第一節 創造本然の男女の愛


 男性と女性が愛し合っても、それが神様が立てようとされたみ旨と一致するか、また神様が人間に願われたその基準と一致するかが問題になります。男性と女性が愛し合うとき、神様が考えられるモデル的な愛と一致するかということです。
 
 神様を中心として最初の男性と女性が愛で一つになっていたならば、それは、愛を中心にした宇宙のモデルになっていただろうという結論が出るのです。神様も人間にそのような愛を願われたのです。同様に男性と女性も、お互いに相手に対してそのような愛を願ったのです。そのような真の愛は、宇宙の核にならざるを得ないというのです。メートル法のような一つの標準型になるのです。

 神様の愛と人間の愛は、本質的に同じです。愛は、一つになろうとする力です。男性と女性がお互いに恋しく思う理由は何でしょうか。男性は女性、女性は男性を通してのみ神様を所有することができるからです。なぜならば、男性と女性が愛で一つになる所に、神様が臨在されるのです。

 二性性相の母体であることを考えるとき、男性と女性の尊厳なる価値を褒めたたえると同時に、神様の尊い価値をより一層褒めたたえられる人にならなければなりません。

 男性の心の中には、神様が愛していらっしゃる女性がいて、彼の相対である女性の心の中にも、神様が愛していらっしゃる男性がいて、共にたたえるようになる場合には、神様もそれを見て喜ばれるのであり、すべての万物も互いに喜ぶようになるのです。彼らが互いに抱擁する喜びの内容が天と地が共に喜ぶ価値ある内容になります。

 男性と女性が互いに愛し合い、抱擁するそのこと自体が、宇宙が一体となる場となるのです。神様の理想の中で成される創造本然の姿は、そのようなものなのです。

 本来、男性は、自分が喜べる女性を迎えなければならず、女性もやはり、自分が喜べる男性を迎えなければなりません。それだけでなく、人間の喜びというその限界を越えて、神様も喜び、すべての万物が喜ぶ出会いでなければなりません。

 そのようになれば、この世のすべての存在物がその夫婦のために動員され、彼らに主管を受けることを願うようになります。鳥たちは、彼らのために歌を歌い、蝶は、喜びひらひら舞うようになるのです。神様も喜ばれ、人間も喜び、すべての万物も喜ぶようになるのです。このような立場で人間始祖が歴史を出発させていたならば、それこそ創造本然の理想世界になっていたのです。

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