第六節 我々が訪ねるべき本郷


 皆さんは、霊界の事実を知らないかもしれませんが、私は神様の特別な恵沢を受けて、未知の世界についてよく知っています。その世界の根本を掘り返してみると、原則は簡単でした。その世界は、神様の天地原則である「ために生きる」生活をした人だけが行く所です。そのような内容で形成された世界が、理想天国です。

 そこが、我々人間が訪ねるべき本郷です。今日、我々は堕落した人生として、本郷から追放された人間になったために、本郷の地に向かって帰るべき運命にあるのです。しかしそこへは、その人間自体としては帰ることができないために、神様は、人間が帰ることのできる道を歴史過程に設定せざるを得ません。

 それで、その民族の文化背景、風習、あるいは伝統が異なることによって、数多くの宗教を立てて収拾していきました。そのように収拾するための訓練場として立てたのが宗教です。ですから宗教は、本郷の地に入ることができる資格者を錬磨させる訓練場です。東西南北、四方の文化背景によって、高い所に前進することができる一つの統一された宗教世界へと率いてきています。

 そのような本郷の所へ導くべき宗教なので、宗教は何を教えなければならないのでしょうか。「ため」に生きなさいということを教えざるを得ません。ですから、高次的な宗教であるほど、「ため」に生きるべきだという原則を強調しなければならず、「温柔謙遜であれ」と言うのです。数多くの人を高め、彼らのために生きる立場に立てというのです。「犠牲奉仕せよ」と教えるのです。その理由は、その国(本郷)の法度に合う訓練をしなければならないからです。

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