第六節 霊界の創造


 霊界は天使世界に相当します。そして、今日の世の中は、アダム、エバのような立場にあります。ところで霊界は、アダム、エバを造る前に造られました。霊界が神様のみ旨に反対することによってサタン世界が生じたために、霊界が神様のみ旨を歓迎してこそ、その世界が復帰されるのです。また、霊界を屈服させずには、地上世界に主が来ることはできません。それで、統一教会が今まで霊界を屈服させてきたので、霊界は統一教会に協助しなければならないのです。

 霊界は、どこにあるのでしょうか。皆さんの体の中にあります。ですから、皆さんは常に霊界を背負って回り、連れて回っているのです。ですから逃げることができません。

 霊界はあります。霊界は、この世界のためにあるのです。また、この世界も、永遠の世界のためにあります。「世の中のどのに神様がいて、霊界がどこにあるのか」と言うかもしれませんが、神様のいらっしゃる所が霊界です。

 我々の人生が七、八十年で終えれば、別に問題がありませんが、永遠の生を中心として生きていくから深刻です。では、霊界があるとしたとき、死後に霊界に行くようになれば、何を持って行くのでしょうか。真の愛を実践する人生を生きなければ、霊界と関係を結ぶことはできません。霊界は広大な世界です。皆さんは知りませんが、広大無辺な世界です。

 今日、電気とか宇宙などと言って大騒ぎするのは、愛の理想世界を成すための一つの内的な潤滑剤のようなものです。そのように見ると、霊界という所は、愛の電気で充満した世界なのです。愛の電気をもってして、できないことはありません。ここから、我々の意識構造をもって治め得る可能圏が霊界だといえます。

 霊界とは何でしょうか。永遠の要素を願う所です。霊界は、すべてが愛で充満した、愛でいっぱいになった調和の世界です。ですから、愛のボタンを押せば、宇宙が作動するのです。

 地上天国とはどのような所でしょうか。すべての愛の電球に、明かりがともる所です。それでは、天上天国とはどのような所でしょうか。愛の電球に、明かりが永遠にともる所が天上天国です。

 それゆえ、皆さんが愛の心さえ抱いて、愛の綱さえ引けば、みな引かれてきます。後ろに引けば後ろに行き、横に引けば横に行きます。思うがままに操縦されるのです。嫌でそうするのではなく、自動的にそうなるというのです。

 それで、霊界という所は、「愛の空気で充満した所」という概念を探すことができます。愛の神様が、愛の心で、世界の人類に一度に全部食べさて、喜ばせたくて、「御飯よ、出てきなさい」と言えば、出てくるのです。

 霊界では、愛の食べ物を食べます。互いに見るのも、愛の目で見るのです。そして神秘さが形容できない所です。聞いても絶えずもっと聞きたいし、眠りとか疲れという観念はあり得ないのです。霊界とは、愛の電気で充満した所です。今日人間は、何でも愛に関係を結ぼうとします。なぜ、愛の関係を結ぼうとするのでしょうか。霊界に拍子を合わせるためです。そのようになっているために、そこにお応じるしかないのが人間の存在です。その位置を離れることができません。

 皆さんが夢で私に会う現象は、神様の愛の波長を通じて現れるのです。そうしようとすれば、自分があってはいけません。自分を犠牲にせよということです。真空状態をつくらなければなりません。真空状態になった次には、共鳴圏をつくり、(電気)抵抗のない黄金にならなければなりません。黄金というのは他の要素が混じっていないのです。純粋な、そのままです。黄金をなぜ宝物と言うのでしょうか。黄金は抵抗がないのです。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。