第三節 男性と女性は互いに絶対的に必要な存在


 皆さん、愛は絶対に必要なものでしょう?その愛に絶対必要な要素は、人間です。男性と女性です。女性には男性が必要であり、男性には女性が必要なのです。

 どれだけ必要なのでしょうか。大韓民国よりも、世界よりも、さらには神様よりも必要なのです。女性がいなければ、百年以内に人類は滅亡するのです。ですから、男性がいくら天下を統一したと威張っても、女性がいなければ百年以内にいなくなるのです。ですから、女性は絶対に必要なのです。

 「人」といえば、男性と女性をいいます。一人の男性を考えてみると、女性がいなくてはならないのであり、女性を考えてみても、男性がいなければなりません。その男性は、自らが願って生まれたのではありませんが、その男性にとって必要なその女性も、自分が願って生まれたのではないのです。生まれてみると男性になり、女性になっていたのです。

 男性として生まれたとき、女性がいることを知って生まれましたか、知らずに生まれましたか。生まれてみて、男性一人だけだと気分が悪くないですか。また女性として生まれてみて、女性一人だけだと気分が悪いのです。そうではないですか。ですから、女性が生まれるとき、男性がいることを知って生まれましたか、知らずに生まれましたか。自分はたとえ知らずに生まれたとしても、自分を生んでくださった方は知っていたというのです。自分が女性として生まれたのは、自分を必要とする男性がいるためなのです。

 同様に、自分が男性としてこのように生まれたのは、自分を必要とする女性がいるから男性として生まれたのです。すべて知った上で、そのように生まれていたのです。

 男性にとって絶対に必要な存在は女性です。神様を絶対に必要とする前に、女性という相対的な存在がいなければなりません。人類歴史が不幸だったのは、男性が絶対に必要な存在として女性を正しく認識できなかったからでした。同様に、女性にとって絶対的に必要な存在が男性であることを知らなかったのです。

 真の愛の味を感じるためには、理想圏をもたなければなりませんが、そのためには、男性には女性が必要であり、女性には男性が絶対に必要なのです。真の愛のための絶対的な男性と女性は、一生懸命努力することによって結ばれ、絶対的男性と女性が一つに結ばれたとき、神様が二人の中に臨在されるようになることを知らなければなりません。

 真の愛で結ばれた夫婦が別れることは、神様も嫌われるので、絶対的男性と女性の愛は永遠なのです。

 神様は全知全能であられる方ですが、その絶対的な存在も、一人では何の意味もありません。それと同様に、一人の男性がいくら美男で健康な人だとしても、女性がいなくてはその意味がないのです。自分の容姿や健康に酔って生きる男性は、どこにも使い道のない陰険な存在にすぎません。そのように、自己陶酔に陥って生きる男性が世の中に多いということが問題であり、歴史が悲劇として流れてきた原因でもあるのです。自己陶酔に陥ってしまっている世の中を改善し変化させてきたのが、神様の摂理だったということを知らなければなりません。

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