第七節 人間の永遠の本郷は家庭


 家庭は良い所です。どうして良いのでしょうか。お母さんとお父さんがいるから良い所であり、お姉さんとお兄さんがいるから良い所であり、弟と妹がいるから良い所であり、親戚がいるから良い所なのです。ですから、人間なら誰でも本郷の地、すなわち故郷を懐かしく思う郷愁の心情をもっているのです。国よりも故郷にもっと思いをはせます。大韓民国が好きで大韓民国に住みたいと思いながら、また大韓民国で暮らしながらも懐かしい所はどこでしょうか。故郷、故郷なのです!

 それでは、故郷とは、どのような所でしょうか。自分の心情を四方に、立体的にすべて引き上げる所です。その心情とは何でしょうか。愛で結びつけられるものです。上には父母が結びつけられ、左右には夫婦の因縁が結びつけられ、下には子女、親戚が立体的な愛で固く結びつけられているのが本郷の心情です。

 人は、愛を中心とした幸福の基点を最高に望むので、本郷を慕わざるを得ないのです。では神様の本郷はどこなのでしょうか。この地球星において、神様の本郷の地はどこなのでしょうか。これは考えなければならない問題です。

 愛の神様なら、この地上で生きていける基点を必ず準備されたはずですが、その基点はどこでしょうか。それを知るためには、神様がその基点を準備するためにどのようにしてこられたのかを知らなければなりません。

 神様の家庭を準備することができ、本郷の基点になり得る所はどこなのでしょうか。他の所ではありません。神様を本当の父だと思う息子がいる所です。すなわち、神様の愛を独占できる息子、ひとり子がいる所です。また、そのような娘がいる所です。その息子、娘が結婚して完全な家庭を築く所です。

 ではその本郷の地には、誰がいなければなりませんか。慕わしい人たちがいなければなりません。父母がいなければならず、兄弟がいなければなりません。そうして、会いたい人がいなければなりません。また、そこで一緒に暮らしたいのですが、一瞬だけではなく、永遠に一緒に暮らしても嫌気がさしてはいけません。そのような所を求めていかなければなりません。そこが今日、宗教で目指す天国なのです。

 今日、私たちが本郷の地を慕うのは、その本郷にはどこの誰よりも近い父母がいるし、兄弟がいて、親戚がいて、いつも私を導いてくれ、また私がいついかなる時に訪ねていっても、私を昔のように迎えてくれ、私に困難なことがあれば、その大変な事情に同情し慰労してくれ、私を喜んで迎えてくれるからです。もしそれがなければ、本郷が懐かしく、好きで訪ねていっても、切実に慕っていた当時の心情はなくなり、かえって嘆息の条件をもって帰ることになるということを知らなければなりません。本郷の地には、必ず迎えてくれる人がいなければなりません。

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