような先祖の前に二人ずつ、カイン、アベルだけを組んでやれば、今まで歴史時代において先祖が失敗したすべてのものを蕩減する条件となるのです。先祖がなぜ失敗したかといえば、カイン、アベルが一つになれなかったからです。カイン、アベルを中心として信仰基台と実体基台がすべて成されるのです。ところが、その先祖を中心としてカイン、アベルの基準を完結できなかったので、それを完結するための条件をこの地上の横的基盤に合わせるためのものが七十二家庭です。

 地上天国を成し遂げるためには、家庭を成さなければなりません。イエス様の三弟子、十二弟子、これは三時代の蘇生時代、長成時代、完成時代です。それを代表した三十六家庭。その次は七十二家庭です。カイン、アベルが家庭を中心として争ったので、その代表的な立場として七十二家庭を立てたのです。これは七十二民族、民族的な代表なのです。

 人類の中にはアダムのように自分勝手に結婚した型があり、次に相手を見つめながら生きてきたイエス型の人物もいるし、再臨主型もあります。再臨主は、これらの人物型の立場をすべて蕩減しなければなりません。まずノア型家庭を復帰しなければなりません。それはノアがアベル型であり、またイエス型だからです。神側の二番目の息子型なので、これをまず復帰しなければなりません。これがカイン、アベルに分かれて復帰された型が七十二家庭です。

 三十六家庭を立てた目的は、三十六の先祖を探し立てるところにあるのです。それで三十六家庭を中心に霊界と肉界が一つになるのです。これをカイン・アベル型に広げたのが七十二家庭です。ヤコブが七十二家族を率いてエジプトに出発したように、統一教会も七十二家庭の時、そうでした。

 祝福は、新しいイスラエルを認めることです。三十六家庭の一家庭に、カイン型とアベル型を立てれば、七十二家庭になるのです。

 三年の期間にアブラハム、イサク、ヤコブの三代の基準を越えなければなりません。今年、七十二双を無理に結婚させたのです。何組かしか気に入る人がいません。

三 百二十四家庭

1.百二十四家庭を立てた意味

 イエス様の百二十門徒の代わりとなる百二十家庭は、世界的な型です。百二十家庭は、世界の代表型として世界的な蕩減条件を立てることができる基盤となるので、百二十家庭を立てることによって、神様が世界的に訪ねてくることができる基準を立てたのです。それで国連の加盟国が百二十カ国を超えれば、その時が「終末だ」と言うことができるのです。

 百二十家庭は、世界のすべての国家を代表した基準で立てられた家庭です。

 再臨主は、アダム家庭の立場を蕩減復帰しなければなりません。したがって、アダム・ノア・アブラハム型の家庭を取り戻して先祖に立てなければなりません。そのためには、まずアダム型の十二家庭を取り戻し、次にノア型の十二家庭とアブラハム型の十二家庭を取り戻して、縦的な先祖を立てなければなりません。それで先生が三十六家庭を立てました。この先祖を中心としたカイン・アベル型の家庭として探し立てたのが七十二家庭です。そして百二十家庭は、世界百二十カ国の指導者を象徴するのです。

 横的な基準を立てて、平面的な四方数の世界型を立てたのが百二十家庭です。これは百二十国家を代表したものです。

 百二十四家庭までは七年路程です。現在百二十家庭があるので、新しいイスラエル圏を中心として世界の百二十カ国を取り戻すことができる基盤が連結されるのです。それでイエス様が家庭を通じて取り戻そうとした世界的なすべての数が、先生が百二十家庭を祝福することによって、復帰された基準が決定したのです。

 皆さんに必要なのは何かといえば、八十四人と百二十人をすべて氏族圏内に立てることです。それは縦的です。三十六家庭、七十二家庭、百二十家庭、違いますか。百二十というのは世界の代表です。それでイエス様が復活したのち、五旬節に屋根裏部屋に百二十人が集まったのです。それは世界的な代表です。先生が百二十四双を祝福する時、国連の加盟国が百二十四カ国でした。それがすべて合っているのです。

 十二数に該当するのが百二十門徒です。これは、イエス様の時代において百二十門徒の代わりの蕩減復帰数に該当するので、世界国家の代表者型です。これを立てて、その族長代表が国家代表でしょう。国家代表基準として編成するために、世界的な基準として編成するために祝福してあげたのが百二十四家庭なのです。

 四家庭は、これはこぶです。その四家庭は、既婚家庭です。なぜ既婚家庭を入れたのでしょうか。既婚家庭を入れないと今後、既婚家庭を救う道がないのです。この四数は東西南北の四方の門を象徴するので、このようなタイプの型を中心として既成家庭が復活できる道を開けてあげなければならないのです。それで百二十四数を祝福したのです。

 百二十家庭は、イエス様を中心とした百二十門徒の代わりなのです。四家庭は、結婚した既婚家庭です。四方の門を開けてあげなければなりません。

 イエス様が十字架で血を流すようになったのは、七十二門徒と十二弟子を足した八十四人が一つになれなかったからです。ですから皆さんは、八十四人を実体で蕩減復帰しなければなりません。その蕩減復帰基盤の上で、皆さんは結婚生活ができます。先生もそうです。そのために十二、十二、十二の三十六家庭です。それは蘇生、長成、完成です。これは三つですが、縮小すれば一つなのです。

 その次の七十二家庭も同じです。その基盤上に百二十家庭、百二十家庭の基盤上に世界が連結されるのです。イエス様が復活し昇天したのちに、五旬節に百二十門徒が一つになって聖霊が地上に降臨したでしょう。それは世界の代表を象徴します。

 イエス様がユダヤ数的基準を成し遂げられなかったことが恨なので、それに代わる百二十家庭がイエス様の恨を解いてあげる祝福家庭だというのです。それで百二十家庭は先頭に立って犠牲にならなければなりません。この前、出動教育を受けた地域長は、全部百二十家庭なのです。百二十家庭は犠牲にならなければならないのです。百二十家庭は、イエス時代の百二十門徒の立場で世界的な支派編成をするところにおける、世界百二十国家を代表した国家的な基台です。

 イエス様が昇天する時に百二十門徒を立てたでしょう。百二十門徒は、百二十家庭を意味します。その次に、地上でも天上世界に行った百二十国家の代表がいるのです。その国家代表の列に皆さんの血族が一つずつ入っていくことによって、皆さんの活動舞台が百二十国家の天国の版図を相続して、そこに活動できる基地を連結するのです。

 イエス様に十二弟子と七十門徒だけがいたのではありません。五旬節の時に百二十門徒に聖霊が降りてきて、世界的な宣教運動を始めたのです。それを代表したのが百二十カ国です。私たちが百二十家庭を祝福する時にも、国連に加盟した国が百二十四カ国でした。私たちにおいても百二十四双ですが、四双は何かといえば、東西南北を中心として犯罪者だった人でした。前科一犯、二犯、三犯、四犯まで百二十四組にすべて入っています。なぜでしょうか。地獄に行っている人々を救ってあげなければならないからです。刑務所にいる人々を救ってあげなければならないのです。

 天国の民を少なくともイエス様が願った百二十人、百二十家庭は連れて入らなければならないというのです。百二十家庭とは何でしょうか。百二十家庭は、地上の国家の代表です。それで一生の間、百二十家庭を連れて入っていかなければなりません。それを目的としなければなりません。それは何かといえば、イエス様が死なないで再臨できる代わりの者となって氏族に送るということです。カインの氏族にアベルの氏族を送ることです。それがメシヤの資格です。それが氏族的メシヤの使命なのです。

 自分の息子、娘と自分の血族と復帰された民と共に、永遠なる創造理想的伝統を、愛の伝統をどのようにつくっておくのかというのです。あの世に行って、これが一つの群れとなって自らの永遠なる生命の権威、生命の位階を求めていくのです。一族を復帰して百二十家庭以上を連れていかなければなりません。これだけ話したから分かったでしょう。恥を免れるように準備しなさいというのです。恥どころか裸にされて追い出されます。

 イエス様の十二弟子の十二数を十倍した百二十数は、平面的な世界を代表する数です。それで、この百二十門徒と同じ数を合わせるために百二十双の祝福をしたのです。本来は百二十ですが、四方数の四双を足して百二十四双を祝福しました。

 百二十カ国の代表に四を加えて百二十四双を祝福して、氏族的中心が決定された基盤の上に世界的な百二十四家庭を祝福しました。これは、イエス様が百二十カ国の象徴基盤として出発したキリスト教全体を代表する家庭が成立したということです。ですからそれは、先生を中心として個人で四位基台を成して、次に先祖をつなげ、次に民族をつなげて、次に世界をつなげる蕩減的家庭なのです。ですから今は、世界に広がっている数多くの国家圏を代表することができる国家が、すべて一箇所へ行くことができる道が開けるというのです。

 百二十門徒は、世界を代表します。イエス様も百二十門徒を中心として世界的な出発をしようとしましたが、それができませんでした。私たちは、これを準備しなければなりません。世界を標準として行く道の前に、架け橋となることができる自らの子孫を段階的に立てなければなりません。子孫を立てる時はいい加減に立てるのではなく、世界的な代表になることができる位置に立てなければなりません。これは何でしょうか。統一教会の三十六双、七十二双、百二十四双の合同結婚式です。

2.献貢式と百二十カ国聖地選定

 百二十四双の成婚式ののち、献貢式を行いました。神様がイエス様を通じて成すことができなかった個人的、家庭的、氏族的、民族的な基盤を成すために復活実体として来られ、み旨を成さなければならない方が再臨主です。それを三年間しました。この三年は、子女を取り戻す期間(縦的期間)に該当します。この期間は、イエス様がユダヤ教とユダヤ民族を収拾しなければならなかったように、復活実体の一人のお方を立てて、それを収拾する期間です。

 百二十家庭は、世界型です。一九六五年に四十カ国を中心として、百二十箇所の聖地を立てた理由もここにあります。

 人を取り戻したのちには土地を取り戻さなければなりません。先生が四十カ国を巡回した理由は、聖地を選ぶためでした。韓国で堕落前の基準を立てたので、聖地を選ぶことができたのです。世界四十カ国で百五箇所の聖地を選びました。百二十家庭は、百二十国家を象徴します。今後、私たちは、百二十箇所の聖地を選ばなければなりません。

 百二十家庭とは何でしょうか。百二十国家を代表する型だというのです。それでは天の組織で見たとき、先祖と家庭の形態と、ここに世界の代表者の型を備えたのに、土地がないというのです。土地がないので、天の前に人的組織の型は備えたものの、この地を汚したことを天が取り戻せる基盤がなかったので、これを中心として数を合わせるために四十カ国に百二十の聖地を選んだのです。それで地の基盤となったのです。そのようになったので、皆さんが聖地に行って祈祷するときは、そのような観点で祈祷しなさいというのです。

 皆さんは百二十家庭を代表して、七十家庭を代表して、三十六家庭を代表して、天の王座の中心である真の父母を代表して、すべて地上に降りてきて、平面に広がった立場で祈祷しなさいというのです。それで今後、統一教会を発展させるためには神様も動員しなければならず、今までの先知先烈(注:先駆け歩んだ義人たち)も動員しなければならず、すべて動員しなければならないのです。彼らはカイン型です。ここはアベル型なので、すべて地を中心として協助するのです。神様もしなければならないし、天使も協助しなければならないし、先祖も協助しなければならないのです。

四 四百三十家庭

1.四百三十家庭の数理的意味

 四百三十家庭とは何でしょうか。四百三十家庭は、全体の平面的な基準です。ですから一つにならなければなりません。今は、国家を中心として影響を及ぼすことができる状況になったので、世界へ出ていくのです。それで四十三数を立てて、先生の四十年生涯を復帰しなければならないのです。世界的に条件を立てなければならないのです。それで歴史は今、統一教会時代圏に移ってきているのです。ではここで、何が問題かといえば、氏族が一致団結して民族復帰のために進むことです。民族が復帰される日には、国家は自然屈服するようになっているのです。

 今年、四百三十双を祝福しなければならないのは、韓国において一九六七年が檀紀四千三百年になるので、これを摂理的な条件に合わせなければならないためです。また、イスラエル民族がエジプトの地からカナンに帰ってくるまで四百三十年かかりました。すなわち、四十三数です。それは新しい時代に移っていく歴史の転換点となる数です。それで私たちも、四十三数を中心として七年路程を最後に終わろうというのです。これがすべて合って、新しい歴史時代に移っていくのです。これから統一教会が行く道は、日進月歩することでしょう。

 四数、三数というのは、七数を代表して、イスラエル民族が四百三十年目にカナン復帰のためにエジプトを出発したことを代表します。ゆえに新しい出発をする時だというのです。また、その時が韓国歴史四千三百年になった年なのです。偶然の一致ではありません。神様は、数理的役事をされます。四千三百年になる年に四百三十双をこのように祝福したという事実は、氏族的で一つの系列的な宗教の勝利的基盤だけでは駄目なので、すべての氏族の前に共通の門を開放させておくのです。

 四百三十家庭の時は、大韓民国の歴史が檀紀四千三百年の年だったのです。四千三百年になる年に、大韓民国の家庭はどんな家庭でも、天の国へ行くことができる門を開いたのです。反対した集団までも入っていくことができるのです。いかなる氏族、いかなる民族、大韓民国の民は、反対した人でも、下賤の身の子孫だとしても、人ならば誰でも行くことができるのです。それで四百三十家庭は、氏族全体が加担する時なのです。全体の特定時代が、今は普遍的時代に移ってきているのです。

 それで金氏ならば金氏家門が神様の前に選ばれたならば、金氏全体が入っていくことができるのです。そして一九六九年度に、世界の数多くの国家を代表して四十三家庭を祝福してあげたのです。ドイツで祝福してあげ、米国で祝福してあげ、日本で祝福してあげたでしょう。それが四十三家庭です。相対なのです。

 四百三十家庭の国家的家庭の前に、四十三数の相対的家庭です。これは何を意味するのかといえば、全世界民族国家も韓国のあらゆる氏族が天国圏内に加担する特恵を得たので、世界民族が加担できる内的基盤によってこの相対的基準を連結させれば、外的世界の氏族も内的世界の蕩減基準にある韓国民族と連結することができるというのです。

 四百三十家庭は、イスラエル民族がカナン福地へと出発したように、私たちは、世界のカナン福地に出発したのです。四百三十年に出発したことを、この時は、四千三百年を代表した四十三数を合わせたのです。そこからみんな出ていくのです。出ていくための単位は、個人単位でなく、家庭単位です。家庭を引き連れて進まなければなりません。それを知らなければなりません。単位は個人ではありません。家庭なのです。それで自分の家庭を捨てていってはいけないというのです。

 モーセは、イスラエル国民を捨ててはいけないのです。みな率いて進まなければならないのです。監獄にイスラエル人がいても、その人を奪い取ってでも連れていかなければならないのです。そのような数を代表して四百三十双を祝福したのです。四百三十家庭には、すべての民族が入っていくのです。善なる人、宗教人、すべての人が入ります。十二数から四十数も出てくるし、三十数も出てくるし、百二十数も出てくるし、すべてここから出てくるのです。一カ月の三十日もここから出てくるのです。宇宙の中心数がここに、すべて入っているのです。

 それで四百三十家庭を中心として、四千三百年を私たちが出発するのです。一段階高いのです。正にその年なのです。韓国民族はもちろん、世界民族までここにみな入りました。韓国は、世界の代表で、すべて入っているというのです。それをはっきり知らなければなりません。広めていくのです。

 四百三十家庭を祝福することによって、どんなことが起こったかといえば、大韓民国はこれから統一教会と連結することができる立場に立ったというのです。それは何を意味するのかといえば、韓国の民は、宗教を信じなくとも、四百三十家庭を中心として第三イスラエル圏の恩恵を受けることができる圏内で蕩減条件を成立させることができるということです。それで大韓民国が選民だということを発表することができました。選民圏が形成されたというのです。

 

 では、このような基盤を中心として、次は何をするのかといえば、先生が世界的に拡大するのです。四百三十家庭をつくっておいて、次に世界的に大韓民国の土地と民をすべて拡大しなければなりません。土地に植えるというようなこと、聖地を選んでおいて、次に四百三十家庭に接ぎ木をするということをしなければなりません。それで四十カ国を中心として聖地を選んだのです。次に、世界巡回をしながら何をしたでしょうか。四十三家庭の祝福をしたのです。四百三十家庭の相対的数になる四十三家庭を、日本と米国とドイツを中心として連結させるのです。これは世界史的です。それによって、世界にいる数多くの信仰のない人々も、イスラエル圏の恩恵を受けることができるのです。

 四千年あるいは六千年間のユダヤ教やキリスト教の歴史を経てきましたが、そのように伝統を受け継いで信じてきたその恩恵を、信じないでも平面的時代へのその恩恵圏内に加担できる特権を与えるというのです。このような基盤が形成されたというのです。

 祝福とは何でしょうか。家庭を確保することです。先生の家庭を中心とした三家庭、三十六家庭、七十二家庭、百二十四家庭……。これによって世界的蕩減条件を形成するというのです。

それでは、次に何が問題でしょうか。四百三十家庭なのです。世界的祝福基準の代表的型として百二十四家庭を立てましたが、大韓民国を中心として見た時、宗教を信じないで宗教生活をしない数多くの人が大韓民国にいるのです。そうではありませんか。

 蕩減条件は、教派を中心として必要なのです。神様の摂理は、教派を中心として必要なのですが、その他の宗教を信じない人は、どのようになるのでしょうか。それをすべて切って捨てることはできないのです。結局、教派を中心とした主流の思想圏内に平面的に数多くの国家、民族、数多くの氏族をすべて接ぎ木しておかなければならないというのです。世界へ通じることができる道を開き、その宗教人を連結させることができる門はできていますが、一般人は外れてしまったのです。一般人は加入できなかったのです。

 それで、韓国を中心として一般の数多くの氏族圏を接ぎ木しなければならなかったので、四百三十家庭を立てたのです。韓国歴史四千三百年を代表した四百三十家庭なのです。

 四百三十家庭とは何でしょうか。数多くの姓、朴氏、金氏などなど、韓国にも数百の姓があるでしょう。これと同じように、世界の数多くの姓をもった人々が連結し得る道を四百三十家庭を通じて開いておいたのです。四百三十家庭を中心として見れば、国内四百三十家庭と国外四十三家庭、日本とアメリカとヨーロッパ中をすべて合わせたことで相対圏を成します。これで全世界五色人種の前に四百三十数の相対的数を決定して、四十三家庭でつなげたのです。

 四百三十家庭は、韓国における四千三百年に合わせたものです。ここには、すべての人々が入っているのです。罪人も、あらゆる人たちが入っているのです。ここは殺人犯も、強盗もいて、あらゆる人がいなければなりません。それでこそ、世界の人々が入ることができる門ができ、道ができるのです。

 四百三十家庭が統一教会で主力部隊にならなければなりません。今四十代ならば、先生が世界的に闘う時です。四十五歳までにすべての基盤をつくって、大韓民国の蕩減基準を立てて、国と国を連結させた四十カ国を中心として百二十箇所の聖地を選んだ時だったのです。闘いの準備を始めた時です。

 四百三十家庭には、どれほど重要な意義があるか知っていますか。本来、昨年の一九六七年を中心にして越えなければなりませんでした。今年の二月二十二日は、先生が興南の監獄に入って満二十年を越えようとする時です。それで内外のすべてが先生の復帰路程二十年を越えていく、その中に内外の重要な意味があるので、皆さんがその日を中心として記憶されるというのです。

 皆さんがそのような同参する権威を所有できるという事実が、どんなに光栄であるかを知らなければなりません。その日は、悲しい日だけではありません。ジョージ・ワシントンの誕生日がその日なのです。そのように理解して、皆さんが素晴らしい家庭を築いていかなければなりません。

 四百三十家庭とは、大韓民国、この民族の代表なのです。そこには様々な姓が、すべて入っています。それとともに、これがアダムの立場、アダム国家のような世界的版図基盤を経て、韓国国民が連結されたところに、エバ国家型と同じ基準の人を連結させるのです。そうでなければ連結できないのです。それで四百三十家庭の時初めて、日本の久保木家庭を連結させたのです。そこから連結させていくのです。

 一九六八年を中心として「神の日」を定めるとともに、大韓民国の背後に神様の家庭が連結され得る版図をすべてつくったのです。世界へ出ていくことができる版図を連結させておいて、世界的に進出するというのです。ゆえに四百三十家庭の中に、初めて日本を介在させたのです。久保木会長が代表なのです。世界的時代に連結させていくのです。このような蕩減的条件を立てて、世界の版図を組んでいく、このような勝利の発展をさせていくのです。

 原理的に見た時、國進は四番目の息子で七番目に生まれ、結婚は八番目にしました。そのすべてが原理に合うのです。それとともに今回、四百三十家庭を國進の相対としたのは、四百三十家庭を中心とした全体の姓を連結したものです。世界の姓がそれほど分かれたということです。四千三百年を人によって、年数を人で蕩減するのと同じなのです。また、家庭を中心として蕩減するのも同じなのです。

 過去には四百三十家庭をすべて祝福することで、個人が行くことができましたが、今は四百三十数を家庭で選ぶことで、先生の家庭を中心にすべての東西南北にある世界の姓をもった人が家庭的に入ることができる時が来たというのです。それで國進の結婚式が、どれくらい影響が大きいかを知らなければなりません。したがって地上において東西南北が、すべて満たされるのです。先生は、その真ん中の位置を占めるのです。

 四百三十双というのは、四数、三数は、韓国歴史の四千三百年数に該当するのです。また、四数、三数を掛ければ十二数が出てくるし、四数、三数を合わせれば七数が出てくるのです。原理数においてすべての重要数、合わせて倍にする数が七数、三数、四数から出てくるというのです。このように四百三十双に決定しておいて、その次は韓国が中心なので世界の前に相対的数を探し立てるために、世界で四十三家庭を立てて祝福をしたのです。日本と欧州と米国において四十三家庭を立てて、世界的な相対圏を成したのです。これによって、全世界の万民には、天と接することができる平面的な基盤が完結したのです。

 天についていく人ならば、地の果てであってもその人が真心を込めれば、必ずこの門を通じて一箇所に集まることができる道を開けてあげなければならないのです。統一教会の合同結婚式はそのような意味があるので、四百三十家庭を中心とした世界的な連結体をつくることによって、統一教会は平面的に世界民族圏に発展したのです。韓民族だけではないというのです。四百三十双と四十三双を世界舞台の家庭的基台に連結させたのは、超民族的、超国家的基準における新しい超民族形成の出発が成されたということです。そのように見るのです。

 一九六八年の一月一日を中心として、「神の日」をこの地上で定めたのは統一教会として勝利した日です。その時まで何をしたのかといえば、四百三十双まで祝福をしてあげました。このような勝利の日を横的に、世界的に連結させなければならないので、先生が一九六九年に世界を歴訪しながら四十三組を祝福してあげ、十ヵ国を横的な舞台に連結させたのです。

 韓国でしたことを世界化させなければならないというのです。韓国で勝利したことを世界的に錨をつけておかなければならないというのです。これが十カ国を中心とした四十三双の祝福ですが、四百三十双の祝福のようなものです。四百三十双というのは、韓国の歴史が四千三百年なので、韓国の全国民を中心とした祝福の基礎となったのです。

 三十六家庭の時も、命懸けだったのです。それで三十六家庭の時代を経て、七十二家庭、百二十家庭の時代に入って、これがすべて地上に定着して、四百三十家庭の時代に入ってからは、東西南北の四方三六〇度に対する方向を備えて、世界的な発展をしていくのが統一教会の歴史だというのです。それとともに二十一年間に、数多くの人々と数多くの氏族圏を、すべて連結させる家庭の門を四方に開いたというのです。五色人種がすべて入らなければならないのです。

 それで私たち統一教会は、四百三十家庭を中心としたその時から、世界史的な舞台を中心としたのです。韓国において四百三十家庭とは何でしょうか。四百三十数は、四千三百年になる年に四百三十双を中心として新しい出発をするというのです。また四百三十数は、イスラエル民族がエジプトでカナン福地へ行くまでの年数だというのです。四百三十年ぶりにカナン福地に向かっていくのです。それで、世界史的なカナン復帰の出発をするので、家庭を中心としたカナン復帰の世界的出発が行われるのです。このことを、はっきり知らなければなりません。

 四百三十家庭は、民族すべてを合わせたという意味です。統一教会だけではありません。四百三十という数字は、四千三百年の韓国歴史を中心とした世界的なカナン福地に出発することと、イスラエル民族がカナン福地に向かって出発することと同じになるのです。信じている人はもちろん、信じていない人でも、その道を行くことができるように開いたというのです。すなわち、イスラエル民族が四百三十年に民族的出発をした代わりに、四千三百年に四百三十家庭が世界的出発をするのです。世界的なカナン福地に出発をするのです。四百三十家庭を中心として国家全体を連結させて、世界へ連結させなければならないのです。

 それで、先生が世界的な四十三双の祝福をしてあげたというのです。それが、四百三十双の相対です。それは条件なのです。それで、韓国にどんな氏族でも連結することができるのと同じように、世界代表を連結することによって、どんな国でも連結することができるのです。

 本来は、一丸六七年に祝福してあげようとして日本へ行ったのに、できませんでした。それで一九六八年に四百三十家庭の祝福をしてあげる時、日本の代表として久保木を連れてきて、最初に祝福の条件を立てたのです。まず日本を祝福してあげて、米国を祝福してあげました。そしてサタン的なアダム国家だったドイツを中心として、四大国家に神様の錨を下ろすことができる立場に立ちました。したがって全世界の国家を代表した全体が、蕩減条件を立てることができる勝利の基盤になったということを皆さんは知らなければなりません。

皆さんが七年間先生の路程に同参したので、四百三十双まで責任をもって祝福してあげました。これは、すべて先生に属します。彼らは、先生の世界復帰路程に貢献したので偉大なのです。

2.四百三十家庭は氏族的メシヤの家庭

 先生は、四百三十家庭を祝福する時、「氏族的メシヤになれ」と話しました。それは「自分たち同士で楽しく生きよ」ということではありません。言い換えれば、イエス様と聖霊のような使命、すなわち復活したイエス様と聖霊の実体として、その氏族を救う役事をする氏族的メシヤになれというのです。霊的ではなく、実体としての氏族的メシヤの使命を果たせというのです。

 四百三十家庭に「氏族的なメシヤになれ」と言ったのに、彼らは私がなぜそのような話をしたのかが分からないのです。皆さんは、この地で生きている間、自分の両親と親戚を伝道しなければなりません。したがって一つの家庭が、少なくとも百二十人は伝道しなければなりません。これが皆さんの生涯における使命です。このような目標を中心として、今後進むのが統一教会が行く道です。

 第二次七年路程とは何でしょうか。皆さんの家庭がアベル家庭にならなければならない期間です。これを決定するための路程なので、皆さんの家庭がアベル家庭として責任を果たすためには、カイン家庭を復帰しなければなりません。このようにアベル家庭がカイン家庭を復帰すれば何になるでしょうか。氏族になります。皆さんは、氏族的メシヤにならなければならないのです。四百三十家庭がこの氏族的メシヤに該当するのです。これは世界性を帯びているのです。このように、条件にすべて合わなければなりません。

 一九六八年度の四百三十家庭を祝福する時に先生が指示したとおり、氏族的メシヤになれというのです。その使命を果たさなければなりません。先生を中心として教会に三十六家庭が組織されているように、金氏ならば金氏家門で、先に祝福を受けた家庭を中心として金氏家門の三十六家庭型がなければなりません。三十六家庭ができないなら、皆さんは十二家庭型の先祖にでもならなければなりません。皆さんは父母なので、皆さんの息子、娘を中心として、三位基台を成してその基準を立てなければならないのです。

 四百三十家庭とはどんな家庭かといえば、皆さんの四百三十家庭時代になって、氏族的メシヤ時代に入ったのです。四百三十家庭とは、どんな家庭でもすべて氏族を中心として再臨復活できる家庭的基盤、言い換えれば、イエス様が再臨した家庭的基盤を全民族的に与えたことを表すので、四百三十家庭は自らの全氏族を中心としたメシヤ家庭なのです。四百三十家庭は、氏族を中心とした再臨のメシヤ家庭と同じなのです。

 それで、三十六家庭から七十二家庭、百二十家庭は先生に属します。それは縦的な基準に該当するのです。四百三十家庭は四方に立てたのです。それで氏族的メシヤ圏内に入っていくのです。それで皆さんに対して、「氏族的メシヤになりなさい」と言ったのです。中心になった三十六家庭、七十二家庭を先生がすべて蕩減して、百二十家庭を先生が一遍に蕩減したので、皆さんは百二十人だけ連結すればいいというのです。それによって縦的に、横的にすべて蕩減できるようになります。

 それで百二十人は、皆さんが氏族に入っていって、必ずまとめなければならない責任があります。四百三十家庭、私たち統一教会家庭の責任だということを知らなければなりません。そのようにしましたか。できませんでしたか。そのように考えていましたか、考えていませんでしたか。今まで知らなかったでしょう。先生の話を聞いたので、今は理解できるでしょう。

 個人を取り戻したのちは、家庭を取り戻すのです。個人が勝利した次は、家庭のアベルとして入っていくのです。夫ならば夫、妻ならば妻、皆さんは家庭において神様から送ってもらったアベルなので、ここから氏族的なメシヤになるのです。これは家庭をもった人たちがしなければならないので、先生が四百三十家庭を中心としてそれを編成したのです。皆さんは、何が何だか分からないでしょう。四百三十家庭は氏族的メシヤだ、とはどういうことでしょうか。これは道理を通じて不可避的に出てきた言葉です。み言は公式的なのです。

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五 七百七十七家庭

1.七百七十七家庭は世界を代表した家庭

 一九七〇年度に、十カ国の青年男女たち七百七十七双が祝福を受けました。国境と人種を超えて神様のみ旨の前で愛を中心とした新しい家族、新しい氏族を編成して世界のための神様のみ旨の道を開拓する家庭を形成するために、七百七十七家庭の祝福をしたのです。そうして、来られた主の前に新しい世界的な国家体制を備えて、その方が計画したみ旨の前に、いかなる国といかなる国民の前にも奉仕できる、基本となる要員を形成しようというのです。

 七百七十七家庭は、世界を代表した家庭です。世界的な家庭だというのです。したがって、世界的な家庭を中心として補強するためのものです。しかし、まだ統一教会の家庭制度が継ぎはぎのようで、みな使命を果たしていないので、世界的基準の七百七十七家庭まで延長してきたのです。本来は四百三十家庭からそれをしなければならないのですが、七百七十七家庭を立てて、今まで発展してきました。

 皆さん、七百七十七家庭は全世界を代表しているのです。七、七、七、すなわち蘇生、長成、完成、一九七〇年度に七百七十七家庭を中心として世界的な家庭形態を備えて、超民族的な時代に入っていくのです。それで日本人とか、ここに参加した家庭を中心として三十六家庭、七十二家庭、百二十四家庭、四百三十家庭までも間違えれば、すべて押し込まなければならないのです。このようにして、復帰摂理の道を築いていくのです。

 私たちは、国家、民族を超えて世界的に一つになろうとするのです。私たちには、人種が問題ではなく、皮膚の色が問題ではありません。自分の国家と民族を超えて、一つの家庭制度を形成する運動をしなければならないので、七百七十七双の大々的な合同結婚式をするのです。

 先生が一九七〇年に七百七十七双を祝福してあげたのは、三掛ける七は二十一、三数と七数は全体の完成数です。すなわち、二十一数は三段階も表し、全体完成も表すのです。分けようとするのではなく、一度に一つにしようとするのです。そのような位置に合わせたのです。そこに十カ国が参加したのは、世界を代表して十数をすべて蕩減するためです。それによって、家庭を中心として世界的に新しい支派を編成することができるのです。これを連結したので、世界的な支派を編成できます。このようにして超民族的な基準で、新しい支派編成ができる基準を立てたのです。

 七百七十七家庭を祝福したのは、蘇生七年、長成七年、完成七年ですべてが終わるということです。それで数十カ国の多くの人々を一緒に祝福したのです。それによって、全世界人類は誰でも天の国の家庭的出発ができる道を開いたのです。すべてが家庭的に出発することができます。

 今日、一九七一年度を迎えた年頭に、私たちが必ず決意しなければならないこととは何でしょうか。私たち統一教会は、世界の核心であり、世界の中心なので、主の思想を一日も早く世界に伝播しなければならないのです。今回十カ国を中心とした基盤の上で、私たちは民族を超え、国境を越え、人種を超えて、神様の愛の世界圏を連結する責任を果たして、神様のみ旨の前に一致させることができる内容を決めなければなりません。それを標榜するためのものが、今回の七百七十七双の結婚式だというのです。これは歴史的な事件です。

 七百七十七家庭とはいったい何でしょうか。これは、結婚式としては最後の結婚式だというのです。一九七〇年度に統一教会が七百七十七双の結婚式をすることによって、世界の数多くの民族が連結されるのです。このような基盤の上で七百七十七家庭を祝福することによって、どんなことが起こったのでしょうか。今日の世界の数多くの家庭を、数多くの氏族をつなげることによって、すなわち天国と連結することができる家庭をつなげることによって、すべての家庭、氏族、民族を問わず、天と関係を結ぶことができる世界的な門が開かれました。

 七百七十七の門を通じて入り、すべてその道に沿って行けば、どこへ行くかといえば、天国へ行くのです。門ができたのです。これを統一教会においては一九七〇年度に行ったので、世界へ出発することができる新しい次元の最後の祝福だというのです。

 世界は、統一教会の運勢に入って、だんだん動くようになります。それで、一九七〇年に初めて国際合同結婚式を行いました。それが七百七十七双です。これは地上において、世界的にすべてのものが到来しつつあることを意味します。四百三十双までは、先生が行って祝福してあげなければなりませんでした。(今回は)韓国に連れてきて、祝福をしてあげなければなりません。

 初めて韓国で、全世界的に七百七十七双の国際合同結婚式を行いました。そこに十カ国の人が参加しました。このように家庭的理想を中心として、世界のいかなる国でも神様に帰っていくことができる道が完成しました。この時を中心に、世界の運勢は統一運勢に回ってくるようになりました。

 七百七十七家庭は誇ることができます。ですから一九八〇年代を越えるに当たって先頭に立ち、すべての家庭の伝統を相続して誇らなければなりません。このような位置に、どんな家庭が立つのでしょうか。それによって世界に通じるのです。七百七十七家庭は、世界の氏族的家庭を代表した家庭です。ヤコブの一族が七年路程でできなかったので、三・七路程を通じて一族ができたのと同じです。統一教会において四方に通じることができる氏族的編成が七百七十七家庭だということを知らなければなりません。数多くの国の人々が祝福を受けたという事実は、世界に通じることができる伝統を残したことになるのです。

 ですから厳粛な家庭にならなければならず、夫と妻は真の夫と真の妻にならなければならず、また真の父母と真の子女になって、天のみ旨を相続することができる基準を立てるべき責任があります。それが今、三十代の基準にある皆さん、七百七十七家庭が統一教会において家庭を代表しているのではないでしょうか。

 四十代では駄目で、二十代では不十分です。三十代である皆さんがそのような立場に立っているので、それにこたえられるようになった時、統一教会の歴史を世界に伝達できる一つの伝統的基盤が立てられるのです。そうすることによって皆さんは、歴史に輝く英雄になるのではありませんか。歴史に輝く世界の家庭的な先祖になるのではありませんか。

 このように驚くべき歴史的背景をもったことを理解して、皆さんがそのように努力しても滅びたなら先生に抗議しなさい。絶対に滅びることはありません。

 一九七〇年度に十カ国以上を中心として、七百七十七双を祝福したのです。三・七です。三掛ける七は二十一、七百七十七双は全世界を代表して、蘇生、長成、完成のことをいいます。それは、どんな家庭でも天の国に入っていくことができる自由な権限を与えるというのです。そのような数理的なことをするのです。

 そのように七百七十七双を祝福したので、その次に先生も、家庭を連れて世界のどこでも回ることができるというのです。ドイツにも行くことができるし、遠くアフリカにも、どんな国にも行くことができるのです。これは、どこに行っても、み旨は成し遂げることができるということです。同じなのです。

 どんな人でも先生のところに来ることができる道があるので、先生もどんな国にでも行くことができます。同じです。一九七〇年度まで七百七十七双を結婚させることによって、先生の家庭が全世界どこへでも行くことができるのです。今、先生は韓国が反対すれば、どんな国にでも先生の家族を連れていって、み旨を成し遂げることができる基盤を築いたので、世界的時代に向かうことができるのです。

 七百七十七家庭は、スリーセブンなのです。「スリーセブンは世界が好むもので、蘇生・長成・完成の三段階として二十一年に該当するので、七数に三段階を加えた完璧な最高の完成数だ」と、このように考えているでしょう。けんかするだけけんかして、欲はそのまま心に抱き、み旨を中心としては等閑視しながら名前だけで生きようとしているのではありませんか。

 七百七十七家庭は、一九七〇年十月二十一日に祝福しました。これが七百七十七家庭です。世界国家を中心として十カ国です。七百七十七家庭は、世界と連結しなければなりません。スリーセブン(three seven)です。そこには民族の区別がありません。日本人であるから、米国人であるからというものがありません。みな一つにならなければなりません。それによって世界のすべての国家が、韓国に従って天国に入っていくことができるのです。

 七百七十七家庭の祝福は、一九七〇年度を中心として十月二十一日、それは三掛ける七は二十一なのです。そのようにして七数を合わせたのです。結婚式としては、世界を代表した最後の結婚式だというのです。これを中心に七〇年代を限界点として、七百七十七家庭を祝福することによって、どんな民族でも一つの結婚を通じて血統的に結ぶことができるのです。それで七百七十七家庭からは超民族的結婚時代に入っていくのです。

 それで統一教会は、一つの大韓民国の民族を中心とした教会ではありません。既に七百七十七家庭を祝福することによって、統一教会には世界人類を通じて成すことができる新しい民族形成の基盤かつくられたというのです。それで七百七十七家庭は何を意味するのかといえば、世界民族形成ができる新しい超民族的時代、超氏族的時代に入っていくということです。その時から統一教会は、世界的出発をしなければならないというのです。

 先生が行った道を、皆さんも行かなければなりません。先生の道は遠くて長くかかりますが、皆さんは短い蕩減条件を立ててでも同じように行かなければなりません。それは、避けることができません。皆さんが受けた七百七十七双は、何番目の祝福かといえば、先生、三家庭、三十三家庭、七十二家庭、百二十家庭、四百三十家庭、その次に世界巡回中に行った四十三家庭と七百七十七家庭です。

 ですから国内的に見れば、七次祝福式で、世界的に見れば八次祝福式です。祝福式も最後です。それで七百七十七家庭です。そして日も十月二十一日です。それも三・七、二十一(三×七=二十一です。今回が最後の峠です。これからは、私が祝福をしてあげなくてもいいのです。それで十カ国を参加させたのです。

 統一教会の思想は、世界のために生きる思想です。これは、他の宗教と違います。統一教会の人たちを見れば違います。先生は、今でも世の中から非難されています。この世の人は、先生がするのを見て「統一教会の文先生という人を見れば、大層なことをする」と言います。今回、先生が世界十カ国の人々を集めて合同結婚式をしました。

 もともとは七百七十七双をすると約束しましたが、実際には七百九十一双を祝福してあげました。約束はそのようにしましたが、それより多くしなければならないのです。なぜかといえば、彼らが婚約して祝福行事を行う時、軍隊に行くとか、体の調子が悪くて参席できない人がいて数が少なくなる心配があったので、七百九十一双を祝福してあげたのです。

 統一教会の原理がそのようになっているのです。七百七十七双の合同結婚式の時にも、米国人たちは、ほとんど大学院出身の修士たちでした。そのような人々が荷物をまとめて、自分の国を離れて何万里も遠い韓国に来て祝福を受けたのです。一人が来るのに費用がいくらかかるかといえば、二千ドルです。一双に四千ドルかかります。韓国のお金にすれば百三十万ウォンかかります。

 そのような莫大な経費を投資しながら、彼らがなぜ韓国まで来て結婚しようとしますか。それは、米国で結婚するより韓国で結婚するほうが、より価値があるからです。もっといいというのです。お金を使ってでも何十倍も良いので、「来るな」と言っても来るのです。損をするなら、そのようにはしません。これはただ「統一思想」による原則のもとで絶対的なのです。彼らには、他のものをもってしては駄目だというのです。

 先生は、統一教会の食口を中心として合同結婚式をしてあげました。そのようにする時、世界の人々が我が国に押し寄せてきました。この世でそのようなことをした人は、文先生しかいません。もし結婚させてあげた実績に従って賞をもらうなら、世界十カ国を集めて七百七十七双合同結婚式をしたということで一等賞をもらうはずです。こういう事実を知れば、度肝を抜くというのです。

 今、この席には祝福を受けた七百七十七家庭がいます。彼らは、世界を代表した人たちです。それで彼らを混ぜておきました。七百七十七家庭は、まだ本当の統一教会の食口になっていない人も祝福をしてあげたので、彼らを見れば、まだらだというのです。では、彼らをなぜ混ぜておいたのか分かりますか。それは彼らを世界を代表する立場に立てるためでした。このようにすることによって、神様の無限の許しの圏をこの地球星に与えるための神様の愛なのだということを皆さんは知らなければなりません。

 この七百七十七家庭には、み旨がよく分かっていない人も入っています。めちゃくちゃな状態です。けれども、ここに集まった夫人たちだけは正しい人にしなければなりません。エデンの園で女性の過ちで滅びたので、女性たちが精誠を尽くして走るようになれば、外部のほうが私たちの時と共に歩調を合わせるようになります。そのようになれば、男性はついて行かざるを得ないというのです。ついて行かないと、行く所がなくなるというのです。

 統一教会で結婚すれば、四十日間は何でしょうか。それは夢も見られません。私たちの日本の祝福家庭や七百七十七家庭は五年間、一つの家に住みながらも、みんな独身生活をしたのです。それは驚くべきことです。それで青年男女の倫落問題のようなものは、統一教会でなければ手をつけることができません。この秩序を正すことができなければ、世の中はサタンの犠牲となってしまうのです。このような難問題をすべて一つにして、神様の民を立てようというのですから、それは容易なことではありません。

 七百七十七双を中心として、国際結婚時代に入っていくのです。すべて混ぜるのです。そこから蘇生段階、その次は長成段階、完成段階、今回は本格的に混ぜるかもしれません。今の時代は、どんな時代ですか。結婚国際連合時代に入ったのです。

 輝く朝を前にして、一九七〇年十月二十一日を期して七百七十七双が全世界、万民の前に解放の旗を持って立ち上がるということは、天宙史的な勝利基盤が蘇生するという意味があります。このように、とてつもなく驚くべきこの日が貴いということを、皆さんがどれくらい感じているかというのです。父母様の国、父母様の一族、父母様の家庭、父母様の息子、娘を中心として十カ国から集まりました。韓国と日本をはじめとする数多くの国においては、文化の違いがあります。文化の平均基準がないというのです。

 七百七十七家庭は、三掛ける七は二十一、全世界を一度に合わせたのです。それが一九七〇年十月二十一日です。世界のどんな民族でも、天国に行くことができる橋を架けたのです。三掛ける七は二十一、三・七数の恨の峠を蕩減復帰する目的とは何でしょうか。二十一年路程において霊肉を中心として、あるいは男性、女性を中心としてサタンの讒訴圏を抜け出すためのものです。

 今日、統一教会を中心として、家庭が抜け出すことができる完全な基盤を、十カ国を中心として築いたのが七百七十七家庭です。一九六〇年度にも成婚式、その次に信仰の三子女、その次に三十六家庭、その次に七十二家庭、その次に百二十家庭、その次に四百三十家庭、その次に七百七十七家庭、このように七回の祝福がありました。七次ですべての祝福は終わったのです。

 それが終わったので、韓国のものは世界のものです。世界のものは韓国のものになります。今回先生が韓国に築いた個人復帰、家庭復帰、氏族復帰、民族復帰の基準は、国を復帰する時までは縦的に上がるのです。個人、家庭、氏族、民族、国家、このように上がっていくのです。これは逆に上がっていくのです。

 七百七十七双の祝福式を挙行する時、ある親が先生を訪ねてきて「統一教会の文教組様、私の娘の名前は何々ですが、良い婿候補を選んでくださるよう心からお願いします」と言ったのです。統一教会の文先生がいつの間に、このように高い位置へ上がったのでしょうか。世の中も変わったようです。冬だと思っていたのに、いつの間にか春だというのです。生き甲斐を感じるというのです。そのようなおもしろみもなければ、どのようにして先生は生きていきますか。

 七百七十七双を祝福してあげる時、祝福の資格がない人もたくさん祝福を受けました。神様の前に祝福を受ける資格を完全に備えた立場で祝福を受けた人は、何人もいなかったのです。けれども資格を備えていない人々も、今回のこの作戦に同参させることによって、その人も生き、彼らに関係する親戚もここに関係を結ぶことができる挙国的な基盤を築くことができるのです。それで、資格を備えていない人々も七百七十七双の祝福に同参させたのです。

 今回七百七十七双の祝福を受けた新郎は、新婦が当然自分の家に来るだろうと思っていたでしょう。慣習によって間違いなく自分の家に来て、舅と姑に従い、兄弟と共に暮らすだろうと思ったのに、なぜか消息もなく、みな一線に派遣されたというのです。もちろん、これに副作用があることも知っています。けれども、仕方がないというのです。

 私たちは、七〇年代には七千年歴史の蕩減の起源をつくらなければならず、韓国自体においては男としての威信を備えなければなりません。それで先生も家を買わなければなりません。皆さんが先生の家を買ってくれなければ、責任を果たせないことになります。それで、仕方なく七百七十七双を立てて祝福してあげたのです。

 その七百七十七双を中心として先生の最高に良い家を買うという条件を立て、車も最高に良い車を買うという条件を立てました。家を買わなければならないのですが、それがどれくらい大変か、その家一つをめぐって今でも闘っています。その人たちが私たちに売ると約束したのに、国家法に引っ掛かってお金を払うこともできずに、今も待っているのです。これも蕩減復帰しなければならないようですね。

 ごちそうを食べるようになれば、それがこの国の怨讐です。立派な生活ができる環境になれば、それが怨讐だというのです。今、釜山港に米国から送ってきたリンカーン車が到着しました。これはもちろん七百七十七家庭の合同結婚式の時の贈り物ですが、この車に乗るべきでしょうか。これを売ればいいでしょうが、これは歴史上に聖なる涙とともに天の名誉を懸けて送ってきたものなので、これを売った日には威信も立たないので、それを取りに行かなければならないというのです。

 その車に乗れば、「統一教会の文先生が韓国で一番いい車に乗っている」という話がうわさになるでしょう。「統一教会の文先生は、お金がどこからそんなに出てきたのか」と言えば、「どこからかというと、七百七十七双が祝福を受ける時に贈り物としてくれたのだ」と言うのです。大韓民国で私がその車に乗ったとしても、それは私のお金で買ったのではなく、贈り物としてもらったものです。それが新聞に出たのです。そうでしょう。それで良い車に乗っても少しも良心の呵責を受けないで、誇りとするのです。

六 千八百家庭

1.千八百組を祝福するようになった背景

 一九七五年二月八日に、千八百双の合同結婚式を挙行しました。私たちの統一教会が個人的に現れ、家庭的に現れるに当たって、御父母様の家庭だけでなく、全世界の統一教会の教会員が、この世界の前に現れなければなりません。このような神様のみ意があるので、家庭的に勝利して一つの杭を打ち込まなければならないのです。

 ですから第一次七年路程、第二次七年路程の受難の功績を基盤にして初めて、第三次七年路程の上に父母を中心として、皆さんの家庭を平面図上に横的に展開させ得る一つの攻撃戦を繰り広げたのが、二月八日の行事だったということを皆さんは知らなければなりません。

 千八百家庭、これは三掛ける六は十八、三は六数の代わりの三時代をいいますが、これは六数のサタン数の三数完成数と同じなので、全人類を代表する家庭です。信じる人だけではなく、信じない人、サタン世界圏にいる未来の家庭的基盤を天と連結させることができる基礎をつくってきたのです。このような役事を今までやってきたのです。

 千八百家庭、十六は四数の四倍です。また、十八は六数の三倍です。これは同じことです。四数は地の数です。その四倍は立体数です。十八はサタン数である六数の三倍です。旧約時代、新約時代、成約時代の三数を合わせて百八十数です。それで統一教会の蕩減過程では百八十家庭で、千八百家庭は世界的です。

 サタンは堕落する時、家庭を中心として堕落したので、神様の主管圏に家庭をつないで、超国家的な運動を展開していくのです。七百七十七家庭、その次に千八百家庭……。千八百家庭が最後です。サタン数である六数の三倍、蘇生、長成、完成の十八数です。サタン世界において千八百家庭を先生がもったということは、氏族圏を越えたことになります。その国家基準に連結した勝利基準は、世界に連結する道の始まりです。その千八百家庭はサタン主管圏の六百数の三倍です。それを基準に家庭を立てて、サタン圏の家庭を蕩減する基準になるのが千八百家庭なのです。

 神様は数理的な神様です。偶然に、どんぶり勘定式では駄目なのです。それで全世界の家庭が合わせることができる立場になって、自分たちも知らず知らずに巻き込まれていくのです。千八百家庭は三掛ける六は十八です。すべてその数なのです。六数をいつも掛けていくのです。今回韓国で六千双が結婚したのも、二千百双もすべて原理的なのです。

 祝福家庭は、国際合同結婚式が伝統です。千八百まで重要視したでしょう。六数の三倍数です。三掛ける六は十八、それで千八百家庭だというのです。イエス様は百二十家庭で、再臨主は百八十家庭です。百八十家庭と百六十家庭は同じ数です。四数の倍数です。四掛ける四は十六、そしてこれは六数の三倍です。サタン数の完結数です。それで祝福家庭に氏族の百六十家庭を祝福しなさいといったでしょう。もともとは百八十家庭ですが、百六十家庭も認めたのです。

 一家庭でも少ないほうを願ったので、百六十としましたが、今後は百八十家庭です。その次は八数、それで三数で増えていきます。七数、七番目が千八百家庭です。三家庭、三十六家庭、七十二家庭、百二十四家庭、四百三十家庭、七百七十七家庭、千八百家庭まで七数です。七数から八数、九数、十数の帰一数に帰っていくのです。十数は、祝福世界化時代へと越えていくのです。

 百六十家庭は四数の四倍です。四位基台の基盤、アダム的四位基台、アダム子女の四位基台を成せなかったのが地上天国の門を開くことができなかった原因ですが、蕩減時代に「四・四節」を中心として、この四数の四倍、四倍というのはサタン理想数です。それはなぜかといえば、六数がサタン世界の占領する基盤ならば、三倍、蘇生、長成、完成、三掛ける六は十八、それで千八百家庭を祝福したのです。千八百家庭は千六百家庭に該当する数です。サタンを全滅させることができる数なのです。

 イエス時代は百二十家庭ですが、再臨時代、世界化時代は百八十家庭です。それで千八百家庭を祝福して六千双へと越えたのです。それはサタン数の六数を三倍したものです。サタンのすべてのものを踏み越えて立つ数を意味するので十八数です。

 今年、千八百双を祝福したのです。本来は昨年、一九七四年にしなければならなかったのです。けれども今年の四月までは大丈夫です。一九六〇年の四月から始まったので、今年に入っても四月までは十四年圏内だというのです。ですから二月にして、十四年目にそれをしたのです。

 それで統一教会の第二次七年路程の終了とともに全世界圏を中心として千八百双の祝福をしたので、完全に世界的基準に向かって基盤を築いて越えていくのです。この千八百双とは何でしょうか。六数プラス六数プラス六数で、十八数です。これに該当するのです。これは、サタン世界を制圧するという意味です。完全に制圧するというのです。私たちが世界的基盤を築いたので、今は国家を中心として思いどおりに動いて、世界を動かすことができる時代に入っていくという結論が出てくるのです。

 一九七五年二月八日にあった千八百家庭の祝福、これは全世界的な事件です。全世界の新聞という新聞にはすべて載らなければなりません。全世界が知らなければなりません。それで一九七五年が歴史的な一年であることを皆さんは知らなければなりません。世界的な宣布時代に入ったのです。千八百双がここに上がってこそ、これが横的な時代に入っていくので、そのようになるのです。

 千八百家庭といえば、三掛ける六は十八、三十六数(六・六・六数)は、サタン数の完結なので、どんなことがあっても世界的な時代へ越えていく新しい起源を準備しなければなりません。それで先生は、今年の初めにどんなことがあっても千八百家庭を一家庭でも越えなければならないと考えました。そのような信念をもって、「千八百家庭を立てなければならない」と言って、今回そのようなことをしてきたのです。

 今、国連の加盟国家が百八十三カ国です。私たちが千八百双の結婚をしたでしょう。それと同じで、今この時、転換期において百八十の国家を転換するのです。百八十、千八百はサタン数の完成です。六数の三倍で、四数の四倍です。サタン数です。それで、本来は私たちが氏族的メシヤとして百八十家庭を復帰しなければならないのです。しかし、百六十家庭にすることができるのです。価値は同じなのです。四数の四数が理想数です。それで国連加入も十六数です。ソウル・オリンピック大会を中心として、百六十の国家が参加したのです。それで百六十番目にサタン世界の宗主国が入り(北朝鮮)、韓国は百六十一番目で出発です。蕩減すれば韓国が一番前に立っているというのです。

 千八百双から信仰(霊)の息子、娘を強調しませんでした。祝福の世界時代に入ったので、家庭で解決しなければなりません。横的なものを縦的に、縦的なものを横的に展開しなければなりません。信仰の息子、娘が自分の一代のおじいさん、お父さん、お兄さんを中心として見れば、おじいさんは孫になるのです。それではお父さんは何になるのでしょうか。お父さんは何になりますか。おじいさんが孫になれば、お父さんは息子になり、お兄さんは何になりますか。弟になるのです。

 二月八日、先生が今まで一番忘れられないのがその日です。一時間半前まで相対をマッチングしていました。全く、そのような結婚式がどこにあるでしょうか。その時、十時に結婚式が始まるのに、八時半までそれをしていました。夜も眠らずにやりました。しかし、結婚することは一生を決める重要なことなので、それはでたらめにできないのです。一度失敗すればまたしてあげ、またしてあげて、そうしたのです。

七 六千家庭

1.六千家庭は縦横の宗教圏を開いたもの

 六千家庭は全世界の縦的なキリスト教徒と一般の人が、縦的なキリスト教徒と横的なカイン世界が共に連結されるものです。六千家庭を先生が連結させたのは、サタン世界が家庭的に攻撃する時代は既に過ぎ去ったことを意味します。霊的な長成基準を国家基準で成し遂げました。世界的な基準においては霊的なキリスト教が世界的な基盤になるので、世界的実体基準をキリスト教文化圏に連結するために米国に行って、全国的に復興活動をしたので行く先々で歓迎を受けました。このようにして国家基準を代表して韓国に連結しました。このように勝利して帰ってきました。

 皆さんは枝です。根につながった一つの枝と同じです。あくまでも根を中心として幹に沿ってすべての枝が大きくなるのであって、自分自身で大きくなることができますか。考えてみてください。特定の概念があってはいけません。それで御父母様の家庭を中心とした伝統、その基盤の上で拡大していくのです。ですから三十六家庭、七十二家庭、百二十四家庭、四百三十家庭、その次は七百七十七家庭、千八百家庭、六千家庭、これらは世界の拡大的条件の代表として祝福してあげたものです。

 六千双、六千家庭は完全に歴史的なこの家庭の門を全世界、共産圏まで、サタン世界まで、すべての門を開いたものです。それとともに、米国を中心として神様の国と祖国創建というこの基準まで引っ張ってきて、米国と生死を懸けて決着をつけるのです。

 六千家庭の祝福を終えることによって、今こそこの地上で神様の恨を解くのです。キリスト教が責任を果たせなかったことを、米国が責任を果たせなかったことを、私が背負っていったのです。統一教会を中心として、すべて成したのです。

 六千家庭を中心として、監獄にいる家庭も、地獄にいる家庭もみな集まるというのです。カイン世界だけではなく、地獄天上世界、地上世界に対して門を開けてあげるのが六千数です。六千家庭が門を開けてあげるのです。すべて開けてあげたので、世界的に現れました。すべて現れたのです。天国に入っていく門がどんな人にも、地獄にいる人にも、すべて開かれたので公開するのです。

 六千家庭はサタンの六数を世界化したものです。それを知っていますか。三家庭からその次に三十六家庭、七十二家庭、百二十四家庭、四百三十家庭、七百七十七家庭、千八百家庭、その次は六千家庭、一番迫害が多い時が六千家庭、九数を越える時です。それで六千家庭が一番苦労したのです。

 先生が世界的な基準を越えなかったならば、日本全体が大変なことになっていたはずです。それで祝福家庭を中心として、今まで蕩減路程を通過してきたのです。三家庭から三十六家庭、七十二家庭、百二十四家庭、四百三十家庭、七百七十七家庭、千八百家庭、六千家庭、これは世界的な蕩減の道を越えるためのものでした。アダムとエバが結婚したでしょう。それで結婚の道を通じて蕩減するのです。

 統一教会は、愛の世界を成すために、合同結婚式をするのです。統一教会は、人種を認めません。真の愛に白人、黒人の区別はありますか。統一教会が偉大で、統一教会の教会員が違うのです。前回、六千双の合同結婚式をする時も、私が日本の女性たちと黒人を七十双ほど結婚させました。強制的にしたのではなく、自分たちが願ってしたことなのです。そのようなことがあり得ますか。

 現在、全世界的に見れば国連加盟国が百八十二カ国です。百八十三カ国圏内に入りました。これが百八十数に該当するので越えていくのです。けれども百八十家庭よりも百八十箇所の宣教本部よりも百六十のほうが数が少なく、それをみんなが願ったので百六十数にしたのです。それで統一教会では千八百家庭を中心として、六千家庭をすべて連結させたのです。それは、サタン数の完結です。六千数というのは、家庭ではサタンと関係ない数です。家庭がサタン世界の数を越えることによって、解放圏に進むというのです。

 問題を起こせば、文なにがしが負けるようにはなっていないというのです。ここで六千双の合同結婚式をする時も日本から二千八百双、五千六百人が来る時、反対して大変でした。反対してみなさい! 誰が抜け出すのかというのです。すべてが反対しても、一人も抜け出さないのです。

 そのようなことをなぜするのでしょうか。青年世界にこれを早く通過させなければならないというのです。今は、文先生が行く所に合同結婚式は世界的に知られているので、これから反対してみたところで意味がありません。日本も反対している途中で滑り落ちたことをみんな知っているので、もう反対できないという、そのような看板がつけられたのです。

 先生は、世界史的な第一線でサタンの総攻撃を受けてきたのです。韓国の総攻勢とアジアの総攻勢をすべて受けながらこのような道を築いてきましたが、皆さんの時代はそのような時代ではありません。歓迎を受けながらするのです。

 それで皆さんのホーム・チャーチでは、東西南北に散在しているその門をこれからすべて開いて、また閉まっている門を開いて、通ってもいいという環境をつくらなければならないのです。それでこそ天国になります。それが一つから二つに、二つから三つに連結して、韓国での六千家庭を中心として連結しなければなりません。

 私たちが今、世界的な大会をどんなにたくさんしていますか。このごろはあまりにもたくさんするので、私に対して報告もしません。ここの六千双の合同結婚式だけ見てもそうです。小さい町内で結婚式をするにしてもけんかして大変なのに、六千双の結婚をしながら大声一つなく、整然と行ったのです。今でも本当に天の前に感謝するのです。飛行機に乗って行ったり来たりするので事故が起きることもあり得るし、車が故障して死ぬ可能性がいくらでもあるのに、すべて天が保護してくださいました。有り難いことです。

八 六千五百家庭

1.六千五百家庭は交差祝福のケース

 サタン数の三倍、旧約時代、新約時代、成約時代を代表した六千年に該当する数を蕩減して、人類歴史全体の家庭が、神様の祝福圏内にすべて蕩減して越えていく数なのです。これは七百七十七家庭、千八百家庭は七、七番目です。七数は越えていく数です。その次に六千家庭は八、六千五百双は六千七百家庭です。六千七百家庭は、人間が六数を中心として七数を合わせて清算するのです。

 六数で七数をまだ越えていないので、それを蕩減するために六千五百双の祝福をしたのです。六千五百双は米国の二百双を足して六千七百双です。それを祝福することによって、これが九次、九数を越えていくのです。

 皆さん、一昨年の十月三十日の六千五百双では、日本と韓国の人たちを交差祝福させました。日本人たちは韓国の男性と女性に出会い、韓国人は日本の男性と女性に出会ったのです。

 アダム国家を代表した韓国人と、エバ国家を代表した日本人と交差祝福をさせた意味が大きいというのです。どのようにして一つになるのかというのです。これが国家基準で交差祝福することによって、統一的家庭を連結させることにおいて、国家的次元で越えるのです。その国家的次元を越えたので、世界的時代へ越えていくのです。それで昨年の交差祝福が重要なのです。

 天が統一的運勢を迎えさせるために韓国を中心として摂理を始めたのですが、天のみ旨を受け入れることができずに、金日成主席が、サタン世界が侵入して南北が分立されたので、世界がここで問題となったのです。これが分かれたので、合わせることができる運勢を収拾しなければ本然の地に戻れないのです。

 ところが昨年、先生が帰ってきて、それを連結させて開天節を中心として、アダム国家とエバ国家が交差祝福をすることによって、条件的に家庭的国家基準を越えるようになったというのです。家庭を考えなければなりません。家庭基準です。これを知らなければならないのです。

 なぜ今回、日本人と韓国人を一〇〇パーセント交差祝福させたのかということを知っていますか。アダム国家とエバ国家、アダム国家は韓国で、エバ国家は日本であり、アダムとエバが個人で自分勝手に結婚して世界を失ったので、今はそのようにばらまいたことが結実として国家的基準で収めてくるのを、ひっくり返したのです。蕩減して覆し、世界的原則においてアダムが上に、エバが下になり、ここでは二世を中心として連結したこの愛の基盤を蹂躙する者がサタン世界にはいないということを知らなければなりません。

 先生は知っています。日本は、宝石で飾った美人が全裸で横になっているようなものです。何も身につけていない女性です。それを四人の男性がねらっています。三天使長と完成した一人のアダムです。その完成したアダムが権限を行使するためには「こいつら、手をつけるな!」と言って、交差祝福をさせなければならないのです。そうしなければ息子、娘をみな占領されてしまうのです。堕落は息子、娘、カインによって決まるのです。

 女性一人の力では三天使長を防ぐことができません。しかし、交差祝福することによって、神様の息子が連れていくことができるようになっています。復帰されるのです。それで交差祝福こそ、日本が主人として最高の条件を得ることができる方法です。そのような喜びの条件なのです。

 韓日交差祝福をした人は、日本人ではありません。アジアを越えたのです。自分たちの国を指導し得る思想をもっているという観点から見た時、韓国に来ている日本家庭は、中国もすべて開拓できなければなりません。故郷の地に派遣して世界を包容できる基盤を築こうとアダム・エバの一体圏を先生がつくっているのです。歴史はそのようになっていくのです。偉大な歴史がここから始まるのです。

 この前、日本の青年男女二千五百名と、韓国の青年男女三千五百名を交差祝福しました。「きょうから君たち日本人は韓国人と結婚して、韓国人は日本人と結婚するのだ!」と言いました。その二千五百名の中に東大出身が何人いるか知っていますか。東大出身は十何人もいます。それから大学卒業者は多数で、医者だけでも約三十人になります。「みんな辞めて韓国に来るのだ」と言いました。

 日本人同士で結婚した人たちと交差祝福を受けた人たちのうち、どちらが高いでしょうか。交差祝福を受けた人たちに侍らなければなりません。日本の将来の重要な責任は誰の肩にありますか。交差祝福を受けた人たちを日本の責任者に徐々に任命することが伝統的な天の観点なのです。今はそのようにしていませんが、そのように準備していなさい。米国もそうです。こういうことを公式的に初めて話しました。時が来たので話すのです。

 この前、私たちが交差祝福する時、日本の久保木や何人かの幹部が信じなかったのです。しかし、一週間急がせてできたのです。何万人ですか。六千五百双なら一万人を超えます。一万人以上が日本から来なければならなかったのです。八千人、九千人が一週間の間にすべて押し寄せてきましたが、飛行機がどこにありますか。オールストップしたのです。私がみな分からないようにやりました。

 日本の韓国大使館では三日間、昼夜を徹して自分の一族を動員しながら印鑑を押し続けたのです。それで日本政府と韓国政府が後押ししたという条件になったのです。六千五百双の祝福を韓国政府が後押ししたのです。

 キリスト教は、怨讐とは個人だと思っていますが、違います。個人の怨讐ではありません。国の怨讐です。国の怨讐を愛さなければなりません。ですから日本を愛しなさいというのです。そうです、日本人と韓国人が出会えば、火花が散るでしょう。今回、交差したことを知っていますか。個人で交差結婚した時には滅亡の落とし穴に落ちていきますが、むしろそのように植えられた根によって、国家的には分かれたのではなく、一つになって天国に入っていくのです。日本人と韓国人が交差祝福することによって、この国の運勢が地に根を下ろし始めるのです。

九 三万家庭

1.三万家庭は三時代三数を代表した家庭

 昨年、三万双が祝福を受けましたが、国家を超えて、地域を超えて、宗教を超えて、政治圏を超えて国際結婚をしました。考えてみてください。三万双ならば、六万人になります。どれほど多い数でしょうか。そのように多くの人たちが十日間でもなく、一日ですべて行ったのです。一つの国の人だけではありません。約百三十カ国の白人、黒人、黄色人種はいうまでもなく、すべての人種の人々が参加したのです。皮膚の色が違っても、生活方式は同じなのです。一つです。

 「ため」に生きる生活文化は、全く同じだというのです。たとえ貧しく暮らしたとしても、人のために生きるのです。そのような家庭が全世界に広がっていくというのです。私たちのような人たちが世界の大部分を占めて、二十年後に一つの世界、一つの国家をつくったと考えてみなさい。そのような時が来るというのです。

 一九九二年八月二十五日は、何の日ですか。三万双の結婚式です。統一教会の祝福を受けることが難しかったのです。二十年間聖別しても、祝福を受けることができずに去っていった人がいたのです。では、今の時はどうでしょうか。一週間を七年とするのです。一週間に自分が間違いなくサタンの体だと認めて、真の父母が来て血統転換させてくれると信じれば祝福してあげました。サタンが所有していた人たちです。国の主人になれない者たちです。それで所有権を転換しなければならないのです。

 三万双の結婚は、最後の峠を越えていくものです。三時代、蘇生時代・長成時代・完成時代、旧約時代・新約時代・成約時代の三数を代表したのが三万双なのです。それで相対的に六数を越えるのです。三数の主導権で六数を越えるのです。第二次大戦を中心として英国、米国、フランスと、日本、ドイツ、イタリア、この全体を蕩減しなければなりません。

 三万双の祝福を歴史的な一つの記念碑的事件として受け入れるべきだということを知らなければなりません。その歴史的な背景がどの程度歴史的でしょうか。これは世界史的です。三万双を終えてからは先生が祝福をしてあげなくてもかまいません。

 今回の三万双の祝福は、体育オリンピック(世界文化体育大典)と共に開催され、人間社会の精神的な面と肉体的な面の均衡を保って発展させなければならないという方向性を示す意義をもっています。特に、世界百三十カ国から国籍と人種を超えて三万双の善男善女が集まった中で挙行される歴史上最大規模の合同結婚式は、二十一世紀とともに新しい歴史時代を迎える世界人類が、神様を中心としてお互いに和合することにより世界平和を実現するという、平和の大道を見せてくれる壮挙となることでしょう。

 特に、八月二十五日には世界全域から集まった約三万双が神聖な祝福を受けて、神様を中心とした新しい家庭の伝統の確立を固く誓うでしょう。家庭は国家、社会の最も基本的な単位です。社会問題の解決は、家庭問題の解決から始まります。

 三万家庭というのは、蘇生、長成、完成の三数を中心としています。三数は全体を代表したものです。聖別数です。天の国と地の国を完全に開放してしまうのです。

 御父母様の前にある日本、米国、ドイツはアベル圏ですが、長子権を行使することができます。この日本、米国、ドイツを中心として、これから世界的な祝福をします。九二年に三万双の世界的な祝福をしました。三数というのは完成数で、天の数を代表します。蘇生、長成、完成です。三万家庭を祝福したのは世界的です。三万双の祝福以後は統一教会の合同結婚式に対する反対がさっとなくなってしまうのです。三万双が結婚することによって、国際的に連携するようになりました。

 そこには国家もなく、国境もなく、民族もなく、文化もないのです。今までの結婚は、その境界線を越えることができず、自分の国を中心として、自分の国でも自分の氏族を中心として、それも自分と関係のある氏族だけを求めて結婚しましたが、これを完全に捨てたのです。国境や民族や人種や宗教や文化をすべて捨てて、兄弟として、初めて歴史的結婚運動に参加する、このような役事が国際合同結婚式だというのです,

 三家庭、三十六家庭、七十二家庭、四百三十家庭、七百七十七家庭、千八百、六千家庭、六千五百家庭、その次は三万家庭です。この三万家庭は、帰一数なので世界的です。蘇生・長成・完成時代を渡っていかなければなりません。三万双とは、旧約時代、新約時代、成約時代を出発する立場です。今から世界祝福時代へと越えていくのです。

 一九九二年に祝福したのが八月二十五日でしょう。三万双を一週間の間に祝福をしてあげたのです。このように見る時、この三代の先祖に、横的には五十億人類がすべて入るのです。平面的にしてあげるのです。それで一週間にみ言だけでも聞けば、その後の全体を祝福してあげることができます。祝福してあげれば、アダム家庭が愛を中心として夫婦関係を過ったことを蕩減復帰して、一度に天国へ行くことができるというのです。

 先生が一九九二年八月二十五日を中心として三万双を祝福する時、皆さんの親に家庭を中心に氏族的メシヤの特権的な恵沢を与えました。それで息子、娘も同じ中心として認めるのです。ですから何も知らない人も一週間真の父母を信じて、血統的に過ったということを知り、真の父母の血統となって血統転換、所有権転換、心情圏転換を間違いなくすると誓う人には同じ立場で祝福をしてあげたのです。

 今は他のものが必要ありません。旧約聖書、新約聖書をすべて捨てても真の父母と真の愛を中心にすればいいのです。真の愛を通じた、真の愛を中心とした真の生命、真の血縁的因縁をどのように成すのかという問題が残っています。皆さんも文総裁の前に、御父母様の前に、祝福を受けなければならないのです。これは妄想ではありません。昨年、三万双を祝福するといった時、既成教会の牧師たちが「ははは! あの空想家、気違い」と、そう言いました。

 三万双を祝福してあげる時、何も知らない既成家庭を一週間の修練会に参加させて祝福してあげたのです。それでみなメシヤの位置、アダムの位置、再臨主の位置に引き上げたのです。

 一九九二年八月二十五日、その日は三万双の祝福式をした日です。このようにして堕落した父母を解放して、同じ基準に引き上げたので、堕落した子孫も同じく平等な立場に立つのです。蘇生、長成、完成です。三万双の時は、一週間の修練会を受けて誓えば、みんな祝福してあげました。それは、自分の親を解放してあげたので、親と共に子孫全体を解放して横的な平等の価値の基準に立つようになったということです。この基準がこのように論理的に成り立つので、真の父母はこのように世界家庭の主体圏に立つようになるのです。

 一九九二年八月二十五日を中心として三万双の祝福結婚式を誰でも同じようにしてあげました。一週間だけ「原理」を聞いて、ただ真の父母を信じるなら祝福したのです。自分が堕落した血統をもっており、真の子女ではないので、絶対的にすべてのものを真の父母にゆだねました。堕落してサタンが神様の所有権を奪っていったので、全体を神様に返しながら血統転換、所有権転換、心情圏転換をして、必ず真の御父母様の子女になると誓えばいいのです。そのようなことをしたのが三万双です。

 だからといって、祝福を受けてそのまま終わるのではありません。家庭の規則を中心として兄さん、姉さんたちがしたことを相続した基盤の上に、祝福したことを忘れてはいけません。相続すれば、それを相続した先祖が管理、保管しながら愛したのと同じような心をもたなければなりません。それで過去のすべての先祖がもった同じ心情圏を受け継がなければなりません。しかし前と違って、サタン世界が解放されているのです。兄弟がみんな一つになっていけば、その境地を越えていくことは問題ありません。

 三万双の祝福式をしましたが、これからは三百六十万、三億六千万も問題ではありません。三十六億も人工衛星を通じて何千箇所、何万箇所で一度に行うことができます。そのようにして全人類を祝福すればいいのです。三代の先祖がみんな解放されて祝福を受けた立場なので、その先祖の子孫と父子関係を結ぶのです。それで、上にあるものをどこへでももっていけるのです。ここにあるものをどこにでももっていって、ここにあるものもどこにでももっていくことができる平面時代になっているのです。サタンの妨害がありません。

 今は一度に祝福する時代です。それで一週間過ぎれば、七数である一週間がたてば祝福してあげることができるのです。それを宣布したのが三万双の祝福の時なのです。だからといって、一週間ですべてのことを完成したのではありません。これは今まで六数期間をかけてここまで来たものを連結したものです。ですから個人において再び六数期間をかけて、ここに来なければならないのです。それで統一教会の伝統、思想を訓練されて接ぎ木されるので、生き残ればそれでいいのです。これはすべて論理的です。でたらめではありません。

 アダム・エバが結婚を間違ったので、祝福を通じて万国に統一圏を成していかなければなりません。初めて神様の名前で結婚式をするのです。三万双まで先生を中心として結婚式をしたのです。これは平面的なのです。同じ恩恵圏内にあるというのです。それでこれが水平線なので、三万双を中心として初めて一週間だけ修練を受けて絶対信仰さえもてば、みんな祝福してあげたのです。

 天がサタン側を追放して世界を収拾して初めて天宙から世界、国家、民族、氏族、家庭まで基盤が築かれるのです。このように基盤を築いておくことによって天が訪ねてくるのです。訪ねてきて地上に来られる主と共に一つになって、サタンを追放した家庭の起源をつくるのです。そのような家庭を代表できる世界的時代、その時が三万双の祝福を中心として三年路程をたどる時です。

 一昨年の八月二十五日を中心として三万双を祝福したのです。これは六時間かけてずーっとこのように上がってきたとしても、こちらは六時間かかるのではありません。ここでは何分かでこのようになるのです。それで一週間の修練を受けて真の父母を認めて、血統転換、所有権転換、心情圏転換をすると誓えばそれでいいのです。祝福を受けたのちに血統転換、所有権転換、心情圏転換をすれば、それは一族なのです。

 それが個人を中心として、個人、家庭、氏族の三段階が一つの単位です。一つのチームです。おじいさんとお父さんと自分の三代、六人の家庭が一つのチームなのです。それを外しては駄目です。顔から口を取れば、どのようになりますか。すべて三段階になっているのです。

 三万双の祝福の時には、功労がない人まで祝福してあげたのです。なぜかといえば、氏族的メシヤを送って、一族を解放させるためです。メシヤになった者たちの親が今まで統一教会に反対して、その氏族全体が統一教会に反対したのです。過激に反対したのは、むしろ統一教会に入った子供をもった親たちだったのです。その反対した親を解放してあげたのです。

 交差祝福こそ、日本が主人として最高の条件を得ることができる方法です。そのような喜びの条件なのです。今回の交差祝福は何回目ですか。二回目です。今回、天下分け目の闘いをしたのです。三万双の時、日本が必死に反対したのです。サタンは日本全体で最大の攻撃をしましたが、先生はびくともしなかったのです。その内容を本当に知っている人たちならば、秋の紅葉のように染まって既に伝道されているのです。「いやー! 合同結婚、素晴らしい!」と考えるはずです。今回の三万双結婚式の八〇パーセントはNHKで放送しました。

 昨年の八月二十五日、三万双合同結婚式をするのに日本人たち一万七千双が来て結婚したので、日本を文総裁が食べてしまうのではないかと反対して、一年間大騒ぎしたのです。言論を総動員してつぶそうとしたのです。「今年の八月、統一教会はなくなる。解体して、流れる水のようにかけらも残らないくらいになるだろう!」と言ったのです。よく知らないのです。文総裁がそのような男ならば、このようなことは始めもしなかったでしょう。

 歴史的な伝統をひっくり返さなければならないのです。「自分の肉親のおじいさん、おばあさんとお父さん、お母さんがいるのに、真の父母とは何だ」と言うのです。これが逆説的な論理なのにもかかわらず、世界の良心ある若い青年たちは餅のようにくっつくのです。それで三万双の結婚式が可能だったのです。

 私が一日に三千七百何双をマッチングしたのです。これからは一日に三万双もマッチングすることができるのです。先生は、そのような頭をもっているのです。それは、普通の人にはできないのです。人生の重要な愛の問題を中心として、これを行う時です。それこそ普通の人ではありません。そのような何かがあるのです。それで統一教会の教祖をやっているのです。

 今回、三万双の祝福に参加した人たちが九十人ほど集まったと聞きましたが、手を挙げなさい。みんな若いでしょう。皆さんのおかげで、日本が大騒ぎになったでしょう。三万双が祝福を受ければ、日本民族が韓国民族に隷属するようになると考える右翼を中心とした日本の一部、そして年を取った人たちがみんな集まって反対しました。言論界と一つになって四カ月間、ずっと反対してきました。

 キリスト教の優秀だったという人たちが一発殴られるのです。二十四日にそのように殴られて頭が「ガン!」となったのに、二十五日に三万双の結婚式を見て、みんな「メシヤでなければ、こういうことはできない!」と言い、完全に再整備されて復帰されていくのです。

先生がお母さんの話を聞いて、息子、娘の話を聞いて、皆さんの話を聞いたならば、このようにできなかったのです。これを引っ張って越えていかなければなりません。行かなければならない道を知らないのです。今は、皆さんがどこへ行くのか分かったでしょう。誰でもみんな分かったはずです。これは簡単なことです。これから、皆さんには生きるか死ぬかということがなくなるはずですし、迫害を受けなくなるでしょう。

 今回の三万双の祝福によって、整備作業がすべて終わりました。息子、娘が三万です。この三万人がみな気が違って道理が分からない人たちではないというのです。そこには学者もいて、あらゆる人たちがいるのです。それで無視できないのです。

 三万双の祝福をすることによって、世の中がすべて静かになりました。この文総裁が普通の人ではないといううわさが流れたでしょう。ですから、メシヤ宣布をするだけのことはあったのです。メシヤなので、救世主であるがゆえにやったのです。

 海水が一年に一度、満ち潮で水面が最も高くなる日があります。ただ一日しかありません。何日もあるのではないのです。一日だけです。そのように水面が最も高くなる日があるように、今回の三万双の祝福をしたのです。エデンの園において、心情圏完成基準というのも、その海水のように一度しかないのです。その時に同参しなければなりません。それでどれほど堕落した人でも、七日修練会、三日修練会さえ受ければ、みんな祝福してあげたのです。

 三万双祝福式の時は、平面上に立つことができるすべての世界人類を御父母様が責任をもって、解放の位置に立ててあげたのです。誰でも一週間の修練会を受けて血統転換と所有権転換と心情圏転換が必要な、堕落という事実を知り、祝福を通じて真の父母が歴史全体を蕩減してくれたので自分が解放される、ということを信じればいいのです。

 今回、三万双祝福の時は、「三日間の教育を受けただけでも祝福に同参させなさい」と言ったのです。それは原則ではありません。しかし、この小さな条件で三万双の祝福を受けて、自分が氏族メシヤとして家庭に戻り、堕落で自分勝手に結婚した自分のお父さん・お母さんを三日間教育させるのです。それで、そのお父さん・お母さんが息子、娘の話を聞くならば祝福の位置、アダム・エバの位置に引き上げるのです。

 息子、娘はカイン・アベルで、アダム・エバ、父母の立場に同参する恩恵を受けるのです。何の功労がなくても、み言を聞いたというだけでも、父母の立場に同参することができるのです。統一教会の内部だけにあげて、サタン世界、外的な世界には与えないということはできないのです。

 レバレンド・ムーンが七月三日から八月二十四日まで「私が真の父母で、救世主だ!」と宣布しても、反対する人がいなかったのです。レバレンド・ムーンのみ言どおり救世主が再臨したとしても、レバレンド・ムーンのように、世界のためにこういうことができる人が一人もいないからです。

 今回三万双、六万人が結婚式をしましたが、「すべて真っ赤なうそだ」と既成教会で言いふらしながら、あらゆる反対をしました。そうこうしながら、実際にやったので「おっ!」と驚いたのです。それを見て、うそをまき散らして反対してきた既成教会が落ち込んだのです。

 先生は去る八月二十五日の合同結婚式には、三日間の修練会だけ受けた人たちもすべて同参させました。私たち統一教会の原理に、そのようなことがありましたか。潮が満潮になる時、これが入ってきます。エデンの園でアダム家庭を中心として、満潮になろうとしたのにすべて壊れてしまったのです。それで復帰時代に一度、満潮にならなければならないのです。今回の三万双祝福式は、歴史的な宣言です。それを中心として、すべての家庭と国家をあずかる指導者たちは、みんな文総裁に対し頭を下げなければなりません。

 私は、世界のカップルを執り持つことができます。個人的に執り持つことが問題ではありません。パッと見れば分かります。皆さんは息子、娘の結婚相手を十年たっても選ぶことができないのに、私は一秒で十五双まで結んであげました。そのような頭をもち、世の中を隅々まで知っているので、そのようなこともできるのです。そのように思うでしょう。三万双を祝福させてあげたからです。

 結婚は本来、真の父母がさせてあげるようになっていたのです。ところが、真の父母を失ったので世界的な父母の立場でこれを収拾して、すべて接ぎ木しなければなりませんが、それをする方法は私しか知らないので、私がせざるを得ないのです。

 三万双の祝福の時、写真で婚約をしました。これは驚くべきことです。サタン世界にはないのです。結婚するに当たって、絶対的なゼロの位置に立ちなさいというのです。結婚するのに絶対信仰をもった立場に立つのです。

 エバは堕落することによって、絶対愛をもつことができませんでしたが、彼らは国境を越えてサタン世界にはない愛の道を探し出したのです。先生を絶対的に愛したというのです。神様をエバが絶対的に愛することができませんでしたが、絶対的に愛する立場に立ったのです。自分全体を否定する位置に立ったという事実を認めなければなりません。

 三万双を祝福する時も、郭錠煥は「三万双! 六千五百双の五倍にもなります。どうしましょうか」と言ったのです。六千五百双も目を大きくして死にそうだと大騒ぎしたのに、それも十年後にするのではないのです。三年以内に片づけなければならないのです。「超宗数的に、イスラム教でも仏教でも儒教でも訪ねていって何双でもすべきだ!」と言う時、「できない」と言ったのです。目がセメントのような目になりました。セメントのような目を知っていますか。凍りついた目をセメントの目と言います。「できない」と言いましたが、達成したのです。

 金日成主席が「三万双合同結婚式を本当にするのか」と好奇心をもっていました。三万双をどのように結婚させるのかというのです。「三万双は何でもない」と言ってあげました。三万双祝福式をしたなら「その写真を一度見たい」と思っているのを私は知っているのです。今回その写真を持っていって、金正日党書記と金日成主席に見せてあげました。三万双の祝福写真が大統領官邸にはありませんが、金日成主席、金正日党書記の部屋には掛けてあるのです。それはよくやったことでしょうか、間違えたことでしょうか。それで中国の門を開けて、ソ連の門を開けました。あとは北朝鮮の門だけ開ければいいのです。

 本来は金日成主席と私とが北朝鮮から来た難民、それを何と言いますか。離散家族、その離散家族をみんな会わせようと約束しました。交流を約束しました。また、「三万双を北朝鮮でみんな歓迎するから連れてこい!」と言ったのです。その時は夏なのです。皆さん、松島を知っていますか。松島海水浴場、はまなすが咲く松林、無限の松林がある白い砂浜にテントをいくらでも張ることができるので、総裁が願うならば三万双をそのまま北朝鮮で歓迎! それを政府が反対しました。

 三万双合同結婚式を材料として私が「日成お兄さん、三万双を連れて北朝鮮に入っていきたいが、三十八度線を開ける自信があるか」と言うと、「もちろんだとも、もちろん、ああ、そいつは素晴らしい!」と言ったのです。

 金日成主席が「三万双を連れて北朝鮮に入ってこい」と言ったのです。それで「ホテルがないじゃないか」と言うと、「松島海水浴場が世界的に有名な所だから、その松林に数十万人くらい入ることができる、だから十人当たりテント一つ持ってくれば万事解決だ」と言ったのです。それはそのとおりなのです。そこに食べ物を運ぶのです。元山港を解放するから、船にすべて積んで運べというのです。

 三万双が北朝鮮に入っていって、松島海水浴場で十人にテントを一つずつ与えようとしたのです。服を脱いで過ごすことができる季節だったのです。北朝鮮でも「文総裁が望むとおりにいたしましょう」と言ったのです。それを現政府にも通報しました。それを誰が抑えましたか。現政府が阻止したのです。それでも私は滅びませんでした。天道を行く道には光明の朝が来ますが、天道を離れれば暗黒の闇がやって来るのです。永遠の闇が訪れるのです。

 今回、三万双を金日成主席がみんな招待しました。「文総裁、あなたが願うならば、今が三十八度線を開くための一番いいチャンスだ。北朝鮮で三万双をみんな受け入れます!」と言ったのです。それを大韓民国の国民は知りません。北朝鮮からそのように言ってきたのです。北朝鮮で「三万双を受け入れます!」と言ったのに、どうするつもりですか。車に五十人ずつ乗れば何台ですか。三万双だから千二百台です。五十人ずつ乗った千二百台がつながれば何キロメートルになりますか。もしそれが行われたと考えてみなさい。

 このようになれば、南北統一の騒乱事件になったかならないかを考えてみなさい。これはもう過ぎ去ってしまいました。私は、誰がこれを反対したのかみな知っています。米国の情報を通じてみな知っているのです。私は過ぎ去る人ではありません。誰が何をしたのかをすべて記録してデータを出そうとするのです。

 今は、統一教会を知らなければならないようになっています。統一教会を知らなければ常識のない人になります。本当なのです。統一教会を知らなければ何の価値もない人になります。これから世界に出ていきなさい。どこから来たのかと尋ねられた時、「韓国」と言えば、「三万双の祝福はどうなったのか」と言われて、そこに行けなかったなら「テレビで見ました」と言わなければなりません。そして「どうだったか」と言われた時、「壮観でした」と言い、「壮観でしたか。どんな人たちが集まりましたか」と言われれば、すべて説明しなければならないでしょう。先生もそうです。

 一昨日の二十四日にもリトル・エンジェルス芸術会館でバンケット(注:晩餐会)を終えて帰ってくると、あす、祝福式なのに四百人が相手がいなくて、どこどこに集まっているというのです。それでそこに行って、一晩中、四時過ぎまで相手を決めてあげて出てくると、雨がどしゃ降りなのです。「こんな日に雨が降って地に雷が落ちるような所で、三万双を不動の姿勢で立たせて、祝福してあげれば、それこそ歴史的な事件になる!」と考えるので、気分がいいのです。

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十 三十六万家庭

1.三十六万家庭は世界的な背骨(脊椎)となる家庭

 なぜ三十六万双に決めたのでしょうか。私たち祝福家庭の中で、一番中心となる家庭が三十六家庭です。アダム家庭、ノア家庭、ヤコブ家庭をいいますが、これは縦的基準です。この三家庭が一つにならなければなりません。それが一つになって十二数を満たすのです。これに三段階を合わせれば三十六数になります。これは歴史的なすべての先祖、人類全体を代表した先祖になるのです。人に例えると、背骨と同じです。背骨と同じで縦的な基準をいうのです。骨を中心として、肉が一つとなって、細胞が生きているのです。

 堕落して神様の前から追い出されたのは、結婚を間違って追い出されたのです。ですから真の父母の名を中心として、全体、全般、全権、全能の権限をもって、解放圏を宣布したのが三十六万双の祝福だというのです。この三十六万双は、アダム圏、ノア圏、ヤコブ圏を完成したものです。アダム圏を完成して、イエス圏完成、再臨主完成を平面的に代表する数なので、三十六万双が結婚しなければならないということを皆さんは知らなければなりません。

 三十六万双が問題ではありません。三百六十万双、三千六百万双ができる時代に入ったというのです。次が三億六千万双でしょう。それをすべて成せば、地上天国が目の前に訪れるのです。

 イスラエル民族は、四十年の荒野路程が過ぎて、七年路程で国を建てる伝統を立てられずに敗亡の国となりましたが、私たちは、建国理念、その国を建てる伝統を立てなければなりません。今、四十年路程が過ぎ去る時なのです。過ぎ去ったので、この七年路程中にすべての建国思想と統一的世界、平和の理念に満ちた国民に結束させなければなりません。それで先輩となる一世と二世がカイン・アベルとして一つになるべきなのに、一世が失敗したので、荒野で倒れる危険性があるというのです。

 これをどのようにするのでしょうか。祝福を早く行って救ってあげようというのが三十六万双の祝福です。そこには多くの既成家庭が入るのです。多くの既成家庭が因縁を結びました。統一教会に反対した人たちは、怨讐です。既成家庭を祝福してあげたのが三十六万双です。一世に該当する人は、腐ってなくなる人たちです。すべて鷲の餌になるはずなのに、死ぬはずなのに生かしてあげようというのです。皆さんの息子、娘、二世がアベルとなり、一世を救ってあげるのです。それで自分の息子を父母のように絶対服従、絶対信仰、絶対愛で接しなければならないのです。このような基準があるので復帰していくのです。

 三万双の祝福以後には、統一教会合同結婚式の反対がさっとなくなるというのです。それ以後、三年で三十六万双の祝福をするのです。三十六数というのは、アダム家庭、ノア家庭、ヤコブ家庭までの三十六家庭をいうのです。それで、これは先祖の数です。ですから三十六万双の祝福は、世界的な全体の背筋のような、先祖のような祝福になるのです。これは、世界的に長成級に該当するのです。

 この結婚式をすれば、どうなるでしょうか。今、全世界で家庭が破壊されています。これを清算するのが問題です。混乱したこの家庭を、どのように収拾するかという問題で世界が病んでいるのに、統一教会が三十六万双の青年男女を中心として新しい家庭を編成し、その家庭が理想的に、幸せに暮らすようになる時には、世界中の破壊された家庭がここに関心をもつようになるのです。これは世界的な事件になるのです。

 このような三十六万双の祝福をする時、「この結婚は素晴らしい」とのうわさが世界的に流れて、一つの国で三万六千双ずつすればどのくらいになりますか。ある国は、五万双までするということです。考えてみなさい。

 一九九五年八月二十五日には、全世界七十二万人、三十六万双の善男善女が創造本然の理想家庭として、神様と真の御父母様から祝福を受けました。これで、神様の真の愛によって、夫婦が初めて理想家庭に向けた真の家庭のモデルを確立することができます。

 今や三十六万双を行ってサタン世界が倒れたので、皆さんの努力いかんによっては何千万双もできる時代に入りました。それで私が心配して祈祷しなくても、ほうっておいてもその数は越えるのです。間違いありません。私は、予想数字が何千なのかを既に考えています。ですから自分の責任を完成しなさいというのです。自分の責任!

 三十六万双というのは歴史になかったことです。三万双から公開的祝福を世界的にしたのです。そこには、国家の第二人者まで参加しました。大臣クラス以上が入っているのです。今回も、大統領たちもみんな出席したのです。世界の峠を越えなければなりません。そして三万双から三十六万双を三年で行ったので、三数を越えていくのです。

 現在の統一教会員、皆さんすべてが出ていって、ありとあらゆる理由を挙げながらそれを可能だと信じていましたか。それを知って信じたのは、神様と先生しかいませんでした。けれども私が責任をもって祝福をしてあげました。霊魂のために祝福をしてあげたのです。蘇生家庭圏の世界版図上の三万双を基盤として、長成圏の三十六万双を中心として、三十六万双は三十六家庭を世界版図上で越えていくのです。先祖が間違った峠を越えていくのです。

 今回、私が三十六万双を祝福したのは、南米からアラスカに通いながら、荒れ地の開拓の王子のように、失ったものをすべて収拾しなければならない責任があるからです。収拾して帰ってこなければなりません。これを収拾すれば三十六万双が峠を越えるのです。神様の愛があるので、神様は内的中心として、私は外的中心としてこれを整えるのです。このような理由で三十六万双をするようになりました。

 先生は、かかしではありません。これは初めて話すことです。私が数多くの人を組んであげました。あらかじめ決めておいてすると言われたり、狂人だとうわさされました。三十六万双を率いて祝福してあげた記録を残したので、「その人が何の調和だ」と言われても信じることができるので、事実を話すのです。今までは、話しませんでした。今回、初めて話すのです。先生の手が動くのです。手が動くのです。誰も知りません。写真に、てきぱきと手が動くのです。

 三十六万双の祝福のために血の汗を流して、八月二十五日が来ることがどれくらい恐ろしかったか分かりません。私はワシントン大会、それ以上の気持ちでした。天の前に宣言した威信と体面がここですべて壊れるか、跳躍するかなのです。深刻でした。神様が加護してくださり、先生を愛してくださり、保護してくださったのです。その孤独で悲惨な文なにがしを同情してくださる神様がいらっしゃったので、誰も考えもしなかったのに、それを超えて達成したのです。

 三万双から三十六万双は、十二倍の数です。それで三十六万双は十倍で、すべて根を下ろしました。鐘を打つ音が地の果てまで鳴り響きました。また今の世の中はエイズとかフリーセックスによって、毒蛇の口に手を入れるような危険な時代です。美男子を求める女性はエイズにかかり、美人を求める男性はすべてエイズにかかるようになっています。これは生きて地獄に直行するようなものです。これを守る道がありません。純潔を守らなければならないのです。

 一九九二年が過ぎて、三年後の九五年に三十六万双の祝福をしたのです。三万双から、国際的水準の三万双から祝福を同じ位置でしてあげるのです。カイン・アベルに同じ位置の恩恵を与えるのです。一週間だけみ言を聞いて、絶対信仰をもって真の父母に仕え、絶対愛で真の父母を愛して、サタン世界の知恵ではなく、無知でもなく、真の父母の知恵でみ旨の道を行くと決心すればいいのです。一週間のみ言を聞いて決心して誓えば祝福をしてあげたのです。同じ位置に立ててあげるというのです。

 今まで多くの祝福をしてきて、一九九二年には三万双の祝福が行われたのです。なぜ三万双でしょうか。これは国際的です。一九五六年に、父母を中心として世界的な祝福ができる世界時代を失ったのですが、一九九二年、四十年ぶりに世界的祝福時代に入ったので三万双の祝福が行われたのです。これは世界的な時代の蘇生です。その三年後の昨年には三十六万双でした。

 三万双も祝福して、「三年後に三十六万双を祝福する」と言うと、「できる」と言う人は一人もいませんでした。一人も信じませんでした。でも、それが終わりました、終わりませんでしたか。世の中にそのようなことをする人はいないのです。誰もこういうことをする人はいません。こういうことをする国もありません。これが記録的です。サタン世界の家庭全体を踏んで上がっていったのです。長成的基準の三十六万双を勝利したので、サタン世界の国を踏んで上がっていくのです。これで残ったのは三百六十万双です。これは全権時代です。祝福全権時代に入っていくのです。

 今回祝福を受けた三十六万双の中には、イスラム教信者、仏教信者、儒教信者、超宗教的信者が祝福を受けようと参加したのです。キリスト教は、祝福をすべて奪われたのです。天の国の皇族圏になることができるキリスト教文化圏の体裁がなくなったのです。これも私が救ってあげなければ、すべて地獄にけり入れられるでしょう。

 長子権時代、父母権まで来たので命令どおりに動かなければ引っ掛かるのです。自分の先祖が来て、処理してくれるのです。天使世界も降りてきて処理するのです。下手をすると先祖が来てあらゆることをします。統一教会に行けと命令をします。今回、全世界の宗教団長がそのような命令に、天の特命だと命令するので逆らえません。宗教団長に対して「祝福しろ、息子よ!」、こんな夢のようなことが可能です。三十六万双だから三百六十万双は問題ありますか。問題ありません。可能な時代に入ったということは驚くべき事実です。そのようなことをする統一教会は、どれくらい有名ですか。どれくらい素晴らしいですか! どれくらい誇らしいですか! どれくらい気分が良いですか!

 三十六万双の祝福を六カ月間ですべて解決しました。第三世界にいるこの人たちは、信仰生活に命を懸けてきました。おなかをいっぱいにして、おなかをさすってげっぷをしながら来たのではなく、飢えて死にそうになりながら息子、娘と生き別れになる、そのような死の場に送りながら神様を信じてきた、徹した信仰基盤が残っているということを私は知っていました。

 今回、三十六万双祝福式をしましたが、三十六万双は何人ですか。七十二万人を数えれば何日かかりますか。一生かかるでしょう。それが人間の力でできますか、できないですか。先生は、六カ月間でやりました。三年ではありません。先生は、どれくらい深刻だったか分かりません。それで霊界を動員したのです。動員してアフリカヘ……。ここ北半球は反対です。ここが明るければあちらは暗く、あちらが暗ければここは明るいのです。今はあちらが明るいのです。神様は公平だというのです。

 今回の三十六万双合同結婚式をする時、日本ではこれが失敗するといって韓国のキリスト教と組んで、発表するや否や「やっつけよう!」と万全の準備をしていたのです。このように日本の政府から何からすべてでもって片づけようとしたのです。ところが夢のような話が起こったというのです。NHKが実況放送をしたのです。三十六万双がどのようになったと実況放送したので、反対しようとして来た約百六十人の言論人の首が縮み上がりました。NHKが発表してしまったのです。

 自分たちが勝手に撮って発表し、混乱を起こそうとしたのにNHKが発表したのです。日本の言論界を代表した、それも先進国家の名があるので発表しなければ大変になるのです。世界的見識から脱落するということを知っているので正式発表して、残っていた反対しようとした者が完全にさっとなくなってしまいました。そうするや否やブッシュ元大統領が来て、掃き捨ててしまったのです。

 真なる家庭と理想家庭を実現しようというのです。神様のみ旨が願う理想家庭を実現しようというのに、息子、娘の理想家庭を願わないお父さん、お母さんがどこにいますか。願っても不可能だったというのです。夢のような話です。政治力をもってしても駄目で、経済力をもってしても駄目で、外交能力あるいは軍事力をもってしても駄目なのです。こういう時代を越えることができるのは三十六万双の祝福です。

 真の父母がこの地上に来て、根本を明かさなければ霊界に行って問題になります。これを全世界の町々、村々に伝えることで霊界と地上が完全に一つになるのです。それで今回、三十六万双というのは意味が大きいのです。四十年たってお母さんを中心として女性解放ですが、それが母の出現です。女性解放とともに三万双を祝福したのです。祝福の基準で三万双をしたのは、世界的な母とカイン・アベルを中心として新しい祝福基盤を世界で成立させるためです。

 それが蘇生ならば、これは長成というのです。二番目なので三十六万双を中心として天が摂理的ペースで合わせたのが、家庭問題です。今、完全に地獄化されてしまったのです。いくら先進国家が自慢しても、家庭問題を中心としては頭を下げなければならないというのです。完全に破綻させられました。手をつけることができないのです。経済力、軍事力、政治力をもってしても手をつけることができないのです。

 お母さんがエバの責任を果たせなかったことを解放してあげることで、初めて女性解放運動が行われるのです。三年圏内にあって、女性解放を通じて国を探し出さなければならないのです。国を探す時代に入ったので、結婚式をするようになりました。サタン圏内で三十六万双家庭を探し出したことでサタン世界は崩れるのです。これから世の中の家庭は完全に飛んでいくようになっています。こういうことが行われるようになって、これが大きな主流の流れになり、文総裁の家庭理想は人類を解放して平和の世界へ行く近道だということを、みんなが知るようになったので反対がありません。

 これから反対すれば「よく聞け、こいつ! 文総裁がしていることとは何か。世界的に青年男女を組んで三十六万双祝福式をしたのを知らないのか。お前は何と思ってそんなに反対するのか。ほうり出せ!」と、王でも誰でも釘を打たなければならないのです。町内隅々まで行って、お父さん、お母さんを降参させる時が来たのです。父母権復帰です。分かりましたか。

 神様が文先生をつかんで離さないのです。こういうすべてのものを内外で実践するのです。教えようとするだけではありません。すべて実践して教えるのです。三十六万双もそうです。三十六万双もできるとした上で始めたのです。今度の三百六十万双もできるという、その上で命令するのです。そのまま先生のみ旨を受け入れれば、できるようになっています。

 三十六万双をしたので、今は原理結果主管圏を越えたのです。皆さんは知らなければなりません。統一教会は、原理結果主管圏内の長子権復帰のための戦いを毎日のようにしている所です。それで世界平和統一なのです。「世界平和統一家庭連合」は、原理結果主管圏を越えて、直接主管圏と一つになるのです。先生と一つとなっているのです。それで先生のおしりをつかんで絶対に一つになれば、結果主管圏は分立ではなく統一されて、勝利の覇権者として先生についていくようになります。これが宗教を中心として見た時、「世界平和統一家庭連合」だということを知らなければなりません。

 三十六万双の祝福というのは、外的と内的に王権国家基準でサタン世界を踏み越えたということです。エバならばエバとして、妻ならば妻としての勝利の覇権をもって、堂々と国家を越えて天国に行くことができる責任分担を完遂したのです。直接主管圏の神様の血統を直接伝授することができる世界へ越えていくのです。

 三万双の時も、郭錠煥には見込みがなかったでしょう。できるだろかできないだろか、と思ったでしょう。三十六万双、これは夢の国で占うのです。夢の中で占って当てることができますか。これは想像もできないことです。しかし私は、「三十六万双は既にできた」と言ったのです。ですから神様が「OK」なさったのです。答えを得て始まったのです。ですから毎日一瞬にも、三年間、夜になっても、どこに行ってもそれに焦点を合わせながら、そこに中心を置いて精誠を込めたのです。

 私の精誠は、五十億人類の精誠に負けないというのです。それを誰も知りません。お母様も知りません。神様と私だけが知っていることです。完全な主体は、完全な対象を成すのです。完全な対象の信念は、完全な実体の信念として神様が成功させなければならない責任があるのです。どうですか。素晴らしいでしょう。その信念どおりにできました。三百六十万双はどうですか。三万双から三十六万双をすることよりも簡単です。世の中で文総裁を夜も昼も呼ぶ人が多くなっています。お母様のお父さん・お母さんと、先生のお父さん・お母さんを、歴史の数千万代の先祖のすべてを許して、復活できる因縁を地上で組んであげました。

 今までは、そのままほっておきました。私が直接管理できる、長成期完成級の峠を越えることができなかったので、完成した父母として処理できません。干渉しないのです。今は時を越えました。四十年の峠を越えて、三十六万双を突破したというのです。三万双から始まって蘇生、長成期を越えたということは、サタン世界の誰も統一教会を抑える人がいないということです。その峠を越えたのです。反対しても越えていくことができるのです。

 潮水は六時間ごとに入ってきますが、水平になる時があるのです。今そのような時になったので、今回の祝福も一週間の教育を受けて血統復帰、所有権復帰、心情圏復帰をすると決意した人、真の父母に接ぎ木して新しい人になるという人は祝福してあげたのです。しかし、いつもそうではありません。水平になる時は、少しの間なのです。そのような時が来たので、三十六万双も、なんの功労のない人を先生の特権で祝福してあげたのです。

 世界的蘇生が三万双です。世界的長成が三十六万双です。これが第二次です。第二次の時に堕落したので、第二次の時に霊界と肉界を、家庭を中心として結ぶのです。先生の父母と先生のお兄さんをこのように結んでおくことで、家庭的にお母さん、お兄さん、息子、娘として、これが三位基台になるのです。それだけでなく、アダム家庭から出発してお母さんの家庭を祝福してあげて、その息子、娘を結ぶのです。これを三時代を経て初めて、真の父母を中心として先生の息子、娘と皆さんの家庭がカイン・アベルで縛られるのです。

 それで今回の三十六万双を祝福する前に、その前日の明け方三時にその祝福式をしてあげたのです。真の御父母様の両親です。このように難しいのです。だからといって、本然的アダム・エバの理想的祝福の位置ではありません。王権が残っています。国がありません。国です! 今は、すべて終わりました。

 忠母様の祝福も同じです。大母様の祝福も霊界に行っている人を祝福してあげたのです。大兄様も同じなのです。その準備です。それが三十六万双をする前、明け方三時にそのようなことをすべて準備したのです。皆さんは知らないでしょうが、そのように複雑なのです。それをすべて収拾して、旗を前面に立てたそこに、サタンと神様と霊界と肉界が相反することがない道を切り開くのです。それが蕩減復帰の道です。

十一 三百六十万(三千六百万)家庭

1.三百六十万家庭祝福で解放時代を迎えて

 真の父母が出てこなかったので、今までこの地を離れた人たちも、真の御父母様が来て、祝福を受けて共に平面上で生きることができる位置に上がってくるのです。そのような歴史的な解放圏を代表したのが三百六十万双の祝福だというのです。三百六十万双を中心として、今年すべて集まるのです。

 三百六十万双の祝福、これは蘇生、長成、完成の完成です。三万双から三十六万双を経て、完成段階を成すのです。これを水位で例えると、水が六時間かけて満ちてきてたまり、十二時間で一回ずつ引いていくとすると、六時間前にたまった水も、六時間後にたまった水も同じ水位に立つのです。まず入ってきたものを押し出して入れば、かえって新しく入ってきたものが先になるというのです。だから平準化時代に入ったのです。

 それでカイン・アベルを中心として、「君が正しくて私が間違っている」と言うことができる条件を立てられない時代に入ったというのです。平準化時代になったので、一律にすべて祝福できるのです。こういう時代に入ったのです。それで三百六十万双だけ越えればいいのです。完全に越えていくのです。

 今は、世界がすべて変わって、私たちの時が来たので世界的に「真の父母を誇り、愛することは三百六十万双祝福完成」だというのです。世界化祝福時代が来たというのです。三百六十万双を祝福するようになれば、小学生たちが尋ねるのです。「先生! 統一教会の文先生がする三百六十万双祝福とうちのお父さん、お母さんがしたように一双一双する結婚とどちらが本当ですか。世界のすべての国民と、すべての国家の風習、伝統を越えて統一的な立場で家庭をつくることができる、こういうことをしています。その結婚式と、私たちの結婚式と、どちらが本当ですか。統一教会に行って結婚しなければなりませんか。今までの方法で結婚しなければなりませんか」と尋ねるならば、先生は何と答えるのかというのです。

 三百六十万双が祝福家庭の世界解放圏を成立させるという内容があるということを知っているでしょう。そこに殺人者や強盗がいないですか。がらくたのような人がいないでしょうか。盗賊、詐欺師が大勢いるのです。それを悔い改めるなら、どれくらいかかりますか。何千万年の罪を負っているので、その罪を何千万年の何倍悔い改めても許されないのです。その罪を許すのが真の愛のパワーです。真の愛の力をもっていると、偽りの愛の力がどんなに強くても、自動的にすべて流れてしまうのです。

 三百六十万双をすれば統一天下がなされるのに、統一天下は何を中心として回るのでしょうか。これが錨なのです。錨だというのです。地上世界の悪魔の主管下において習慣化されて、汚されているものを清算できる錨だというのです。ここにロープを結んで、皆さんを押し出すのに錨のロープが切れてはならないのです。それが皆さんの家庭とならなければならず、皆さんの一族にならなければいけないのです。切れるかもしれないと思って一族を縛り、国家的なメシヤをみんな縛ってあげるのです。

 百六十家庭は、誰のためにしましたか。自分の一族のためです。ここの黄氏ならば、黄氏の先祖から今までの家庭の責任を負うのです。真の父母がそうではありませんか。アダムから今までのすべての家庭の責任を負いました。それが世界版図になったので家庭を越えて、国家を越えて、世界まで越えて、それを解放して、すべて収拾したような価値を中心として三百六十万双を祝福するのです。そこには国境もなく、宗教とか風習とか文化とか、そのようなものがないのです。同じです。平面的に全世界の村ごとに同じ家庭を配置したので、神様が求め、堕落していないアダムの本然的家庭基準を設けておいたのです。

 統一教会で、真の父母の誇りと愛は三百六十万双完成をすることですが、それは韓国のためだけではありません。南北統一基準で東西に分立された西洋の文明が今戦い、南と北が貧富の差で戦う、そのすべてのものがかかわっているというのです。それだけに三百六十万双で、韓国で記録を破って、北朝鮮の前に水が流れるように、天運を動かさなければならないことを知らなければなりません。

 家庭とは、そのように恐ろしくて怖いのです。ですから「家庭盟誓」の内容は、天宙的な大宣言だということを忘れてはいけません。昨年から御父母様が講演する講演文の内容は、家庭をもつべきだというものです。これは鉄則だというのです。霊界解放の祝福式をしなければならない時が追っているのです。三百六十万双が終われば、霊界祝福式をするのです。相手が霊界に行けば、呼び出して組んであげることができる時代に入っていくのです。ですから地獄世界まで解放されるのです。

 アダム家庭の体制、イエス家庭の体制、再臨主家庭の体制が、すべて違うというのです。イエス様は、ローマを越えて、世界的段階を越えて、天を救うことができませんでした。統一教会は、今やそのような位置を越えたというのです。それで王権時代を叫んでいるのです。今回の三百六十万双の祝福さえ終われば、霊界の祝福が行われます。

 これから三百六十万双が終わった日には、興進君と大母様を使って先生の祝福を代わりにさせようというのです。祝福してあげるのです。それでは自分が愛する人、統一教会を中心として独身祝福を受けた人があの世に行って、昔の自分の夫と息子、娘を探して再編成できる時代が来たというのです。その時がいつ来るか分からないので独身祝福をしてきました。

 十一月二十九日の三百六十万双は、天と地が接する時です。縦的世界と横的世界が接する時です。それでアダム家庭で堕落せず、全人類が堕落しないで、横的世界がみな祝福の日を待っている時なのです。エデンの園でアダム・エバが家庭完成を成功させたのです。引っ張ってきて、強制的に結婚させてもサタンは反対しません。たとえ強制的に祝福を受けさせても、祝福が終われば永遠に、深く父母様に感謝するはずです。宇宙の価値を相続する代表的家庭が立ったのです。

 再臨主は、何をもってくるのでしょうか。神様の愛を中心とした血統の主人として来るのです。その血統によって新しい子孫を残すようになるのです。それでアダム家庭で完成したように完成された家庭となれば、その家庭は、氏族完成と国家完成の根本になるのです。それがそのまま世界的に展開しながら三万双、三十六万双、三百六十万双の祝福につながったのです。このように地上から蘇生・長成・完成が成されたのです。これは平面的です。

 今からは、何の問題もありません。とても簡単になるのです。三百六十万双をすることよりも簡単です。神様の全体、全般、全権、全能の時代に入っていくのです。真の愛を中心として家庭を祝福するのに、妨げになるものは何もありません。なぜそうなのでしょうか。世界で最も難しい問題とは、青年男女の倫落問題と家庭崩壊の問題です。神様は、エデンの園で干渉できなかった基準があるので、今でも手をつけることができません。サタンも家庭を引っ張っていって、終わりの日になれば、枝まですべて枯らせてしまうのです。

 三百六十万双を超えて、すべて完成させるのです。それで三千六百万双です。三万双から三十六万双、三百六十万双、三千六百万双、三億六千万双、その次はいくつですか。三十六億です。六回すればすべて終わります。六回もしなくていいのです。三百六十万双をするようになれば、結婚する人は「なぜあのように世界を騒がして結婚したのか」と知られるようになるのです。

 そう、先生は、祝福がどれくらい価値があるのかということを知っている人です。自分たちは知りません。無限の価値圏を与えたのです。今は、文総裁がどんな話をしても、すべて信じるようになったのです。「三十六万双をする」と言った時、「あれは狂った人だ。統一教会は滅びる」と言ったのです。「統一教会は減びる」と言っているところに、「三百六十万双をする」と言うので、「ああ、ついに滅びたな!」と言うのです。「統一教会が三年ももたずに滅びるようにしてください。二年間ももたないようにしてください」と既成教会は祈ったのです。

 今年も、もう八月になって三分の二が過ぎました。今年の標語は、三百六十万双祝福完遂です。それで人の妻を盗んで、息子、娘を盗んだと反対しました。祝福したのは、三家庭から三十六家庭、七十二家庭、百二十四家庭、四百三十家庭、七百七十七家庭、千八百家庭、六千家庭、六千五百家庭です。九番目が六千五百家庭です。次は十回目で、三万双をしました。十一番目は、三十六万双です。十二番目は、三百六十万双です。三百六十万双をして蘇生、長成、完成と上がってきたのです。すべて上がってきたのです。

 上がったので世界中が知るのです。世界に知れわたると同時に、家庭問題が世界で一番大きい問題となります。それを収拾する道がありません。政治の力、経済の力、宗教の力、どんな力でもこれを収拾できません。

 神様と真の父母に仕えて聖餐を食べることを私たちは、聖日だけしていたというのです。「七・一節」、全体、全権時代、三百六十万双の家庭によって世界理想に入っていくので、嘆息していた万物が嘆息圏を抜け出して、月曜日から一週間、私たちが生活しながら食べて寝ることすべて、神様と真の父母に仕えて生活する侍義時代に入っていくのです。その準備です。

 外形的には、統一教会がキリスト教についていったかのように見えるかもしれませんが、内的には、どれだけ闘争歴史を繰り広げたか分からないのです。サタンを分立させて、分別するための闘争をしてきたというのです。そうして、人類を再度神様の懐に抱くことができるようにするための救援の道を、個人から家庭……。八段階を経て、全世界の民族が祝福家庭を中心として、真の父母の祝福家庭を中心として、世界水準を越えることができるのが三百六十万双の祝福です。それで、今は三千六百万双です。これは簡単です。一番難しいのは三百六十万双です。四十年の峠を経て失った旧約圏と新約圏を探して出てくるのです。長子権と父母権、王権を失ったので、すべてその過程も経なくてはなりません。それで先生が長子の責任を果たさなければならないのです。

 三百六十万双の祝福は、祝福において最高の山です。山とすれば、エベレスト山と同じです。今それを越えていくのです。これが一番難しい峠です。それを越えて三万双蘇生から、三十六万双長成、三百六十万双完成を成して三千六百万双……。すべて三十六数なのに三万双が出てきました。なぜ三数でなければならないのでしょうか。三数というのは過程的な数字です。どんな時でも転換期には三面を広げていくのです。それで三万六千双でなく三万双をしたのです。三数がいつも分別期間になっているので、三万双を中心として三十六万双、三百六十万双と、頂上に上がるのです。それが一番難しいのです。これを全世界が注目しているというのです。

 すべての宗教圏で、「統一教会が三十六万双をして、三百六十万双をするという。三十六万双は簡単かもしれないが、三百六十万双は可能だろうか」と言うのです。一年半か、一年八カ月か、何カ月かかるか、それを誰も信じなかったのです。けれども三百六十万双を、七月十五日を期して、すべて越えました。今日まで見れば、二千五百万双を越えようとするのです。きのうか、おとといまでで二千五百万双になりました。二千四百五十七万、四捨五入すれば繰り上がるので二千五百万を越えたのです。

 では三百六十万双祝福で終わるのでしょうか。三百六十万双と三千六百万双を一度に勝利して、峠を一度に越えることができるというのです。これをみ旨から見れば、蘇生・長成がサタン圏に入っており、完成基準が残っているので、蘇生・長成圏のサタンを中心として分立の歴史をなしてきたのです。もし三百六十万双と三千六百万双をすれば、世界は驚嘆するのです。

 三百六十万双さえ越えれば、すべての解放圏の世界へ越えていくのです。それで「真の御父母様の誇りと愛は三百六十万双祝福完遂」なのです。今、先生を中心として神様を愛して誇った、そのすべてのものを成したように、先生を誇り、愛する基準を立てて三百六十万双を越えれば、すべての解放圏の世界へ越えていくというのです。祝福ということを説明しなくても、「どこに行け」と言わなくても、文総裁の祝福理念は、世界を解放できることを万民は知っているし、聞かなければならなくなっているのです。三百六十万双が、耳にたこができるように毎日ラッパを吹くのです。

 三百六十万双は、皆さんに必要ですか。その必要はないのです。二天使長の家庭を消化して、アダム家庭に出してこそサタン世界の家庭的痕跡とか、息子、娘がいなくなり、サタンが永遠に服従してサタン分立が行われるというのです。それでサタンは、どうやっても反対するのです。それを縛ったのが一九九二年の三万双の祝福です。初めて世界が縦的に上がるのです。長成は三十六万双で、三百六十万双は完成で最後です。

 それで地上に三六〇度をすべて開放して、誰でも祝福を受けることができるようにしたように、これが連結されれば、天上世界にいる人たちを祝福できる門が開くというのです。それでこの三百六十万双を祝福するには興進君が先生の代わりに、イエス様が祝福できない霊界のすべての悲しい理由……。今まで誰も天国に入っていないのです。ところが興進君が先生の代わりに祝福をしてあげるので、霊界にいる天使長の子孫がアダム家庭の弟の位置に立って、一列で真の父母のあとに従って天国に行くというのです。蕩減復帰です。

 今回三百六十万双をすれば、どのようなことが起こるかといえば、統一教会で結婚式をする必要はありません。宗教がなくなるのです。文総裁が言うならば、今私が演説する内容、説教する内容は、宗教は体を主管するために生じたということです。堕落したので生じたのです。それで、すべて宗教がなくなります。何をしなければならないでしょうか。神様に仕えて生活する家庭、国だけをつくればいいのです。それが創造理想です。

 世の中の終わりの日には神様も手をつけることができず、サタンもすべて寂寞たる山川、絶壁にぶつかっているのです。サタンが見た時、右側、左側を振り返ると、レバレンド・ムーンがしりを打ちながら家庭をすべて奪ってきているのです。今は三百六十万双ですが、三億六千万双を祝福して、家庭をすべてひっくり返すのです。これからは行く所がありません。

 先生の心と同じならば、それも二倍を足すのです。問題ではないと見るのです。これで世の中が驚嘆するでしょう。三百六十万双も未完成だと、指さしてあざ笑った怨讐たちが待っているという事実を知らなければいけません。火を消しては駄目です。腰のベルトを緩め、服を脱ぎ捨てて寝ては駄目です。その日を先生は願ってきました。先生のような心をもってみなさい。行動の終着に向かって、あらゆるけんかをせざるを得ません。自覚的な自分自身をもたなければなりません。神様の代わりに審判主の行為を拡大させようとしているということを、理解して決意しなければなりません。

 七月十五日の前、三百六十万双完了を宣布する前までは、本当に心が逼迫していました。アルゼンチンでは何人しましたか。何百だけしかできなかったでしょう。五百人もできなかったのです。ですから大変です。ところが天が役事をしたのです。八月に入って、私たちが天地父母天宙安息圏を宣布したその日は、何日ですか。八月九日です。そのような時がまた来るというのです。霊界の門が開き、この地上に全く想像できない事件が起こることを知っているのです。ですから七月十五日に「三百六十万双完了」を宣布したのです。

2.三百六十万双が三千六百万双に

 今回は短い準備期間にもかかわらず、全世界百八十五カ国で三百六十万双を目標にした当初の計画を三千六百万双も超えた三千九百六十万双が人種と宗教を超えて、真の家庭のために祝福結婚儀式に同参しました。これは、その趣旨や規模で見ても「人間が動機となった行事だ」と言うことができません。神様のみ旨が主な動機となって成し遂げた、摂理的な成就であるというのです。

 三千六百万双が終わりましたか、終わりませんでしたか。「三百六十万双もできない」と言ったのに三千六百万双を成したので、十倍を超えました。四千万双を超えました。どれくらい統一教会が素晴らしいですか! 誰がこのようにしましたか。三億六千万双は、六カ月間あればできるはずだと先生は信じています。六カ月あればできるのに、皆さんが信じないのでできないというのです。三億六千万双は、これから新たに六カ月間あればできます。皆さんが先生のようになれば、十分にできるのです。皆さんがどれくらいしなければならないかが心配です。

 きょう、この席に世界言論人を代表して参加した言論人の皆さんに、レバレンド・ムーンが伝えたい最も重要なメッセージです。今、ワシントン市内一円で開催されている第三回「世界文化体育大典」のすべての行事と、二十九日のRFKスタジアムと、全世界で挙行される国際合同祝福結婚式行事は、当初三百六十万双が参加する予定でした。ところが驚くべきことに、当初の目標の十倍を超え、三千六百万双以外にも数百万双が参加するようになりました。このような汎人類的祝祭こそ、未来世界のための家庭価値を守って高揚させ、人類が決断を促す荘厳な出発基台となるはずです。

 私は土曜日、RFKスタジアムで行われる特別な行事に、皆さんを直接招待したいのです。世界宗教の代表的指導者たちの祝福の中で、私と私の妻は百八十五カ国から参加した三千九百六十万双に対する祝福結婚式を挙行します。当初の目標の三百六十万双を超え、また三千六百万双を超えて達成しました。皆さんの国からも多くの夫婦が同参しているはずです。百八十五カ国の代表を含んだ三万双の夫婦がスタジアムに参加し、同時に人工衛星とビデオを通じて、世界的に連結されて祝福結婚儀式が進行するはずです。

 本来は、三百六十万双をすれば完全に水平になるのです。海に入っていこうとするなら、その水は、すべて水平にならなければなりません。一番流れが遅くなるのは、大きい川が海に入っていく時です。そう見えますか。できるだけゆっくり入っていくのです。それがなぜそうなるのかといえば、主体となる海水の前に完全に吸収されるからです。天地の道理を中心として運動をして、すべてが存続するのです。

 なぜ早く、なぜ三千六百万双が終わったらすぐ始めるのがいいかといえば、既に山の谷間をすべて流れ下ってきたからです。峠を越えたので、蘇生、長成なので、サタン圏でいえば長成期完成級を越えることができる段階に達したのです。それで三億六千万双が入るのでしょう。これは完成圏です。

 先生は、皆さんに対して話すこともできません。私が話してあげれば、自分たちが恨に満ちた位置に降りていかなければならないのです。一人でアリラン、一人で、単身でここまで来ました。三百六十万双ができると誰が信じましたか。郭錠煥も信じませんでした。みんな信じませんでした。私一人が信じました。再創造は、神様が創造の命令をするので、砂底からも数千名を、エゼキエル書にある、谷間の枯れた骨を生かして軍隊をつくりました。能力がある神様がいらっしゃるということを知らなければなりません。

 三百六十万双の祝福と共に成すことができるのは腹中の子女、その祝福家庭の子女にも聖酒を飲ませます。私の生涯を懸けて、私はこのように生きてきましたが、腹中にいる堕落した血統と関係がない絶対純潔な血統を受け継いだ子女にする条件として聖酒を授けることを忘れてはなりません。その国と一つになって、天に誓って宣布して聖酒を飲まなければなりません。そのようにすれば重生し、腹中の子女は、サタンの子女ではないというのです。

 この世に一本勝負があるでしょう。一本勝負をして、既にすべて勝利しました。既にすべて勝利したので、皆さんの家庭がすべて勝利するのです。韓国も今、そうです。北朝鮮もこの前、私たちが三百六十万双を祝福結婚させるというので、それが謎だというのです。「それはうそでしょう。うそではないですか」と言ったのです。すべて成し遂げたのですが、うそだと信じないのです。今回七千二百万人が結婚し完成した時には、のびてしまうでしょうか、倒れるでしょうか。のびたならどうなりますか。私が助けてあげれば、私の話を聞かなければなりません。そのようなことができる時が来たのです。

 愛の理想をすべて探し出したのちに、相続しなければなりません。これをすべて相続するためのものが三万双の祝福です。これが祝福において十二峠です。皆さんは知っているでしょうが、三万双の祝福は蘇生、三十六万双は長成、三百六十万双は完成基準です。それで今年、三百六十万双、三千六百万双をするのに、あの頂上でどれくらい忙しいのか、空から滝のように落ちてきたのです。三億六千万双を勝利した日には、この地上に心情圏統一世界が、地上・天上世界に統一世界が来るのです。心情圏に生活している家庭を中心としたアダム家庭完成のように、地上天国で生きて天上天国に入っていくので、天国の門が開くというのです。

 先生も今まで十二峠を中心としました。十二の峠です。三百六十万双が十二峠です。十二峠を越えなければなりません。「アリラン、アリラン」、これが「愛のアの字」、「村の里(リ)の字」、「峠の嶺(リョン)の字」なのです。愛する村を訪ねることだと、私はそのように思うのです。捨てて行ったら一里も行くことができず、足が痛くなるという言葉を知っているでしょう。韓国民謡の中で、そのアリラン十二峠という言葉……。今私がこの十二峠を越えようと苦労しています。十二峠を越えるので、あっという間にすべて平準化されます。ですから、どこでも行くことができるのです。

 三百六十万家庭は、祝福でいうと十二番目です。最後です。世界が三六〇度帰ってくるのに十二カ月かかります。十二数を中心として三百六十万双を連結させるので、すべての日とすべてのことが天の祝福についていくようになっているのです。これは止める道がありません。世界的な解放、祝福の時代だというのです。公式的です。

 復帰摂理は十二峠を越えました。それで世界的な峠を越えるためには、三百六十万双までの十二峠を越えなければならないのです。この十二峠を越えるようになれば、故郷の地に達するのです。黄金があふれる素晴らしい世界に行くことができるというのです。神様の愛の春のエデンを取り戻すことができるのです。

十二 三億六千万家庭

1.三億六千万家庭祝福から第四次アダム圏時代出発

 アダム家庭は、神様と真の父母が一つになって宇宙を抱くその家庭の代表であり、アダムが堕落しなかったならば、アダムの受ける祝福は宇宙史的な祝福だというのです。ところが、堕落することによって分かれてきたために、家庭が宇宙史的な祝福の恵沢圏内に入っていくことができないので、アダム家庭において失敗して失ってしまったものを、世界の家庭圏において、対等な立場の価値に共に一致させるためのものが、この世界三億六千万双の祝福だというのです。

 三百六十万双からは、下りていくのです。下りていくのは簡単だというのです。三千六百万双はここです。これは長成なのです。それから、三億六千万双です。そのようにすれば、地上に来るのです。ここに来るのです。地上に来るのです。ここに下りてきたので、昔のアダム家庭に帰っていくのです。ですから、アダム家庭においては、父母が息子、娘を祝福する時に入っていくのです。ここから皆さんが予備祝福をすることができるのです。洗礼ヨハネ的家庭として策定することができるのです。それで、予備祝福を真の父母の名前をもってするのです。

 「三億六千万双、三千六百万双を祝福したとは……」。神様が保護されたということを否定することはできません。そして、その内容を説明すれば、新約と旧約のすべての秘密、人類歴史のあらゆる思想的体系の秘密がすべて出てくるのです。それを聞けば耳が開き、それを見つめることができる眼識が生ずるようになれば、それを遮る者がいないのです。それは見たいと思うのです。見たいと思うでしょうか、見たいと思わないでしょうか。耳で聞いても見たいと思うのであり、また見れば、もう一度会ってみ言を耳でも聞きたいと思うのであり、ラジオを通して聞きたいと思うのです。ですから、毎日先生のみ言を聞かなければならないというのです。

 三千六百万双を経て三億六千万双をするようになれば、どのようになるのでしょうか。これは夫婦なので七億二千万人です。そこに四人ずつだとしても、四×七は二十八、二十八億人になるのです。四人以上いるはずです。東洋では四人だけで暮らしていますか。五人、十人で暮らしているのです。それで、三十億人を超えるので、天の側から見るときに人類の半分以上が超えていったということになるのです。ですから、力の対比から見たとき、この天秤でいえば、一方に傾く時が来たというのです。

 それで、蘇生、長成、完成、三億六千万双までに十二の峠です。そこで四千万双をすべて終えたので、下りてこないで、そこで水平になるのです。そのようにして、祝福家庭が四億双になったのです。三億六千万双の祝福は、地上においての平準化祝福です。世界万民の平準化祝福だというのです。それが半分を越えたのです。

 既に「天地父母天宙安息圈」を宣布したので、神様がこの地上に訪ねてくることができるようになったのです。それゆえに、このような家庭的基盤、氏族的基盤を連結させる世界大祝福の時だというのです。それで、三百六十万双、三千六百万双、三億六千万双を祝福してあげることによって、全人類のサタンの血統を断切してしまわなければなりません。サタンの血統をもった人が一人でも残ってはいけないというのです。完全に掃除しなければなりません。

 この三億六千万双を完成することによって、天が直接管理することができる圏内に入ってくるので、長子権復帰、父母権復帰を経て、国家王権復帰時代に越えていくのです。

 三億六千万双が終われば、その時から蕩減が必要でない第四次アダム圏時代に入っていきます。そのようになることによって、エデンにおいて神様の代わりに自分の父母が祝福することができる時代に入っていくので、万民が自分の祝福した一族を中心として天国に直行する道が生じるというのです。

 今回の三億六千万双の祝福が終われば、レバレンド・ムーンは祝福してあげません。その次からは、自分の父と母に祝福してもらいなさい。これを第四次アダム圈解放時代といいます。蕩減がありません。一次、二次において、旧約時代はアダムが失敗、新約時代もアダムが失敗、成約時代も迫害を受けながらきましたが、今からは解放圏に入っていき、堕落していない本然の世界となり、第四次アダム圏時代に――アダム圏です。この全体を、宇宙のことをいいます──入っていくので、堕落していない父母が息子、娘を祝福してあげるその家庭理想、神様が創造された内的・外的全体理想を相続してあげる家庭ができるのです。ですから、父母が祝福してあげるのです。その父母が、真の父母の代わりの立場に立つのです。それゆえに、世界は一つにならざるを得ません。

 三億六千万双をすれば、すべての塀を崩してしまうのです。サタン世界の個人的な塀、家庭的な塀、氏族的な塀、民族的な塀、国家的な塀、世界的な塀、天宙的な塀、神様の心情圏の塀をすべて崩すのです。

 この三億六千万双の祝福をするのは、私がこの世界の自由の地上天国の環境をふさいでいる塀を崩してしまうためなのです。個人から家庭、氏族、民族、国家、世界全体においてふさがっているものを開いてしまうのです。私がするというのです。それで、私が行くべき道を行くのだと思わなければならないというのです。

 地上世界で三億六千万双の祝福がすべて終わるようになったので、霊界では祝福が始まるのです。それで、サタンの血統を断切するのです。サタンが讒訴することができる時代は過ぎ去るというのです。真の父母の全権時代、全体、全般、全権、全能の時代が来るというのです。真の父母が権限を行使できる時代が来るというのです。神様がアダムとエバを造って「良し!」と言って喜びながら、「すべてのものがあなたが言ったとおりの名前になる!」とおっしゃった、そのような特権時代が来るというのです。

 私たちが三億六千万双をするのです。家庭で失敗したので、家庭で収拾しなければなりません。この三億六千万双は、全人類的であり、超歴史的であり、超摂理史的な内容をもって行っています。これは最後の仕事です。そのようにして、サタンの血統を除去しようというのです。清算しようというのです。

 王権復帰、文総裁一人で自由民主世界を統一し、天下一の王になってやろうと宣伝したのです。王ではありません。王は王ですが、世界国家をすべて放棄しました。神様が国をもつことができなかったのに、世界国家をもつことはできません。神様が願うものは家庭王です。家庭王を探しています。家庭王! 家庭王が生まれなければなりません。家庭王になるために、世界三億六千万双の祝福を通して、サタンの血統を否定するのです。文総裁は、祝福してあげた、新たに結婚させてあげた代表者です。何の代表者でしょうか。王の代表者なので、家庭王だというのです。今は、「文総裁が家庭王だ」と世界に宣布しても、反対する人は一人もいません。

 今年の標語は何ですか。「真の神様を絶対に誇り愛することは三億六千万双の祝福完成とサタン世界の血統断切」です。今、三億六千万双の祝福が終われば、その次に何をするのでしょうか。エデンの園において、誰が先に神様の前に祝福を受けなければならないのでしょうか。おじいさんとおばあさんではありません。壮年ではありません。青年ではありません。青少年です。今まで、数多くの祝福家庭ができて、老年や壮年、青年まで来たのですが、少年時代の基準に合わせなければならないのです。

 全世界に「三億六千万双の祝福完成とサタン血統断切」です。最後です。それ以上はありません。そのようにしようとするので、地獄の門、天国の門をすべて壊して開くのです。昔、怨讐視していた者たちが、真の御父母様を迎えて侍り、歓迎の祝宴をするのです。真の御父母様を家庭にお迎えできないだけでなく、氏族にお迎えできず、民族にお迎えできず、国にお迎えできず、世界がお迎えすることができませんでした。天下において初めて催す祝宴の中に、怨讐となった兄弟、怨讐となった男女が、再び神様の法度に従って天道の大道を明らかにして入っていくのです。そこから、地上天国に向かうのです。

 三十六家庭から三億六千万家庭まで、今、すべて集まりました。集まって教育を受け、四十日が過ぎればどのようになるのでしょうか。古い先輩家庭を見て模範とするのです。それで、証をするのです。妻も証をし、夫も証をするのです。結婚してどのように生きてきたのか、自分が生きてきた生活をすべて証するのです。心と体に引っ掛かっているものをすべてありのままに話さなければなりません。それが家庭教育です。根本的な家庭教育だというのです。誤った内容は、根を引き抜いてしまわなければならないのです。隠していては、絶対に霊界に入っていくことができないのです。

 そして、祝福の天宙化です。天宙化なので、霊界から先にしてあげなければなりませんか、地上から先にしてあげなければなりませんか。先に天使長と愛を行ったのでしょう? 霊界解放を急がなければなりません。三億六千万双を越えれば、世界的基準を越え、霊界との因縁を越えるので、霊界の人々が結婚することができる境界線に結びつけてあげたのです。そして、今回祝福を受けた人の中にマフィアがいるでしょうか、いないでしょうか。殺人鬼がいるでしょうか、いないでしょうか。やくざやギャングがいるでしょうか、いないでしょうか。ありとあらゆる者が、すべて入りました。

 三億六千万双は、原理結果主管圏から抜け出たのです。世界的時代です。蘇生する春が来ました。先生がそこに連れていって祝福してあげるのです。その代わりに、皆さんは何をしなければなりませんか。皆さんが悪魔を統治し得る、その大将になりなさいというのです。

 旧約時代は万物、物質時代、新約時代は子女時代、成約時代は父母時代、その次には解放時代です。恨みの解放時代は、神様時代に越えていかなければならないのです。それゆえに、神様時代に越えていく時は、所有意識が神様のものにならなければならないというのです。

 それで、共産党は、反対に、党が強制的に絶対命令したのです。銃剣を使ってです。私たちは、武力ではありません。自ら進んで銃剣の威力よりも何十倍感謝する心の中で、絶対に神様の愛主義の主権に向かって、永遠に、永遠に継続しなければならないのが、統一家の伝統です。

今、三十六家庭から三億六千万家庭まで祝福家庭全体が一つになってその伝統を受け継ぎ、愛の理想天国を永遠に後代の前に連結しなければならないのです。それが、私たち統一教会が成就しなければならない最後の責任だというのです。

〈祝祷〉

 愛する天のお父様。きょう一九九九年二月七日、この日は、天地が注視する三億六千万双の祝福を記念する式が開催されています。全人類と全天上世界の祝福を受ける家庭が共にこの場に参席し、天地の新しい解放の日、長子権復帰と父母権復帰と王権復帰を越えて、創造本然の神様を中心とした天地父母を中心として、真なる愛を中心とする愛の主権による統一世界に向かって、お父様が願っていらっしゃったみ旨を完成させることができる世界史的転換時点に置かれているこの場でございます。

 全霊界と全人類が一心一体となり、エデンにおいて悪なる先祖によって、悪の愛と悪の生命と悪の血統を受け継いだ全人類の歴史の中で、すべてがサタンの主導下にあった天地を再び取り戻すためには、神様は、旧約時代を経て新約時代、成約時代として、旧約時代は、約束を成し遂げることができなかったアダム家庭において、神様と父子関係を結ぶことができる血統的因縁を受け継ぐことができず、堕落によってこれを失ってしまいました。

 お父様の愛と父母の生命と父母の血統を受け継ぐ場において父子関係が成立するのですが、この場で人類始祖が過ちを犯すことによって、偽りの父母の立場でサタンと血統的因縁を結び、サタンの父、サタンの子女、サタンの家庭をもち、サタンの愛とサタンの生命とサタンの血統を受け継いだ恨の歴史が、アダム家庭から始まったのでございます。このことによって、私たち人間の心と体の闘いが始まり、夫婦の闘いの環境が始まり、父母と子女間の闘いが出発し、アダム家庭、第一代の家庭においてカインとアベルの殺戮戦が展開したのでございます。

 このような事実を考えるとき、全人類は、家庭から氏族、民族、国家、世界版図までも民主世界と共産世界が対峙し、上下に分かれた世界、混沌とした末世となっているのです。このような渦中において、今日、統一教会を立てて、旧約時代にみ旨を成し遂げることができなかったこと、新約時代にあなたの理想の王権を立てることができなかったこと、それらを成約時代を迎えることによって真の父母がこの地に来て、地上の未完成と天上の未完成を完結したのでございます。そして、野生のオリーブの木の畑からそれを刈り取って真のオリーブの木を接ぎ木するように、堕落した世界に解放的神様の名と真の父母の真なる愛と生命と血統的因縁を接ぎ木し、天の血族と天の眷属を取り戻すことを願われた神様のみ旨に従うために、統一教会においては、真の父母の名によって誤った結婚を再生させ、世界万民を一兄弟、一眷属とするための世界合同結婚式を始めたのでございます。

 このようにすることによって、今まで歴史過程において迫害の路程を歩んできましたが、神様が保護してくださって個人的反対、家庭的反対、氏族的反対、民族、国家、世界、天地、サタンの地獄圏まで、反対するすべての存在を退け、神様の真なる愛を中心とした血統的因縁をもつことによって、父が息子を直接保護するように、今日の統一教会は、そのような堕落による迫害の路程における数多くの恨を、個人で踏み越え、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙史的峠を踏み越えて、人類全体を代表する三億六千万双を真の父母の名によって超宗教、超人種、超文化、超国境解放の祝賀をし、天と地が共に祝福の因縁をもつことができるこの恩賜を心から、心から、心から感謝申し上げます。

 霊界の二百億を中心とした、百五十億、五百億の天のすべての父母、兄弟、子女たちと、地上の四億を超える祝福家庭を、夫婦を中心として見れば八億人を超え、その八億人の家庭に四人ずつとして計算すれば三十億を超える、このような数の人々が、混乱した世界を救い、混乱した歴史を再創造するためには、青少年問題と家庭問題を再び確立しなければなりません。

 このようにすることによって、世界の全人類が祝福に同参することができる環境的条件を克服し、すべての人々が天の眷属として祝福を受けることができるこのような驚くべき役事を成就するのでございます。これは統一教会の誰が成したのでもなく、天と霊界全体が成してくださったすべての勝利の覇権を永遠に、永遠に、永遠に大切に保管してくださり、万世、栄光の愛の主権を描き、祝福を受けて解放されることによって、地上・天上天国を成し遂げてくださることを懇切にお願い申し上げます。この三億六千万双に連なるすべての世界人類は、一致団結し、心の統一、夫婦の統一、氏族の統一、民族の統一、国家の統一、世界の統一、天宙の統一、地上の真の父母と神様の愛の一族圏全体を代表することができる愛の基台の核心として立ててくださり、あなたが万世にわたって願われた創造理想的愛の主権による地上天国を完成するために祝福を受ける群れとなったのでございます。

 彼らの前に、あなたが願われたこの場から、今あなたから全体のみ旨を受け継ぐことができる真なる個体として、心と体が一つになり、夫婦が一つになり、父母と子女が一つになり、祝福を受けた世界の兄弟たちと一つになって地上・天上天国を完成する、神様の選ばれた息子、娘となることを祝福していますので、永遠に、永遠に保護してくださり、勝利の場であり栄光の場に前進、前進し、さらに祝福を加えてくださることを真の御父母様のみ名によって三億六千万双の前に祝福いたします。アーメン。アーメン。アーメン!!

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第四章 祝福家庭と入籍

一 祝福家庭入籍と私たちの祖国

1.入籍とは何か

 皆さん、入籍とは何でしょうか。嫁入りする女性は、新郎の戸籍に籍を移します。女性は、自分の本然の籍を取り消して、他の籍に移らなければならないのです。嫁入りすれば、人の家に引っ越しすることになるので、戸籍が変わることになるのです。入籍とは何でしょうか。真の愛の根源を中心として結ばれた証票です。

 嫁入りした女性は、何をしなければならないでしょうか。婚姻届けをするだけではありません。女性が結婚すれば、夫の戸籍に入籍しますね。西洋や日本の場合、姓はどうなりますか。根本が何もないので、姓が変わります。井上ならば井上、山岡ならば山岡、木下ならば木下というように、みな夫の姓に従って一つになるのです。それは愛の関係を結ぶことを条件として、一つになるのです。愛の力は生命の根源よりも強いので、それを悲しいことと考えるのではなく、当然のこととして、希望をもって喜んで行くのです。

 花嫁が輿に乗って新郎の家に行ったとします。新郎の家に行って、自分がその家に入籍するその瞬間、自分を中心とした考えをもっていたのでは通じません。それまで自分を中心として、自分の家で育ち、暮らしてきた、そのような行動一切が受け入れられるでしょうか。それが問題です。「受け入れてくれ」と言うことができるでしょうか。「受け入れてくれ」とは言えないのです。自分の行動の一つ、視線、聞くこと、話すことなど、行動の一切が新しい分野において出発するときには、細心の注意をしなければなりません。

 どのように注意しなければならないのでしょうか。いかにして新郎の家門や、新しく出発するその環境とぶつかることなく、そこにプラスになり得る立場に立つかということですが、それはとても難しいことなのです。

 これから神様と真の御父母様から歴史がつづられ、入籍時代が来るのです。ですから皆さんが入籍するのです。自信がありますか。神様の息子、娘として、すべての人が神様のように、真の父母のようになりましたか。言葉で言うのは簡単です。食べるときも寝ているときも、どこに行くとしても、それを考えなければなりません。そのためには祖国で暮らさなければなりません。ですから韓国語を勉強すべきでしょうか、すべきではないでしょうか。本来、人間には二つ以上の言語はありませんでした。たった一つなのです。

 今後、入籍する時が来ます。先生の一族、天の皇族を中心として連結されるところに、皆さんが加入するための入籍時代が来るのです。しかし、入籍時代が来たとしても、氏族復帰ができていない人は、そこに入籍することができません。それを知らなければなりません。十二支派と同じことです。氏族復帰をするまでは、入籍できないのです。人々が氏族復帰のこの内容を知るならば、統一教会に我先に入ろうと、それこそ群れをなして押しかけてくるのです。

 今まで天国への入籍はありませんでした。天国には国がありませんでした。家庭もなく、国もありませんでした。霊界に行けば、父母も何も、十人家族ならば十人がみなばらばらになりました。しかし、これからはそうではありません。本来、堕落しなかったならば、父母と一族が共に行くようになっているのが天国だということを知らなければなりません。

 真の愛を中心として祖父母、父母、自分たち夫婦、息子、娘が一つになって、「ため」に生きる神様の真の愛をもてば、そこでは神様も絶対服従するのです。そのような愛の伝統に服従しながら、「ため」に生きる愛のみをもって動くその世界、「ため」に生きようとするその世界には、平和の基地が願わなくてもできるのです。

 入籍時代になって名簿を作るとき、いい加減に作成することはできません。ホーム・チャーチを通過しなければ、名簿に記入されないのです。天国の族譜編成がなされないのです。祝福を受けた家庭であっても、外されるのです。落ちるのです。そのようなことを知って、天が提示するすべてのことを、急いでしなければなりません。人がするから自分もするのではありません。しなければならないのです。それをせずに霊界に行けば、霊界に行ったあとで、永遠にしなければならないのです。地上で解決することができずに行けば、大変なことになるのです。

 この地上でみ旨を成し遂げられなかったイエス様は、時代的な新婦の名を立てて真の父母の因縁を決定し、真の子女を立てて、この地上で、相続権、入籍権、天国の権限をもって入籍させるための基準をつくっていかなければならなかったのに、それができないまま逝ったのです。入籍させるとき、僕として入籍させるでしょうか。直系の息子、そうでなければ、せめて養子という名前で入籍させて、初めて神様の前で相続することができるのです。相続圏内に同参することができるのです。

 私たちは何をしようというのでしょうか。神様の愛を受け、真の父母の愛を永遠に受けることのできる息子、娘の立場に入籍するのです。これから入籍しようというのです。天国の生命録に入籍するのです。新しい「真の父母主義」、「神主義」を中心として、新しい入籍がなされると同時に、支派編成が行われなければならないのです。イエス様の十二弟子、十二支派などと同じように、支派編成をしようというのです。

 皆さんはこれから故郷に帰って、自分を中心とした血族はもちろん、環境的条件をいかに早く拡大させるかという闘いを繰り広げるのです。競争が起こるのです。ですから、どの支派に属したとしても、故郷に帰ったその根と共に支派編成をするのです。東西南北の枝、その枝がどこに属するかが決められて、本籍への登録が始まる時が来るのです。人種の違いによる差別や、文明国や発展途上国というものはありません。

 どれだけ霊界の善なる先祖を中心に一つとなって、その先祖が地上に来て協助できる基盤をもつかという問題が、今後、皆さんの郷土開発運動の展開を左右するのです。その枝がどれだけ大きいかということが問題です。幹が死んだとしても、枝が大きければ、それが幹になることもできるのです。人は、芽が出て、それから枝になりますが、それが問題ではありません。皆さんが新しい枝を育て、その一族がこの世界に入籍して本郷に帰るか、天国に帰るかということが問題なのです。帰郷の道に立っているということを知らなければなりません。

 これから入籍をするのです。南北が統一されれば、世界の統一教会の家族は、祝福を受けた家庭の中で正常な行動をしてきた人は、氏族を越えてすべて入籍をすることになります。先生の力によって南北が統一されれば、法をつくって世界の統一教会の忠臣を代表民族として、血統を受け継いだ民族として立てるのです。そのようにしたからといって反対する人がいるでしょうか。歴史的にいえば、韓国の独立のために生き、韓国の還故郷のためにこれほど苦労をしたのに、誰が反対するでしょうか。

 これからは氏族加入時代が来ます。個人加入時代ではありません。金氏ならば金氏、朴氏ならば朴氏、その時代が過ぎれば、国家入籍時代が来ます。早く来るのです。これからは早いのです。あっという間に変化していくのです。今、世界情勢は目まぐるしく変わっています。なぜそうなのでしょうか。文総裁ゆえなのです。原因がほかにあるのではありません。

2.入籍は国家祝福時代になされる

 統一教会の祝福は、教会祝福であって国家祝福ではありません。世界祝福までの三段階を通過しなければなりません。教会祝福時代を経て、南北を統一して一つの国をもつ天国を中心とした祝福時代が国家祝福時代であり、その次は地上・天上世界が一つになる祝福時代です。三大祝福圈時代を通過しなければなりません。アダム一代でなされるべきことを、再臨時代になって先生の一代ですべて終えなければなりません。二〇〇〇年までに世界的な祝福を一度にやらなければならないのです。そうして本格的な入籍となるのです。

 統一教会の祝福家庭は婚礼を挙げましたが、その結婚式は教会内の結婚式であって、国家の中での結婚式でも、世界の中での結婚式でもありません。ですから、祝福の日も、教会の祝福、国の祝福がなければなりません。世界の祝福、天国に行って永遠の祝福の式を経てこそ、本然の世界に行く道が開かれるという事実を知らなければなりません。皆さんが統一教会の祝福を、先生の知らないところで簡単に、便利に受けたといっても通じません。国家祝福を経なければなりません。そして天上に行って、大入会式とともに入籍式を経て、十二支派の編成を終え、基盤ができて、神様を中心として真の父母が天国へ行き、定着して初めて、万民も順々に定着するようになるのです。

 統一教会の結婚も、三段階を越えていくのです。教会祝福、国家祝福、世界祝福です。ですから、祝福家庭は今までの段階を越えていかなければならないのです。本来ならば、蕩減条件のない解放された人が結婚すべきなのですが、引っ掛かっている蕩減条件があるのです。教会の前には迫害する国があり、国の前には世界があるのですが、それを超えなければならないのです。

 ですから、家庭を引き連れて、迫害のない解放された立場に達してこそ、一つの統一された世界のアダム家庭で天が祝福した相続圏ができるのです。解放がなされるのです。ですから、教会圏、国家圏、世界圏があるのです。世界的な王権復帰の圏を越えて、サタン世界の讒訴圏を抜け出すことによって、地上・天上世界の解放がなされるなら、その立場にまで行って祝福を受けなければならないのです。そのような立場を三度乗り越えるのです。

 祝福家庭が氏族的メシヤになるのは何のためでしょうか。入籍するためです。入籍して国を復帰し、国家的祝福を受けるためです。ですから氏族的メシヤは、氏族的メシヤ同士が一つになって自分の国を求めなければなりません。その国を世界に入籍させることによって、世界祝福を受けるのです。

 入籍時代が来れば、大韓民国の民という名では通じません。愛を中心としてすべての民族を克服しなければならないのです。家庭を否定し、氏族を否定し、国家を否定し、世界を否定し、天上世界の地獄、霊界の地獄まで否定して、サタンを否定しなければならないのです。それを肯定したのが堕落です。そのようにして落ちたので、反対に上がっていかなければならないのです。

今は国がないので、教会の中で祝福しましたが、これからは国に入籍しなければなりません。氏族的メシヤの責任を果たしてこそ、国への入籍がなされます。国に入籍し、世界に入籍することによって、真の父母と一つとなり、真の父母が主体だとすれば、全世界の家庭が客体として一つとなり、神様に侍ることのできる家庭を献納してこそ、天宙的祝福家庭の理想が形成されるのです。それが正に地上天国、天上天国なのです。

3.入籍するためには主権国家が必要

国がなければ国籍もありません。国がなければ入籍するための基盤がないのです。私達は、民族を編成して新たな入籍をしなければなりません。この地上に天国を編成して、その国籍をもって愛国、愛族する、真で善なる父母の血統を受け継いだ勝利的息子、娘として、自分の氏族、家族を引き連れて生きたのちに、天上世界の天国に入ることができるのです。それが原理です。

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皆さんは天国に登録されていません。国がないので出生届けができないのです。結婚式ができないのです。死亡届けもできないのです。ですから、押されれば倒れ、死んでも訴えることのできない恨の道を、宗教人は歩んできたのです。文総裁がその代表的な道を歩んできたということを知らなければなりません。いくら痛哭しても尽きることはありません。無念で悔しくても、耐えなければなりません。

自分が息子、娘として生まれたとしても、入籍する天国がないので保留せざるを得ないのです。天国の夫となることを願い、天国に入籍した民として妻を得て、その家庭で子を生みたいと思わなければなりません。それを知るべきです。そして寝ても覚めても、一日の一時間、一秒を忙しく闘って勝利しなければならないという前提があるということを知らなければなりません。常にそのように生きなければなりません。 

 皆さんは出生届けをしますね。入籍というのはそのようなものです。日本のどこどこに生まれた日本人として登録します。今までは神様の国がありませんでした。本当の真の父母を中心としてできた家庭がなかったので、氏族もなく、国もあるはずがないのです。ですからサタン世界、サタンの国からすべて蕩減して、家庭、氏族、民族、国家、世界を取り戻さなければならないのです。

 宗教圏を中心として、宗教圏以外の世界を一つにして、サタンがもっていたものをすべて神側に還元しなければならないのです。そうしなければ、霊界に行って平安な生活をすることができません。霊界に行ってから地上と関係をもつことは、何十倍、何百倍、何千倍も大変なのです。

 神様の愛と生命圏と血統圏を伝授するのが、統一教会の祝福です。堕落した万民は、祝福を受けなければ、入籍がなされません。ここにいる人はみな、一人残らず誰もがそうしなければなりません。では、どうすれば入籍がなされるのでしょうか。本来は、出生した時から入籍しなければなりません。

 皆さんは今日、大韓民国に生まれ、大韓民国に入籍しましたね。いつ、どこで、父誰々、母誰々の息子、娘として生まれ、誰々の長女ならば長女、次女ならば次女、長男ならば長男というように、名前をもって入籍します。そうして永遠に大韓民国の民となるのです。皆さんは天国の民になっていますか、なっていませんか。はるかに及ばないというのです。

 神様の国がありません。サタン世界に入籍しているものを、すべてそこから外して、天国に入籍することのできる時代が来るのです。人々はそれを知らずに死ぬので、大変なことになるのです。天国の民として入籍して、天国の家庭として入籍し、天国氏族、天国国家、天国世界に入籍して、地上天国と統一されれば、神様の右腕として二つの世界を愛で統治することができるようになるのです。その世界へ行くには、入籍という手続きをしなければなりません。

 今後、皆さんには入籍する時期が来るのです。祝福を受けることは、入籍することではありません。それは象徴的な入籍でしかありません。ですから、私たちは入籍するための国を求めていくのです。その国は、どんな国でしょうか。主権は父母に代わり、民は息子に代わり、国土は物質に代わって、三位一体をなす国です。国家を形成するためには主権がなければならないし、国民がいなければならないし、国土がなければなりません。宗教も同じことです。

 私たちには国がありません。祝福家庭の息子、娘は多くいますが、神様の願う理想国家を立てられずにいます。ですから、皆さんの息子、娘の名前を入籍する所がありません。結婚しても、昇華しても、登録する所がないのです。国がなければ定着はあり得ません。とどまって暮らす所がないのです。皆さんがパスポートをもっていなければ、どこの国でも認められません。一国家の国民として認められないのです。それと同じことです。

 私たちにも国がないので、パスポートがないのです。統一教会のメンバーは、どこに所属していますか。米国ですか、他の国ですか。神様の国です。堕落した世の中では「どこから来たのか」と聞きます。聞かれれば、米国、ドイツ、日本といった国の名前を言います。その中で最高の国は、天国です。最も貴い国が天上天国、神様の国です。「どこに属するのか」と聞かれたならば、「私は神様の国に属する」と答えなければなりません。そこから天国なのです。

 近い将来、統一教会のメンバーは入籍式をする時が来ます。私たちの国が南北統一されて、天も喜ぶことのできる国になれば、皆さんの入籍時代が来るのです。そのような入籍時代が来れば、たとえ目の見えない人でも、鼻に障害のある人でも、腕に障害のある人でも、先に嫁いできた人が上になるのです。長男の嫁になるのです。

 遅れて嫁いできた人は、たとえ大卒で年上だとしても、鼻に障害のある人、腕に障害のある人に仕えなければならないのです。そのような時が来ます。ですから今後、そのような時にこのような特殊な条件が、すべてパスするための重要な要件になるのです。

 南北が統一されて、その祝福された者たちの国ができれば、入籍時代になるのです。真の御父母様を中心とした血族となれば、入籍時代になるのです。平面的に六十億人類が一度に祝福を受けて入籍することによって、数千万代の先祖が決定されるのです。平面的に同じ日に祝福を受けたとしても、その中で数千代の先祖の差がつくのです。恐ろしい時代が来るのです。

 もしも、皆さんが国家を復帰することができずに死んだとすれば、この地上に再臨して個人を後援し、家庭を後援できるだけであって、堂々と権勢をもって後援することはできません。サタン世界を征服するために闘い得る資格をもった者にはなれないのです。ですから、国ができて初めて、皆さんは入籍することができるのです。皆さんは入籍しましたか。皆さんは、統一教会には入籍しましたが、統一された神様の国には入籍できないでいるのです。国がないのに国民になることができるでしょうか。できないのです。

4.私たちが求めるべき祖国

 私たちが求めるべき祖国は、今日この地にあるような歴史と伝統をもった国ではありません。そのような国とは本質的に次元が異なるのです。私たちが次元の異なるそのような国を受け継ぐには、それを可能にする思想的な主体性をもった国民にならなければなりません。

 ところで、その主体的な思想は、絶対的な創造主の思想と一致する思想でなければなりません。絶対者の願う国が存在するためには、その国の主権を中心として、その国の国民と一致する国になることを願わなければなりません。そのような国民性をもって、国家形態を備えなければならないのです。

 神様の祖国とはどこでしょうか。真の父母と真の家庭がある所です。では、真の父母の本郷はどこでしょうか。神様とその息子、娘が入る所です。その真の父母の祖国とはどこでしょうか。神様と子女のいる所、愛する主体と対象のいる所が祖国です。主体と対象が愛し合うことのできる所が祖国です。

 そうだとすれば、子女の祖国はどこでしょうか。神様を主体として父母を愛し、子女は対象として愛されることのできる所です。そこが統一教会でいう、四位基台の本郷地です。それが理想的な祖国です。どうして理想的な祖国なのでしょうか。真の神様の愛と、真の父母の愛と、子女の愛があるからです。それが根本となって拡大された世界が理想世界です。四位基台には、そのような原則があるのです。

 祖国とは何でしょうか。祖国は父母の国であり、私たちの先祖の国です。お父さん、お母さん、私たちの先祖の国です。始祖の国です。その始祖の時から愛してきた国です。その愛は不変なので、その国は変わってはならないのです。歴史時代に国を中心として祖国だと主張した人々の伝統的な背後を見るとき、このような父母の愛する祖国を失わなかった民族はありませんでした。常に失ってきたのです。

 神様のみ旨から見た祖国は、真の愛を中心とした人類の祖国であり、本郷です。韓国はそのような人類の祖国、本郷にならなければなりません。

 一つの国をとって見れば、国が形成されるためには、その国の主権がなければなりません。そのような観点から地上に天国を実現するという問題を考えるとき、天国の主人とは誰でしょうか。主権者とは誰でしょうか。間違いなく神様が主権者です。では国民は誰でしょうか。国民は万民です。では、国土はどこでしょうか。地球星です。

 本郷の地と本郷の祖国とはどこでしょうか。どのようにして祖国となるのでしょうか。もちろん祖国というのはある特定の一つの国家的な基準ですが、神様が求めてきた人類の祖国とはどこかというと、地球星です。この地球星なのです。この地球こそが人類の願う祖国なのです。神様の願う人類の祖国なのです。過去、数知れない歴代の私たちの先祖が、犠牲の道を歩んできましたが、その先祖たちが天の前に訴えてきた望みとは何でしょうか。祖国でした。

 天の一つの国家を建てることによって、今まで天の前に怨讐であった大サタンを審判して悪を除去し、善のみによる平和の天国をこの地上につくらなければならないのです。それが神様の願いであり、イエス様の願いであり、今まで摂理路程において至大なる貢献をしてきた先祖の願いだったということを、皆さんははっきりと知らなければなりません。

 神様が創造した世界には、国境というものはあり得ません。黒人、白人といった人種も問題になりません。善悪の闘争も、そこでは必要ありません。そのような観点から見るとき、私たちの住んでいる世界には、すべての国に国境があります。黒人、白人の人種問題のみならず、家庭においては夫と妻、父母と子女の間のすべてに分裂が起きています。善なる人と悪なる人が闘っているのです。

 そのような現在の情勢を考えるとき、来たるべき主は、国境のない国をつくって人種問題を超越し、世界を一つにしなければなりません。分裂した家庭をすべて統一し、善悪が闘う世界に平和の王国をつくらなければなりません。

 私たちの目標は、統一世界、神様を中心とした一つの国をつくるところにあります。その国は、一つの主権、一つの国民、一つの国土、一つの文化です。真の父母を中心として一つの血統でつながっています。その国では、すべての人が心情圏を完成して理想的な後継者になろうとするのです。聖書にある「怨讐を愛せよ」というみ言を完成することができるのです。

 神様を中心とした国には、民主主義や共産主義といったものはあり得ないのです。一度形成されれば永遠の国家体制として残るのです。そのようなことを考えるならば、自分自身がそのような国の民になっていないのは、とても悔しいことではないでしょうか。自分自身がそのような国で暮らせないことを嘆かなければなりません。そのような一つの不変なる主権がもてなかったことを、私たちは嘆かなければなりません。

 私たちの信仰の目標は、神様の国の民になることです。その国の民にならなければ、その子女として自由自在に万民や万物世界に誇り、愛される道は現れません。国のない者は、いつも攻撃を受けることになります。かわいそうな立場に立つのです。あえなくやられてしまう場合がいくらでもあります。ですから、神様の願う国がどこにあるか、神様の足場となる国がどこにあるか、それが問題なのです。

 主権のない国の国民は、かわいそうです。ですから、イエス様は懸念を抱いて、「何を食べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようかと言って思いわずらうな。これらのものはみな、異邦人が切に求めているものである。あなたがたの天の父は、これらのものが、ことごとくあなたがたに必要であることをご存じである。まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう」(マタイ六・三一~三三)とおっしゃいました。まず息子を求めよとおっしゃいましたか、国を求めよとおっしゃいましたか。神様が求めている国を求めよとおっしゃったのです。

 私たちがこの国、この民族のために血と汗を流すのは、結局は永遠の天国をつくるため、千秋万代の子孫が永遠にたたえることのできる福地をつくるためなのです。

 これからは祖国を建てることができます。その祖国には主権があり、その祖国には国土があり、その祖国には国民がいます。また、そこは単一民族の血統の因縁があり、他の民族にはもち得ない歴史があります。このような祖国のために、私たちは密使の使命を遂行しなければなりません。そのような使命を自ら早い時期に完遂すればするほど、祖国光復の基盤が徐々に近づいてくるのです。

 今日、苦労の代価を払うのは、祖国光復の一日を早く迎えるための基盤となるのです。そのような事実を考えながら、皆さんは生きて密使の使命を果たそうという決意をもって進まなければなりません。そうしなければ、この時代に神様が私たちにもたらしてくださる世界的な祝福と天運を、私たちのものとして迎えることができないのです。

二 入籍のための条件

1.所有権、血統圏、心情圏転換

①所有権転換

 皆さんは今後、新しい国に入籍しなければなりません。ところで、神様が万物を造ったのちに人を造られたように、万物を先に入籍させてから人間が入籍して、神様とつながれなければならないのです。そのための歴史が六千年歴史に該当します。

 旧約時代は万物を通して、成約時代は父母を中心として、天とつながっていくのと同じように、このすべての過程を経ていかなければならないのです。ところが、これが今日私たち統一教会の限界圏の中だけで行われてはならないのです。国家を超えて世界まで拡大して、そのような歴史を完全に終結させなければ、完全な復帰の一日を迎えることができないということを知らなければなりません。

 アダムの所有として決定したあと、神様の前に戻して神様のものとして認められてから、再度アダムを通してもらってこそ、初めて自分の所有権時代が来るのです。天国に行って入籍を終えることによって、そのようなことが起こるのです。そうして初めて皆さんは地上で、エデンの園で堕落せずに万物を所有していた主人の立場を復帰するのです。そうしてこそ地上天国に入っていくのです。

 自分の持っている物は、すべて自分の物ではありません。天の前に返して接ぎ木されなければなりません。ですから、自分の物ではないのです。自分のものという所有権はありません。真の愛を中心とした主人はアダムではありません。天が中心なので、天を主人として、自分はその相対的な存在、対象的な立場に立つということを考えなければなりません。ですから、所有権はまず誰にあるべきかというと、神様に帰らなければならないのです。

 被造世界はサタンの所有であって、神様の所有ではありません。今後は所有権回復ということがあるので、天下は戦争せずに一つになるのです。今後、一族が財産とすべてのものを合わせて天に入籍するために、世界の歴史上にかつてなかった行列が続くことでしょう。誰が先にそこに入籍するかによって、兄となり、弟となるのです。

 真の父母の名を中心として、神様のみ旨の平和世界ができ、統一圏ができたここにおいて、家庭的に入籍するという事実は、国家が一瞬のうちに戻ることができるということです。入籍した氏族的メシヤが十二家庭いると考えてみてください。その国はどうなるでしょうか。一瞬のうちに戻るのです。日本も、すべての国も問題ありません。完全に一度に復帰されるのです。それはどういうことかというと、神様を中心として、アダム家庭以後に堕落した全体を、愛で許して抱こうという意昧なのです。

 そのような時代が来たので、先生は号令をかけるのです。「早く氏族復帰をしなさい! 所有権を神様に返しなさい! 早く入籍しなさい!」と、それが人間としての最大の希望です。先祖以来、数千代の希望がここにあるのです。骨の髄に刻んで、忘れてはなりません。そうすることによって、未来の日本において、黎明の朝が過ぎ、輝く太陽を迎える喜びを体恤することでしょう。

 「総生畜献納祭」とは何でしょうか。堕落した偽りの父母が、天の世界を奪ったどろぼうになりましたが、真の父母を中心として世界をすべて一つに結んで捧げなければなりません。捧げるまでは、先生が主人として振る舞うことができません。地上の王権、天上の王権を立てて引き継いでから、基盤を築いてこの地上で生きてから行かなければなりません。そうしてこそ地上・天上天国が完全に合徳となるのです。合徳というのは、一体となることです。天地合徳、人間合徳という言葉があります。

 今ここにいる皆さんは「総生畜献納祭」を捧げなければなりません。解怨統一式をしなければならないのです。今までは神様に祭物を捧げるときは、神側の所有物とサタン側の所有物に裂いて捧げましたが、どんなに悔しかったことでしょうか。二つに裂いた右側のものが神様のものであり、左側のものはサタンだというのです。これが人です。アベルであり、アダムです。神様の愛を中心として完全に捧げて、初めてサタンが離れるのです。

②血統転換

 統一教会の「原理」を中心として見れば、今日、堕落した人間は、生まれるや否や地獄行きです。そうではないでしょうか。生まれるや否や地獄に入籍するのです。間違いありません。堕落後、偽りの血統でつながったすべての子孫は、サタンに入籍することになるのです。サタンの国、サタンの世界を奪い返すために宗教が現れたのです。宗教とは、体と一つとなり、分かれたものと一つとなるためにあるのです。

 再臨主は、イエス様が果たせなかった神様の復帰摂理の根本を完成するために来られます。すなわち、創造理想を完成する真の本然の種として来て、神様の真の愛、真の生命、真の血統の根源となる真の父母の理想を完成するために来られます。再臨主は、イエス様の時までの勝利の基盤の上に立って、イエス様が探すことのできなかった新婦を探し出して真の父母となり、万民を救ってくださるのです。真の父母は血統を転換する新しい結婚行事を通して、全人類を神様の真の愛、真の生命、真の血統に接ぎ木し、真の人となって救われ、さらには真の家庭を築いて地上天国を建設されるのです。

 堕落によって偽りの愛、偽りの生命、偽りの血統を受け継いで、偽りの結婚式をした家庭から始まった汚れたものを、完全に清算して復帰し、真の神様と真の父母の愛を中心として、私たち夫婦が外的には「頭翼思想」を立て、左翼、右翼を屈服し、内的には「神主義」、すなわち真の愛を通して良心世界と霊的世界を屈服して真の父母となることによって、神人愛一体となった真の愛の種、真の生命の種、真の血統の種を接ぎ木して、大いなる祝福を伝授してあげるという復活の儀式が、正に国際合同結婚式なのです。

 再臨主は、肉身をもって来られ、新たな血統関係を編成しなければなりません。アダム家庭で失ったものを、世界大家庭圏で蕩減することによって、アダム家庭で完成すべき真の長子権、真の父母権、真の王権を得て、神様が主管される地上天国に転換し、天上天国への入籍をして、神様を中心とした地上・天上王権時代へと進入し、勝利と自由と幸福と統一の世界を求めて、神様の創造理想である地上天国、天上天国を迎えるのです。これが救援摂理史の原理観です。

 蕩減復帰は、血統転換、所有権転換、心情圏転換が三大目標です。そのような内容について聞いたことがありますね。血統が変わったので、血統を転換しなければ、神様の国に連結され、入籍することはできないのです。

 血統の主人は、神様です。堕落の血統を受け継いで、盗みを働いて神様の所有権をめちゃめちゃにしたので、神様の愛で血統を連結することによって、これが整理されるのです。堕落の愛の関係によって血が変わったのです。血統が反対になったので、血統を転換しなければ神様のもとに戻る道はないのです。

 今後、所有が誰のもとに戻らなければならないのでしょか。今までは神様の所有にはなれませんでした。悪魔の所有だったものを、神様の所有として入籍させなければなりません。血統転換ができなかったので、祝福を受けると同時に所有権を天に返還し、心情圏を返還しなければなりません。心情圏とは一族のことです。四代から八代までつなぐことができます。一つの心情圏です。おじいさんを中心として親戚になれば、四代、五代とつながり、それが八代となるのです。

 皆さんは、お父様、お母様に会うためにどのようにしなければならないでしょうか。皆さんは、御父母様の前に直接出ることはできません。皆さんは血統が違うので、入籍するまでは相続権をもらうことはできません。

 まだ、皆さんは入籍していません。先生の族譜に入籍しましたか。していないのです。では、いつ入籍するのでしょうか。祝福を受けたからといって、みな入籍するわけではありません。祝福を受けた位置は、長成期完成級です。七段階完成級の七年路程が残っているのです。それが原理です。その原理を中心として復帰していくのです。

③心情圏転換

 天国へ行く条件があります。自分の家庭をもたなければ行くことができません。神様の息子、娘である以上、息子、娘としての使命があります。様々な使命を果たした上で、永遠の世界で真の父母と会うようになっているのです。そのような公式の内容を完成しなければ会うことができません。祝福を受けただけでは、天国へ行く門は開かれても、歩いて入ることはできません。先生の言うとおりに実践して、氏族のメシヤを完成した立場で入籍しなければならないのです。

 心と体の統一世界をもつには、神様の本質的愛を回復しなければなりません。そのような命題が残っているということを知らなければなりません。どんな苦労があったとしても、これを克服して、その境地を取り戻してから霊界に行かなければ、大変なことになります。

 このような真の愛の論理を中心として考えるとき、私たち人間がそこに一体化して共同一体圏内に入るので、神様の生命が私の生命となり、神様の愛が私の愛となり、神様の血統が私の血統になるのです。「神様の所有である被造世界は、私の被造世界だ」と言って、天下を抱く父母の名をもち、そのように生きなければ、天国に入籍することはできません。

 皆さん、祈祷してみてください。祈祷すればするほど、涙で前が見えなくなります。父の前に近づけば近づくほど、悲しみと痛哭が起こるのです。このような段階を越えて、父を思っただけで踊りたくなるようでなければならないのに、いまだにそうなっていません。ですから皆さんは、いまだに神様が私たちを本然の人間として慕うことができなかった歴史的な条件に引っ掛かり、時代的な条件に引っ掛かっているのです。

 ですから、希望となれなかった皆さんには、天と自分の間にある「慕わしさ」という条件を清算すべき時が、今後来るということを知らなければなりません。それから何をしなければならないのでしょうか。天の家族として入籍できる日を待ち望まなければなりません。皆さん一人だけが待ち望むのではなく、全世界の人類が待ち望まなければなりません。

 皆さんが真の父母権を相続しなければなりません。そして、真の子女権、真の父母権、真の王権を中心として、真の父母権と一体化した天地とならなければならないのです。そこでは、まず地上天国、第二に天上天国、第三に王権と皇族圏です。皇族圏とは何でしょうか。カイン世界が残っています。カイン世界の長子権を復帰して、次子として絶対服従させて天国に連れていってこそ、皇族圏ができるのです。

 堕落しなければカインも皇族になるはずだったのですから、地獄に行くのを、天国に行けるようにしてあげなければならないのです。天上、地上、そして王権と皇族圏を中心とした勝利の基盤の上で何をしなければならないかというと、真の父母に侍り、神様に侍る家庭を完成しなければならないのです。天と縦的な関係を結んで、すべて入籍しなければならないのです。すなわち、先祖の立場に立たなければならないということです。

 真の父母の恵みは、言葉では表せないほどの恩恵であるということを考えなければなりません。天下のそのいかなるものとも替えることはできないのです。自分の一族が問題ではありません。自分の財産が問題ではないのです。この肥だめのような汚れたものを、神様が受け取りたいはずはありません。「ペッ」とつばを吐くのです。

 先生の息子、娘を通して、お母様を通して、先生までの三代を経るのです。天使長を通して、天使長の息子を通して、お母様を通して神様のもとに帰るのです。帰って本然の者となるのです。神様の血族になって、再び分配してもらわなければならないのです。それは、先生が勝手に言っているのではありません。摂理的な観なのです。

2.氏族的メシヤの使命を果たさなければ

①氏族的メシヤの使命

これから皆さんの根を整備しなければなりません。根はどうなっているのでしょうか。堕落によって父母が駄目になってしまいました。ですから、真の父母と真の息子、娘を中心とした本然の父母権と長子権を、反対に越えていかなければなりません。ただそのままではできません。一八〇度反対にして、初めてもう一度出発することができるのです。どういうことかというと、皆さんが故郷に帰って、先祖を取り替える運命が残っているということを知るべきです。

氏族的メシヤがすべきこととは何でしょうか。アダムが失敗したことをすべて復帰しなければなりません。真の父母が来て、イエス様が失敗したことを復帰し、アダムが失敗したことを復帰したのです。

アダムは家庭的基準ですが、家庭的根をアダム、エバから連結できなかったので、これを逆に、氏族的メシヤの立場で自分の父母と氏族を復帰しなければなりません。それが祖父母、父母、自分、息子・娘の四代です。この四代を連結させて、今まで根がなかったのを、父母を中心として代わりに根とするのです。

氏族的メシヤとは、父母の位置に立つことです。父母の位置において息子、娘を結び合わせるのです。宿命的です。避けることができません。それができなければ、あの世に行っても入籍できません。立つ瀬がないのです。自分の位置を定めてもらうことを有り難く思わなければなりません。

先生が与えることのできる最高の贈り物であり、先生が一族の前でできなかった歴史的な恨を解くことを、代わりに皆さんにさせるのです。そうすることによって先生の父母が解放されるとともに、皆さんの父母まで恵沢を受けるのです。皆さんのお父さん、お母さんが、堕落していない父母として登場するのです。

自分の氏族を復帰するためには、氏族的メシヤの責任を果たさなければなりません。このような命令は歴史上にありませんでした。氏族的メシヤの立場は、第二の真の父母の立場であり、イエス様の立場よりも上なのです。そのような立場を賦与されたという、とてつもない価値があるのです。これはいかなるものとも替えることができません。

なぜ氏族的メシヤとして責任分担を果たさなければならないのでしょうか。最初の理由は、皆さんの父母を救わなければならないからです。父母は第一のアダムの立場であり、皆さんは第二のアダムの立場にあります。

父母を復帰して再創造し、アダムの使命を完遂しなければなりません。第二の理由は、皆さんには故郷が必要だからです。氏族的メシヤの使命を果たすことによって、自分の故郷をもつことができるようになるのです。

結局、氏族的メシヤの責任分担を果たさなければならない理由は、アダム家庭の完成のためです。具体的には、氏族を教育するということです。

ここに来た皆さんは、金氏ならば金氏家門のメシヤのような使命を果たさなければなりません。金氏家門ならば金氏家門、朴氏家門なら朴氏家門において、天国を創建するに当たって、その氏族を代表して「私がメシヤだ」と考えなければならないのです。救世主だと考えるべきだというのです。金氏家門を救う救世主だと考えるのです。そのためには、金氏家門全体を代表して、祭司長的な責任を果たさなければなりません。

入籍というものがなければ、天国の国民になることはできません。宙に浮くことになるのです。そうなればサタンが思いのままに前後、左右、上下から攻撃するのです。今皆さんは、真の御父母様に代わって、氏族的メシヤの使命をもって自分の父母を解放することのできる立場に立っています。

なぜ氏族的メシヤが必要なのでしょうか。氏族的メシヤがいなければ、家庭基準を中心として連結されません。連結されなければ皆さんが故郷にいることはできません。先生には故郷がありますが、皆さんの故郷はないのです。家庭をすべて復帰したならば、今後入籍時代が来ます。入籍時代になれば、支派編成が行われ、入籍する順序が決まるのです。先に入籍する人々が兄となり、彼らを先祖のように侍る新しい体制ができます。全世界がそのようになって初めて地上天国が完成されるのです。

絶対的に氏族的メシヤが必要です。それができない人は、第一・第二アダム圏を連結することができません。先生とつながることができません。入籍することができません。ですから、絶対的に氏族的メシヤが必要です。そのような天の恩寵について何の価値も分からない人は、宝物をもらっても、その価値あるものをないがしろにします。そのようにいい加減に考える基準に応じて、審判を受けるのです。氏族さえ復帰すれば終わるのです。

 祝福を受けることによって、天国への入籍が可能になります。そして、ようやく人間が天国を得るのです。天の家庭を得て、天の氏族、天の民族、天の国家、天の世界を経て、天宙を経て国を得ることになり、その国に入籍することによって天国の国民になるのです。真の父母の血族が入籍するはずでしたが、堕落することによって長い歴史を経て世界の中から奪ってこなければならなくなりました。

 ですから、ここにおいて氏族的メシヤの責任を果たすことで、イエス様が失敗したことを蕩減復帰しなければならないのですが、そのためには世界各国に責任をもって、その国を天国に捧げなければならないのです。

 氏族的メシヤがたくさん現れて、彼らが一つになり、氏族的メシヤを中心として自分の国を復帰する運動が起こるのです。東で西で、三六〇度で祝福家庭が生まれ、誰が頂上に上るか競争するのです。天の国に入籍するまでは、先祖の立場を得ることはできません。先祖の立場が得られなければ、いつ押し出されるか分からないのです。

 統一教会に通いながら二十年間に何人を伝道したかということで等級をつけるとすれば、その間一人も伝道できなかった人は、寄生虫のようなものです。今後、入籍するときは、その数を重要視するのです。入籍時代に入るのです。自分の家庭を中心として一族にならなければなりません。アダム家庭は、アダムの一族です。アダム家庭を中心として考えると、アダム家庭の息子、娘がいて、一族がいるならば、国が形成されるのです。そうなれば、じっとしていても国は形成されるのです。

 自分の家庭に息子、娘がいて父母がいるので、三代がいることになるでしょう。自分の縦的な基盤を中心として、横的には平行に家庭の理想をすべて受け継ぐことのできる、数百、数千の家庭があるのです。それを連結すれば国になるのです。そのままにしておいても国になるのです。世界は、複雑で困難なものではありません。

 統一教会の教団は、氏族です。氏族なのです。私の血が共に動くのです。私が涙を流すならば涙を流さなければならないし、私が喜べば喜ばなければならないのです。血族なのです。五色人種を超えて、文化背景の異なるすべての国家基準を超えて、壁を打ち破って一つとなった新しい天国を創建するための民族です。この民族が聖なるものとされるとき、天国の創国(注:国を建てること)が顕現するのであり、そのような聖なる創国の民族として生きていくとき、創世界がなされ、その世界の上に天宙的な地上天国と天上天国が連結されるのです。

 今、先生は、皆さんにメシヤという名を与えました。氏族的メシヤ! ですから皆さんは、どうすべきでしょうか。メシヤとして何をしなければならないでしょうか。国家的メシヤ、世界的メシヤ、天宙的メシヤになり得るあらゆる準備をしておきました。山のような大きな宝物を皆さんのために準備しました。皆さんがメシヤになりさえすれば、宝の山のようなものをすべて相続するのです。水道管のようなものがつながっていて、水が流れていくように、皆さんに相続させるのです。

 氏族的メシヤが安物だとでも思っていますか。賢い先生がメシヤの使命を果たすために一生を捧げても到達していないので、恥ずかしく思っているのです。皆さんにとって「氏族的メシヤ」という言葉は驚くべきものです。イエス様よりも貴い価値ある立場に立つことができるのです。そればかりでなく、統一教会に反対し、誹謗中傷してきた人をも、堕落していないアダムの立場に引き上げてあげるのです。この世の中に、そのような話がいったいあるのでしょうか。語っているこの文なにがしという人は、真の御父母様の位置にあるので、今まで話してきたすべてのことを成し遂げてきました。成し遂げられなかったことはありません。

②百六十家庭完遂は必須

 皆さんの一族をすべて祝福家庭にしなければなりません。百六十家庭から百八十家庭です。そうして初めて入籍するのです。これを中心として国を救うことができるのです。このような時が来たのですが、氏族的メシヤにならなければならないでしょうか、なるべきではないでしょうか。個人の救いの時代ではありません。家庭と、氏族と、国家と、世界が一度に帰ることのできる時になったのに、家庭的基準で座り込んでしまえばどうなるでしょうか。

 祝福を受けた家庭は、氏族的メシヤの使命を果たさなければなりません。イエス様が失敗したことを、家庭的メシヤを中心として百六十軒、百二十軒を一つにできずに死んだがゆえに、今の時は世界的舞台で百六十軒を一つにすることによって、イエス様が失敗した基準を中心に、地上に着陸することのできる家庭的メシヤを形成して、堕落していない真の父母の歴史をつくることができるのです。

 そうなって初めて入籍がなされます。国に入籍することができるのです。自分の国になるのです。そうなれば、国に入籍し、戸籍に載るのです。先生は、迫害されながらなしてきましたが、皆さんは、歓迎されながら百六十軒をなすことができるのです。ですから、先生が反対されながら百六十カ国やったものを、百六十軒で歓迎されることによって蕩減復帰するのです。

 王権時代になったので、多くの国、百六十の国家を中心として、先生が神様の代わりにメシヤを送るのです。神様は、一人のメシヤを送って今まで救いの歴史を展開してきましたが、先生は、神様の救いの歴史において地上に着陸し、サタンのいない世の中になったので、平面図上で全世界の祝福家庭に氏族的メシヤの使命を完遂させるため、世界に配置したのです。この氏族的メシヤが家庭的メシヤを引き連れて国に入籍するようになれば、世界に通じる基盤はできるのです。

 百六十の国家さえ一つになれば、世界と天宙は自然に一つとなって結ばれるのです。先生は、百六十の国家を完成したということを知らなければなりません。皆さんがいかにして百六十軒をするかということが問題です。いかにして、氏族的メシヤとして百六十軒を救うかということです。そのようにして真の父母が百六十の国家を完成したのを連結するのです。ですから登録するのです。そのようにして皆さんの家庭が回れば、百六十家庭を中心として、国が回り、百六十の国家がすべて一度に回るのです。ですから氏族的メシヤが必要なのです。

 アダム、エバが堕落することによって、アダム家庭を失ったばかりでなく、アダムの一族を失いました。七代です。七代を経たならば、アダムの一族を中心として、地上天国の基盤を完成するはずでした。七代が神様の血統を中心として結ばれなかったのです。七代だと何千家庭になるでしょうか。個人・蘇生、家庭・長成、氏族・完成です。これが一つのカテゴリーです。これを切り離すことはできません。三段階過程です。

 ですから、み旨の道では、皆さんは一人で生きることはできません。家庭のために生きるべきであり、氏族のために生きなければなりません。その氏族を越えることができなければ、世界の国家圏に加わることができません。氏族編成ができなければ、世界国家、世界版図の上に入籍できないということは、皆さん、知っていますね。百六十家庭以上祝福をして、初めて天国に入籍するのです。これは話だけではありません。このとおりにしようということです。

氏族的メシヤがいなければ、復活し得る重生の橋を失うということを知らなければなりません。氏族的メシヤが百六十家庭を立てることができなければ、入籍できません。入籍において数千代の差が開くのです。五十億人類が歴史的代数においての差が開くということを知らなければなりません。ですから、必死に氏族的メシヤの使命を果たさなければなりません。

 これからは、真の父母を中心として入籍する人が先祖になるのです。霊界で先祖となって、その主流氏族とその傍系となる人を中心として、これを編成するようになっているのです。ですから入籍しなければなりません。しかし、ただで入籍できるようにはなっていません。百六十家庭、あるいは百八十家庭を完了しなければならないのです。これができていない人は、脱落することになります。三十六家庭とか何とか、それを主張する時代は過ぎたのです。平等化時代が来たので、ここでは誰が先にその数に入るかが問題なのです。

 自己完成というのは、絶対真の愛、絶対真の生命、絶対真の血統、絶対真の良心を完成することです。そうして堕落後に失った家庭を復帰して、安着するのです。真の父母が安着したので、私たちも真の父母に従って氏族的メシヤになり、百六十家庭を連結し、百六十カ国を占有するのです。そうすることによって、天国と地上を自由自在に行き来することができるのです。必ずやこれを相続しなければならないので、運命的というよりも宿命的にしなければならないのです。そうして入籍するのです。入籍して初めて皆さんが地上天国、天上天国を所有することができるのです。入籍して初めて「私の国」、「私の王国」と言えるのです。

 入籍する順序で先祖が決まるのです。つまり、誰が早く氏族的メシヤになって、先に入籍をするかによって先祖が決まるのです。イエス様が百二十門徒を登録しようとしたのですが、それができなかったので、再臨時代に百六十家庭を中心として登録しなければならないのです。百八十でもいいのです。みな「百六十家庭がいい」と言って、百八十家庭は願わないので、百六十家庭に定めたのです。六数はサタン数なので、サタン世界で完成しなければならないのです。四数は理想数です。四数の四倍は全体を象徴するのです。

 皆さんがいかにして百六十家庭をするかが問題です。それが氏族的メシヤの使命です。百六十家庭を皆さんの家庭を中心として連結するのです。それが失われたアダム家庭を完成することです。百六十家庭が絶対に必要です。どうして必要なのでしょうか。神様と真の御父母様が勝利したすべてを相続するためです。相続というのは、すべてが解放されて、神様のようになることです。

 皆さんは、氏族的メシヤがそれほどまでに重要だということが分かりましたか。これがなければ、先生についてくることはできないのです。つまり、天国に行けないということです。それはまた、サタン世界を解放できないということでもあります。ですから、いかに困難でも氏族的メシヤの使命を果たさなければなりません。そうしてこそ天国に入籍することができるのです。登録するのです。そうしなければ入籍することができないのです。

 なぜ百六十家庭かというと、これを世界に連結させるためです。ヤコブは十二家庭、モーセは七十二長老、イエス様は百二十門徒、再臨主は百六十使頭です。使徒の頭ということです。イエス様は使徒といいました。「使頭」というのは私が初めて使う言葉です。誰も知らない言葉です。日本はエバ国家なので、先生が知っている秘密をすべて教えてあげました。韓国人、責任者も知らないことまですべて教えてあげたのです。それで責任が果たせなければ首が飛ぶのです。

 百六十家庭を解放できなければ、第一次アダム、第二次アダム、第三次アダムの勝利圏を相続できないのです。一次アダムの分しかしていなければ、二次アダム、三次アダムと関係を結ぶことができないのです。来たるべき再臨の主が、一次アダム、二次アダム、三次アダムをすべて完成して、一次アダム圈、蘇生の基盤さえつくるならば、接ぎ木してあげようというのです。

 先生は四十年間迫害を受けながら、百六十カ国に宣教部をつくりました。これからは、祝福を受けた家庭、統一教会のメンバーが氏族的メシヤとなって、百六十家庭を連合しなければなりません。それは一つの水晶体、結晶体のようなものです。先生は迫害されながらつくりましたが、今や統一教会の食口は、迫害されるのではなく、歓迎されながら自分の一族を救うことのできる時が来たのです。それができないという人は、資格がありません。百六十人に祝福を受けさせて初めて、国に入籍するための資格ができるのです。カナンの福地に上陸して、国を迎えることのできる立場に立つのです。

 世界が先生の言うことさえ聞いていたならば、一九五二年から地上に平和の世界が、天国ができていたはずです。今日、皆さんに語っている「氏族的メシヤ」を派遣していたことでしょう。そうしていたならば、全世界のキリスト教徒は八億ですが、世界の八億の人が先生の側にいるのですから、一つの町内に一軒、一家三代がみな氏族的メシヤということになるのです。そうすればサタン世界は、完全に退くのです。そうして憲法を中心として、すなわち今後の世界をいかにして治めるかという憲法を制定して、治めるようになっているのです。

 ですから今後、家庭を中心にどう進むべきかということは、まだ教えていないのです。一つ知っておくべきことは、大移動の時代が来るということです。先生の言う氏族的メシヤとなって、百六十家庭を祝福した家庭は入籍が可能です。先生を一代として、二代、三代、四代というように、先祖を定めるのです。先祖を立てれば王権ができるのです。王権の血族をつくらなければなりません。

 実績のない人は、神様には必要ありません。愛を中心とした実績がなければなりません。ですから、皆さんも三十六家庭、七十二家庭、百二十家庭、一族を率いてこそ天国に行くことができるのです。それができなければ入籍はできません。原理がそうなっています。そうですか、そうではありませんか。三十六家庭という威信を掲げていますが、ただ掲げているのではありません。恐ろしい立場なのです。サタンも誰かをつかまえて、その前で攻撃するかもしれません。

3.天国の支派と族譜編成

今後、皆さんが天国に登録するという新しい出来事が起こることでしょう。戸籍に載せなければなりません。戸籍に載せるためには、国がなければなりません。国がなければ入籍することができません。

国がどんなに重要かを知らなければなりません。国があってこそ、その国を通して神様が思いどおりになさることができ、そうして初めて私たちにも迫害圏であるサタン世界を踏み越えることのできる基盤がつくられるのです。ですから、食べるときも、何をしていても、いつも国のことを考えなければなりません。

戸籍が変わらなければなりません。

戸籍を新しくつくらなければなりません。サタン世界の戸籍は、すべて滅びるのです。それは、地獄圏に属するものです。ですから、天国の戸籍に入籍し直さなければならないのです。今日、それをはっきりと知って、今後私たちの取るべき姿勢を整えて、私たちの周辺にこの事実を伝えなければなりません。そのために、中心存在はいつも投入して忘れなければなりません。

天国に新しい族譜が編成されるとき、入籍が行われるのです。

百六十カ国を中心として百六十家庭が一つになることによって入籍時代となるのです。

今、皆さんが生まれたとすれば出生届けをしなければならないし、結婚すれば婚姻届けをしなければならないし、死ねば死亡届けをしなければならないのと同様です。国ができれば、憲法を中心に、戸籍であるとか、それに関する体系によって管理する基本法ができなければなりません。その国に入籍するためには、百六十家庭が完全に一つになって入籍しなければならないのです。

入籍するとき、母国語を知らなければ入籍できません。

言葉と文化と生活環境が完全に真の父母のものでなければなりません。真の御父母様の文化圏を相続して心情文化世界を代表した、そのような家庭とならなければ、天国に入籍できる資格が剥奪されるのです。

天国の法を守って、天国の王宮法を尊重視することができなければなりません。

今後、南北が統一された世界、そのすべてに対して備えなければなりません。その訓練が残っています。その時に、誰でも入れるのではありません。入籍時代が来るのです。その時は、大学を卒業して、博士になって、大学の先生になることよりも難しいのです。自分の一代に一族の歴史をすべて編成して、それにパスしなければなりません。霊界、肉界から鑑定を受けて選出されるのです。

そのように考えると、皆さんは、先生が今まで四十五年間指示してきたすべてのことにおいて合格ですか、不合格ですか。何分の一合格したかが審判の条件になるのです。これは脅迫ではありません。見ていてください。私の命令は、私がすべて勝利した条件を立てた上で命令していることなので、天国の訓示第一条の条件として、法的条件として残っているのです。それについての問答がなされるのです。

憲法を作って法律を発表したのに、その法に引っ掛かるならば監獄行きなのです。

「知りませんでした」という弁明は通じません。そのように考えている女性は今、悔い改めなければなりません。絶対に隠れて生きてはなりません。警告します。男性よりも女性に責任があります。男性は女性の言うことを聞くものです。どういうことか分かりますね。

日帝時代にサタンが先に創氏改名する運動をして、私たち民族を教育しました。ですから今、姓を変えることが難しいでしょうか。日帝時代にも変えたのですから。そうではありませんか。

私は、姓を変えるために来た人物です。族譜を掘り起こすために来たのです。

気分が悪いですか、良いですか。僕の族譜を掘り起こして、王宮の宮女、王子の族譜に入籍させてあげようとしているのに、嫌だという人がいますか。嫌ならばやめてください。そのような人は滅びるべきです。ですから、喜ばざるを得ないのです。

アダム一代から族譜ができていません。初めて族譜編成がなされるのです。家庭を中心とする入籍時代が来ます。そのような恐ろしく、驚くべき時代が来るということを知らなければなりません。

4.民族大移動時代が来る

氏族的メシヤとして入籍したときには、韓国語を知らなければ御父母様の近くに行って立つことができません。遠からず、そのような時が来るのです。入籍は、超国家的、超民族的にしなければなりません。民族大移動の時が来るのです。ですから民族的メシヤの活動を急いでしなければなりません。この世は、何でも先生の言ったとおりになります。そうなるようになっているのです。

今後、入籍する順序を中心として、民族大移動が起こるのです。統一教会に反対する人は今後、荷物をまとめなければなりません。スターリンはサタン側の再臨主の象徴なので、韓国の民族を死ねとばかりに中央ロシアの砂漠地帯に連れていって捨てましたが、死にませんでした。韓国民族は、とても忍耐力のある民族です。団結して生き残りました。その時のように大移動するのです。その時は、強制的に移動させられましたが、今は、志願して移動せざるを得ないのです。

原理原則がそうですから、天国に行くといって自分たちが良い暮らしのできる所に行くことができるでしょうか。そうではありません。地上天国が顕現するときには、大移動が起こります。先に入籍した順番のとおりに、先生の側近となり、ずらりと並ぶのです。大韓民国で反対する人は、追い出すのです。荷物をまとめるのです。

イエス様は結婚できなかったので、祝福を受けた人は、イエス様よりも上の立場に立つのです。ですから氏族が反対することなく、先生を歓迎する時代が来たのです。氏族的メシヤとして百六十家庭を糾合するのは、たやすいことでしょう。問題ないのです。早くそれをしなければなりません。それをしなければ、皆さんは一人残らず追い出されます。

世界の七千万人以上の統一教会のメンバーが、入籍して入ってくるのです。すべて韓国に入籍してくるのです。それを知らない人はみな、荷物をまとめて退くようになります。大移動が起こるのです。民族大移動が起こるのです。起こらざるを得ないのです。

世界の人が行列をつくって来て、みな入籍するようになって、入籍する数が四千万を超えるとき、皆さんがそこから外れたならば、荷物をまとめて南米に、アフリカに行かなければならないのです。嫌でもそのような時が来るのです。大移動時代が来るのです。

ここに来た人たちは、「そんなはずはない」と言うかもしれません。そのような人は、見ていてください。今に、荷物をまとめて遠い南洋に追い出されるのです。

 

そのような困難な世界を知っているので、皆さんを集めて深刻にみ言を伝授してあげているのですから、よく聞いてください。ここに来ていた人が死んでから「どうしてあの時はっきりと言ってくれなかったのか」と言ったときに、私が引っ掛かることのないように、はっきりと語ってあげるのです。

国があって初めて入籍がなされます。出生届け、婚姻届け、死亡届けをするのです。私たち統一教会の多くの家庭が祝福を受けましたが、今は誰も手続きすることができません。手続ができないのです。国がないがゆえに、みな新しく登録しなければならないのです。ですから大移動が起こるのです。北極の人が南極に、南極から北極に行くのです。今後、手続きをする順によって支派が異なってくるのです。大移動が起こるのです。

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三 四位基台入籍続一祝福

1.三時代大転換一体圏統一祝福式

地上では真の父母によって祝福を受け、天上では興進君によって祝福を受けたのですが、父と息子が霊界と肉界に別れて祝福したものを一つにしなければなりません。地上の御父母様を中心に、息子が霊界でしたことを地上に下ろして、御父母様から皆さんが祝福を受けた基盤と霊界で祝福を受けた基盤を連結させて一つにし、御父母様が地上で息子、娘を祝福する代わりに、霊界が天使長の立場で完成できる祝福基準の前に順応しなければならないのです。それゆえ興進君が地上に降りてきて、父と息子が一つとなった立場で一つの条件を立てて、御父母様がなしたことをすべて興進君も共になしたといえる価値を認めるのです。

八十の老人が世界を回って祝福する時代は過ぎ去りました。皆さんが御父母様の代わりに、興進君も霊界で御父母様の代わりに祝福する時代を設定するのです。そのためには私が地上にいる父の立場で、息子である霊界の興進君に祝福する権限を伝授し、霊界で祝福してきたすべての基盤も、先生が行って祝福した基準と同等の価値を設定したのです。

平面において、お父様の前に息子を立たせて祝福した、すなわちお父様が天上世界、霊界の息子の所に行って祝福したのと同じ価値あるものとして、統一された祝福家庭として意味をもたせるために、お父様が息子に祝福の権限を相続してあげるのだということを知らなければなりません。

父親が霊界に行けば、兄になります。また、息子は、弟になるのです。ですから天の父、父親の呼ぶ天の父も、息子の呼ぶ天の父も同じなのです。神様の前では、みな息子になるのです。ですから、同じ息子といっても、父親が先なので、横的な面においては兄の立場を代表するのです。

ですから、御父母様が御父母様の立場を完成したということは、息子の立場の完成を、霊界でも地上でも同じ価値的内容を伝授し、一体化させるというようなことをするのです。御父母様が、霊界の長子である興進君を呼んで、このように祝福された家庭を立て、一緒に統一的宣言をすることによって、先生が祝福をしてあげるのではなく、今後は興進君が祝福をするのです

が、興進君がいなければ、顕進君がお父様の代わりに祝福することのできる時代になるのです。

三代の息子、娘、祝福を受けた家庭は、絶対に堕落してはいけません。堕落したならばどういうことになるかというと、今までのように真の父母が来て救うことのできる道理の時代は過ぎ去るのです。血統が異なったのを完全に転換し、三時代の先祖を代表した王権を受け継いで、祝福することのできる大将となった夫婦の血統は、千年、万年たっても汚されてはならないのです。血統の汚れたものを受けてはならないのです。純潔を守らなければなりません。分かりましたか。それをよくよく知らなければなりません。

深刻です。「真の父母の名によって許してください」と、許しを請うことはできないのです。自分の先祖と自分の愛する兄弟を犠牲にしなければ、救う道がありません。それでもその血統はきれいな血統ではないので、剥ぎ取ってしまわなければならないのです。純潔な血統を残さなければなりません。深刻なのです。

三代圏内にある祝福家庭は、どんなことがあっても、堕落の悲しさを味わうような血族になってはならないことを警告します。

入籍特別修練会を通じて、女性が入籍することによって、息子、娘に責任をもち、母と息子、娘が一つとなって父を完全に悔い改めさせて、堕落していない父母の立場に立てることによって、来たるべき真の父母のあとに従って、神様を玉座にお迎えし、天宙のすべてを喜びの心をもって旧約時代、新約時代、成約時代、万物と息子、娘と自分たち夫婦をすべて捧げる立場に立たなければならないのです。

愛の実権を再び相続したその立場が故郷の地への出発の場であり、祖国光復の出発の場なので、今後、全体的歴史時代で願ってきた、祝福家庭がなせなかったすべてを蕩減してこそ、南北統一のこの混乱時代に責任をもって、私たちの手で祖国光復することによって祖国を建てるのであり、本郷の地を求める厳粛な課題に出征した兵士の母であり、息子、娘であるので、天地全体が協力して、一方通行で、勝利に向かって一歩一歩前進するための出征命令であることを知らなければなりません。

兵士となって、天の威信と伝統に汚点を残すような家庭、一世、二世、三世となるのではなく、霊界の先祖の前に恥じることのない、誇らしい家庭となることを天地父母は願いながら、祝福された長男興進君、顕進君、一族全体を合わせて願いますので、その目的達成のために、一寸の狂いもなく一体理想を完成させ、天地の勝利的王子、王女となることを願います。アーメン!

地上世界の真の父母の勝利圏、天上世界の長子圏を代表した興進君を中心とした勝利の伝統によって、一体的理想で伝授したことを宣布いたしますので、天地の存在は感謝の心で永遠不変の愛の国と、愛の地上天国、天上天国を抱いて、ありったけの精誠、忠誠をもって、孝子、孝女、烈女、聖人の道理、聖者の道理を果たします。お誓いします。アーメン! お誓いします。アーメン! お誓いします。アーメン!

2.四位基台入籍

家庭的基盤でなければ入籍することはできません。真の父母というのは、家庭を中心として祝福の基盤を代表した世界的家庭なので、それと相対圏をなして入籍しなければなりません。家庭的出生を届け出なければならないのです。真の父母のみ名を中心に、神様のみ旨の平和郷ができ、統一圏ができるそこにおいて、家庭的に入籍するならば、国家が一瞬のうちに帰ることができるということです。

アダムとエバが家庭的に堕落することによって、サタンにすべてを入籍したのと同じように、今度は皆さんの家庭を中心として皆さんの国と全体が入って、天に入籍して戻ってこなければならないのです。これは原理です。堕落するときに、家庭を中心として堕落しました。ですから、それを蕩減しなければなりません。この原理があるので、この世界の大統領がいれば、その世界を引き連れて天に登録しなければなりません。登録したならば全体が、その国全体が救われるのです。

皆さんは、家庭を中心に入籍しなければなりません。ところが皆さん、まだ入籍していませんね。今後、恐ろしい時が来るのです。それに関しては具体的に説明しません。もしも引っ掛かるようなことがあれば、切ってしまわなければなりません。それが正に原理の法度なのです。

皆さんは、天を愛するように父母を愛さなければならないのであり、天と父母を愛するように兄弟を愛さなければなりません。自分の家庭と兄弟を愛するように万民を愛する人は、天国の民としての資格をもつ者として登場することができるのです。入籍できるということです。

潮が満ちてくるときは、初めはとても早く満ちてきます。どんなに早いことでしょうか。ところが、満潮となって交代するときは、一分以内に代わるのです。恵みの圏内で一分間だけ水平となって同じ立場に立てるということです。ですから、統一教会の熱心な青年たちが、サタン世界の人と同じ祝福の位置に立って、五十億人類が一朝一夕に、すべて統一されるのです。それで数万代が横的に連結されるのです。それから国家編成をするのです。国家というものを編成するときに、再び先祖として登場するのです。

これからは、祝福を受けたならば、一族に責任をもたなければなりません。押されてでも、強制的にでも祝福を受けたならば、天国に入籍するチケットをもらうのです。

3.入籍家庭に対する真の御父母様の訓示

①純潔な血統を死守せよ

②一心定着

③子女に対する真の愛の実践教育

④国境撤廃と交差結婚

⑤祖国光復と天国創建

⑥訓読経、原理暗記

⑦家庭盟誓の実現化

⑧正午定着

4.祝福家庭婦人動員と祖国光復

今後、皆さんの一族がすべて天に入籍しなければなりません。今回動かなければ、入籍できないのです。ですから祝福を受けた家庭を動員しなければなりません。しなくてもよいでしょうか。既成家庭はどうでしょうか。既成家庭の皆さんが、「既成家庭は動員しよう」と言うならするし、しないというならしないで、自由です。また、皆さん以外の人も、しようというならして、しないというならしないで……。我先に動員しようとするというのです。今、そのような時が来たのです。

母を通して母の伝統を受け継ぎ、父母の伝統を受け継いで代表してきたのが長子であり、長子権と長子の伝統まで受け継いだのが次子なのです。ですから、父の命令に母が絶対服従して、母の命令に長男が絶対服従して、長男の命令に弟が絶対服従しなければならないのです。そのような家庭にならなければ、神様に仕える家庭になることができないというのが、原理的総観です。

先生は、天の心情をあまりにもよく知っているので、誰かが一言でも語るならば、痛哭するのです。天下を統治し万国を治めるべき神様が、主権者の中の主権者となって、万世の大王のあらゆる権威をもって、万民を父子の関係の世界として統治しようという理想が蹂躙されたという事実、それが恨なのです。この時点から私たちが立ち上がって、悪なる権勢をすべて破り、天の願ってきた主権を立てることのできる栄光の一日が、私たちの目前に迫っているのです。

私たちが神様を中心とした自主的な国で生きることのできる希望の一日は、何ものにも換えることのできない価値ある時間なのです。霊界に行った人の中に、神様を中心とした国家圏内で生きた人はいません。先生は、それを知っています。私は、統一教会のメンバーを苦労させましたが、国を建てて摂理的国家圏で国をもった主権者の前に国民として堂々と生きてきたという、本然の人間像をもてるという事実が、どんなに権威あることかというのです。先生は一生の間、それを標準として生きてきました。

今まで先生は、多くの人に苦労させましたが、その国の国民のために主権者としての神様に仕え、その心情を注いで、一生涯をそっくりそのまま捧げることのできる栄光の日のために闘ってきたのです。

私たちが復帰すべき祖国というのは、今日この地上にあるような歴史と伝統をもった国ではありません。そのような国とは本質的に次元が異なるのです。私たちが次元の異なるその国を受け継ぐには、そのための思想的な主体性をもった国民にならなければなりません。

ところで、その主体的な思想というのは、絶対者である創造主がいるとするならば、その創造主の思想と一致する思想でなければなりません。絶対者の願う国が存在するためには、その国の主権を中心として、その国の国民に一致することのできる国になることを願わなければならないのです。そのような国民性をもって国家形態を備えなければならないのです。その形態を保存することのできる資格をもつ人になれなかったので、その国は形成されなかったのです。

今私たちが生きている世の中に、祖国がどれほど多くあることでしょうか。大韓民国の人は、大韓民国を「祖国だ」と言いますね。北朝鮮の人は金日成を中心として北朝鮮を「祖国だ」と言います。日本人は日本が「祖国だ」と言い、中国人は中国が「祖国だ」と言います。多くの民族が、根源的な国家や先祖を中心として民族を形成したならば、それを中心として「祖国」と言うのです。しかし本来、人間世界の祖国は、何百、何千もありません。本来の祖国は、一つです。一つでなければなりません。

私たちの祖国は、一つの国です。一つの国の中にある故郷を求めていくのです。「神様が共にいらっしゃる故郷、神様が共にいらっしゃる祖国、神様の名をもった祖国だ」と言うことのできる国がないのです。それはモスクワでもワシントンD・Cでもありません。ないのです。そのような祖国と、私たちの故郷の地を創建することのできる宝物を探そうというのです。

先生は、横になりながらも、いつもそのようなことを考えました。ここは父の国の家ではないので、愛着がないのです。ここに愛着をもって、良い暮らしをしたり子を生んだりするのは、仕方なくしていることなのです。神様と霊界の霊人が祖国の統一を、どれほど待ち望んできたことでしょうか。どんなに待ちわびてきたことでしょうか。「たとえ自分は地獄で生きたとしても、天上の低い所にいたとしても、私たちの祖国が早くできてほしい」と願うのではないでしょうか。その祖国が顕現するとき、自分たちが解放されるのです。ですから特使を遣わさなければならないのです。私は、監獄でもそのようなことをしてきました。門を開け放ったのです。肉界、霊界すべてにハイウェイをつくったのです。

ですから、霊界がすべて御父母様に対して、そのような方向に、一つの国へと進軍するのです。そのように願っているのです。霊界が地上のために、真の御父母様がうまくいくように祈っているのです。それを知らなければなりません。地上の真の御父母様、どうかよく闘って霊界の恨を解いてください。神様の願っていらっしゃるのがそのようなことではないでしょうか。皆さんは、これまで神様の国で生まれて暮らすことができず、この地のサタン世界で生きてきた期間が長いということを、恥ずかしく思わなければなりません。

四 入籍時代と私たちの責任

1.入籍と真の御父母様の恵み

今日の人類は、サタンの血統を受けています。ですから悔い改めなければなりません。天地の大主人の前に顔を上げることのできないほど、恥ずべき内容があるのです。しりまで隠して岩の後ろに隠れて、神様と呼ぶことのできない恥ずかしい子であることを知らなければなりません。愛の怨讐の血を受けたのです。ですから、涙と鼻水を流してはいつくばり、命を失ったとしても「罰を受けて当たり前だ」と言うことができなければなりません。死んで埋葬された自分であるということを知らずに生きる、かわいそうな人たちなのです。

誰も知らないこの道を探すために、私がどれほど大変だったか分かりません。人生問題の根本を解明しなければ、解決することができないということを知ったとき、暗中模索していた若い時の苦痛は、皆さんには分からないでしょう。しかし、それを可能にする組織をつくって、言葉だけでなく実戦の途上において、それが証明された世界の版図をすべて備えました。今や誰でも走ってきて旗を受け取って後ろを向きさえすれば、天国に入ることができる時代が来たのです。

自分自身がどれほど汚れた姿で悪臭を放ち、統一教会を汚し、サタンの舞台をつくってきたかを考えてみてください。それを考えれば、神様の前で体を伸ばして座っていることはできないのです。答えてみてください。それができますか。解放されて長子権を相続し、王権を相続することのできる自然な神様の愛圈と血統圏が中心となっている人ならば、それが可能かもしれませんが、皆さんは、そのような人になっていますか。腐って、いつ落ちるか分からないこの者たちが、自慢しているのです。

皆さんには何の資格がありますか。祝福を受ける資格があるでしょうか。祝福を受けようとここに来て座っているのですが、皆さんが統一教会に入ってから何年かの間にしたことは何でしょうか。祝福というのは、そのようにただ来て座っていれば受けられるというものではありません。千年の功を尽くし、万年の功を尽くしてから、その子孫が来て厳粛に千万回の謝礼を捧げながら、そして天上世界と地上世界の万民が仰ぎ見て、その日の栄光を称賛する中で、祝福を受けるべきなのです。果たして皆さんに、それができるでしょうか。

死んでみれば分かります。文総裁の言っていることがうそかどうか。私の言っていることがうそかどうか、今すぐにでもこの場で一度死んでみてはどうですか。霊界の度数に合った道理を教えてあげたということを知って、その教えどおりに行かなければなりません。いずれにせよ一度は行かなければならない道です。

文総裁の教えを受けなければ、その峠を越えることはできません。案内者がいないのです。ですから、天は今日この滅びゆく世の中で私たちのような者を立てて、キリスト教が生きる道、自由世界、民主世界が生きる道を教えてくれるのです。今日ここで名実共に真の父母の論理が出てくるのです。

「先生に似なさい」というのは良い言葉でしょうか、悪い言葉でしょうか。築かれてきた福をそのまま引き継がせてあげようというのです。先生が大きな峠を越えたとすれば、それを中心に同じ形をつくりなさいということです。そうすれば、その垂直線は同じなのです。

これからは、皆さん全員が絶対愛、絶対服従する立場に立たなければなりません。エデンにある家庭には自己所有権はありません。神様と神様の絶対愛と血統が一つとなった立場に立った真の息子、娘になりさえすれば、宇宙のすべてが私のものになるのです。愛によって一つになれば、自分のものになるのです。

2.家庭の伝統を立てよう

天国の皇族圏を編成していく時代です。このどうしようもない野良犬のような者たち、今後ブルドーザーで押し倒してしまう日が来るのです。

私の教えるすべての原理のみ言、教えるすべてのことを中心として、世界へ出ていくとき、この世界の伝統をせき止めることのできる韓国人がいるはずはなく、この世界の伝統をせき止める統一教会があるはずはありません。根を抜かなければなりません。目をつぶって断行しなければなりません。天国の伝統を立てるために刀を当てるときは、刀を当てる腹がなければなりません。

私の目を見てください。とても早く話しますね。主張の強い人なのです。間違えたならば、許しというものはないのです。世界に向かっていく時代を前にして、そのような日がやって来るということを考えるとき、これからは厳粛に過去をもう一度悔い改めながら、自分の一身を整え、一家庭を整えなければなりません。

これからは、世界がすべて入籍しなければなりません。十二支派を中心に、入籍するときは、皆さんの一生、統一教会に来てから今までのすべてを一つ一つ記録しなければなりません。教会からふろしき一枚でも持っていったとするならば、それをすべて記録しなければなりません。それが霊界で記録されたコンピューターの記録と合っていなければ、皆さんは入ることができません。正直にすべて自述書を書いていかなければなりません。そのように、一度清算して越えていくべき時が来るのです。

ですから、皆さんの祝福も、教会祝福、南北を統一したあとの祝福、世界を統一したあとの祝福があるのです。そのようなものなのです。短期間内に南北統一の時代が来ることを願わなければなりません。世界を越えて皆さんが祝福を受けて行ってこそ、天国に入るのであって、そうでなければ霊界に行ってとどまるのです。

人間の価値的結論は、二つではありません。一つです。その価値的結論の中心とは何でしょうか。真の愛です。真の愛とは何でしょうか。真の愛の定義さえ下せずにいます。統一教会の思想は、愛を中心とした唯一の世界観です。個人はこう行くべきであり、家庭はこう行くべきであり、氏族はこう行くべきだということがはっきりと示されています。その法度は、レバレンド・ムーンの構想ではありません。天国の法度の反映体なのです。そうしなければ、霊界に行って入籍できないのです。

理論的に考えるならば、み旨に関して説明することはなくなりました。すべて終わったのです。これからは、紙切れを持って越えていく時です。ですから、神様と真の父母から歴史が始まり、今後、入籍時代が来るのです。ですから皆さんが入籍するのです。神様の息子、娘としてみな神様のように、真の父母のようになったでしょうか。言葉で言うのは簡単です。寝ても覚めてもこれを考えなければなりません。食べている時も寝る時も、どこへ行ってもこれを考えなければなりません。そのためには、祖国で暮らしてから行かなければなりません。

人間の堕落によって、あってはならない内容が、天の道に反対する内容が、今日の人間世界に満ちているのです。これを払いのけなければなりません。これを裂いてしまわなければなりません。それは言葉だけではできません。サタンの愛を中心に、サタンの生命、サタンの血統につながって、すべての民族が歩んできた歴史的文化背景が、異なる習慣性、あるいは風習が各種各様に満ちているので、そのままでは除去できないのです。

ですから聖書に、「自分の命を失おうとする者は生きる」とあるのです。それで逆説的な論理が成立するのです。命を失おうとしてこそ生きるのです。自分の命を投入しなければならないのです。ですから、すべてのものを漂白して洗濯し、言い換えれば、蕩減して復帰しなければならないのです。そのような過程が絶対に必要なのです。それをせずに、堕落世界で所有していた習慣性や罪悪性が残っている限り、天との関係を結ぶことはできないのです。

救いの道というのは、皆さんが今まで生きてきた、そのままの習慣的生活を通して得ることのできるものではありません。完全に蕩減の道を行かなければならないのです。救いの摂理は復帰摂理であり、復帰摂理は再創造摂理です。ですから、再創造されるためには、堕落する前のものと同じように、本然の位置、ゼロの位置に戻らなければならないのです。そこには意識もなく、習慣もなく、今の自分の金や李という姓もないのです。そのようなゼロの位置に戻らなければなりません。天の創造本然の基準を考えるならば、造られたすべての万物は、ゼロから出発したのです。

統一教会のメンバーは、絶対に自分勝手に生きることはできません。自分の心をだますことができますか。自分の心を偽ることができない限り、天国の戸籍を偽ることはできません。すべてのことが籍に入るのです。私がこの手を挙げたとすれば、それがビデオ・テープにすべて記録されていますね。人間の世界でもそのように記録されるのですから、天国に記録されないはずはありません。祝福を受けたある夫婦について、ボタンを押しさえすれば、幼い時から、その先祖の時からすべて現れるのです。あっという間に出るのです。時間はかかりません。ここでは時間という概念がありますが、天国はあっという間なのです。

女性が家柄の高い名家に嫁入りしたならば、いくら美人だとしても、その家の法度に従わなければなりません。法度に従えなければ追放されるのです。ですから、どんなに大変でしょうか。生活が合わず、習慣も合わず、風習が通じなければつらいのです。規則だらけの行路に従って愛し、それに拍子を合わせることは、容易ではありません。難しいのです。拍子を合わせられなければ、追い出されるのです。

アダムとエバが絶対信仰、絶対愛、絶対服従の基準を失って偽りの結婚して、神の血統を失い、所有権を覆し、一族を滅ぼしたので、ここで絶対血統復帰をしなければならないのです。真の父母の純潔な血統を永遠に自分の子孫に残すことができるように守らなければなりません。アダムとエバは、それができずに結婚したのです。私たちは、それを守って結婚し、絶対血統、絶対所有権、絶対心情圏を復帰しなければならないのです。それを標語とするのです。三大標語です。

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