第二節 男性と女性が生まれた理由


 本来、男性が生まれた本当の意味はどこにあるのでしょうか。それは、女性のために生まれたということを否定できないのです。その反対に、女性は女性のために生まれたのではありません。男性のために生まれたという事実を自らが確信できないところに問題が生じるということを、私たちは知らなければならないのです。

 これを天地創造の大主宰であられる神様が、創造の原則として決められたので、その原則に従っていかなければ、善で、真で、幸福で、平和な世界、あるいは愛と理想の世界へ入ることができないのです。

 女性は男性に出会うために生まれ、男性は女性に会うために生まれたのでしょう?これが最高の真理です。ですから、このような原則に従って祝福圏を探し出さなければなりません。最高の真理圏を離脱することは、最高の悪になるのです。

 男性と女性は、生理的に反対です。女性は一方的なのに比べて、男性は三方、四方的です。また、女性は家の中に居ますが、男性はあちらこちら世の中を巡るのです。

 このように性格が反対なのです。それでは、このような主体的な男性と相対的な女性が何を中心にして一つになるのでしょうか。愛を中心にして一つになるのです。人間と神様を一つにさせるのも愛なのです。

 男性が生まれたのは何のためですか。学問やお金、権力のためではありません。女性のためです。女性のために男性が生まれたということです。男性の骨格が女性よりも大きいのは、自分だけが稼いで生活するためではなく、子女と妻を養うためです。

 男性がもっている器官と女性がもっている器官は、それぞれ違います。それを誰のためにもっているのですか。それは、自分のためにもって生まれたのではありません。男性のものは、女性のために生じたので女性のものです。女性のものは、もちろん逆に男性のものです。そのように考えてみましたか。笑い話ではありません。

 男性と女性の愛の象徴は何ですか。愛の終着地点はどこですか。男性と女性を一つの体に成さしめる性の器官です。それは、愛を中心として心と体が完全に一つになれる通路となるのです。男性がもっているものは男性のものではなく、女性がもっているものは女性のものではありません。男性は女性のものをもっていて、女性は男性のものをもっています。ですから、生まれたのは、自分のために生まれたのではありません。相手のために生まれたということを、はっきりと知らなければなりません。

 なぜ男性と女性が地球上に生まれたのでしょうか。互いに愛し合うために生まれたのです。神様は知恵の大王であられるために、男性と女性の愛の器官をそれぞれ取り替えてくださったのです。男性のものだといっても、その主人は男性ではありません。女性の場合も同じです。主人を差し置いて自分の思いのままに行動した人は、愛に背いたことに対する審判を受けなければならないのです。法の中でも一番恐ろしい法の罰を受けることを知ったならば、自分の妻を差し置いて、どうして他の女性を考えることができますか。反対に妻たちは、夫をほうっておいて、どうして他の男性を考えることができますか。

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