第五節 我々の人生の道


 我々が暮らしている社会、国家、世界は、自分の意志に符号する環境になっていなので、すべての苦衷が生じており、善悪の分岐点が重なり合っています。百人なら百人、各々自分なりの一日の生活を営むために環境と闘争しており、その環境を押して進んでいます。

 それゆえ、朝に計画した一日の仕事に対して誰も自信をもつことができないということを、我々は一日の生活の中でよく体験します。その上に、その環境の範囲が大きければ大きいほど、自信の一日の生活を勝利として結果づけるためには、それに比例した決意と推進力をもたなければなりません。そうでなくては、その日が勝利の日になり得ないのです。そのような一日一日が加わってひと月になり、ひと月ひと月が加わって一年になります。

 そのひと月も、我々が計画したとおりに暮らせる環境になっていません。我々がひと月の勝利をもたらすためには、そのひと月の環境に備わった複雑なすべての事情、すべての与件を打破することができる推進力と決意がなければなりません。それがなくては、ひと月の計画を勝利したものとして終えることができないのです。

 一年を推し進めるためには、三百六十五日を克服することができる闘志力、あるいは推進力を備えなければなりません。そうでなくては、一年を勝利で飾ることはできません。このような一年に十年が加わって、二十年、あるいは三十年が加わった日々を過ごしているのが、我々の人生の道です。

 今日、この地に暮らしている人間は、時間性から逃れることができません。人類歴史について見ても同様です。個人、家庭、氏族、民族、国家、世界もそのような時間圏内で動いていっています。

 人が生きていく所には、必ず達成すべき目的があります。その目的を中心として、十年、二十年、三十年、七十年、一生の間行くべきなのです。目的が大きければ大きいほど、内的にもっと強く誓わなければなりません。そうでなくては、その目的に到達することはできません。時間という過程を通じて、その目的を凌駕し得る内的な決意を続けない限り、その目的を達成することはできないのです。

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